「うえ…、」
とか。
「…うぷ、」
とか。
俺の隣で女子力の欠片も感じさせない『えずき』を連発する才子を横目にはしたないなとか思いながら。
「うぶ、ぅぇッ!」
俺もえずいていた。
「もう嫌!…ちょっと均兄ぃ!か弱い女子になんて事させんのよっ!」
俺達の中で一番レベルが高いくせに何を言う。コイツのどこら辺がか弱いというのか。小一時間ほど追求してやりたい。
ああちなみに義介さんもレベルなしだぞ?だってまだジョブに就いてないらしいからな。おっと話が逸れた。
「あのな。こんな世界になっちまったんだからモンスの死骸だって立派な資源だ。これからの家事に『剥ぎ取り』が含まれるようになっても不思議はない。だったら今のうちに慣れといて損はないだろ?」
「こういう時の三段論法ってホントムカつくょね…そこまで言うなら均兄ぃも手伝いなさいよっ!」
「だからアホう。見ての通り俺は狩るのと食うので手一杯だ。だったら調理全般についてはさっきまで休んでたお前に任すのが適切ってもんだろーが。花嫁修業と思って頑張れ?」
「く、また三段論法…っ、…てゆーか、…………よく食べられるね………こんなの…」
ついさっきまで不満を爆発させていたのが嘘のようにテンションを急落させる才子。そうなってるのは俺の行為にドン引きしてるからなんだが。
それは俺もだ。
「うん…自分でも頑張ってると思うよ…」
自分でやってる事なのに。ドン引きがとどまる事を知らない。
「あー、塩とか胡椒とか、なんか調味料持って来ようか?」
その心づかいは有難いが、少々の手を加えた所でこの生臭さとエグ苦さが消えるとは思えない。
「根本的な部分で調理法を確立しないとな…あーもーこれ、ホント不味いわ。でもいい。そんな暇ないし。なんせ人命が懸かってるからな」
「鬼怒恵村の人達のためにそこまで…?均兄ぃにこんな博愛があったなんて知らなかったよ」
「アホう(そりゃ…前世で知った顔がこの村には何人もいるし助けたいとは思ってるけど)…いや、なんでもない。」
「もう。ホントなんなの?」
こうして身体張ってるのは、お前ら兄妹を死なせないためなんだからなっ!なんて事は言えない。それより、
「急がないとな…(義介さんが狂っちまう前に…)」
前世で義介さんと出会った時は普通に見えたが、あの時はもう手遅れの状態だったらしい。
今世は間に合ったようだが、いつそうなるかは時間の問題だろう。
そして、何が原因でそうなったか、俺は知っている。
だったら早いとこ本格的行動に移せばいいって話なんだが。
そのためには色々と準備が必要なのだ。こうして強くなる事に焦ってるのもそのためだ。じゃないと…
(才子が死んじまう…そうなれば義介さんも……いや、才蔵もだ。最終的に三人とも死んじまう)
それを回避するためには嫌な事でも躊躇なんてしてられない……。
…覚悟を決めた俺は、
ぐっと鼻をつまんだ。
そして…
「えいやっ!」
才子がスライスしてくれたそれを、また口に放り込む…!そして、
「おぶぅえっ!」
またえずく。
「うううううん!マジ不味い!気持ち悪い!くそ!」
熱した石の上でしっかり火を通したんだけどな。それでこの酷い味が改善される事は殆んどなかった。
むしろ歯ごたえがさらに嫌な感じになってしまったんじゃなかろうか。
ひと噛みひと噛みに勇気を振り絞る必要がある。
喉を通す時なんて決死の覚悟が必要だ。
それが食道を通って胃袋に到達すれば…
「──うがッ!きたっ!」ぎぃゅるるるるるる!
と体内で音が鳴って…いやこれは下痢の症状とかでなく。
消化を開始した臓器が途中で劇物と認識し、危険を感じて排出しようとするも、俺が嘔吐を我慢するので完全除去を諦め、ならばと魔力の助けまで借りて急速分解、己が一部とすべく捨て身で吸収結果…っっ!
「ぬああ…感っ …じるっっ」
俺の中の内臓という内臓が、ネジくれるレベルで蠢動を繰り返すのをっ!
「ぐああああっもう!これホント!何とかしてくれぇぇえ!!」
「そう思うならなんで食べんのよそんなものっ!もういや誰か助けてー!」
才子が混乱するのも無理はな──え?一体何を食べたらこんな事になるのかって?
