──ダ、ダダタ、ダン、ダン、ダン!
見覚えのある階段──岩を削ってくり貫いたような荒い造りのそれを…あの忌わしき『チュートリアルダンジョン』へと続く「…のか?」ともかく。
俺は駆け降りていた。
押し入れの中にあった階段を。
滑り落ちるような早足で。
だって、嗚呼、始まる。
また、やってくる。
魔力…なんてもんが幅を利かす世界。まるでゲームのような…それも、酷くタチの悪いゲームの部類だ。
ステータスが見られるようになり、
そのステータスが完成すればジョブが選べるようになり、
ジョブを得るとジョブレベルが設定され、敵を倒し、経験値を稼ぎ、ジョブレベルを上げていけば『器礎魔力』が上昇して…つまりはレベルアップし、
ジョブの種類で使えるスキルが決まり、それらスキルの中には魔法なんて出鱈目が当たり前に存在し、
特別な功績を積めば、称号なんてものを授かることがあったり、他にも魔力由来の武具や道具がゲット出来たり、もしくは開発され出回ってゆく。
それら超常的な強化を経なければ簡単には倒せない天敵…つまりは、モンスターなんて存在が当たり前に蔓延る、
そんな世界が、やってくる。
つまりは、ファンタジーRPGさながらのシステムが支配する世界だ。少しでもゲームをかじった人なら一度は憧れるだろう世界。
だがそれは、実際に経験してみれば本当にクソッタレ。
ゲームに見るような生ぬるいバランスなんてない。さっきの俺を見れば分かる通り、ブラックな勤め先が懐かしく思えるほどにはクソッタレ。
(…そしてこの、『チュートリアルダンジョン』、これも…)
そう、これもゲーム知識に頼って安易な選択をすれば確実に損をする、つまりは初見泣かせな仕様であり、俺はそこからしてつまづいていた。
そんな悪意溢れるクソッタレ世界を既に知ってしまっている俺としては『もう一度』なんてゾッとする──はずだった。
(…だってのに…)
今はどうだ。こんな…祈るような気持ちで、もしかしたらと希望を抱いて、息をこんなに切らして、階段を降りきった先に広がる…これまた荒々しく削られたような凹凸激しい壁に囲まれた部屋に、
『攻』魔力の試練
『防』魔力の試練
『知』魔力の試練
『精』魔力の試練
『速』魔力の試練
『技』魔力の試練
『運』魔力の試練
…なんて記されたクソッタレた扉が合計7つあるのを確認した時にはもう、本っっっ当にっ、
「やった…っ、」
…ホント、嫌になる。
「マジか…マジで『やり直せる』パターンなんか、これ!」
まんまと喜んでしまう俺。『なに喜んでんだバカじゃないの?』と冷静に突っ込む俺もいたにはいたが。
それでも、この歓喜は止められなかった。それが冷めやらぬ内に俺は、迷いなくッ、
『防』魔力の試練へ。即突入したッ!そう、俺は感慨も何もすっ飛ばして──だってこうすれば、ほら、
『常軌を逸した即断即決。これを評して『英断者』の称号を授けます。』
「やっぱりかっっ!」
神だか仏だか造物主だか異星人だか分からないが、のちに『謎の声』と呼ばれるそれが予想通りの内容を、脳内に響かせてくれたじゃないか!
「この称号は…噂通り…みたいだな、よし!」
早速、使ってやった!
『二周目知識チート』!
