二周目だけどディストピアはやっぱり予測不能…って怪物ルート!?マジですか…。




「あ…ぁ…くそ…痛…え」


 巨大な百足(ムカデ)が首をもたげ、俺を見下ろしている。

 それだけで視界が埋まるのだから呆れたデカさだ。

 といっても、コイツも相当傷ついている。その証明として字面通り百本もあった脚は、今や残り少ない。

 それでも、脅威度は健在だ。

 どういうスキルか、中空に浮いて蠢いているんだからな。その多すぎる脚に意味は?と問いたくなる。頭部だけでトラック前部ほどもある巨体で空中を自在に動き回れるとか反則だろう。
 胴体もその大き過ぎる頭部に見合うほど長大で、その背や腹を覆う甲殻は当然に見合って分厚い。しかも特殊な条件をクリアしなければ物理だろうが魔法だろうがどんな攻撃も比喩なしに弾いてしまう無敵仕様だ。
 これだけでもう十分に怪物。なのになんでも溶かして侵す毒の酸まで吐き散らかすんだから嫌になる。それを浴びたのはついさっきの事でつまり…


 俺はもう死ぬ。


 腹の半分から下が溶けて失くなってるんだから間違いない。まだ息があるのはステータスを構成する『器礎(きそ)魔力』が無理やり生かそうとしてるからだ。

 そんな無駄な足掻き…もとい、行き過ぎた献身を正直迷惑に思いながら、
 
 最期に持て余した苦痛過ぎるこの暇を潰しがてら、

 地面の染みになってもなお白煙を止めないでいる下半身を眺めながら、


 俺は馴染みの言葉を吐き捨てた。「ゴポ…っ、」血反吐とともに。



「…あ~…くそ…失敗…した…」



 いや失敗し過ぎだろ俺。

(そう…だょな…思い、返せば、、、)

 出勤しようとしたら玄関のドアが開かなくなってた、あの日から。

 それを無理やりこじ開けようと、工具セットを探すために押し入れを開けた、あの時から。

 その中に発見した『チュートリアルダンジョン』へ続く階段を好奇心のまま降りていった、あの瞬間から。

 ずっと、ずっと、ずっとだ。

 いや。

 その前からか、生まれた時からか。

 俺はずっと失敗続きだった。
 
 外見は平凡。 
 学力や運動神経もそう。
 むしろ平均より下。
 家族はいない。幼い頃に亡くした。

 さらに悪いことにコミュ障だった。

 俺にとってこの世はハードモード。失敗ばかりだった。救いのない事にそれに馴れてすらいた。結果、財産らしきものは持てなかった。もちろん女にもモテなかった。 

 趣味といえば漫画やアニメやラノベやゲーム。他に熱心になれる事なんてなかったな。というか、何かに打ち込むなんて許されないと思っていた。勝手に。自発的に。必要以上に自分を低く見積もって生きてきた。そんな…我ながら重症に思う自業自得で栄光らしき栄光もないまま……

(死ぬのか…俺は…。こうして振り返るとホント、パッとしない人生だったなぁ…)

 平凡な高校を平凡な成績で卒業して。
 ブラックな企業に考えもなく就職して。
 そこでダメな自分にやっと気付いて。
 ある日突然ダンジョン見つけて。

『ファンタジー展開キター!』

 とか浮かれまくって。
 
『今度こそ本気出す!』

 なんて空回りして。
 ステータスビルドに失敗して。
 ジョブの選択肢は限定されて。
 欲しいスキルも得られず仕舞い。

(そんなだから…大事な人も救えなくて…)

 というか、…誰も救えてなくて。

 失意に溺れた俺は、アイテムとか称号の争奪にも積極的には参加せず。結果、何もかもに出遅れ、出し抜かれた。

 いや、

「少…し…は、役に、立った………のか…?」

 だって倒されようとしているからな。あの無闇に無敵な巨大ムカデが。その証拠に百本脚も残り僅かだ。

 急増だったが一応のパーティーメンバーの皆さんにほらまた、もぎ取られて…よしよし…この命を犠牲にした甲斐もあったなぁー……なんて、

「思うかよっ!、、、仲間、選、びも……」

 そう。今回のは失敗だった。オリジナルメンバーはみんなはとっくの昔に全員亡くした。
 それで…さっき言ったように失意に溺れた俺は……うーん、だからって、なんでこんな連中とつるんだんだ?──て、

「お?そうか…巨大ムカデちゃん…お前もそろそろか…」

 唯一の弱点である脚も残り一本となっていた。つか、ああ、それも今、もぎ取られたな。殺されようとしてらっしゃる。
 

「は、は、待ってろ…俺も、ぐふ…ぐっ、す、すぐ、逝く…から」


 『臨時の…』とはいえ、パーティーメンバーに騙され、囮に使われ、そんな哀れな俺を道連れにして逝くんだからな。

「一杯ぐらい奢ってもらわにゃ…なんて。はあー~ー……」

 溜め息だって出る。こんな…仮とはいえ仲間(?)に裏切られて死ぬとか。

「…いづづ、はあぁぁ…悔…しいな…ホント、普通に悔しい…」

 最期とするにはブラック過ぎる。笑えないしパッとしないし。

「あーも、、ホント…っ、」

 泣けてくる。だってまただ。世界がこうなってから、何度思ったか分からないアレ。いつもの、ありふれた願い。それを懲りずに、俺はまた思ってる。

 
 『やり直したい』

 『今度こそうまくやるから』

 
 こんな事を思うのは嫌いだ。憎いまである。なんて図々しい願いだ。こんなの叶えてくれるほど神様も甘くない……



 …てゆーか。



 「 …いつ死ねるんだ、俺? 」



  ・

  ・

  ・

  ・

  ・



  ・




  ・
 



















 ──ジリリリリリリ!



 という、目覚まし時計が鳴らす鬱陶しい音で目が覚めた。


「……目覚まし?だと…?」

 いつぶりだ。こんな健全な道具に起こされんのは。なんとも懐かしい鬱陶しさだ。そんなことを想いながら身体を起こそうとして、


「ぬ……ぐ……?え?」


 身体がやたら重く感じた。おかしい、魔力で強化されてるはずなのに…でもなんとゆーか、懐かしい重さだな。
 そんなことを想いながらベッドの外に両の足を放り出す。その反動で上体を起こしてみれば、


「うぎ、今度は首かよ…痛え…」
 

 これも懐かしい痛みだ。首の痛みは鬱の初期症状とか聞き齧って本気で悩んだ時期があったな…なんてことまで思い出す。その鬱疑惑の元凶たるブラック企業でこき使われたことも芋づる式に思い出し、


「ふは、それが懐かしく思えるとは…」


 なんともいやな懐かしさだ。我ながらこれは重症ってやつか……いや、でも、


「まあ確かに、あの頃はしんどかったけど…」

 命の危険までは心配しなくて良かった…いや、そうじゃなく、

「あれはあれで命に関わるハードワークだったような…」

 まあ人生なんてこんなもん。失くして気付いてファーラウェイ…いや、だから違くて、
 
「もしあの頃に舞い戻れるならもうちょいマシなブラック狙う…って結局のブラックか──って……いやいやいやまてまてまて違う違う違う!え?これ、え?いや、えええ !?」


 いや、
 俺、
 殺されたよね。
 さっき。
 無様に。
 無惨に。
 なのに。


「……なんで?ここって俺の部屋?…じゃん」


 いや、『元、俺の部屋』って言うのが正しい。つまりは、昔住んでた部屋だ。
 世界中にダンジョンが発生する前に棲み家としていたここは、ただの会社員でしかなかった俺が借りていたアパートの一室で…改めて周りを見れば荒廃した様子もなく…俺が出ていく前をそのまま残していて…

「…あれ?」

 いや、出て行く前は部屋中を漁りまわって荷造りして…そんでこの部屋に戻る気もなかった俺は、散らかった状態をそのまんま放置したはずだ。それが…


「なんで、、片付いてんだ…?」


 あ。


「さてはこれ」


 もしかして。


「例の…アレか?」


 そう、漫画とかでよく見るパターンのアレ。


「あは、もしかして、夢オチって…やつなのか?これ?ええ?」


 さっきまで経験した色々、
 
「あれ全部、夢だったん?」

 ダンジョンに潜ったあの日々も。
 魔物を殺して浴びた返り血の臭いも。
 出し抜き出し抜かれのひりつき感も。

 そんで結局、最終的には仲間(※臨時)に裏切られたりして…そんなさっきまでの殺伐も、全部、
 
「夢、、だってか…うっそー~ん……いや、でも…」


 ……そっか、


「ふふ…夢か。なんだ。良かった。生きてんじゃん…俺」 


 そっかそっかー、


「…じゃ、ないだろおい!あれが夢だったんなら、会社行かなきゃじゃねえかッ」


 ………………って、


「ええええ~~ー……………………マジで?ぐっへぁぁー~…(※深い溜め息)」


 え?うん、只今絶賛前言撤回中です。命の危険云々がそもそもの夢だと分かればこんなもんです。現実のブラックはやっぱりです。気が重いなんてもんじゃなかったです。


「でも行くしかないとゆー…なんて悲しいサガなんだ」

 ……なんて。

 俺は口では嫌々しながらも、弾む手つきでテレビをつけた。朝の情報番組をBGMに朝食を準備しようと……したのだが。


「──は?」


 その手が止まった。何故止まったかといえば、番組内で語られる内容が耳に引っ掛かったからで──

『──えー速報です。日本全国で…ええ?世界各地!…で観測不能震源地不明の地震…あ…私達も感じてます!これが…ええ?同時多発で確認されたとの──』


「……おいおいおいおいマテまて待てこのニュース覚えてるぞ確か──」


『あの地震こそがダンジョン発生の前兆だったんじゃないか』とかなんとか、この数日あとに議論されたんだっけ──「いやもっと待てっ!」


 『この数日あと』、だと?


「ちょ………………………っっっ、これっっっ!」


 ドタドタドタ──ガチャガチャ!


「玄関…やっぱ開かないっ──じ、じゃあ、押し入れっ!!」


 ドタドタドタ──スッ、パタン!


「…………ま、じか。」


 なかった。なくなっていた。
 押し入れの中にあった物が根こそぎ。


「………………あるじゃんかょ…、」


 そう、その代わりとして、あったのだ。


 ────階段が。


 多分これは…いや、確実にこれは、ダンジョン内部へ続く階段…。


「マジ、か、、くそ…」


 これも当然、覚えがある。


「つか、忘れるはずもない…」


 後々にデカイ後悔をもって何度も思い出されるこれこそ…


「『チュートリアルダンジョン』…」


 …の、階段だろ?これ。忌々しい記憶であるそれと再会を果たしながらしかし、俺の顔は笑みを浮かべていて…だって、だってさ──



 「マジですか、神様、」





 
 『やり直したい』

 『今度こそうまくやるから。』




 
 そんな図々しい願い、叶えてくれるほど神様も甘くないはずが──


「──な、くも…………ないのか? 」


 ……………

 ………

 ……

 …

 
「…なくもない、みたいだな…」


 …おお神よ…



「マジですか…。」


 ──ダ、ダダタ、ダン、ダン、ダン!


 見覚えのある階段──岩を削ってくり貫いたような荒い造りのそれを…あの忌わしき『チュートリアルダンジョン』へと続く「…のか?」ともかく。

 俺は駆け降りていた。
 押し入れの中にあった階段を。
 滑り落ちるような早足で。

 だって、嗚呼、始まる。
 また、やってくる。

 魔力…なんてもんが幅を利かす世界。まるでゲームのような…それも、酷くタチの悪いゲームの部類だ。

 ステータスが見られるようになり、

 そのステータスが完成すればジョブが選べるようになり、

 ジョブを得るとジョブレベルが設定され、敵を倒し、経験値を稼ぎ、ジョブレベルを上げていけば『器礎魔力』が上昇して…つまりはレベルアップし、

 ジョブの種類で使えるスキルが決まり、それらスキルの中には魔法なんて出鱈目が当たり前に存在し、
 
 特別な功績を積めば、称号なんてものを授かることがあったり、他にも魔力由来の武具や道具がゲット出来たり、もしくは開発され出回ってゆく。

 それら超常的な強化を経なければ簡単には倒せない天敵…つまりは、モンスターなんて存在が当たり前に蔓延る、


 そんな世界が、やってくる。


 つまりは、ファンタジーRPGさながらのシステムが支配する世界だ。少しでもゲームをかじった人なら一度は憧れるだろう世界。

 だがそれは、実際に経験してみれば本当にクソッタレ。

 ゲームに見るような生ぬるいバランスなんてない。さっきの俺を見れば分かる通り、ブラックな勤め先が懐かしく思えるほどにはクソッタレ。


(…そしてこの、『チュートリアルダンジョン』、これも…)


 そう、これもゲーム知識に頼って安易な選択をすれば確実に損をする、つまりは初見泣かせな仕様であり、俺はそこからしてつまづいていた。

 そんな悪意溢れるクソッタレ世界を既に知ってしまっている俺としては『もう一度』なんてゾッとする──はずだった。

(…だってのに…)

 今はどうだ。こんな…祈るような気持ちで、もしかしたらと希望を抱いて、息をこんなに切らして、階段を降りきった先に広がる…これまた荒々しく削られたような凹凸激しい壁に囲まれた部屋に、


『攻』魔力の試練

『防』魔力の試練

『知』魔力の試練

『精』魔力の試練

『速』魔力の試練

『技』魔力の試練

『運』魔力の試練

 …なんて記されたクソッタレた扉が合計7つあるのを確認した時にはもう、本っっっ当にっ、


「やった…っ、」


 …ホント、嫌になる。


「マジか…マジで『やり直せる』パターンなんか、これ!」


 まんまと喜んでしまう俺。『なに喜んでんだバカじゃないの?』と冷静に突っ込む俺もいたにはいたが。

 それでも、この歓喜は止められなかった。それが冷めやらぬ内に俺は、迷いなくッ、



 『防』魔力の試練へ。即突入したッ!そう、俺は感慨も何もすっ飛ばして──だってこうすれば、ほら、


『常軌を逸した即断即決。これを評して『英断者』の称号を授けます。』


「やっぱりかっっ!」


 神だか仏だか造物主だか異星人だか分からないが、のちに『謎の声』と呼ばれるそれが予想通りの内容を、脳内に響かせてくれたじゃないか!


