「おい均次、なんでこんな道を行くんだ?」
才蔵がまた不安を口にし始めた。街を脱けた後は大人しくしてたんだがな。
「だからさっきも言ったろ?田舎の方が安全なんだって」
これを言うのは何回目になるのかな。俺もわからなくなってる。
「あー、なぜ田舎が安全かと言うとだな──」
敵の数が少なければ当然、経験値は稼ぎにくくなる。それと同じで人口の少ない田舎町に徘徊するモンスターはレベルアップが停滞していて大体弱い。
それに通信が途絶えた今こそ僻地の方が良い。交通の便が悪いから人の出入りが少なく、悪人だってわざわざ足を運ばないし、人の出入りが少ないなら人伝てによる余計な情報も少なくなるからな。
前世ではそういった、不安を煽るだけの不確かな情報が飛び交っていた。それは余計な混乱まで招き、さらに治安を悪化させた。
でもその点、田舎なら安心だ。もし悪い噂が伝わっても少人数を活かせば団結しやすいし、混乱しても早めに対応すれば被害は少ない。
以上を理由に田舎は治安が良い。ここまで来れば暴徒の心配もいらないはずだ。
…でもまあ、才蔵が不安になるのも分からなくはない。
だって起き抜けにいきなりモンスターや暴徒に襲撃されて、それをスプラッター映画さながらの残虐ファイトで女性陣が迎撃するところを、即席オープンカーに乗って特等席よろしく、というか強制的に見せつけられたんだからなしかも連続して…というか。問答無用で昏倒させられて拉致され、しかもそれをやった張本人が親友の俺。この時点でかなり狂った状況だ。だから俺も気をつかってる訳だけど。
「…で。どこに向かってんだ?つかお前、ホントは道に迷ったんじゃねぇのか?だってこんな道の先に人が住めるとこなんてないだろ普通」
これくらいの不満は受け止めるべきでここは我慢…なんだが、うーん、気を利かせて静かな裏道を選んだつもりだったんだが。才蔵の言う通りあまりいい道ではなかったな。
ただでさえ道が狭い。なのに『異界化』の影響だろう。アスファルトが所々割れていて、そこからは魔性を思わす植物が生え出している。
ガードレールの向こう側にある谷を見れば、霧もないのに何故か底が見えない暗黒と化している。
その反対の山側からは怪物じみて生え伸びた木の枝が不気味に覆い被さってかなり暗い。
『いや、暗いからこう見えてるだけで…』
そう思いたいけど多分違う。完全な異界化も時間の問題だなこれは。その証拠に、地元民でも利用するのは怖いのだろう。この道に入ってから他に車を全く見ない。
つまり俺達が車を走らせているこの道は相当に気味が悪い。
まるでホラー映画のオープニングで見るような。それこそモンスターが突然現れても不思議ではない雰囲気がある。
「まあそれももう少し行けば…ほら、」
『鬼怒恵村へようこそ』
という看板が目に入った。ここまで来れば山々に囲まれた盆地を利用した広大な農村が一望出来る。これで今までの緊張も緩和される…そう思ったんだが、
「え!え!方角的にもしかしてと思ったけどやっぱり『鬼怒恵村』が目的地だったの!?」
と声を上げて喜んだのは才蔵でなく才子の方だった。
「知ってた?ここってお高い系スーパーや高級百貨店の青果売り場で必ず目にするブランド農家が集まってるって有名なんだよ?」
「ほう、そうなのか」
…なんて。初めて知った風に返したがその情報なら前世でいやという程聞いていた。にしても、
「一度は来てみたいと思ってたんだよ、ナイス均兄ぃ!」
…想像した以上の食い付きぶりだな。
「そうか、それは良かったよ」
才蔵も喜んでくれたらと思うがそれはナイな。だって生粋のインドア派に田園風景なんて全くの専門外だろうし。
「ここって観光スポットがある訳でもないし、収穫体験を売りにしてる訳でもないし、交通の便もない所だからね。来たかったけど中々踏ん切りつかなくって…」
うん、やっばないな。才蔵が喜ぶ要素。妹はこんなに喜んでるのに。
「ともかく、均兄ぃにしてはセンスあるチョイスだね!……てゆーか、誰の入れ知恵?」
つか、ホントよく喋るな。
「つか、入れ知恵ってなんだ。素直に誉められない病でも患ってんのかお前は(確かに入れ知恵ならあった。ホント鋭いよなコイツ)」
ここには前世でも来た事があって、それは『こんな乱世になったなら先ずは食糧確保でしょ』と提案されての事だった。
そしてその提案をしたのが才子だったのであり、つまり俺に入れ知恵したのはコイツ本人だった訳だ。だから、
「…まぁ、誉められたとこでこそばゆいだけか」
「でしょ?」
「『でしょ』じゃねー。時にはちゃんと誉めろ?いや誉められて伸びるタイプか知らんけど」
誉められる事例に乏しかったからな俺は。…我ながら情けない。
「あとここって雷注意報が日本一多いのでも有名だったよな。それが関係して土地が豊かなのか…」
お?