そう。これは狙い通りの結果…と、思ってたらなんと。
『さらに、このチュートリアルダンジョン入場から試練の間への突入まで世界最速であったことを評し、『最速者』の称号を授けます。』
これは予想外。
まさか、追加特典までいただけるとは。
『なお、より早く突入する者が10人以上現れた場合、この称号はその上位者へと移譲されることになりますので悪しからず。』
正直狙ってなかった…というか、この称号についてはその存在すら知らなかった。
「けど…ま、いいか。」
嬉しい誤算というやつだろう。なら素直に喜んどこうもらっとこうともかく。
この『防』魔力の試練では文字通り試練が受けられる訳だが。
部屋の中央を見れば、大雑把な造りの木造人形が棒を振り回しながら立っている。
「…はは、これも懐かしいな」
『さあ、極限まで耐えなさい。さすれば真の頑強を得られるでしょう』
という謎の声によるアナウンスからもお察し…いや、極限までとか言ってたけど。この試練は『十段階に分けて棒に打たれる』だけだ。それで終わる。
それで得られるのは、『器礎魔力』の一つである『防』魔力。
これは読んで字のごとく『防御力』を司る魔力だ。
ただし、この試練は段階的に人形が込める力が上がっていくし、振られる棒の方も固くなってくし、振る回数も増えてくし、こちらが防御しようとしてもその隙間を意地悪く狙ってくるようになる、という過酷な仕様で、、、
(前回…いや、前世の俺は…)
思い出される苦い記憶──これら七つの扉を前にした俺は『ラノベで見た展開と同じなら外はモンスターで溢れてるはず』と予測。
さらには『この試練とやら…の内、どれか一つしか選べない、そんな仕様だったらどうする?』と無駄に警戒もした。
つまりは尻込みした結果、推察出来る試練内容を熟考しまくった挙げ句。
とにかく『モンスターに殺されたくない』の一心で。
『死にたくないなら硬くなればいい』と考えでこの、『防』魔力の試練を最初に選んだのだった。
(まあそこで結局、痛い目を見た訳だけどな…)
この地味に苛烈な試練を最後まで耐え抜いた俺の『防』魔力は初期値から相当に高くなった。
この『防』魔力に限ってはレベルアップ時の成長補正もSランクと幸先も良く、しかも防御系上級スキルまで特典として獲得出来ていた。
その代償として多分、骨折もしたし、内臓の方も損傷したし、血だって吐いた。比喩抜きのやつな。しかも結構な量だった。
でも試練を終えれば回復してくれるという親切設計であったため──
「──なんて、あのときは思ったがな」
…とんでもない。払う代償は痛い目にあうだけでは、済まなかったのだから。
「もう騙されねーぞ…」
そう呟きながら俺は、木造人形が振る棒がカスるかカスらないかぐらいの位置に手をかざした。すると、
──ペチ。
ちょっと痺れる…ってくらいの痛みが指先に走った。ところでこう宣言してやった。
「ギブアップ!」
『 え 』
(ハ、ざまあ)
謎の声め、固まってやがるな。
『な、ななな、なんと嘆かわしい……く……次の試練の奮闘に期待します…』
どうやら今の舐めプが気に入らなかったようだが。
(そんなの知るかっ)
誰が何と言おうが、これが今の俺の最適解だ。
(それに、ここで時間をかけてる暇はない──なんせ…そうだ!人命がかかってるっ!)
『あんな世界で生きるなんて二度と御免だ』そう思っていながらこうも喜び、焦っていた理由はそれだった。
「今度こそ──助けるんだ!」
俺はすぐさま確認した。試練を受けた後に勝手に浮かび上がる例のアレを。
=========ステータス=========
名前 平均次
《器礎魔力》
防(G)10
速(D)25
知(D)25
《スキル》
【暗算】【機械操作】【語学力】
《称号》
『英断者』『最速者』
=========================
「…ぃょしっ」
今の世界には『魔力』というものが実装されてる。
《器礎魔力》と記されたその下に並ぶ文字もそうだ。それぞれ『防』魔力、『知』魔力、『速』魔力を表している。
このように試練を受ければ俺の基本性能のそれぞれに魔力が宿る。それは『器礎魔力』と呼ばれ、得た時点で各性能に反映される。
そして一つでも反映されると『魔力を満たす器になりえる』と仮認定される。その証としてステータス画面を見る事が出来るようになる。
こうして早速ステータスを確認した俺は、来た道を全速力で引き返した──え?他の試練を受けないのかって?
