「考えろっ、俺っ!」



 俺にあって、
 アイツに無いもの、
 それはなんだ?

 …ってなってすぐ浮かぶのは…

「くそ、『経験』くらい…か」

 なるほど確かに。そして悲しいかな。それくらいしかないようだ。

 でもこれは馬鹿にならない差だ。

 しかも俺のは特別性、言わずと知れた『二周目知識チート』だ。

 そう、チートだ。
 ズルってやつだ。

 こんな世界になってまだ二日。全世界が同じスタートラインから始めて必死になって試行錯誤してる中、俺だけが前世で数年分の経験を積んでいる。我ながらズル過ぎるアドバンテージだ。

 だから、


「諦めねえよ。これぐらいで。」


 そう、まだだ。やりようはあるはず。


「ほら、どうした。なんで動かない?」


 …多分これも経験のなさが原因だ。

 コイツは、生まれたばかりで強くなりすぎた。

 そうなった以上、多少は知恵が回る方なんだろうが、心が育ってない。だからこんなにも戸惑いをあらわにしている。

 なら見せてやろう。経験の差ってやつを。


「──なんだ、お前、この期に及んで怖くなったのか?」


 違う、俺だ。怖がってんのは。

 だから、なあ、阿修羅丸。

 教えてくれ。
 お前はどうすれば釣れる?
 どうやれば調子に乗る?
 もしくは挑発に乗る?

 教えてく──

「(いやだから考えろって俺っ…って…ああ、そうか…)…楽しい時間が終わった…それでそんな顔、してるのか?」

 そうだ。推測にすぎなかったが…あった。ステータスを再確認して確信した事が。それは…

「おい阿修羅丸、もしかしてお前──」

 このネームドは。

 俺の遥か上の戦闘力を身に付けたこの格上モンスターは。

 
「俺を、えっと…目標に、してたのか?」


 いや自信を持て。
 多分合ってる。

 ステータスにあるスキル構成を見れば一目瞭然、ここまで真似されてんだからそのはずだ。強くなってく過程でも『好敵手』なんて称号を授かるくらい俺を認めていて…だからこそ、

「強くなり過ぎて、追い抜いちまって、ガッカリしてる、そんなとこか?」

 相手がモンスターであってもさすがに分かる。ひどく落胆した顔だ。さっきからずっとこうで、俺はそれが気にくわなくて──

「『え?こんな弱そうなやつだっけ?』…とか、思ってそうだな…」

 そんな俺の問いかけに残念そうな顔で返す余裕すら、今のコイツにはある。ホント屈辱なことだが…今はな。半ば納得もしている。

 何故なら俺もあれほど雄弁だった『英断者』から、何も感じとれなくなってるからな。

 こうなったのはきっと、未来の敗北が確定されたからで──

「はあ?知るかっ、そんなんっ!」

 勝手に憧れてガッカリしてるこの情熱系モンスターにしろ、勝手に見切りを付けて沈黙しやがった早計な称号にしろっ!

「何様だっ!俺に断りもなく勝手に諦めんなよ俺をっっ!そうだ勝手に…決めつけんなよ…っ」

 やりもしないうちに決めつけて諦める…それってホント、良くないぞ?前世の俺が悉く失敗したのはそれが原因だったしな。『経験者は語る』ってやつだ。だから、

「ほら、胸を貸してやるっつってんだ。目標だったんだろ俺が?なら試してみろって」

 てゆーか試して下さい。
 じゃないと困るっ!言わんけど──って、

 「ぎっ、」ギュン!

 「って素直かよ」

 早速乗ってくれた。攻撃してくれた。 …けど。

(…しゃーなしって感じだな…)

 多分他の誰かが見れば鋭いんだろうが、俺からすれば労りすら感じる。コイツ、手加減してやがる。モンスターのくせに…っ、
 
「舐めやがって…そっちがその気ならな…」

 ──ガンっ!