あー、それは、
『餓鬼の肝』 …だな。
スキル成長の限界を察した俺は、餓鬼をなるべく傷の少ない状態で倒して才子に渡し、解体してもらって肝臓を摘出、スライスしてもらったそれを熱した石で焼いて食う…というおぞましきローテーションをもう、かなりの回数繰り返してる。
それでもこの拒絶反応は毎回毎回新鮮さを損なわないのだから嫌になる…と、このように。
モンスターというものは食材とするには劇物過ぎるが、『無理をすれば食用出来る』って部位が必ず一つはあるものだ。
前世でそれは有用な劇物とされ、『魔食材』と呼ばれていた。
餓鬼の場合だと肝臓がそれにあたる。今はそれを摂取している最中だな。それも大量に。
『モンスターの一部を食らう』この行為は『魔食』と呼ばれ、見ての通りかなりの苦悶を強いられる。
だが、自分の強さに見合った魔食材かどうかさえ見極められたなら死ぬ事はない──いや…言い直そう。
死ぬ事はないが死ぬほどツラい。それに、やっぱり危険も伴う。
さっき言った『見極め』を間違えたらホントにヤバい。
強すぎる魔食材を口にすれば死ぬ事だってあるからな。
その見極めが成功したところで苦痛が過ぎ去るまで無防備となるのは確実だし。
何故そんな危険を冒してまで魔食に挑戦するかと言えば、それに見合うだけの効果があるからだ。
…このように。
『【魔食耐性LV3】に上昇します。』
『【強免疫LV3】に上昇します。』
『【強排泄LV3】に上昇します。』
『【強臓LV3】に上昇します。』
『【強血LV3】に上昇します。』
【魔食耐性】とは、『微弱だが、魔食行為に対する耐性が生まれる』というスキルだ。
魔食をするには、その魔食材を食すに耐えうるだけの器礎魔力を宿している必要があるのだが、このスキルがあれば、その限界を越えて強い魔食材を摂取出来るようになる。
でもまあコモンスキルだから。その効果はまだまだ弱い。取得してもあまり大それた挑戦はしない方がいいだろう。俺みたいにレベルアップが封じられてないなら特に。
【強免疫】とは、『あらゆる免疫が微弱だが上がる』というスキルだ。モンスターの一部を食べるんだからこういったスキルが生えるのも当然か。
【強排泄】とは、『強制的に不純物や老廃物を体外に排出する』というスキルだ。
魔力による強化、特にレベルアップで覚醒前より元気になったように見えて、その実、強化による負担が蓄積し、気付けば肉体内部がボロボロになっていた…なんてのは前世で良く聞く話だった。
そうならないようにデトックスしてくれるこれは、結構優秀なスキルとして有名だった。コモンスキルの説明文でお約束の『微弱だが』ってのがない事からもその優秀さは伺える。
そして【強臓】。
これは『内臓を強化する』というスキルだ。この簡単過ぎる説明文を読めば地味に感じるが、これにも『微弱だが』の文言が含まれてない。つまりコモンスキルでありながら結構強いスキルという事だ。
この不親切な説明文を補足するなら、魔力による無理矢理な強化ではなく、肉体が元々持つ消化や吸収や循環など、人体が持つ純粋な機能を高めるというスキルとなっている。
その結果何が起こるかと言えば、さっき取得した【強免疫】や【強排泄】など肉体内部の働きに関するスキル全般を、さらにと強化してくれる。
魔食をすればその効果の凄さがよく分かる。魔食材を取り込んだ時に肉体が強化され度合いがこのスキルを持っているかいないかで全然違うのだ。
それどころか、魔力による強化の負担で不健康になった身体を補うための魔食であったはずが、健康になりすぎてさらに魔力を取り込もうとする、なんて逆転現象が起こる。
取り込んだその魔力は器礎魔力に反映される。つまりは、レベルアップなしに器礎魔力を強化する事が出来るのだ。
でもこれ程に優秀なスキルだからか、【強臓】を取得するには【強免疫】と【強排泄】の両方を先に所持する事が条件となっていたのだ。
でもこの二つのスキルを取得するには、『食中毒にかかる』って条件をクリアする必要がある。
その取得条件が知れ渡ってからは、逆に試す人が少なくなっていった。コモンスキルでありながらレアなスキルとされていたのはそのためだな。
しかし『魔食』ブームが到来すると、魔食材を大量に食せば、【魔食耐性】と【強免疫】と【強排泄】と【強臓】をセットで取得出来る、という事が分かった。
でもレベルが低いやつが大量に魔食したりなんかすると、その魔食材が適正レベルのものでも下手したら死ぬからな。この荒行に挑戦するやつもあまりいなかった。
もちろん、今世ではこんな事を試すやつはまだ現れてないだろうし、噂にすらなってない。いまのとこ俺だけ知る裏技。
…なんだけど。
「こんなスキルまて取得するとは想定してなかったわ…つか、初めて聞くスキルだな、これ」
そのスキルとは、【強血】。
これは『血液自体を強化し、肉体改造とその維持に役立てる』という、【強臓】をブーストするためにあるようなスキルだった。
そもそも、魔食自体にそれ程の効果はないはずだった。
さっきも述べた通り、前世で魔食という文化が流行したのは『レベルアップでかかる負担に負けない肉体作り』が発端だからな。
だったら何故、今回は前世で聞かなかったスキルを取得するほどの強化となったか。
それはおそらく、俺がレベルアップをせず、器礎魔力を1ptも上昇させてない内から…つまりは初期値のまま『魔食』に挑戦したからだろう。
これも前世では誰もしなかった無謀だ。
俺が言った『無茶』とはこの事だった。
でもしょうがないだろう?