はい受けません。今はな。
何故なら知っているからだ。
このステータス画面を見れるようになった人間は、閉じ込められていた空間から出られるようになるって事を。(※ちなみにステータス画面については念じるだけで閉じる事が出来るし閲覧も出来る。)
前回、回復してもらえたとはいえこの『防』魔力の試練で瀕死を体験した後、他の試練も受けられると知って喜びはしたが、経験したこともなかった苦痛を思いだした俺は躊躇し、他の試練に挑戦するのを一旦止めて一時撤退を選んだ。
他の試練に挑戦するなら十分な準備をしてから、そう思ったのだ。そして念のためともう一度脱出を試れば、呆気なく成功。
そのまま外に出て見れば人通りは全くなく…それを不審に想いながらもこの手の創作物じゃ定番の…ホームセンターに行って役立つ色々を買い出しに行くというムーブを試みたのだったが…行けば開店時間はとっくに過ぎているというのに店は閉じたまま…。
そこでやっと、真に迫って不吉を感じた。
そして来た道を引き返せば予感的中だ。モンスターに遭遇してしまった。
あの時はもう、世界は『魔力』に支配されつつあって──そこでやっと、俺だけじゃないんだと──みんな、あのチュートリアルダンジョンに巻き込まれてしまったのだと察した。
そして徘徊するモンスター共を何とかかんとかやり過ごしてアパートに引き返し、その時になってやっと気付いたのが──
『そういえば──大家さんは無事なんだろうか』
(いやいや当時の俺。遅すぎるって気付くのが…)
え?ああ、『大家さん』というのはそのままだ。このアパートの大家さんの事だな。
このチュートリアルダンジョンには誰だって戸惑うだろうし、つまり器礎魔力を得てない人が殆んどだったろう。
『そんな状態の大家さんがもし、自分みたいにモンスターに遭遇してしまっていたら?』…ってところまでやっと理解が及んで、駆けつけた時にはもう…
(そうだ、俺は、遅かった…いつだってそうだった…)
思い出す──血だらけの大家さん──見開かれているのに何も見てない虚ろな瞳──
「く…っそ!今度こそ間に合ってくれ!」
だからこうして、今もトラウマとなって忘れられない光景を首振り払いつ、急いでいる。大家さん宅へ、一直線。
「助けるんだ!今度こそっ!」
『速』魔力はまだ初期値も初期値だが、それでも相当なスピードを出せるようになっている。なのに景色がゆっくり流れて見えるのは『知』魔力の影響だ。
《器礎魔力》はコツさえ掴めば相乗効果を生む場合がある。これは応用編というやつだな。
今の場合だと『速』魔力と『知』魔力の相乗効果だな。
『速』魔力とは見たまんま、上げれば動きが速くなる。
『知』魔力の方は基本、記憶力や魔法の威力や、その発動の速さに影響する。
ダンジョン発生当初、これら器礎魔力はそれぞれ独立した能力値だと思われていた。
しかし時が経って扱いに慣れ…いや、慣れずとも訓練さえ積めば、こうして相乗効果を発揮出来るようになるという事が分かった。
例えば『知』魔力と『速』魔力を同時、重ねる…というか混ぜるようにして体内循環させれば、動体視力や演算能力が上昇するという具合に。
つまりこれは、スキルとはまた別の、しかも今の段階では誰も知らないであろう技術。
うん、これも『二周目知識チート』の一つだな。
「『防』魔力の試練を真剣に受けてればこうはならなかったはず…」
ああそうそう、『これっておかしくない?』って思ってる人も当然いるよな?
なんせ、実際に俺が受けたのは『防』魔力の試練だけだ。しかもあんな舐めプで済ませてしまった。で、あるのに。
俺はまだそれ専用の試練を受けてないにも関わらず『知』魔力と『速』魔力を身に宿す事に成功し、その証拠にステータスに記載されているし、こうして便利に使えてもいる。
それは何故か。
これには勿論カラクリがあって……いや、この厭らしい仕様について説明するのは後だな。
ともかく、今は急いでる。
そしてこれだけは言える。『防』魔力の試練は鬼門だった。少なくとも俺にとっては。さっきの試練でわざと手を抜いたのはそのためで…。
これもそうだ。今のところ『回帰者』である俺しか知らない知識。
『二周目知識チート』あっての裏技だ。
その裏技のお陰でこうして、『速』魔力と『知』魔力を『先取り』し、前世では獲得出来なかった称号まで得ている。
そしてこれらを先ず取得したのは、大家さんを救うための最善にして最短の選択だったからだ。
「…この速度なら──今度こそ…」
間に合う、はず!だってほら!