「ぎゃぃ…っ?」

 俺は、スキルも魔力も全部オフにして、阿修羅丸を殴ってやった。

 それは敵の防御を掻い潜って呆気なくも命中した。

 …多分、俺から感じられる魔力の動きが急に止まったからだろう。コイツは高位モンスターの例に漏れず、【魔力視】を持ってるからな。

 つまり今の攻撃が命中したのは、魔力の動きが感じられななくなり初動が掴めず、しかも素手で殴ってくるなんて予想出来るはずもなく、完全に意表を突かれた形になった。だから当たった。

 …ただな。

 魔力がこもってないんだから当然、【MPシールド】に阻まれてしまう訳で。逆に俺の方がダメージを負ってしまう訳で。実際、俺の拳は血を滲ませてる訳で。

 でも俺はそんな事は気にせず、オーバーハンド気味に、でも小刻みに、如何にもいじめっ子がいじめられっ子を小突く時の感じで。

「おーい、起きてますかー?戦闘中ですよー?」

 それはもうガつガつと。なぶるように殴ってやった。何度も何度もな。もう俺の拳は【MPシールド】ごしの殴打で、血だらけだ。

「ぎ…?い…?」

 それでも阿修羅丸は反応を示さない。いや、どう反応していいか分からないようだ。呆然と立ち尽くして血に染まってく俺の拳を、ただ見つめるだけ…それなら。

「ハァ…もういいや」

 これはどうだ。

「お前、つまんね。」

 溜め息をつき、全く興味を失った顔を見せると、俺は阿修羅丸に背を向けた。
 そして歩いてゆく…っていや、脱出出来ないのにどこ行くつもり?って話だけど。これも演出だから──

「ぎっ、ぎぃ、ぎが、」

 ──お?効果ありそう?

「ぎに、ぎぎ、まげっ」

 いいぞ。
 ほれイカれ。
 背中向けてるから見えんけど。
 とにかくほら、許すな俺をっ。

「いぁ、まげおぉぁあああああっ!!」

 お──ドゥムっ!

「おおおおおおおおお!?」

 俺は吹き飛ばされていた。まあダメージはないけども。お返しのつもりなのか阿修羅丸も魔力を込めてこなかったからな。

 それでも全力では押してきた。

 それを俺は、あえて避けなかった。素直に吹き飛ばされる事にした。
 だってその全力が如何にも『なんだよおおおっ!』って、いじめられっ子がキレた時の感じがしてなんつーか、意外と可愛いとこあんなとか思わず絆されて、そんで、

 ドサ、ずすー、

 俺は、うつ伏せの状態で無様に着地、そのまま慣性により地を這うように引き摺られ──それが止まると、間抜け過ぎるその姿勢を取り繕うように膝や腹やらをさも面倒そうにはたきながら、

 ゆっっくり、何事もなかったように、

 立ち上がった。そしてこれまたゆっっっくりと

 阿修羅丸の方を向いて、如何にもダルっそうに

 ゆぅっっっっくりと、木刀の切っ先を向け、

「…おー?やる気になったか?」
 
 と、挑発するように。いや実際に挑発を目的として。軽く木刀を揺らしてやったのであるクイックイ。

 その意味をちゃんと汲んだか、阿修羅丸は顔を真っ赤にしていた。
 というか悔しそうに顔を歪めて、憎たらし気に俺を睨んで、その目に少し涙らしきものまで浮かべてるのを見た時ゃ…流石にな。もしかして悪いの俺?と反省しそうになりながら。

 俺は言い放った。

「いつまで棒立ちしてんだこのっっ、チキン野郎がぁっ!!!」

 いや、普段言いなれてないからこんなの。使い古されてグラム1円になってるだろう安っすい挑発をお見舞いしてみたけどこれヤバい、我ながら恥ずい。

 でも生まれたばかりでこんなことに慣れてない阿修羅丸にはな。効果てきめんだったみたいだ。

「ぎいぃ、ぐぁがぁああああああああっ!」

 釣れた。
 今度こそ襲いかかってきてくれた。 
 ならばこちらも応えよう。その本気に。

「ハァ、やっとか。」

 今日何回目かわからん溜め息をつきながら。それでも俺は本気全力全開で──いやぶつからないよ?

 阿修羅丸の弱点を今度こそ、洗い出してやる。


「本当の戦いは、これからだっ!」


 あ。これ言ったらあかんやつ?