「ああ」
「承知しました。私の妻に伝えるかも、琴理様の判断に従います」
心護がうなずき、公一はそう言った。
その言葉に琴理はほうっと息を吐く。
そして話し始めた。愛理が生まれるまえのことを――。
「……ある人物とは、父様――わたしの父に懸想(けそう)していた、男性なのです」
「………はっ?」
「は、花園のご当主に、片思いをしていた……男性、ですか?」
心護からは素っ頓狂な声が出て、公一も戸惑っている。
同性での愛情に驚いたというよりは、そういった噂も一切ない琴理の父にいきなりそんな話をふられて驚いたという感じだ。
「はい……。父は学生時代から人目を集めるタイプだったようで、言ってしまえば人気があったようなのです。その中には同性もいて……。ですが父は、高校生の頃から母と交際していて、その延長で結婚に至りました。しかしそれを許せない人もいて……愛理が母のお腹にいる頃、その男性がやってきたのです。第二子を授かったお祝い、とかこつけて。ですが本心ではそのようなことはなかったようで、母に呪いの毒を向けたのです」
「……そんなことが……」
「私も初耳です」
絶句する心護。公一の声も強張っていた。
「あまり人に知られていい話ではないので、父様が全力で話が広がるのを抑えたと聞いています。聞きようによっては醜聞にもなりますし、母様の負担も大きくなってしまうので……。表面上は、母様は妊娠中に病にたおれられた、という形にしたと……」
父の側近であり、唯一家族以外に現場にいた人がそっと琴理に教えてくれたのだ。
「妊娠のお祝いに友人が来るという、あくまで私的な場だったので、両親と当時二歳のわたし、そして父の傍仕えの方しかいない場面でした。呪いを向けられて倒れた母、自分の式に男を捕縛させた父、わたしはわけがわからず、母様にしがみつくしか出来ませんでした……。その男には呪う力を得るために人の世での犯罪にも手を染めていて、即座に警察に逮捕されました。父様は母様の解呪に全霊をそそぎ、母様から呪いは消えました。ですが、母様のお腹にいた愛理にその毒がうつってしまっていて……。それは愛理が生まれてからわかったことでした……」
「……琴理……」
「わたしが重度のシスコンなのは、それも関わっていると思います。でも愛理が可愛いのは本当なので」
「……」
心護は黙って、膝の上の琴理のこぶしに、自分の手を重ねた。
はっとして顔をあげた琴理が見たのは、自分が傷を抱えているような顔の心護だった。
「……辛かったな……」
「………」