もう見えた!大家さんの家だ!
そしてほら!
その玄関前にはゴブリンさん──
「…ってうぉおおおい!!お前かあああ!!!?」
「ギャギ…ッ!?」
大家さんをあんな姿にしたのは!!
「許さん!死ねぇえええッ!」
「ィギゃ──」
すれ違い様、ゴブリンの顎に指を引っかけ勢い殺さず首をねじ上げ──ゴキャ──へし折った!よし!ゴブリン撃破!
「ハァ…ハァ…はぁ~~…」
本来だと『攻』魔力を発現した者の物理攻撃もしくは、『知』魔力をもって発動した魔法でなければ、モンスターを倒す事など不可能だ。
(そうじゃないと銃弾すら弾くからなコイツらは…)
そして俺はいまだ、『攻』魔力を発現していない。
『知』魔力については一応発現しているが、魔法系スキルを獲得していない。
つまり、本来ならモンスターに有効な攻撃手段を持っていない状態だ。
しかし。
こうして関節を上手く捻り上げればどうか?見ての通り普通に砕ける。それが首間接となれば命も奪える。
つまりはこれもそう。
『二周目知識チート』による裏技。
だがこれはそうそう頼れるものじゃない。『攻』魔力がなければやはり力負けしてしまうからだ。多用していいものじゃ、そうそう成功するものじゃない。
なのに成功したのは、その不足を補うべく『速』魔力の助けで発生させた運動エネルギーを利用出来たからだな。だからなんとか倒す事が出来た。
と、このように。
《器礎魔力》を完備していなければ、どんなに弱いモンスターも理不尽な相手となるのが今の世界だ。
いや、モンスターだけじゃない。器礎魔力を完備した人間相手にも従来の攻撃が一切効かない仕様となっている。
実際、プロとか達人と呼ばれる人達でさえ素のままだと瞬殺されていたからな。低級モンスターや器礎魔力を得たばかりの素人に。
「──ホント、理不尽な世界になったもんだ…にしても」
今世での初キルなのに、ゴブリン相手とはいえ、何の感慨も湧かないというのもどうだろう。
まだ『精』魔力を得ておらず、【精神耐性】のスキルだってまだ未所持であるのに、他者の命を奪ってこうも心が揺らがないというのは…
「前世の記憶が残っているからだが…そんな事情を知らない人から見りゃ…」
今の俺もモンスターとそう変わらなく見えるかもしれん。
「…うん、以後気を付けよう」
なんて冷静な分析が出来ている時点できっと異常な事なんだろう。
でもどうしようもない事でもあった。前世の殺伐が既に染みてしまった俺はもう、殺しへの忌避感を普通には感じなくなってしまっている。
つまり何を言いたいかと言えば、俺は今日という過去に舞い戻れはしたが、決して取り戻せないものもきっとあって──いや、それが良い事とするか悪い事とするかは、
「これからの行動次第──」
なんて様々を考え込んでしまっていると。
「ぎゃぎゃっ!」
「──え。なに」
聞こえた。ゴブリンの醜い声と、小さくだったが女性の、戸惑うような声…しかも大家さん宅から──
「くそっ!まだいやがったかっ!」
ああもうそうだった!多分だが大家さんはまだステータスを得ていない。だから家の中から出られない!
でも?そうだ。モンスターは侵入可能なんだった!そんな肝心鬼畜仕様を忘れて俺は何を呑気に──「くっそ…っ!!」
俺は毒づきながら引き返した!
いや逃げてる訳じゃないよ?
引き返したのは、助走を付けるため!
そしてまた引き返す!
大家さん宅の玄関に向け!
頼みの綱の『速』魔力を乗せて!
ガッシャアぁ「すみませんんん!」ァアン!
曇りガラスの向こう側に、ゴブリンらしきシルエットを透けて見せる玄関の引き戸を、思いっっ切り蹴破り、突入したのである。
※この小説と出会って下さり有り難うごさいます。