「この称号は…噂通り…みたいだな、よし!」


 早速、使ってやった!

 『二周目知識チート』!


 そう。これは狙い通りの結果…と、思ってたらなんと。


『さらに、このチュートリアルダンジョン入場から試練の間への突入まで世界最速であったことを評し、『最速者』の称号を授けます。』

 これは予想外。
 まさか、追加特典までいただけるとは。

『なお、より早く突入する者が10人以上現れた場合、この称号はその上位者へと移譲されることになりますので悪しからず。』

 正直狙ってなかった…というか、この称号についてはその存在すら知らなかった。

「けど…ま、いいか。」

 嬉しい誤算というやつだろう。なら素直に喜んどこうもらっとこうともかく。

 この『防』魔力の試練では文字通り試練が受けられる訳だが。

 部屋の中央を見れば、大雑把な造りの木造人形が棒を振り回しながら立っている。


「…はは、これも懐かしいな」


『さあ、極限まで耐えなさい。さすれば真の頑強を得られるでしょう』


 という謎の声によるアナウンスからもお察し…いや、極限までとか言ってたけど。この試練は『十段階に分けて棒に打たれる』だけだ。それで終わる。


 それで得られるのは、『器礎(きそ)魔力』の一つである『防』魔力。


 これは読んで字のごとく『防御力』を司る魔力だ。

 ただし、この試練は段階的に人形が込める力が上がっていくし、振られる棒の方も固くなってくし、振る回数も増えてくし、こちらが防御しようとしてもその隙間を意地悪く狙ってくるようになる、という過酷な仕様で、、、

(前回…いや、()()の俺は…)

 思い出される苦い記憶──これら七つの扉を前にした俺は『ラノベで見た展開と同じなら外はモンスターで溢れてるはず』と予測。

 さらには『この試練とやら…の内、どれか一つしか選べない、そんな仕様だったらどうする?』と無駄に警戒もした。

 つまりは尻込みした結果、推察出来る試練内容を熟考しまくった挙げ句。

 とにかく『モンスターに殺されたくない』の一心で。

 『死にたくないなら硬くなればいい』と考えでこの、『防』魔力の試練を最初に選んだのだった。

(まあそこで結局、痛い目を見た訳だけどな…)

 この地味に苛烈な試練を最後まで耐え抜いた俺の『防』魔力は初期値から相当に高くなった。

 この『防』魔力に限ってはレベルアップ時の成長補正もSランクと幸先も良く、しかも防御系上級スキルまで特典として獲得出来ていた。

 その代償として多分、骨折もしたし、内臓の方も損傷したし、血だって吐いた。比喩抜きのやつな。しかも結構な量だった。

 でも試練を終えれば回復してくれるという親切設計であったため──


「──なんて、あのときは思ったがな」


 …とんでもない。払う代償は痛い目にあうだけでは、済まなかったのだから。


「もう騙されねーぞ…」


 そう呟きながら俺は、木造人形が振る棒がカスるかカスらないかぐらいの位置に手をかざした。すると、


 ──ペチ。

 
 ちょっと痺れる…ってくらいの痛みが指先に走った。ところでこう宣言してやった。


「ギブアップ!」

『 え 』

(ハ、ざまあ)

 謎の声め、固まってやがるな。

『な、ななな、なんと嘆かわしい……く……()()()()()()()()()()()()()…』


 どうやら今の舐めプが気に入らなかったようだが。


(そんなの知るかっ)


 誰が何と言おうが、これが今の俺の最適解だ。


(それに、ここで時間をかけてる暇はない──なんせ…そうだ!()()()()()()()()っ!)


 『あんな世界で生きるなんて二度と御免だ』そう思っていながらこうも喜び、焦っていた理由はそれだった。

「今度こそ──助けるんだ!」

 俺はすぐさま確認した。試練を受けた後に勝手に浮かび上がる例のアレを。



=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

《器礎魔力》

 防(G)10
 速(D)25
 知(D)25

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】

《称号》

『英断者』『最速者』

=========================

 
「…ぃょしっ」


 今の世界には『魔力』というものが実装されてる。

 《器礎魔力》と記されたその下に並ぶ文字もそうだ。それぞれ『防』魔力、『知』魔力、『速』魔力を表している。

 このように試練を受ければ俺の基本性能のそれぞれに魔力が宿る。それは『器礎魔力』と呼ばれ、得た時点で各性能に反映される。

 そして一つでも反映されると『魔力を満たす器になりえる』と仮認定される。その証としてステータス画面を見る事が出来るようになる。

 こうして早速ステータスを確認した俺は、来た道を全速力で引き返した──え?他の試練を受けないのかって?

 はい受けません。今はな。
 何故なら知っているからだ。

 このステータス画面を見れるようになった人間は、閉じ込められていた空間から出られるようになるって事を。(※ちなみにステータス画面については念じるだけで閉じる事が出来るし閲覧も出来る。)

 前回、回復してもらえたとはいえこの『防』魔力の試練で瀕死を体験した後、他の試練も受けられると知って喜びはしたが、経験したこともなかった苦痛を思いだした俺は躊躇し、他の試練に挑戦するのを一旦止めて一時撤退を選んだ。

 他の試練に挑戦するなら十分な準備をしてから、そう思ったのだ。そして念のためともう一度脱出を試れば、呆気なく成功。

 そのまま外に出て見れば人通りは全くなく…それを不審に想いながらもこの手の創作物じゃ定番の…ホームセンターに行って役立つ色々を買い出しに行くというムーブを試みたのだったが…行けば開店時間はとっくに過ぎているというのに店は閉じたまま…。

 そこでやっと、真に迫って不吉を感じた。

 そして来た道を引き返せば予感的中だ。モンスターに遭遇してしまった。

 あの時はもう、世界は『魔力』に支配されつつあって──そこでやっと、俺だけじゃないんだと──みんな、あのチュートリアルダンジョンに巻き込まれてしまったのだと察した。

 そして徘徊するモンスター共を何とかかんとかやり過ごしてアパートに引き返し、その時になってやっと気付いたのが──


『そういえば──大家さんは無事なんだろうか』


(いやいや当時の俺。遅すぎるって気付くのが…)


 え?ああ、『大家さん』というのはそのままだ。このアパートの大家さんの事だな。

 このチュートリアルダンジョンには誰だって戸惑うだろうし、つまり器礎魔力を得てない人が殆んどだったろう。

 『そんな状態の大家さんがもし、自分みたいにモンスターに遭遇してしまっていたら?』…ってところまでやっと理解が及んで、駆けつけた時にはもう…


(そうだ、俺は、遅かった…いつだってそうだった…)


 思い出す──血だらけの大家さん──見開かれているのに何も見てない虚ろな瞳──


「く…っそ!今度こそ間に合ってくれ!」


 だからこうして、今もトラウマとなって忘れられない光景を首振り払いつ、急いでいる。大家さん宅へ、一直線。


「助けるんだ!今度こそっ!」


 『速』魔力はまだ初期値も初期値だが、それでも相当なスピードを出せるようになっている。なのに景色がゆっくり流れて見えるのは『知』魔力の影響だ。

 
 《器礎魔力》はコツさえ掴めば相乗効果を生む場合がある。これは応用編というやつだな。


 今の場合だと『速』魔力と『知』魔力の相乗効果だな。

 『速』魔力とは見たまんま、上げれば動きが速くなる。

 『知』魔力の方は基本、記憶力や魔法の威力や、その発動の速さに影響する。

 ダンジョン発生当初、これら器礎魔力はそれぞれ独立した能力値だと思われていた。

 しかし時が経って扱いに慣れ…いや、慣れずとも訓練さえ積めば、こうして相乗効果を発揮出来るようになるという事が分かった。

 例えば『知』魔力と『速』魔力を同時、重ねる…というか混ぜるようにして体内循環させれば、動体視力や演算能力が上昇するという具合に。

 つまりこれは、スキルとはまた別の、しかも今の段階では誰も知らないであろう技術。


 うん、これも『二周目知識チート』の一つだな。


「『防』魔力の試練を真剣に受けてればこうはならなかったはず…」

 ああそうそう、『これっておかしくない?』って思ってる人も当然いるよな?

 なんせ、実際に俺が受けたのは『防』魔力の試練だけだ。しかもあんな舐めプで済ませてしまった。で、あるのに。

 俺はまだそれ専用の試練を受けてないにも関わらず『知』魔力と『速』魔力を身に宿す事に成功し、その証拠にステータスに記載されているし、こうして便利に使えてもいる。

 それは何故か。

 これには勿論カラクリがあって……いや、この厭らしい仕様について説明するのは後だな。

 ともかく、今は急いでる。

 そしてこれだけは言える。『防』魔力の試練は鬼門だった。少なくとも俺にとっては。さっきの試練でわざと手を抜いたのはそのためで…。

 これもそうだ。今のところ『回帰者』である俺しか知らない知識。


 『二周目知識チート』あっての裏技だ。


 その裏技のお陰でこうして、『速』魔力と『知』魔力を『先取り』し、前世では獲得出来なかった称号まで得ている。

 そしてこれらを先ず取得したのは、大家さんを救うための最善にして最短の選択だったからだ。


「…この速度なら──今度こそ…」

 
 間に合う、はず!だってほら!
 もう見えた!大家さんの家だ!
 そしてほら!
 その玄関前にはゴブリンさん──

「…ってうぉおおおい!!お前かあああ!!!?」

「ギャギ…ッ!?」

 大家さんをあんな姿にしたのは!!

「許さん!死ねぇえええッ!」

「ィギゃ──」


 すれ違い様、ゴブリンの顎に指を引っかけ勢い殺さず首をねじ上げ──ゴキャ──へし折った!よし!ゴブリン撃破!

 
「ハァ…ハァ…はぁ~~…」


 本来だと『攻』魔力を発現した者の物理攻撃もしくは、『知』魔力をもって発動した魔法でなければ、モンスターを倒す事など不可能だ。

(そうじゃないと銃弾すら弾くからなコイツらは…)

 そして俺はいまだ、『攻』魔力を発現していない。

 『知』魔力については一応発現しているが、魔法系スキルを獲得していない。

 つまり、本来ならモンスターに有効な攻撃手段を持っていない状態だ。

 しかし。

 こうして関節を上手く捻り上げればどうか?見ての通り普通に砕ける。それが首間接となれば命も奪える。


 つまりはこれもそう。
 『二周目知識チート』による裏技。


 だがこれはそうそう頼れるものじゃない。『攻』魔力がなければやはり力負けしてしまうからだ。多用していいものじゃ、そうそう成功するものじゃない。

 なのに成功したのは、その不足を補うべく『速』魔力の助けで発生させた運動エネルギーを利用出来たからだな。だからなんとか倒す事が出来た。

 と、このように。

 《器礎魔力》を完備していなければ、どんなに弱いモンスターも理不尽な相手となるのが今の世界だ。

 いや、モンスターだけじゃない。器礎魔力を完備した人間相手にも従来の攻撃が一切効かない仕様となっている。

 実際、プロとか達人と呼ばれる人達でさえ素のままだと瞬殺されていたからな。低級モンスターや器礎魔力を得たばかりの素人に。

「──ホント、理不尽な世界になったもんだ…にしても」

 今世での初キルなのに、ゴブリン相手とはいえ、何の感慨も湧かないというのもどうだろう。

 まだ『精』魔力を得ておらず、【精神耐性】のスキルだってまだ未所持であるのに、他者の命を奪ってこうも心が揺らがないというのは…

「前世の記憶が残っているからだが…そんな事情を知らない人から見りゃ…」

 今の俺もモンスターとそう変わらなく見えるかもしれん。

「…うん、以後気を付けよう」

 なんて冷静な分析が出来ている時点できっと異常な事なんだろう。

 でもどうしようもない事でもあった。前世の殺伐が既に染みてしまった俺はもう、殺しへの忌避感を普通には感じなくなってしまっている。

 つまり何を言いたいかと言えば、俺は今日という過去に舞い戻れはしたが、決して取り戻せないものもきっとあって──いや、それが良い事とするか悪い事とするかは、

「これからの行動次第──」


 なんて様々を考え込んでしまっていると。


「ぎゃぎゃっ!」
「──え。なに」



 聞こえた。ゴブリンの醜い声と、小さくだったが女性の、戸惑うような声…しかも大家さん宅から──


「くそっ!まだいやがったかっ!」


 ああもうそうだった!多分だが大家さんはまだステータスを得ていない。だから家の中から出られない!

 でも?そうだ。モンスターは侵入可能なんだった!そんな肝心鬼畜仕様を忘れて俺は何を呑気に──「くっそ…っ!!」

 俺は毒づきながら引き返した!
 いや逃げてる訳じゃないよ?
 引き返したのは、助走を付けるため!
 そしてまた引き返す!
 大家さん宅の玄関に向け!
 頼みの綱の『速』魔力を乗せて!


 ガッシャアぁ「すみませんんん!」ァアン!


