こんな危険ばかりが目立つ世界になっては生産職なんて敬遠されがち。みんな我が身や大事な人を守るために戦う力を欲っした──前にそう述べたが。
前世で生産職が育たなかった理由は他にもあった。
その理由とは、チュートリアルダンジョンに大きな問題があった事だ。
生産職を志す人達、もしくは生産職に絶対に向いている人達にとってあのチュートリアルダンジョンの仕様は不利以外の何物でもなかった…いや、もはや鬼門であったと言ってもいい。
なんせ生産系ジョブの獲得を決定付ける『技』魔力の試練が、単純明快なバトル形式でしかなかったのだから。
あれでは戦闘向きの者しか好成績をおさめられない。そしてそんな者の殆んどは戦闘職を選ぶ。
これでは生産職が育つはずがない。俺は、これもシステムの罠だったのではないかと睨んでいる。どういう理由かわからないが、生産職を増やさないようにわざとあんな仕様にしたのではないかと。
だから、才蔵を気絶させてまでここに連れてきたのだ。チュートリアルダンジョンに挑戦させないために。
才蔵は異様に器用で発想も奇抜なやつだ。芸術性と実用性の両方を兼ね備える様々な逸品を独学で創造してしまえるという…誰が見てもハッキリと分かる特別な才能を持って生まれた。
その才能を活かしてちゃんと生計も立てていたのだから、友ながら大したものだと思ってもいた。
でもああ見えて才蔵は身内以外には自慢しない性格だからな。『引きこもりで生活力皆無な怠け者』と心ない事を言う者は当然、周囲にいた。
でも実際の稼ぎはそいつらなんかよりずっと上だったはずだ。
初めは趣味で自作したフィギュアをネットオークションに出す程度だったらしいが、その旺盛な創作意欲が高じて日用品を利用したオブジェや、ちょっとした発明品なども出品するようになり、それがまさかの高額落札。
それが話題になるとステージアップ。内容が気に入れば依頼に添った作品も提供するようになり、それは依頼者が思った遥か上の出来映えであるとさらに評判となっていった。
かといって依頼が殺到しても安請け合いはしないのが才蔵で、なのに気に入った仕事しか絶対に受けないその姿勢がさらに作品の希少性を高める事に。こうして才蔵は、金に糸目を付けないコレクター達にも興味を持たれる存在になっていった。
そんな、嘘みたいなトントン拍子を経た結果、気付けば海外では『知る人ぞ知るマルチアーティスト』なんて噂される存在になっていった。国内でも噂されてはいたが、なんせ引きこもりだったからな。取材依頼のメールは全てNG、今も正体不明とされている。
それが、俺の親友。
造屋才蔵という男だ。
さっき疑問をぶつけてきたのに答えてやれなかったのは、前世ではこの鬼怒恵町こそが、コイツが覚醒した場所だったからだ。
…そして、こいつが全てを失ったのも、ここだった。
俺は、その未来を覆したい。そして取り戻したい。俺の親友が掴むはずだった栄光を、その先にあるはずだった幸せも。
それを台無しにしないために、俺は回帰者である事を秘密にしている。
相手は親友とその親友がこの世で最も大事とする妹だ。本当なら俺の秘密を知られる事に否やなんてない。
それでも今は秘密にしておくのは何故か。それは、俺が回帰者である事を白状すればコイツらはきっと未来を知りたがるからだ。
でもそれを知ってしまえばおそらくだが、望む未来にはたどり着けない。それが分かっているから、黙っている。
もどかしいが、前世と今世とのあまりな差異が、俺にそうさせた。
何故なら、前世より早く通信が途絶えたのは…俺のせいだと思ってるからだ。チュートリアルダンジョンで見せた裏技の数々が原因ではないか…そう思っている。
世界をこんなクソゲー仕様に変えた何者かが悪意溢れる存在で、その手法が強引である事はさっきも述べた通りだ。
そいつがあの裏技が拡散される事を恐れて通信を封じたというのは、それほど間違った考えではないと思う。
勿論考え過ぎだと思いたい。
だが回帰者である俺にしか分からない事だから誰も気付いていないが、あまりに前世と変わり過ぎている。それも、俺が原因だと考えれば府に落ちるのだ。俺が考えもなく一石投じて生まれた波紋が、思わぬ連鎖を引き起こしてしまったのだと。
実際、通信が早く途絶えたせいで何が起こっている?
110番や119番まで使えなくなり、それは治安維持や防災の機能不全を世に知られる切っ掛けとなった。それは前世も同じだったが、なんと言ってもタイミングが悪過ぎだ。
突如として閉じ込められ、得体の知れない力を授かるチュートリアルダンジョンが出現し、それにセットでモンスターまでが徘徊し始め、それら異変がテレビやネットによって世間の共通認識となる前に、通信が封じられてしまった。
これはおそらく、有史以来人々が初めて経験するだろう無知と孤独だ。
そこからくる混乱によって恐怖を加速させた人々が疑心暗鬼となるのは当然だったし、一部で悪意の方向へ加速させた者が『人狩り』を始めてしまったのだから、もう最悪だ。
後は見ての通り。多くの人々が今まであった基準を放棄した。人とモンスターが入り乱れて見境なく殺し合う、そんな地獄絵図が展開された。あんなもの…今の段階で見る景色ではなかったはずだ。
この予想外に危機感を覚えた俺が予定を早めて造屋兄妹を連れ出し、この鬼怒恵村へ来た事だってそうだ。タイミング的に早すぎたかもしれない。前世ではこの土地で見なかった餓鬼の群れとこうして遭遇してしまったのがその証拠で…まったく、、
呪われてんのかと。
そう思うくらい悉く裏目に出てしまっている。だから今、慎重になっている。これ以上拗れてしまわないよう今度こそ、上手くやらねばと。それに──
「あの人も、助けなきゃ。」
大家さんや才蔵達だけではない。俺にはまだ助けたい人々がいる。そのためにもここへ来た。それを成すためにはやはり、俺が回帰者である事は秘密にしておく方がいい。
…そうだ。
俺は、助けたい。
助けたいと思った全員を俺は、今度こそ、絶対に、助けたい。
そうだ。今世では大家さんもいる。前世になかった助力がある。
だから俺は決めているのだ。あえて欲張ろうと。
「今度こそ…」
なんとしたってやり遂げる。
そう決意を新たにした時だった。
「なんじゃぁ?お主ら、」
音や気配を消して突然、俺と並走する何者かが現れ、問うてきたのだ。
普通なら驚く場面だ。
でも俺はすぐに理解した。この人が『あの人』だとすぐに分かった。
この…時代がかっているのに気の抜けた喋り方。
そんな風でいて異常なほどの技量を有し、それは実戦でこそものを言う本格派にして超異端。
俺の中の、世界最強。
『鬼怒守義介』 その人であると。