レベルアップ出来ないんだから。
レベルアップ以外で器礎魔力を上げるっつったら無茶な魔食以外になかったんだから。でもそんな無茶に挑戦したからか、
『『グルメモンスター』の称号を獲得しました。』
「こんな称号までゲットするとはな」
これも前世で聞いた事がない。
早速効果を確認したら、こうなっていた。
『グルメモンスター……レベルアップに頼らず、モンスターを食らう事で強化を狙う狂った人間…ですらもはやない。真のモンスターと呼ぶべき存在が授かる称号。その効果は以下の通り。
①【強骨】のスキルを取得。
②【魔食耐性】の効果が二倍になる。
③魔食による肉体改造と器礎魔力成長の両方に大きな補正が掛かる。
④モンスターを見ればどこが魔食材か分かるようになる。
⑤それを認識した上でモンスターに攻撃すれば、一定確率で恐怖状態に陥れる。
⑥この称号を持つ者は『テイマー』の適正を持つ』
「いや取得条件!尖り過ぎだろこれ…」
『レベルアップする前に魔食を試す』なんて、器礎魔力が初期値の段階でべらぼうに高く、なおかつレベルアップを封じられたやつ、つまり俺しか試さない。
「だから前世で聞かなかったんだろうけど…にしても、、、強すぎないか?この称号」
一個のみとはいえスキルを取得出来る。その上、取得済みのスキルまで強化してくれる。
さらには肉体改造にさらなる補正がかかる。それに引っ張られて器礎魔力も大きく上昇する。
無茶な試食をトライ&エラーしなくても、魔食材がどれか分かるようになるのも嬉しい。しかもそれを利用して攻撃にデバフ効果まで乗せられる。
「……スゴすぎだろ。あとは…『テイマーの適正』か。うーむ、これはあんまり関係ないな」
テイマーになる予定はない。というか、【MP変換】を封印されてるからそもそもとしてジョブに就けない。 …くそうっ。
「…てゆーか誰がモンスターやねんッ」
もはや狂人ですらない。ひどすぎる。
「えっと、均兄ぃ?独り言に忙しいとこ悪いんだけど、」
「ああすまん。色々と思うとこがあってな。どうかしたか?」
「いや、なんだか…大きくなってない?」
「はあ?何が。」
「だから、均兄ぃが。」
「俺?…お、おお、ホントだ…」
言われて気付いた。見れば服がパツンパツンだ。
「おおお…我ながらゴツくなったもんだなぁ」
すげーな『グルメモンスター』。
「…そんな感想で済ますんだ…やっぱ変だわこの人…」
成長期など遠の昔に終えているからか身長こそ伸びてなかったが、余分なものが全て削げ落ちて、それを埋めるように筋肉が浮き出ていた。
筋量もそうだが、感触が今までとまるで違っている。
なんとゆーか柔らかくなったのに、ぎゅっと詰まってる?
筋肉が肥大化したたげでなく繊維が密となり、その上で柔軟さを損なわずに満遍なく大強化されたこの感じだ…つか、
「骨もかよ…ホントすげえな…」
【強骨】の影響だろう。何となく感じる。とにかくがっしり、いやどっしりと。芯から支えられている感じがする。
いやいやいや、骨が頑丈になっただけでこうも変わるか?姿勢が完全な形に矯正されているような感じまでするんだが。
これは…魔力取り込みからの歪な肉体強化とはまるで違う。
どうやら俺は、とんでもない肉体を手に入れた…かもしんない。
(いやまぁ、その分、大変な目にあったけど)
いや、それでも、いい。
今後も魔食をする必要があっても、いい。
その度にこんなにも強化されるなら、いい。
いや、それもまだ分からないか。
「次の魔食材を食べてみないとな…」
そう、『これ以上餓鬼の肝を食らっても何の変化も得られない』って事が何故か分かっている。これも『グルメモンスター』の効果なのか?『これ以上の肉体改造を望むなら、別の魔食材を探して摂取するしかない』…という事まで、何となく感じる。
ともかく、今回の魔食は実りありまくるものとなった。普通ではない方法だし、まだ分からない事が多いが、レベルアップに代わる強化方法を手に入れた事は、間違いない。
という訳で。
この魔食でステータスがどれ程変わったか、知りたくなるのか情ってもんだ。
俺は早速、確認するのだった。