 曇りガラスの向こう側に、ゴブリンらしきシルエットを透けて見せる玄関の引き戸を、思いっっ切り蹴破り、突入したのである。 

 








※この小説と出会って下さり有り難うごさいます。


 曇りガラスが嵌められた昔ながらの日本家屋の玄関、それを蹴破った先にはタートルネックでノースリーブなセーターの下からふんわり母性的膨らみを主張

 …なんて全くしてないつるぺた…

 ゲフンもとい、

 下手すると小学生と思われそうなほど小柄な女性がいて──ああ…大家さんだ。


「は あ 良かった 生きてた…」

「えぇ…なんでわざわざ玄関壊して入ってきたの均次くん?というかこの小鬼はなに…て、え?均次くんなんで泣いてるの?…え、え?」

 普段は感情というものを殆んど見せない彼女…なのだが、いつにない情報過多から珍しく混乱している。そんな大家さんを俺は、

「え、え、え、ちょっ…ええ?」
 
 思わず…抱き締めてしまった。

 …彼女は、

 両親を早くに亡くしており、兄弟は元々おらず、つまりは天涯孤独の身の上。

 本業の傍ら、遺産として残されたらしいあのアパートを経営することで逞しく生きていた。

 そんな彼女だったから、同じような境遇の俺に共感してくれたのだろう。随分と構ってくれたものだった。

 それは、こんな俺にとって数少ない身内と呼べるほどに…


 ──そうだ。


 ずっと、心の殿となっていた。

 大家さんを救えなかったこと。

 それは…裏切られて無惨に死にゆこうとしていたあの時でさえ『大家さんに会える』なんて思うほどで……でも。

「ギャ、ギ、ギギギャ…」

 今はまだだ。
 感傷に浸る時じゃない。 

「大家さん!」
「ひゃいっ!」

 お、珍しいな噛み返事、かわええ……じゃ、なくて!

「ぎ、ぎぎゃ、きゅぅ~…、、、」

 踏みつけた玄関の戸。その下敷きとなったゴブリンはそのまま気絶したようだな。

 でも、まだ生きている。

 止めを刺したいところだが、さっきみたいに『速』魔力による運動エネルギーを攻撃に乗せるには大袈裟な助走が必要だ。つまり今の俺では屋内の敵を仕留めるのは難しい。

 それに、今の破壊音は近隣に響いたはず。他のモンスターが寄ってくるかもしれない。だから、

「とにかく!ついてきて下さい!」

 ここは逃げの一手だ!

「え。え。どうしたの、急にこんな男らしいアプローチ…ぁぅ、ドキドキする」

「ぁ、アプロ…!?いや違…っ」

「え、違うの?」

「あ、ああ、あの!ちゃ、ちゃんとあとでアプ…じゃなくて説明!しますから!と、とにかく今は!」

「あぅ、」

 大家さんのちんまぃ手を握りしめ、そこに温もりがあることに喜びを感じると同時、俺は己れの肩に彼女の命が乗ったことを強く自覚した。

 それはもう、強く。

 そこで思ったのは『今後どう動くべきか』だったが…どう考えても、


(無理だ…)


 この『二周目知識チート』がどれほど有効なものであろうと、俺がどんだけ強くなろうと、


(世界の破滅は止められない…)


 つまり今回、大家さんを助けられはしたが、それは一時的なもの。

 今後避けられない破滅へ向かうこの世界で、ずっと守ってゆくというなら…


(一体、どうすれば…っていうか出来るのか、こんな俺に…いや、やるんだ、こんなでも、俺がっ!)
 

 決意はあっても方法がない。いや、あるかもしれないが分からない。そして時間は厳然として、ない。

 そんなこんなを目まぐるしく考えながら、俺は大家さんを連れ、幸いにしてモンスターの影がまだ少ない中を駆け抜けてゆくのだった──

   ・

   ・

   ・

   ・ 






 あれから一時間が経過した。

 俺は自分の部屋に帰ってきており、

 目の前には大家さんがいる。

 彼女の混乱はまだおさまってな…

 ──くもないようだ。

「え…っと、つまり、今の均次くんは、ラノベで言うところの『回帰した』って状況?」

 つか、かなり冷静だ。

 俺の拙い説明で要点をしっかり押さえてきたのがその証拠、なんだけど。

「え、ええ、そうです」

 教える側の俺がたじろいでしまう。

 なんで理解出来るの?すげえなこの人。

「それで、前の世界の私は、死んでしまった」

「はい…すみません大家さん…助けられなくて…」

「ううん、いい。その状況じゃ、しょうがない」

 いや『死んだ』のくだり、もう飲み込めたの?…マジか。

「だから今回こそ、私も『チュートリアルダンジョン』で試練を受ける必要がある。この世界を生き抜くため。そういう事?」

 なんと的確なかいつまみ…あざっす!…てゆーか、

「ぃゃホント凄いですね大家さん、普通…そんなに理解出来たりしないですよ?こんな滅茶苦茶な話」

「だって。さっき見ちゃったし。ぇと、ゴブリン?しかも殺されそうになった」

「あ、あぁなるほど」

 確かに。日常であんな剥き出しの殺気をぶつけられることなんて、まずない事だ。この状況を証明するのにあれほど説得力のあるものはなかったかもしれない。

「それに…」

「…?どうかしました?」

「ん?ううん、なんでもない、あ、は?」

 下手過ぎる!なんだその誤魔化し笑いかわええな!じゃ、ないぞ俺!

「という訳なので早速ですが…「そう、それどころじゃない」ええ?」

 なに急に。食い気味に。

「スタートダッシュ。折角のチャンス。無双しなきゃ」

 大家さん?回帰とかスタートダッシュとか無双とか、そんな用語をなんで知って──実は中二病ですか?

 いや、当方としてはそれもアリ。

「チュートリアル?だってまだ途中なんでしょ。だから早く、残りの試練を受けて、称号やスキル?早い者勝ちなら沢山ゲット、だよね?」

「あ、はい、いや、それはそうなんですが──」

 だから何なのその順応力?

「──いや、あの、だから大家さんも一緒にチュートリアルを…「私は後でいい」えええ…」

 またもの食い気味即却下…うう、最後まで言わせて下さいよぅ…

「さっき聞いた『試練の相互関係』?も、まだ頭に入ってないから。ちゃんと文字にして書き出して、じっくり考えてからがい。うん、ゆっくり決めたい」

 ああなるほど。

「確かにややこしいですよねこの…なんとゆーか…システム?ホント初見泣かせってゆーか」

「うん、それに、私に構ったせいで均次くんのスタートダッシュが失敗したら、申し訳ない」

 だから何なの、その分別なき物分かりの良さ。かわええな…っじゃ、ないからな流石にっ!

「う、うーん、確かにその言い分は正しい感じ、しますけど…」

 こっちの気持ちにもなって欲しい。守ると言ったが、守るにも限界がある。大家さんの安全を真に担保するなら、彼女自身の強化は必須……よし、もう少し説得を…

「その、大家さん、えー。その、あれです」

「なに?」

「いや、そのー」

 ああ、もう、やっぱりだ。

 まただ。

 肝心な時になるとこう。

 自分の気持ちとなると上手く言えない。

 …それが俺。

 頭の中ではこんなおしゃべりなのに。言葉にすると無感情かつ没個性に。それが俺。

(…でも)

 大家さんをまた失うなんて、絶対に、絶対に嫌だ。だから今度こそ死なせないように。しっかりと強化してあげて…だから、

「あの、大家さん?」

 俺は振り絞るように言った。なのにっ、

「いいから。行って。ほら 早く」

 う。

「あの…なんで、そんな強硬に?」


 頑なすぎやしませんかね?


「い い か ら」 




 ええー…?




 大家さんに押し切られた俺は結局「はぁ…」一人で試練を再開する事になったのだった。

「大家さんてあんな強引なとこもあったんだな…いや、まあ、ある程度知ってたけども」

 という訳で俺は今、チュートリアルダンジョンに再び訪れている。

 ああそれと、試練で得られる《器礎魔力》の詳細はこうなっている。



=========器礎魔力詳細===========
 

●『攻』魔力

 肉体に馴染めば筋力を超常的に強化するのだが、それは副次効果でしかない。

 主となるのは武器や素手など、『直接的な攻撃に破壊の力をどれだけ宿すか』ステータスの数値はそれを表している。

 その性質上、この魔力は術者の身体から離れてしまうとただの魔力に成り下り、破壊の力も消えてしまう。


●『防』魔力

 肉体に馴染めば耐久性を超常的に強化するのだが、それは副次効果でしかない。

 主となるのは直接的な攻撃つまりは『『攻』魔力を宿した攻撃にどれだけ耐えられるか』、ステータスの数値はそれを表している。

 その性質上、これも術者の身体から離れてしまうとただの魔力に成り下がり、防護の力も消えてしまう。

 
●『知』魔力

 肉体に馴染めば脳力を超常的に強化するのだが、それは副次効果でしかない。

 主となるのは『この世界に追加された魔力システムにアクセスする力(※攻撃魔法やデバフ魔法や特殊魔法を発動する際の出力)がどれだけあるか』ステータスの数値はそれを表している。

 ちなみに脳力が強化される以上、記憶力がよくなったり演算力が強化されたりするが、発想力や表現力にまで影響はないようだ。つまり本当の意味で賢くなる訳ではない。


●『精』魔力

 肉体に馴染めば魂を超常的に強化するらしいが、それは副次効果でしかない。

 主となるのは『己の魂に追加された魔力システムにアクセスする力(※回復魔法やバフ魔法や特殊魔法を発動する際の出力)がどれだけあるか』

 そして『『知』魔力を宿した攻撃(※攻撃魔法やデバフや特殊魔法)に耐性がどれだけあるか』ステータスの数値はそれらを表している。

 ちなみに魂が強化される以上、精神力が強くなったり忌避感に影響したりするが、回帰した今にして思えば、精神的な耐性に関して言うと経験からくる影響の方が強いような気がする。
 

●『速』魔力

 大雑把に言うが、全ての動きの素早さに関わる魔力だ。

 でも今言ったとおり、全ての動きの速さに魔力補正がかかるので注意が必要だ。やたら早口になったり、落ち着きがないように見られたりするからな。


●『技』魔力

 大雑把に言うが、全ての器用さに関わる魔力だ。

 ただ、本質的に要領が良くなる訳ではないようだ。あくまでも魔力に由来した技。すなわちスキル。これを習得したり繰り出す際のスムーズさに補正がかかるようだ。

 特に、魔力を用いた制作や生産をする際は相当な補正がかかる。職人系ジョブにつくなら数値的に高くありたい魔力ナンバーワンだな。

 総合的に言うと、すべての魔力においてその出力調整…つまりは効率化したり最適化したりする上で重要な魔力となる。


●『運』魔力

 運が良くなる、のか?どのように魔力補正が掛かっているのかは正直なところ不明だな。『因果』がうんたら言ってたヤツもいたが、それだって確証のない憶測に過ぎなかった。

 ともかく、クリティカル率やドロップ率、罠解除やデバフ回避など、様々な状況に絡んでいる、かも?しれない。

 つまりは、一番役立たずな、あるいは一番汎用性のある魔力、なのかもしれないという…いや結局どっちなんだって話なんだけども。

 なのでここからが重要かつ確かな事実なんだが、上昇させたいならこのチュートリアルダンジョンでしか機会はない。

 何故ならこれは『レベルアップで上昇しない魔力』だからだ。

===========================

 これら七つの《器礎魔力》の全てを得るまでがチュートリアル、システムで言うところの『試練』となる。

 砕いて言えばゲームキャラの初期設定を決めるようなもんか。

 だけど試練は試練だ。ゲームのようなシステムなのにボタンを押してポンポンとは決められない。

 面倒だが、七つの試練をコンプリートして初めて、ステータスの原型が完成する仕様となっている。

 そうやって全ての器礎魔力を身に宿し、循環させて統合し、『俺という個性を由来とする魔力体系』を形成なければ、システムから『魔力の器』として認められないらしい。

 だからの『()()魔力』なんだろう。

 器にして礎。魔力を注ぐための器を形成するための魔力……といった感じか。

 そしてこれら七つの器礎魔力を揃えて初期ステータスを完成させるまでは『ジョブ』も得られない。

 それだとレベル…正式に言うと『ジョブレベル』と呼ばるものを上げられない。上げられないならここで得られる『成長補正』も意味がなくなる。

 なのでこのチュートリアルはなるべく早く済ませなきゃならないように思えるが…


 ここは、ものすっごーーーーく慎重にやらなくてはならない。


「思い通りのステータスを得たいなら、試練を受ける順番も大事になってくんだよな…」


 ここでおさらいするが。それぞれの試練で《器礎魔力》が一つずつ得られる事は先に言った。

 そこで好成績を修めるとそれぞれの魔力を初期値から高い水準で得られ、今後のレベルアップ時の成長補正も高くなり、その時にはスキルなどの特典が得られる事も。


 でも、それこそが、このチュートリアルダンジョンが用意した落とし穴だ。


 先の『防』魔力の試練で俺があえて舐めプしたのは、その落とし穴を警戒したからだった。何故ならこれら七つの試練は、いやらしく関係しあっているからだ。それは──


『張り切って好成績を修めてしまうと逆に、他の試練の成績が下がってしまう』…という落とし穴。


「…まったく…」


 何故こんな仕様なのか。個人の突出を許さず、過度な無双をさせないため?

 それとも個々の個性がなるべく反映するための配慮だったり?

 はたまた、ゲームのようなシステムをなるべく忠実に再現するためか?だって魔法しか打たない戦士とか、殴るしかしない魔法使いなんて情緒ないしな。

 まあとにかく。

 その理由はわからないが、この相互関係によって成績が下がる試練は基本、二つも設定されており、その忌々しい内容については、以下のようになっている。

 


●『攻』魔力の試練の場合
 
 ここで好成績を修めると『知』魔力と『精』魔力、両方の試練の成績が下がってしまう。
 

●『防』魔力の試練の場合
 
 ここで好成績を修めると『知』魔力と『速』魔力、両方の試練の成績が下がってしまう。


●『知』魔力の試練の場合

 ここで好成績を修めると『攻』魔力と『防』魔力、両方の試練の成績が下がってしまう。
 

●『精』魔力の試練の場合

 ここで好成績を修めると『速』魔力と『運』魔力、両方の試練の成績が下がってしまう。
 
 
●『速』魔力の試練の場合

 ここで好成績を修めると『攻』魔力と『精』魔力、両方の試練の成績が下がってしまう。

 
●『技』魔力の試練の場合

 ここで好成績を修めると『防』魔力と『運』魔力、両方の試練の成績が下がってしまう。
 

●『運』魔力の試練の場合

 これだけちょっと違う。

 ここで好成績を修めて下がるのは『技』魔力の試練成績だけとなる。その代わり通常に比べて倍に下がってしまう。

  
=========================== 



 そして本当に大事なのは、ここからだ。


 それは、これら落とし穴には、逆パターンも存在する、という事だ。

 ここで受けられる試練はどれも簡単、もしくは単純なものしか用意されていない。だからこそ、突出して良い成績が修めにくく、逆に言えば、突出して悪い成績も修めにくい。良く言えば誰でも頑張れる試練となっている。それでも年齢や性別、健康上の理由等でこのイージーな試練さえ難しいとしてしまう人々だっているからな。

 今から説明する逆パターンは、そういった人々への配慮だったのかもしれない。どうしても発生してしまう能力的格差をなるべく廃してかつ、素の実力や素養をなるべく反映するために用意された…のかもしれない。

 今から俺は、それを逆に利用するつもりだ。つまり、普通ならあり得ないほどの悪い成績をおさめる、つまりは酷い手抜きをするつもりだ。

 実際に『防』魔力の試練ではそうしていたのだが…さて、ここで思い出して欲しい。あの時の俺はどうなったか。そして想像してみて欲しい。この試練で極端に悪い成績を修めると、どうなるのか。
 

 
 それがさっき言った逆パターンだ。『上記の現象が、全て逆転する』というパターン。



 つまりは好成績を修めた場合だと他の試練二種の成績が減点されていたのが、悪い成績を修めると逆転して、他の試練の成績二種に加点されるようになるのだ。しかも。


 加点されたそれらの能力値は、『先取り』出来てしまう。その詳細は以下のようになっている。



●『攻』魔力の試練の場合

 ここで悪い成績を修めると『知』魔力と『精』魔力、両方の試練の成績が加点され、しかもそれらの魔力を『先取り』出来る。
 

●『防』魔力の試練の場合
 
 ここで悪い成績を修めると『知』魔力と『速』魔力、両方の試練の成績が加点され、しかもそれらの魔力を『先取り』出来る。

 さっきの俺はこれを利用した。


●『知』魔力の試練の場合

 ここで悪い成績を修めると『攻』魔力と『防』魔力、両方の試練の成績が加点され、しかもそれらの魔力を『先取り』出来る。
 

●『精』魔力の試練の場合

 ここで悪い成績を修めると『速』魔力と『運』魔力、両方の試練の成績が加点され、しかもそれらの魔力を『先取り』出来る。
 
 
●『速』魔力の試練の場合

 ここで悪い成績を修めると『攻』魔力と『精』魔力、両方の試練の成績が加点され、しかもそれらの魔力を『先取り』出来る。

 
●『技』魔力の試練の場合
 
 ここで悪い成績を修めると『技』魔力と『運』魔力、両方の試練の成績が加点され、しかもそれらの魔力を『先取り』出来る。

  



 …これは、救済措置のつもりなのか…いや、実際にそうなのだろう。謎の声が言ってた『次の試練での奮闘に期待します』って言葉には、そういうニュアンスも含まれて感じた。

(『救済措置を適用してやるから、次こそ頑張れ』的な?だけど…)

 ちゃんと、考えたのか?これがどれほどのアドバンテージとなるか。つまりこの裏技を使い、先取りした魔力が反映された状態でそれに対応した試練を受ければどうなるか。

 俺もこれから試すので、どれほどの好成績を得られるか見当もつかない。この試練を考えたやつはそれを考えなかったのだろうか?


「いや、考えてない訳ない。」


 多分だが、試してるんだろう。この試練はただ優秀であるかどうかを試すだけじゃなく、この裏技に気付けるやつがいるかどうかも試してるんだきっと。


「つまりは、遊んでやがるんだ」


 ……本当に意地が悪い…そして趣味が悪い…さらに言えば気味が悪い。

 ともかく。

 以上が魔力を得るための試練、チュートリアルダンジョンのカラクリの全てだ。

 そう、『防』魔力の試練で俺が得た『知』魔力と『速』魔力はこの裏技を利用して先取りしたものだった。
 まあ、その代償として『防』魔力の試練はあれで終了…つまり俺は今後、紙装甲を悩みの種として戦い抜かねばならなくなった。

 …ん?悔いはないよ?この程度の弱点なら補填する方法はまだまだあるしな…それに、


「その知識チートこそが、俺の武器なんだからな」


 それに、もしもの話…『防』魔力の試練を舐めプせずに真面目に取り組んでたらどうなってた?

 あの試練に最後まで付き合えば結構な時間を要したし、『知』魔力と『速』魔力の試練の成績は減点されていたはず。

 それを挽回するためには『知』魔力と『速』魔力の試練に、真面目に取り組む必要に迫られたはずだし、そこに時間かけたらそれこそ、大家さんを助けられるはずもなかった。
 
 しかも…そんな大きすぎる犠牲を払って得られた魔力値は平凡止まりで、その成長補正も平凡止まりときたもんだ。俺にとっていいことなんて一つもなかった。

 実際、前回『防』魔力の成長補正をSランクまで上げてしまった俺の『知』魔力と『速』魔力は、それぞれの試練をクリアした後の成長補正がDランク止まり。

 その結果大家さんを助けられなかった俺は意欲を失くし、攻略にも本腰を入れられなくなった。

 …いや、それが言い訳に過ぎない事は分かってる。だが実際に取りこぼした『称号』や『アイテム』は数知れない。

 こうして中途半端な盾役…ゲーム用語で『タンク』と呼ばれる役割しか担えなくなっていった。


(そこを()()()()につけこまれた。そして思い知らされた…コミュ障のタンクには最悪の不遇しかないってことを…) 

 
「ほんと、アホ」


 いや俺じゃなく。
 いや俺もだけど。
 主にこのシステムがね。
 ほんと悪意を感じるよ。


「…こんなの、初見で分かる訳ないやん。」

  
 でも?

 そうだ。
 今の俺にとっては初見ではない。
 全てをやり直せる。

 そうだ。
 実際にやり直せた。
 大家さんを救えた。

 だから。

「今度こそ…」

 見返してやるのだ。

 全てを。

 『俺なりの最強ビルド』をひっさげて。

 
「という訳で……よし!次は、『精』魔力の試練だ!」


 ここはある意味、一番難しい試練かもしれない。

 まず、先取りした能力値『防』魔力、『知』魔力、『速』魔力の補正を受けられない。

 そして頑張り過ぎてよい成績を上げすぎると『速』魔力と『運』魔力の試練成績が減点される。

 減点されてしまうと裏技で折角得た『速』魔力の値も次いでとばかり下がってしまう。

 そうなると今後の試練が調整しにくくなってしまう。

 かといって『防』魔力の試練の時みたく舐めプし過ぎてはいけない。何故なら『精』魔力も割りと重要だからだ。


 つまりは、塩梅が難しい。
 だから先ずこれを選んだ。


 てな事を頭の中でもう一度復習がてら思いながら、俺は『精』魔力の試練…と記された扉をくぐった。

 するとやはりだ。ここには何も置かれていない。きっと謎の声がアナウンスするだけだろう…ほら。


『これからあなたがトラウマとする記憶を段階を追って再現します。受け止めなさい。さすれば不動の心を得られるでしょう』


「…わかった。」


『それでは、精神を落ち着けて──』とか言いながら、いきなりトラウマを再現するんだから意地が悪い。

 先ずは…ゴキブリか。前世で再現されたのと同じだ。でも気色の悪いことこの上ないモンスター共に鍛えられた俺には今更だな。何てことない。

 次は…ん、ああ。初恋の女の子に告白メールを公表された記憶か…ふ、ふふ、ふ。これもまあ…前世で再現されたのと同じだし?…ふふ、ふ、いや甘酸っぱいねぇー…いや酸味成分きつめだけどね!

 次は…ゴブリン、もとい人型モンスターを初めて殺した記憶だな。前世でこれは再現されなかった。でもこれ…確かにトラウマだけど。今さら見せられてもな。だって、前世の俺がこいつらをどんだけ倒したと思ってるんだ?次だ次。

 次は…ああ、初めて人を殺した記憶…でもこれは…やらなきゃやられてたし。もう心の整理はついてる。つまりはこれもあれだな。前世の俺がどんだけ……いや。やめとこう。心が揺れてしまいそうだ。


(つか、ここらが塩梅か。)


 次のトラウマが再現された瞬間。

「降参だ。」

 俺はストップをかけた。え?最後ののトラウマ再現は何だったかって?胸糞なだけだ。聞かない方がいい。

『え…あの…まだ余裕ありそうでしたが。本当にここでやめるのですか?』

「だから降参だって。」

『…う……分かりました。』

 よし。これで『精』魔力の試練はクリアした。今ので俺のステータスはこうなった。



=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

防(G)10
知(D)25
精(D)25
速(D)25


《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】

《称号》

『英断者』『最速者』

=========================

 
 得られた『精』魔力は初期値が25、成長補正がDとなった。

 この成長補正のランクにはAからGまである。もちろんAが高く、Gが低いという感じに。

 ん?ああ、そのAより上にSってのが、あるにはある。

でも、これは取れることは取れるけど、試練を満遍なく頑張ってしまうと他の試練結果に巻き込まれて結局、下がってしまい…つまりは最終的には残らないのが殆んどだ。

 その点、前世の俺は運が良かった。…にしても、ホント意地の悪い仕様だよな。
 
 そして今回俺が取得した『精』魔力の成長補正ランクはD、中間だ。

 良い成績でも悪い成績でもない。

 だからか例のデメリットは発生しない。

 その代わり例の裏技も適用されない。

 プラマイゼロってとこだな。

 だから下がるか上がるかするはずだった『速』魔力はそのまま。

 『運』魔力の内部成績もステータスから読み取れはしないが据え置きだろう。

 勿論、先取りもなしだ。

 前世の俺が『防』魔力でSを残せたのは、こんな感じで『知』魔力と『技』魔力の試練で平凡な結果しか出せなかったからだな。

  ……え?

 いや、『俺なりの最強ビルド』とか言ったよ?確かにこれは、『あの意気込みはなんだったの?』って展開だよな、でもな!

 すげー地味な展開かもしんないけどこれはこれで最高の結果だからな?そしてまあまあの山場だったんだからなっ!?


 そ…そうだよ。
 俺は、それを越えたんだ。



(ここからは、裏技使いまくってやるっ)


 見てろ!


 


 次は『速』魔力の試練に挑戦だ。

 ここの試練も簡単なもので、ただ反復横飛びをするだけでいい。

 だがここで頑張り過ぎると『攻』魔力と『精』魔力の試練の成績が下がってしまう。…のだが。

 手抜きはなしだ。自重するつもりはまったくない。だって。


(『速』魔力は……超重要だ。)


 速さは前世の俺が一番憧れた能力だったし、実際に重要極まる。

 どんな強い攻撃手段を持っていようが、動きが遅くて当てられないなら無用の長物と化すからだ。実際に前世では散々悔しい思いをした。

 そしてそれは、自分だけでなく敵にも言えることだろう。どんな恐るべき攻撃を持つ敵だろうが、それが回避可能と分かっていれば怖さも半減するからな。

  
『制限時間内に可能な限り反復横飛──「ばっちこーーーい!」最後まで言ってないのに…ええい!始め!』


 謎の声め…またフライング気味にスタートしやがった。でも関係ない。なんせ俺はもう既に…

 そう、『速』魔力を『先取り』しているからな!この通り──ババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババババ───どうだこのスピード!

 目にも止まらぬ感じ?それとも残像見えてる?見えてない?

 いや念のため『知』魔力と『速』魔力の相乗効果も発動してるから、周りがゆっくり見えて自分じゃよくわかんないんだよどんだけ速くなってるか。

 でもまあ、最低でも?一流アスリートかそれ以上の領域にはいるはずだ。

 魔力とはそれほど強力なものだ。初期値中堅の『速』魔力値を得ただけでこうも簡単に人間枠からはみ出てしまえる。

 にしても…

(…まだ終わらないのか?)

 もう一度言うが速くなってもその分感じる時間は引き伸ばされるし、その上で回数がとんでもない事になるからな。とんでもなく疲れる。

(いい加減──息切れして──ぐ。マジヤバい──早く止めて──)






『そ、そこまでっ!』

 やっとかよ…つかっ、

「ぶはひゃはぁあああッ!」

 お、おせえよ!空気、空気くれ空気!脚!そして足!つる!いやまだつってないけど!見たことないぞこんなビクビク!?こんなブルブル!? 

『素晴らしい!素晴らし過ぎる!さっきまでのやる気のなさにも困りましたが、これはこれで困ります!あーもう、どうすれば!?』

 なんか謎の声も興奮通り越して混乱している。どうやらとんでもない記録が出たようだ。

『く!これは前例がないですが…よろしい!評価を『M』とします!コングラッチュレーション!おめでとう!』

 エム?…って、

 Mのことか?

 つまり獲得した成長補正がMランクになった。そういうこと?

(いや、Mランクってなんぞ?多分Sが『スペシャル(特別)』だと思うから…Mって『ミラクル(奇跡)』とか?)

 何にせよこんなランクは聞いた事がないぞ。

『と、特典として上位スキル【疾風】…ではなく、希少スキル【韋駄天】を授けます』

 おお!これまた聞いたことがないスキルだが嬉しい!上級スキルどころか希少スキルをゲットしてしまった!

 チュートリアルの段階でこれほどの優遇措置は聞いたことがなかった俺は、流石に気になった。ので、早速と現れたステータス画面を見てみると…



=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

防御力(G)10
知 力(D)25
精神力(G)10
速 度(M)60


《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】

《称号》

『英断者』『最速者』

=========================


「え、えええ!?初期値60うう!?MランクってSランクの何段階上なんだ?」

 その代わりに……なんてこった!

「ううわああああ!『精』魔力がめっちゃ下がっとるううう!?つか、最低値にまで…っっ!マジか!!いや、それより問題なのは…」

 まだステータスに反映されてない『攻』魔力の方だろう。

 『精』魔力の成長補正がGランク…最低ランクになった…というか、これ以上、下がりようがないのでもっと大きく減点されている可能性がある。

 試練をまだ受けておらず、他の試練で『先取り』もしていない『攻』魔力はステータスにまだ反映されてないので確認がとれないが、今回の『精』魔力の下がり方を見れば…その内部成績が相当に下がったことは間違いない。つまり、


「…一体、どんだけ減点されたんだ?」


 この減点如何では、『攻』魔力の試練で最高成績を修めてもGランクだった…なんてことも、最悪ありうる。

(前世でも聞いたことないぞこんなケースは…やばい…また失敗したかもしれん…)

 …だって、どんなに早かろうが最低ランクの攻撃力じゃ、上位のモンスターはさすがにキツい。


 相当に良い武器を持てば倒せるだろうが…成長補正が最低ランクだとレベルアップしても殆んど伸びないからな…つまりは敵が加速度的に強くなってゆく遠くない未来、その武器も通用しなくなれば確実に…

「…詰んじまう。 …いや待てよ?」



 そうだ。打てる手なら、まだある…かもしれない。


(思い出せ俺。おまえは回帰者だろ?)


 前世で聞いた事がないケースだろうが関係ない。その前世の知識を元に何か──

(思い付け……打開の策はないか……あ。)



 …とりあえずだけど。


 …思い付いた。



 今獲得した『速』魔力…

 と、『最速者』の称号。

 この二つをうまく使えば…

 でもこれってかなり、分の悪い賭け…


「でも……しょうがない、な」


 試練はもうやり直せない。
 なら分の悪い賭けでも?


「やるしかない…くそ!こうなったらとことんやってやる!次だ次!」


 こうなったらさっさと試練を終わらせて『分の悪い賭け』に挑戦せねばっ!


『やる気になってくれて良かったです♪』

「ぐ…、うっせえ!」

『ええ…、何で怒られたんですか?』


 
 俺は今『知』魔力の試練を受けている。

 その内容は『決められた時間内でどれだけの計算問題を連続正解出来るか。』というもので、その計算問題も正解すればするほど難易度が上がる仕様だ。

 そして今のところ計算間違いはしていない。

 俺は元々、【暗算】スキルというのを持っていた。こうして正解し続けているのは、このスキルのおかげだ。

 でもこれは、九九を習得した日本人なら誰でも持っているスキルであり…。

 かといってこれがあれば誰でも…という訳にいかない。

 このスキルが使えているのは、『知』魔力を先取りしていたからだ。

 スキルというものはMP消費のあるなしに関わらず、どれも魔力由来の能力となっている。

 つまり『それに対応した器礎魔力がなければ発動しない技』なのだ。

 俺の『知』魔力はまだ数値的に低いが、【暗算】のスキルを発動させるには十分ではあった。だからこうして計算無双が出来ている。

 しかも、さっき正式に取得したばかりの『速』魔力は相当に高い数値となったからあり得ないほどの早口で解答出来るし、『知』魔力との相乗効果を利用すれば演算能力だって加速する。

 これだけの補助を受ければ大きな桁の複合計算も間髪いれずの即答が可能となるし、正解数も飛躍的に稼げるって訳だ。ただ…

(この試練で良い成績を修めてしまうと、『攻』魔力と『防』魔力の成績がまた下がってしまうんだよな…)


 最初から捨てていた『防』魔力はいざ知らず、まだ取得していない『攻』魔力、その試練の内部成績を、さらに下げてしまう結果となる。

 
 それでもだ。俺はもう、自重しない。


 何故ならここで得られる『知』魔力はこの後の試練を考えれば高い水準で必須となるからだ。

 そしてここで好成績を残すと特典で得られるスキルもだ。今後の事を考えれば必須となるものだった。


 そのスキルとは、ただでさえ有用な【鑑定】の上位互換である【解析】。


 …なのだが、もしかすると今回も──


『凄い!今回も前人未到の好成績となりました!コングラッチュレーション!おめでたう!』


 『たう』?ああ、うん。こんだけ興奮してるって事は…


『特典として上位スキル【解析】…でわなく、希少スキル【大解析】を授けます!』


「おおやっぱり!また希少スキルを!」


 ステータスはどうなった?




=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)


防(G)10
知(M)60
精(G)10
速(M)60


《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】

《称号》

『英断者』『最速者』

=========================


 新たに得た『知』魔力の数値は、やはりの初期値60で、成長補正はMランクだった。

 そしてこの好成績によって大幅ダウンするのは『防』魔力と『攻』魔力だが。

 『防』魔力は元々最低のGランクまで下がり切っていた。なのでステータス上は変動なし。なのでどれ程の下げ幅だったのかは…そう、相変わらずの未知数だ。

 つまりまだ試練を受けておらず、能力値の先取りもしていない『攻』魔力の内部成績がどれほど減点されていてるのかも、わからない。


「ハァ…もう考えないようにしよ」


 ここで日和って中途半端な調整をしたところで中途半端な結果にしかならなかった。つまりはこうして開き直るしかない。 

「それに、このステータスなら強力な魔法を連射出来て回避も出来る最速魔法使い…てゆー運用だって出来るんだし……いや、」

 それだといざという時に大家さんを守りにくい。

「……やっぱ諦めちゃだめだな『俺なりの最強ビルド』」

 
 という訳で俺は決意を新たに、


「よし!次は『技』魔力の試練だ!」


 と言いながら扉をくぐった先、そこはいつもの何もない岩部屋とは違っていた。

 全ての壁が棚で埋まっており、その中には色々な武器を型取った木製武器が立て掛けられている。

 剣や短剣や長剣や大剣や太刀や小太刀、槍や短槍や長槍や薙刀、手斧に戦斧にハルバード、他にも色々…名称がさだかでない変わった形状のものまである。

 俺はその中から木製の短剣を二本選んで手に取った。


「短剣二刀流か…前世ではやったことないけど…うん。木製だから軽いし、扱えそうだな」


 そう、お察しの通り、この試練は素人泣かせのあれ。『戦闘力を試す』という内容だ。

 次々と現れるモンスターの幻影を、選んだ武器を使ってひたすら倒す感じだな。

 因みに幻影なので敵から攻撃を受けても負傷したりしない。減点されるだけだ。まあ今の俺的にはそっちの方が痛いけど。



「──フゥゥゥゥゥ…」



 謎の声が聞こえなくほど集中する。
 前世の殺伐を思い出す。
 気付かない内に歯を剥き出していた。

 あんな悲惨な死を迎えたからか、非情の自分だけでなく追い詰められた獣のごとき性まで露になって…

 もういいや、これが今のベストコンディションと割り切ろう。

 …にしても心臓の音がうるさいな…なら逆に早めてみるか…なんて事をすると全身が脈打って意識がそれに飲まれそうになって──ああもう…早くっ、



「始め…ろっ!」



 『──それでは始め──』俺は飛び出した!幻影が出現する瞬間!まずはそこを狙う!

「──ふ!」

 よし撃破!それを皮切りに次々と狩りとっていく!

 先手が必勝だ!鎧袖も一触だ!何もさせてやるもんか!

 それが人型だろうが獣型だろうが虫型だろうが植物型だろうが飛行型だろうが竜型だろうが小型中型大型関係なしだ!

 おら!手当たり次第に倒してゆく!

 それでもちゃんと刃を立てているか、当てたそこが急所であるか、攻撃を食らっていないか、判定ならば、ちゃんとある。

 だけど元が素人相手を想定した敵設定だ。劣化バージョンしかいないし、木製武器で戦う前提で敵の幻影にリアル防御力など設定する訳がない。

 ちゃんと当てれば倒したと見なされて…ほら霧散した!大型でも何発かちゃんと当てればちゃんと消える!

 『速』魔力が反映された人外スピード。それに『知』魔力も動員されてさらにと上がった演算処理能力!このスピードにも振り回されず、敵の動きはゆっくりハッキリ見えてる!避けることも当てることも簡単過ぎて

「ハハ!」笑いが洩れる。

 だってこれほどのお膳立てがあるのだ。前世でも数え切れない実戦を経験した俺にしたらこんなの、ボーナスステージでしかない。

 慣れない武器の短剣、しかも二刀流を選んだのは力が一般男性並みでしかない俺が扱うには最適の重さだったし、手数も稼ぎやすかったからだ。

 軽いのでスピードを活かせて疲れにくく、討伐数も一番稼げる…つまり、今の俺がこの試練で選べる最適解だった。

 それに、今後の事も考えていた。

 もしかしたら、賭けに失敗して貧弱な『攻撃力』の能力値しか得られないかもしれない。

 それを考えると手数を稼げる二刀流には慣れておく必要があった。とにかく──って、あれ?敵は?

「ああそっか…もう終わりか。」

 あまりにも楽勝過ぎて実感湧かないけど。どうやら試練はクリアしたらしい。

 
『す、すごい──裏ステージも突破!難易度ヘルも完全殲滅!??その上で被弾なし…パーフェクト達成??…あ、ありえない…』


 ほう…?いや、まあね。当然だね。なんせ俺、自重しない回帰者だから。


『と、と、特典として…そうだ!『武芸者』の称号!これを授けます!』

 今回の追加特典は称号だった。その内容は──

『『武芸者』の効果により【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】を取得します』

 どうやら『スキルセット系』の称号だったみたいだな。これは字面通りスキルをセットで習得出来るって称号だ。

 でも今回のスキルセットの内容は基本ジョブにつけば習得出来るものばかり…正直大した旨味はないな。

『あの、あまり嬉しそうじゃないですけど、この称号の凄いところはですね──』

「あ、いや、な、何言ってんだ嬉しいに決まってんだろう?いやーホント、マジありがとうっ!」

『あ…はい!どういたしました!』

「いや謎の声さん、なんか日本語乱れてきてない?…っと、それよりステータスはどうなった?」


=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)


防(G)10
知(M)60
精(G)10
速(M)60
技(SS)50

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】

《称号》

『英断者』『最速者』『武芸者』

=========================


 よし。『技量』の能力値を無事取得出来てるな。でも予想には及ばずの成長補正SSランク。

 初期値50という事は、Sランクよりは上。Mランクよりは下か。

 さて。この『技』魔力の試練で良い成績を修めたのだから『防』魔力と『運』魔力は下がったはずだ。

 まあ『防』魔力は今更だな。もう既に最低ランクだし。それを受け止める覚悟も出来ている。

 そして一方の『運』魔力だが。これはまだ先取りしてないのでステータスには反映されていない。

 なので今どんな状態なのか閲覧出来ない。つまり今回でどれ程に内部成績が下がったかは…そう。またもの未知数だ。


 そしてこの『運』魔力だが…


(これもなー。実は大事なんだよなー…)


 そして次に挑むは、その『運』魔力の試練なのだが…その前にもう一度おさらいするが、


 『運』魔力とは特殊な魔力だ。


 字面通り高ければ高いほど運が良くなるのだが、その適用範囲がとにかく広い。

 攻撃ではクリティカル率アップ。
 防御では回避率アップ。
 魔法では命中率や成功率のアップ。

 他にもドロップ率や罠解除や錬成の成功率など、様々な状況で絡んでくる。

 そしてなんと言ってもこれ。

 レベルアップでは上昇しない。

 なので成長補正なんてものは端からない。つまり自力で高い数値を得たいならこの試練にしか機会はない。

 だから、『運』魔力の試練とは文字通り運命の分かれ目。とても大事。大事過ぎて大事な正念場。前世ではそんな意見が主流だった。

 そして、ここで良い成績を修めた場合も特殊な結果となる。下がるのは『技』魔力の成績だけで、一つだけだからかその下げ幅は二倍となっている。


(うーん、悩みどころだ…)


 まず、この『技』魔力SSランクというのが、Sランクの一段階上の成長補正なのであれば、この試練は『運』魔力を最大値にするチャンスとは、なりにくい。

 Mランクに届かなかったが、それでも最大限に上げた『技』魔力を、二倍の下げ幅で降格させてしまうのだからな。

 『幸運』の試練を頑張り過ぎれば相当に低くなるのは一目瞭然だ。

「じゃぁどれくらい頑張ればいい…?」

 その塩梅の難しさを想いながら、俺は『運』魔力の試練に挑戦した。その内容はやはり前世と同じだった。

 コインを100回トスして裏か表かを当てるだけ。それを何回連続で的中させるか。その連続成功回数の中で最も高い記録を参考にする…というもの。

 もちろん連続成功回数が多いほど、得られる『運』魔力は高くなる。

 そしてその結果は、一生ついて回る。

 俺は今からそれに挑戦する。目指すは…

(よし。決めた。)

 ()()()100%だ。

(今の俺なら不可能じゃない、はず)

 いや、簡単ですらある。

 何故なら『知』魔力と『速』魔力と『技』魔力を初期値ではほぼ最大取得してるからな。

 その上で数々のスキルや称号による補正まで受けている。

 これらのお膳立てを整えるために、ここまで『運』魔力の試練を残してきた。

 だからもうここは開き直って──


 「よし!やってやる!」


   ・

   ・

   ・

   ・

   ・ 


 よし!よしよしよし!成功だっっ!


「い……よしっっ!!」


 俺は派手なガッツポーズを決めた。












『いやなにが『よし!』ですか…』

 
 なんで水を差すかな。


『こんなに外して…』


 なんだか不満そうにしてるけど、ちゃんと()()()()()()()じゃないか。


()()1()0()0()()()()()()()なんて……どんだけ運が悪いんですか…』


 ……いやだから。


 ()()()()()1()0()0()()()()()()()()()()()()()んだっ。

 つまりは、あえて悪い成績を選んだ。

 そうだ。これは狙ってやった事だ。
 つまりは今回、手を抜いていない。
 つか抜けなかった。

 この試練だけは悪い成績も手を抜いていては狙えないからな。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何故ならこの試練は本来なら運任せの試練でつまり、良い成績だろうと悪い成績だろうと確実には弾き出せない仕様…のはずだった。

 俺みたいな凡人には、高い『知』魔力と高い『速』魔力の相乗効果を利用する事で向上した動体視力を駆使し、『技』魔力により向上したトスとキャッチの技術をもってして、やっと、連続100回の失敗…最低得点を()()させる事が出来たのだ──え?

 何故、最低得点を狙ったのかって?

 ふむ。もう一度言っとくか。

 それは、この『運』魔力の試練が特殊だったからだ。

 良い成績を修めた場合に下がるのは『技』魔力だけ。それも下げ幅二倍。

 そして得られる『運』魔力は攻撃、防御、魔法の成否エトセトラ…全てに関わるオールマイティーな魔力となっている。

 そんな重要な『運』魔力を得るためにあるこの試練は、運任せな内容にする必要があって、コイントス。

 そう。

 運任せである以上、俺のようなチーターでもない一般人だと、逆の奇跡を起こしてしまって…常識外れに悪い成績を修めてしまう場合が希にだがあるってことだ。

 こんな…レベルアップでは上げられず…つまり自力ではここでしか上げられない『運』魔力の試練でな。

 それがどれほど危ない仕様であるかは分かるだろ?

 でも、そんな特殊なケースが存在するならそれを考えての温情措置も用意してるのが、この試練システムというものだ。

 そう、ここで悪すぎる成績を出してしまった場合、どうなるのか。

 俺はまだ、それを述べていない。

 『技』魔力が二倍に向上?

 いやいや…そんなもんでは済まされない。

 なんと…


 『()()()()()()()()()()()()()()()()()!(※またはそれぞれの試練成績が加点される)


 つまり、これ以上ない最低点数を弾き出した俺は…いや。それはステータスを見れば分かることだな。



=========ステータス=========


名前


防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】

《称号》

『英断者』『最速者』『武芸者』

=========================


 ご覧の通り幸運の能力値は最低となったが他の能力値が軒並みに上がって…

 …っておい、なんだこれは?


「神…ランク、だとぅ?」


 神とか…まだそんな成長補正を隠してたのか…と、ともかくだ。

 どん底だった『防御力』と『精神力』の能力値も地味にだが上がってる。

「いやホントに地味だな。どんだけマイナスだったんだこれ…(でも、これで確認出来たな)」

 未だ取得してない『攻』魔力──それを得る試練の内部成績が今、マイナスを脱却してプラスに変じたという事が、ここで判明した。

 だって、全ての選択を下がる一辺倒にしていた『防』魔力でさえ、プラスに変じたのだから。『攻』魔力もそうなってない訳がない。

(これならまだ挽回のしようがある…にしても神ランクて…もはや怖いな)

『く…まさかこのランクを出す人がいるなんて…しかも最低得点を出した試練で…嘘でしょこんなの…』

 『謎の声』ま困惑しているようだ。うん。だよね。そうなって無理ないよ。俺もビックリしてるもの。

『でも!仕方ありません。規定に則り神ランク取得特典として…』

 お。なんかくれるのか?太っ腹だな。


『『神知者(かんちしゃ)』の称号を授けます!持ってけ泥棒!』


 えっと。ん?ステータスで早速確認したけど、

「なんだ?詳細を閲覧出来ねぇじゃあ【大解析】──同じか、解析も出来ない…」


 この特典って

「嬉しい誤算…で、合ってるのか?おい謎の声!なんなんだこの、『神知者』って」


『秘密です♪』


 あ。ムカつくー。








 ※この小説と出会って下さり有り難うごさいます。

 続きをさくさく読みたい方、いらっしゃいましたらなろう様で先行版投稿してます。次のURLから飛んで下さい。

https://ncode.syosetu.com/n5831io/


 もちろんノベマ様でも随時更新していくつもりです。しおり、いいね!、レビュー、感想いただけるとここでも読めて便利ですし、作者としても読んでもらえる人が増えてとても嬉しいです。宜しくお願いいたします。



 残す『攻』魔力の試練は一旦据え置きとし、チュートリアルダンジョンから出た俺は、大家さんと話をした。

「えっと、まだ途中ですけど…こうなりました。良かったら参考にしてみて下さい」

 そう言って大家さんに渡した紙には、今の俺のステータスと、


=========ステータス=========


名前 平均次


防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】

《称号》

『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』new!

=========================


 こうなるまでの過程が事細かに書かれてある。

 これを渡したのは試練同士の相互関係については彼女自身が書き留めたものがあるが、それと合わせて参照すればステータスビルドの考察がより捗る、そう思ったからなんだが。

「ん、ん~?(神)って書いてるけど。これってなに?あ。成長補正が神ランクってことか…え。均次くん成長したら神様になっちゃう?」

 素朴でアホな質問かわええ…じゃないぞ俺氏。

「いえ。比喩だと思います。そんなことより──」

「う…ノリ悪い」

 う…すみませ…コミュ障なので…

「いや、大家さん器礎魔力の取得、ホント急いで下さいね?モンスターは魔力取得に遅れてる人に群がる傾向にあるので…」

 傾向と言ったが、おそらくこれは間違いなく起こる。

 実際に前世ではそうだった。

 モンスターが弱者を狙ってるように見えたが多分…あれは、急かしていた。

「試練の相互関係はそれなりに複雑なので…ステータスビルドをどうするか迷ってしまうのは分かります。それでも一応、チュートリアルダンジョンには入っておいて下さい。モンスターは家に押し入る事が出来ますが、あの中には入れないようなので」

「うん…それは分かったけど」

 世界をこうしてしまったのが何なのかは分からないが、その何者かにとっての都合があるのだろう。

 モンスターのこの習性からは『魔力覚醒者を出来るだけ早く増やしたい』そんな意図を感じる。

「ともかく、急いでください。あと数日の猶予はあったと思いますけど、チュートリアルダンジョンはいずれ消えてしまうものなので」

 そうなってるのは多分、例の裏技に気付く者が現れ、その情報を拡散するのを防ぐためだろう。

(そうなればチーターが大量発生するもんな)

 かくいう俺も拡散させるつもりはない。いや、これは秘匿による無双を狙うためではなく…

 いや、嘘だな。そんな願望も確かにある。でもそれ以上に、この情報があまりにも危険なものだからだ。

 だって、この情報を手にする者が必ずしも善良であるとは限らない。というか、悪党であればあるほどこういった情報に鼻が利く。

 それに、俺は前世であまりに多く見てしまった。普通の社会なら善良だったはずが、大きすぎる力を得てタガを外してしまうといった…哀しい人の性ってやつを。

 ちなみにチュートリアルダンジョンが早々に消えてしまう仕様である以上、入る機会を逃した人も当然いた。

 でもそういった人々には本人の資質に合ったステータスが与えられていたようで、『むしろそれで良かった』と言う人も極少数だがいた訳で。

(前世では思い知らされたもんだ。世の中には天才がいるもんだってな)

 だって…元々人並み外れた才能に合わせた能力値を得るんだぞ?そんなやつの性質がもし、邪悪なものだったらどうなる?出会ったが運の尽き。そうなる。

 これからはそんな世界になる。そうだ、これも、ちゃんと言って聞かせなきゃ…

「…世界がこうなった以上、人間だって危険なんですからね?…いやむしろモンスターより危険かもしれません」

 なんせ恐怖でタガが外れたところに人外の力を得る訳だから。前世では狂った行動に走るやつは当然にいた。

「なるほど…人は入れるもんね。チュートリアルダンジョンに」

 そう、その証拠に俺の部屋のチュートリアルダンジョンに大家さんも入れるはずだ。

「…っていうかやっぱり均次くん、どっか行っちゃう?」

「…あ」

 そっか、まだ名言してなかったな。

「はい…すみません」

「そう…」

 途端に心細そうな顔をする大家さん。捨てられた仔犬感かわええな…じゃないぞ俺。

「あ、いや、すぐ戻って来ますから!ちょっと…あの、取り急ぎ必要なものが発生したっていうか──」

 俺は大家さんにその必要なものが何であるか、何故それが必要であるのか、事情を説明した。

「ん……事情は分かった。けど…それってどうしても必要?だって、どう考えても危険」

「心配させてしてしまうのは…はい、無理はないですよね…すみません。でもやっぱり()()は必要です──今の世界は甘くないので」

「…そ…わかった。じゃあ、これ──」



 そう言った大家さんに渡されたものを手に、俺は部屋を後にしたのであった。



(ハァ…大家さん…大丈夫かな独りにして…いやいや!()()は絶対に必要だ。そうだ…彼女を守るためにも──)


 だから早く行って、早く帰ってこなければ。


「よし…」


 いざ往かん。()()()()()()()()()へ。


「…っと、その前に。」


   ・

   ・

   ・

   ・

 という訳で…ってどういう訳だ。ともかく。俺は今、大家さん宅に戻ってきている。


 ──ガチャガチャ…

 
 そして彼女に渡されたキーケース、その中にあった小さな鍵を使って、裏庭の物置を開けているところだ。

 物置に入った俺は早速、試練の特典として得られた希少スキル、【大解析】を発動した。その感想は、

「うお、これは……流石……すげーな」

 何が凄いかと言うと…ここでウンチク。

 スキルには『解析系』と呼ばれるものがある。

 その基本スキルとして【識別】というのがある。

 この段階で既に有用だ。何故なら魔力を宿し、ステータスを持った生物のレベルが分かるようになり、その文字は青から赤の間で表示されていて、その色でどれだけ自分に殺意を持っているかが識別出来るのだ。赤ければ赤いほど危険なヤツ…って感じだな。物騒になってしまったこの世界では特にオススメだろう。

 その上位スキルに【鑑定】がある。

 これは相手のレベルと秘める殺意だけにとどまらず、名前も表示してくれる。そして対象に生物だけでなく『アイテム』も含まれるようになる。

 ここで言う『アイテム』とは、魔力を宿した道具のことだ。

 そして『アイテム』鑑定の場合はレベルの代わりに品質を表すランクと正式な名称が合わせて分かる仕様となっている。

 そしてこの場合の色判定はそのアイテムが秘める危険度となっている。毒とか呪いとかな。詳細な用途までは表示されない。でもそれは表示される内容からある程度推測出来たりする。なのでやはり便利だ。

 そしてそのさらなる上位にあるのが、【解析】だ。

 これも魔力を宿しているなら、生物アイテム両方に通用する。

 そしてそれらの詳細なステータスが遂に、閲覧可能となる。

 ラノベで大活躍していたこのスキルだが、この世界でもその有用性はトップクラスと言っていい。

 …ただ、

 このスキルを取得するには生産系の…しかもかなり上位のジョブにつかないと取得出来ないというキツい縛りがあった。前世、有名なスキルでありながら使える者が殆んどいなかったのはそのためだ。

 そしてそうなって当然だった。モンスターが闊歩する世界になったんだから、殆んどの人が我が身もしくは大事な人を守るために、適正もよく考えず戦闘系ジョブを選んでしまっていたからな。

 前世で生産系ジョブを選んでいたのは、それしか選択肢がなかった人だけだった。

 だから俺は、『知』魔力の試練で全力を出したのだ。好成績を修めた特典として【解析】スキルを授かった人の話を聞いていたからな。

 まあそのせいで『攻』魔力が下がるのは困ることだが、安全を考えるなら解析系スキルは必須だったし、どうせなら最上級の【解析】が良かった。

 だって考えてみてくれ。

 『二周目知識チート』にこのスキルが加われば?情報において俺より先を行けるヤツはいなくなる。

(やっぱ長所はな。とことん伸ばしていかないと…)

 かといって最強を目指すなら生産系を、しかも上位ジョブになるまで育てるなんて無理だった。

 つまり俺にはあのタイミングでしか【解析】スキルを取得するチャンスはなかった訳だ。


 ともかく、俺が手に入れたこの、【大解析】という希少スキルに話を戻すが…その性能は【解析】とほぼ同じ。なんだが…


 それを『範囲でやってしまう』という、とんでもないぶっ壊れ性能だった。だから驚いたのだ。


(まだスキルレベルは1だからな…半径にして4m…くらいか?直径にして8m…)

 つまりは、自分を中心にしたドーム状…その範囲内にあるものなら、生物アイテム問わず、魔力を宿した全てを見つけ出して解析してしまうという…。

(これは…有用なんてもんじゃないぞ?)

 一つ一つを手にとったり指定して解析するという面倒が省ける…なんてことじゃ、勿論なく。

 
(これは…このまま育てれば探知にだって使える)
  

 そう、モンスターや魔力に覚醒した人間を探知することにも流用出来る。

 といってもまあ、今はスキルレベルが低いからな。範囲も狭く、探知機能としてはあまり使えない。だが、将来的には半端なく有用となるだろう。

 それに、『アイテム』というものはラノベやゲームでもお馴染みであるったように、この世界でもモンスターを倒して剥ぎ取る素材までも含んでいる。

 そしてダンジョン内限定だが、倒したモンスターが消えた後にドロップしたり、さらには宝箱でゲット出来たりもする。

 それだけじゃない。実は、普通の民家にもあったりする。

 誰かの想いが常軌を逸して込められていた物だったり、世代を越えた永い間使われていた物だったり、もしくは何かの物騒な曰く付きであったりする物には、何故か魔力が宿りやすく、それがそのまま『アイテム』へ変貌する事があるのだ。

 前世、この情報が出回った後、一部の人間が暴走した。

 『勇者ムーブ』

 そう、ゲームの主人公よろしく、人が住んでいようがいまいが、お構いなしに押し入って力ずくで家捜しする、という物騒な事件が頻発した。

 いや、それで得られるアイテムなんてランク的には低級…良くて中級程度のものが殆んどだったのだが。

 なのにゲーマー気質を拗らせ過ぎて周りを出し抜く事に夢中になってしまったそいつらは、ただでさえ最悪になってた治安をさらに悪化させてしまっていた。

(ちなみに…ゲーム好きを公言していた俺もとばっちりを受けたっけ…おかげでひどく肩身が狭い想いをしたよな)

 また話が逸れてると思うかもしれないが…この【大解析】を使えばどうだろう?そう、無理やりに押し入ることなんてしなくとも、外から家捜し出来てしまう。

 使い方によっては罪深い能力だと思うし、今は範囲だって狭いので家の中全てとまではいかないだろう。

 …だが、それでもある程度の探知が出来る、というのはすごい…

 という話をしたら大家さんが、

『なら、私の家に行くといい。古い家だし、役立つものが、きっとある──』

 …と、提案してくれたのだった。こうして寄り道してるのは、そんな経緯があっての事。

「それにしても、キーケースをポンと渡してくるとか…」

「無用心…またはお人好し……ってのはてちょっと違うか大家さんの場合。こうして信頼してくれるのは嬉しいし、有難いよな。でも……うーん」

 どうやらこの物置には何もないようだ。庭にある物置には、使わないけど捨てられないものが置かれる。

 つまりは『思い入れのある物』の宝庫である。この物置も実際にそういうものが保管されてあったようだったが、残念なるかな。魔力が宿って『アイテム化』したものまではなかった。

「となると…次は貴重品類か」

 庭の物置に保管するには貴重過ぎるもの…つまり盗難されては困るもの。それらを保管するならやはり、家の中だろう。

「金庫の中だったらお手上げだけど…」

 なんて思いながら数時間前に戸を蹴破った玄関をくぐる、すると…

 俺が展開していた【大解析】に早速、反応があった。

 感知したこれは…間違いない。魔力を宿したアイテムだ。それも…

「おいおいおいこれ…低級とか中級どころの話じゃないぞ?」

 なんだこれは。閲覧したこのアイテムは確かに凄い内容だけど。

「あり得ないほどの魔力を感じる……てゆーかこれって、もしかして…」


 おいおいおい…アレが始まってんのか?


「………ヤバくね?」

 


 
  
「ここか……」

 大家さん宅の玄関で俺の【大解析】が見たアイテム。から発してるらしい強力な魔力。

 それを辿るようにして進んだ先にあったもの。

 目の前にあるのは、なんの変哲もない扉…

 ()()()()()()

 こうして過去形で呼ぶ理由は、その扉の隙間から溢れ出る魔力のせいだ。

 もはや空間が歪んでしまって、扉としての輪郭さえ保てなくなっている。

 アイテムにしては強力過ぎる魔力反応に嫌な予感がしていたが、

 どうやらその嫌な予感は当たってしまったようだ。おそらくこれは…


「…『ダンジョン化』、、しかけてんのか」


 この禍々しさはチュートリアルダンジョンのそれでは勿論ない。

 新たなダンジョンが発生しようとしている。それが起きてる原因と言えば、、


「一体、どれ程のアイテムがあるんだ…」


 チュートリアルダンジョンは例外として、ダンジョンというのは普通、『コアと成る何か』を原因にして生まれるもので、その種類は様々だ。 

 何か特別な力を持っているなら、自然物でもいいし御神体など信仰を集めたものでもいいし呪物でも構わない。

 アイテム化するだけで終わらないほど大きな力を宿したものなら、なんでも良いのだ。

「そういや、生き物をコアとするダンジョンもいたっけな」

 ともかく、俺の【大解析】が解析したアイテムのその類いだろう。

 その証拠にほら、今もステータスウインドウが主張している。アイテムらしきものがこの扉の向こう側にあるぞって。

「でもなぁ…さすがにこれはヤバいだろ…って、うわ!もう本当にヤバそうだ!」

 俺は咄嗟に扉を開けて──何故開けちゃってんの──バタン!ダダダダタダ──そこにあった階段を何故か俺は駆け降りて──だ か ら!



「なんで駆け降りてんだ俺!?…て、もしかしてこれ、『英断者』の称号が発動してんのか?」



 一寸先は闇。



 あの諺が常識となる今の世界では、『咄嗟の判断』が出来るかどうかが生死を分ける。

 そして『英断者』…この称号はその助けとなるもので、効果は『吉と出るか凶と出るか、判断に迷った時に吉の方へと行動を促す』というものだった。

 『運』魔力を説明する時に言ってたアレ、因果律ってやつ?それに干渉してるようだから、かなり強い効果ではある…のだろう。

 そして前世の俺が失敗ばかりしていたのは、ここぞという時に判断を誤って…というより、足踏みばかりしていたからだ。

 だからこの称号は必須と思って真っ先に取得した……んだけど…

 その『吉方』にどれ程の吉があるのか、つまりは大吉なのか中吉なのかただの吉か小吉か末吉かまではわからないし、向かう先にどれ程の危険が伴うかもわからない……

「…みたい、だな。くそう…今回初めて体験したけどこれ、結構ヤバい称号なんじゃないか…?あー俺早まったかも…」

 なんてボヤいていると【大解析】が表示してたアイテム情報の文字化け具合が、さらにと酷くなって──

 こうなってるのはおそらく、このアイテムが『アイテムである事をやめようとしている』からだ。

 つまり俺の【大解析】が探知したこのアイテムらしきものは、アイテムではない何かに──この場合はダンジョンコアに、変異しようとしている…?


「ああくそ!マジだこれ、マジヤバい!ホントに吉なんだろうな『英断者』!」


 だって俺以外の全てが黒く塗りつぶされてって…こんなの、『精』魔力を得てなければ抵抗出来ずに飲みこまれてたはず──


「──って、ええ!?…おいおいおい待てまて待てまて待て!」


 いやマジで待て俺の手!

 そうそう、視界の端でブンブン振られてる俺の手!

 俺に振られて輪郭ボヤけてるけどそれってアレだよな?

 あまりに速く振られたもんだから起こる残像現象的なアレだよな?


「………………て違うのか? ひいいいいいいいいい!!?」


 俺はどうやら、しっかりと、このダンジョン化現象に飲みこまれようとしているようで──


「いやいやいやいやいやいや!どこいった吉いいいい!?ああもう『英断者』と俺のバカあああああ!!」


 全てが輪郭を失くしてゆく黒の中、俺はもはや半泣き…いや八割泣き、だって見てこの鼻水の量。


「つか、、どんだけ物騒な厄ブツ隠してたんだよ大家さんてばもおおおおお!!!」

 
 と、彼女がいないのをいいことに八つ当たりなんてしながら、それでも追うしかない、え?何をって?

『ダンジョンコアに成り果てようとしている謎のアイテム』の、詳細な情報だったはずのアレ。

 一応表示の体を保っているがもはや文字化けして何が何だか分からないまま小さくなってくステータスウインドウ!

 それを追うしかもはやなくなってるのに、そのステータスウインドウはといえば小さくなってく一方で──というか、もはや消えそうに…って、


「ええ?ええええ!!!消え…えええ!?」


 あれが消えたら一体、、どうなるんだ?

 それは……謎のアイテムは謎のまま完全なるダンジョンコアになるのだろう。

 そうなればこの空間も完全にダンジョン化してしまって…つまりのつまり!

 それに巻き込まれる形となった俺という存在はダンジョンの一部となるべく分解され、素材とされ、吸収されて、、つまりは──


「死──え?」


 二周目開始早々に!?


「それはさすがにざけんじゃねえええ!!」


 今こそ奮い立て俺!いやこの際たまたま捻り出た感じでいいから火事場のクソほにゃらら的なとにかく一度目二度目通した生涯で一番の速度を叩き出せ!


「だってこれで追い付けなかったら──そうだ、大家さんのことだって──!」


 いやその大家さんを死なせずに済んだことだけは良かったな。あれは大吉だったわ。

 その上でチュートリアル無双の情報も渡せたことだし、つまりは…前回より遥かにマシな人生で、もはや超吉かもしれん──


「じゃ、ないからな俺!!!諦めてたまるかよおおお!!」


 俺は力の限りを搾りだして叫んだ!走った!


「待てえええええええこらああぁあぁァぁあ!!!」


 手を伸ばす!


「う…ぐ…もう少し!」


 光の粒となり果て、今にも消えそうになってもはや…ステータスウインドウですらない、それを!


 ──掴み──
    ──取──────!


   















 ──ふと周囲を見れば…何の変哲のない地下室に俺はいた。


「──はあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁああぁあぁぁああ~~ーー………──」

 
 え?はい。多分出ました。エクトプラズム何割か。安堵の溜め息諸共に。つまりはアレです。


「………お宝…ゲットだぜ…っっ!」


 という訳でダンジョンコアと成りかけていた例のアイテムは今、俺の手に握られている。

 そして文字化けがなくなったそのステータスを見れば、こう記されてあった。



========アイテム詳細=========

『今は無銘の小太刀』

 ランク 上級(未覚醒につき)
 上昇値 攻撃力+80
 耐久値 都度変動。
 スキル 今は【自己再生】のみ。

 数々の使役者を経て能力を得た魔性の小太刀。所有者を選ぶ。現性能は上記にとどまっている。

 現使役資格者は()()()

===========================


 ちょっとこれ。この小太刀。多分だが相当ヤバいぞ?それはもう、吉なのか凶なのかわからんレベルだ。

「いやダンジョンコアになろうって代物だからヤバくない訳ないんだけど。それにしたって…未覚醒で上級だと…?じゃぁ覚醒したら特級か?…いや間違いなく特級以上…」

 だって【自己再生】なんてレアスキルは特級より下のランクでは見たことない。勿論聞いたこともだ。

「……っていうのに、それ以外にも封印されてるスキルがありそうだし…となると…え?…伝説級とか?」


 下手すれば超越級!?と、ともかくこれが大吉級である事だけは間違いない!


「けど…耐久が『都度変動』ってなってるのも意味不明だし、それに加えて『現使役資格者は大家霞』ってこれ…『オオヤカスミ』って読めるけども…大家さんのことか?」


 でも確か大家さんの名前は『香澄』さんで…


「うーーーん…この謎過ぎる小太刀をなんで……大家さんが…」


 そういえば、俺は彼女が天涯孤独である事と、俺が住むアパートの大家である事以外、知らない。何の仕事をしてるのかも…。


「今さらだけど大家さん、何者なんだろ…」



 この家にあった以上、彼女がこの小太刀の存在を知らなかったとは考えにくい。

 そもそも彼女が『役立つものがあるかも』と言っていたのは、これを見込んでの事だったのではなかろうか…
 



「ま………いっか。」




 いや良くはないけども。
 取り敢えずは手に入れた。
 武器となるものを。
 しかも十分過ぎる性能のものを。

「これほどの武器があれば…うん。何とかなるかもしれないっ」

 例のアレ。

 『分の悪い賭け』

 その勝率が今、かなり上がった。

 試練で手に入れた希少スキルや称号があったが、それだけでは足らなかったのだ。

 俺は武器となるものを探していた。

 とあるダンジョンを攻略するために、なるべく強力な武器を。 

 チュートリアルダンジョン以外の…つまりは通常のダンジョンがもう発生してるかは、発生場所に行ってみなければ分からない事だったが、今の『ダンジョン化現象』を見たいまとなっては、狙いのダンジョンが発生してる可能性が十分にあるとわかった。つまりは現状で捻り出せる勝ちの目は──


「出揃った…な」


 そう思った。思うしかなかった。そして行くしかなくなった。

 吉でも凶でも関係ない。

 もう、やるしかなくなったのだ。

 俺は、『あのダンジョン』で『アレ』を手に入れる。

 それをしなければ俺のチートは完成しない。だから。

「それに、大家さんも待ってる。いつまでも一人にしておけない……全部分かってんだ。なのに…くそ、今更ビビるなよ、俺…」

 すくんでしまって、床に根をおろしてしたかのような自分の脚を両の手で叩きながら。

 『英断者』にも『ほら往くぞ』というニュアンスで急かされながら。


 俺はゆく。

 今やトラウマと化したあの地へ。

 いざ。



 『無双百足(ムカデ)のダンジョン』へ。



=========ステータス=========


名前 平均次


防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】

《称号》

『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』

《装備品》

『今は無銘の小太刀』new!

=========================




 標高だけでなく周囲の関心まで低い山の中。

 生えるがままの鬱蒼たる木々に埋もれてそれはある。

 誰が何のために建てたかわからない、見た目は崩壊寸前の小屋…じゃなくて。


「いや探してたのはこれだけど。確かこの辺に──」


 そう、小屋はあくまで目印だ。いや、もしかしたらデコイだったか。

 中を探して何もないと思ったらもう二度とこんなとこに来ないだろうからな。

 でもこの小屋から少し離れた…えっと、この辺だったか?草をかき分けて地面を探せば…

「──お。あった」

 直径2mほど。人間の感覚では大穴と呼んでいいそれを覗けば──

「──ビンゴ。」

 …あった。階段。
 ダンジョンへの入り口だ。

「やっぱ既に発生してたみたいだな…」

 ここは、その名も『無双百足(ムカデ)ダンジョン』。

 前世では超難関で知られたダンジョンであり……俺が死んだ場所でもある。

 そう、このダンジョンのボスはあの巨大ムカデで、俺はヤツに用があってここへ来た。

(いやホントは来たくはなかったけど、)

 『英断者』がまた発動して。

 しかも強力に。

 いやここに来る事は真っ先に想定たけど。

 いざ行くとなるとホンっっトーーに嫌で。

「多分…称号に急かされなきゃこなかったなこれは…ともかくハァ…早速…ああもう!行くぞ俺っ!」

 ──でもうーん──ホント行きたくない──それでも対策は練ってきた──武器だって揃えたし──ならやるだけ──

「って…衝動どころか、思考まで誘導してくんのかっ!くそぅ『英断者』め、厄介な称号だホント…」

 いや、まぁね?

 こんな時の足踏みが良い結果を生まないのは前世で嫌と言うほど経験してたからな。流石にもう諦めたわ。

 だから、行く。

 という訳で階段を降りて見てみれば…
 
「…ハァ…やっぱいるよな。」

 …ヤツだ。
 
「……ん?」

 いや、いたにはいたけど、随分と、 

「…小さくなってないか?」

 前世で見た巨大ムカデは頭だけで大型トラック前部ほどのサイズを誇っていた。

 今のこいつもムカデとしちゃ巨大は巨大…なのだが。前世と比べると、その巨大さが全く追い付いていない。

「生まれたばかりだからか?」

 全長が大人の人間を5人並べたくらい。太さも少し大柄な人間とそう変わらない。

 ふむ…お陰で恐怖が和らぎました。ええ。なんせトラウマでしたから。

「…ホント助かります…」

 と合掌しつつお辞儀しながら思うのは小さくなっても変わらない見た目のおぞましさ。

 ヌラヌラと油に濡れたような甲殻は生き物特有の柔らかさがある…と想わせといて弾力性があってアホほど堅牢ほぼ()()

 その裏側に百本もある脚なんて超キモい。それぞれに個性でもあるかのように蠢いている。

 だけど中空を這い回る特性上、ちゃんと使われてるとこを見たことがない。

 なのにわざわざ強調して見せてくるんだから見た目だけでなく性格もきっと悪い。

 いや先入観でこんなこと言うのは良くないか…いや良くなくなんてない。

 なんせ殺されてんだから。あの醜さに比例して邪悪、そうに決まってる。

 というかこれ以上見ていたくない代物だ。だから、

「ハァ…早速やるか、──おいお前ッ!」

「ギジ…!?」

「…取り立てに来たぞ」

 だって約束したじゃん?一方的にだったけど、ほら。
 
「一杯奢ってもらう約束…いや。この場合は、『一本』だった、なッ!」


 ドンッッ!!!


 言うやいなや俺は突進した!

 それに合わせてぐねる巨大ムカデ!

 おうこいやいてもうたる!

 人間思い込みと開き直りが肝心や! 

 と、唐突にだが戦闘を開始する俺!

 中空を移動出来るのにカシャカシャ百本脚を蠢かす無駄は相変わらずの巨大ムカデだがそのスピードは健在なよう…と思っていれば、

 いきなり静止しやがった。開幕早々にフェイントか──いや!

(『アレ』をするつもりかっ!)

 ヤツにとっての丁度いい高さでもあるんだろう。巨大ムカデは中空に頭部を固定させると早速──


 …ッップシアァッ!!!


 先ずは小手調べとばかり吐き出した。

 お得意のアレを。
 強酸にして猛毒なる魔力液を。

 前世ではアレの威力を身をもって知る事となったが、その毒性は今回も健在なのだろうか。

 いや、

 ああ見えてあれは立派な攻撃魔法。

 そして魔法に耐する値である『精』魔力が俺は低い。

 最低ランクのしかも初期値だからな。つまり前より威力が下がってようが関係なく当たれば即死だ。ここは当然回避する。

(次はどう出るムカデくん?)

 突進しながら顎を使った噛み切りか?

 尻側を振って毒針で迎撃か?

 はたまた身体全体を使った高速とぐろ巻き防御か?

(毒酸吐いた後はこの三パターンだったよな?ああそうさ。前世のうちにお前の戦力と行動パターンは全部…っ)

「把握済みなんだこちとらぁ!」

 ──ガチン!

 どうやら今回は噛み切り攻撃だったようだな。でも、

(空振り乙!)

 ホント良かったわ。毒酸の全方位無差別発射とかなくて。

 ともかくその噛み切り攻撃は盛大に空振った。立派な顎が噛んだのは空気のみ。

 そしてそれは外したなんてレベルではない大ハズレで…それもそうだ。巨大ムカデは俺を無視して明後日の方向へ向かったのだからな。

(ふふ。()()()()()()()()()()んだろ?)

 でも残念、ソレは俺じゃない…いやホントは『ふ…お前が攻撃したのは、俺の分身だ。』ってやつを言いたかったが言わない。声を出せばヘイト向けられるし。

 説明しよう!『ヘイトを向けられる』とは!敵の注意を引いてしまう事なのである!そしてあの分身は、俺の器礎魔力によって生み出されたものなのである!

 すまんふざけ過ぎた。
 真面目に解説しよう。

 前世の俺がタンクをしていた事は前述したが、タンク系ジョブで覚えられるスキルってヘイトをコントロールするのに特化していて、つまりは自分に攻撃を集中させるものばかりだったんだよな。

 俺はそれにウンザリしていた。

 だって、仲間を守るためとは言え、そんなのを日常としてたら命がいくつあっても足らんだろ?

 その事に常日頃悩んでいた俺が偶然、編み出したスキル、それがこの、【魔力分身】だった。

 その効果は『魔力に自分の器礎魔力をコピーして放出、囮とする』というもの。

 ああ、ここで言う『魔力』ってのは俺を魔力の器たらしめる《器礎魔力》…とは別の魔力の事だな。これはその中身となる魔力の事で、

 そう、俗に言う『MP(マジックポイント)』といやつだ。

 RPG用語で知られるアレ。魔法を始めとする(スキル)を使う際に必要となるエネルギー。

 今の俺はそれを使わず、器礎魔力を使って分身を生み出した。

 つまりこれは、まっとうな発動のし方ではない。

 どうしてこんな方法を知っていて、しかも出来るのかって言えば、【魔力分身】を偶然編み出した際、このやり方で発動したからだ。

 ある日、絶体絶命となった俺は咄嗟に、自分から器礎魔力をひっぺがし、囮にした──え?なんで今更になってそんな効率の悪い方を選ぶのかって?

 それは俺に、まだMPが備わってないからだ。

 俺はまだ『攻』魔力の試練を受けていない。

 つまり俺の器礎魔力はまだ完成していない。

 それはシステムから、まだ『魔力の器』として認められてないという事。

 器がない以上、MPは注がれない。

 そう、俺はまだアクティブスキルを使うために必要なMPを手に入れていないのだ。

 だから【分身】を発動するには器礎魔力を使うしかなかった。

 勿論これは、ハイコストにしてローリターン過ぎる戦法だ。

 死にたくない一心からのその場しのぎを再現してんだから当然だ。

 そしてそんな無謀をすれば、どうなるか……って、お。


『取得条件を満たしました。個体名平均次が【魔力分身】を習得しました』

 
(無事に【魔力分身】を習得したみたいだな…つってもなぁ…)

 このスキルはあくまで『MPに器礎魔力をコピーして放出する』という性能。

 だからこの後、俺がチュートリアルダンジョンで器礎魔力の全てを取得し、魔力の器として完成したとシステムから承認された結果、MPを注がれる──ってとこまでいかないと使えない代物。つまり今はまだ使えない。それはともかくとして、



(よし!結果は上々だっ!)



 え?うん。こんな危ないこと、【魔力分身】を習得するためにした訳じゃ勿論ない。

 ていうか、戦闘において《器礎魔力》が大事なものであるのは言うまでもない。

 それをひっぺがしたりなんかしたら、俺はただの人間に成り下がっちまう。

 それでもだ。

 俺は今回、あえて、積極的に、手放した。それは勿論、意味があるからだ。

 上位モンスターというものは…例えばダンジョンボスとか、特別なモンスターというのは、魔力を視る事に長けている、というか、それに頼り過ぎる傾向がある。

 実際、ヤツらの殆んどは【魔力視】というスキルを備えている。

 雑魚を倒すのに重宝していた取って置きのスキルが、ボス相手だと【魔力視】で常時警戒され、簡単に前兆を見切られ、避けられてしまう、というのは前世ではよくある話だった。

 ボスが強力な攻撃魔法を必ず備えているのも、その警戒の顕れなのかもしれない。

 ともかく、魔力というものに異常なほど敏感な反応を示すのが上位モンスターというものだ。

 この巨大ムカデもその上位モンスターの例に漏れず【魔力視】を当然に備えていた。

 前世で戦った際も魔力攻撃に対し超敏感に反応していた。

 そんなヤツが、だ。

 『俺から魔力と呼べる殆んどを抜き取って作られた分身』

 なんてもんを見れば、どうなると思う?

 そう。注意を引くどころの話ではなくなる。

 その分身こそが『本体』だと勘違いしてしまう。

 その上で、本体である俺を完全に見失うという間抜けな現象まで起こってしまう。

 奴から見た今の俺というのはただでさえ、MPを持たず、魔力的存在感が薄く感じられたはず。

 なのに、そこからさらに影を薄く…というか、実質ゼロとしてしまったのだから、ヤツの眼中から除外されるのは当然の事だった。

 ともかくこうして、巨大ムカデはその目でしっかり捉えていたはずの俺を完全に無視し、分身の方を追ったのだった。それこそが本体だと見抜いたつもりで。


 こんな美味しい隙、狙わない方がおかしいだろ?


 そしてこうなると承知していた俺がどうしたかと言えば、分身を飛ばす前にはもう、踏み込み、猛スピードを叩き出していた。

 と言っても、器礎魔力を手放した以上、その猛スピードも慣性に任せたものでしかなくなっている。

 それでも踏み込みに使った魔力が利いて、人外に近い速度となっている。

 よってこのまま一直線、巨大ムカデの死角へ潜り込む!

 眼前に迫るは選り取り見取りとなった百本脚!の内の一本!それを、すれ違いざま──


 …ッッス、パンッッ!!!


(よしッ!やった!)


 こうして、俺の『速』魔力が生み落とした運動エネルギーに乗った『攻』魔力+80の効果の『今は無銘の小太刀』による斬撃は見事、ムカデの脚を斬り飛ばすことに成功したのである。

 見てみれば、巨大ムカデは何が起こったのか分かってないようだ。とりあえずと防御姿勢を選ぶしかなくなって──

(…でもな、今さら高速トグロなんてしても意味なんてないぞ?)

 だって俺、このまま離脱するから。

 つか、もう既に階段目指して走ってるから。

 このボス部屋を一刻も早く脱出すべく…

 え?はい。
 倒しませんが。
 逃げますが。
 逃げますよそりゃ。

 だって前世よりだいぶ弱体化してると言ってもこいつ、見た感じ『速』魔力が俺の二倍くらいありそうだ。

 そりゃそうだ。相手は超難関ダンジョンのダンジョンボスで、それに対するこちらは『速』魔力が神ランクと言っても、まだ初期値のままなんだから。

 それにあの毒酸…今もダンジョンの地面をジュウジュウいわせてる魔法攻撃の威力を見ればお察し、『知』魔力の高さだってあちらのが断然高い。

 『技』魔力だってきっとそうだ。百本もの脚を駆使したり、空中移動したりと、大変に高度なことをしてらっしゃる。

 他の器礎魔力値だと俺はポンコツの部類だし。比べるべくもないだろう。

 つまりのつまり、コイツは今の俺からすれば格上過ぎて格上ってことだ。

 じゃあ何のためにここに来たのかって?それは──



(『コレ』さえ手に入れたらもうここに用はないのだよ!あとは撤退あるのみ!あばよ!)



 ということだ。え?『コレ』ってのは…そう、さっき斬り飛ばした『百足の脚』だな。

 え?殺された恨みはどうしただって?じゃあ逆に聞くが、その恨みで大家さんを守れますか?いや守れない(反語による反論)

 しかし、ここで問題が浮上する。その問題とは当然、さっき手放してしまった器礎魔力についてだ。

 あれのせいで今の俺の身体能力は…一般男性の平均…よりちょっと下くらいとなってしまっている。

 そんな貧弱な俺があの巨大ムカデに発見されたらどうなる──てうおお!?言ってる傍から見つかったか!でも!?

 あえて言おう!
 満を持して声出して!


「もう遅い!遅いのだよ!」


 そう、もう遅い!なんせ俺は、


「『最速者』の称号持ちっ!なんだからな!」




=========ステータス=========


名前 平均次


防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10

《スキル》

【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】【魔力分身】new!


《称号》

『英断者』『最速者』『武芸者』

《装備品》

『今は無銘の小太刀』

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