「いやほら、雷が多い年は豊作になるってジンクス?みたいなのがあるらしいじゃんか」
珍しい。アウトドアな話に才蔵が首を突っ込むとは。
「つか、ステータスとかスキルみたいなファンタジーテンプレがあるなら雷魔法とか…それに似たスキルだってあるだろ。それを利用すれば…」
「おお。冴えてるねお兄ちゃん!魔法で野外実験とか面白そう!」
「野外実験だと?引きこもりだった俺がそんなもんにワクワクするわけないだろうが?小説とかだとめっちゃ強いし、その上生産面でも無双とかイケてるじゃん…よし!雷魔法は俺のだから。間違っても君らは習得しないようにっ!」
ったく今度は兄妹揃ってハシャぎだしたぞ。お前ら遊びに来てんじゃないんだからな?
「才蔵の専売特許にする話はともかく、雷魔法を農業に活かすのはいい考えかもな。その…雷が多い年は豊作になるって説?は誰かが証明したとか何とか…ネットニュースで見たことある。有望なプランかもしれない」
こんな世界になって生き抜くなら武力はもちろん必要だが、生産面でも強みがあれば俄然持生きやすくなる。とか思ってたら、
「はぁ?なんだよもう誰かが証明してんのかよ。じゃぁ絶対現れるな。同じような事考えるやつ。よし萎えたっ。やめだやめ。野外実験とかそもそもとして性に合わん」
才蔵らしいっちゃらしいが…まったく。
「もう!すぐそーやって引きこもろうとするんだからこのダメ兄!」
「そうだぞ?悪い癖だ早めに直せ?」
「雷が多い…その不思議には、こんな由来がある──」
「え?なになに?」
ワイワイし始めた俺達の会話に参加してきた大家さんは、実に熱のこもった解説をしてくれた。その内容はこうだ。
──昔々…この地が別の名で呼ばれていた頃、雷を操る天鬼が棲みつき、その被害に人々は喘ぐのみであった。
そこへ旅の男女が訪れる。二人は夫婦で夫は武芸者、それも類いまれなる剛の者。それは天鬼を瀕死にまで追い詰めるほどだった。ただしそれは、おのが命を引き換えとしてだったが。
弱った天鬼を逃がしてなるかと追い討つ妻の法師。高名でなくとも力は確か。見事鬼を封ずるに至る。彼女の命を代償にして。
こうして訪れた平和をしかし、村人達は喜べなかった。それは犠牲となった夫婦への申し訳なさもあったろうが、何より報復を畏れたからだ。
鬼は死なず。封印されるに、とどまった。その封印もいつまでもつか分からない。安心など出来るはずもない。
その後何日も話し合った村人達は祠を建て、鬼と武芸者と法師を平等に祀る事にしたのである。
それが功を奏したか、それ以降この地は凶作知らずの豊穣の地となった──
「──とさ。めでたしめでたし」
「…て香澄さん?昔話風に締め括ったけど夫婦の末路が全然めでたくない件」
「さすがは未来の峰不二○。常に意表を突いて止まない女」
なんだこの兄妹、大家さんをディスってんのか?許さないよ?
「えと、この伝説から雷は鬼の怒りだと思った、らしい。鬼怒恵村って名前にしたのも、『鬼の怒りも転ずれば恵みにもなる』っていう教訓と、『鬼の怒りを忘れた時に恵みはなくなる』て戒め。二重の意味を込めてる。後世に伝えるためだって」
「「…なるほどー」」
おお、大家さん言いきったな。この人ホンとメンタル強い、つか「むふーっ」と得意気な大家さんが相変わらずかわえぇ件。それとは対照的に若干引き気味な造屋兄妹は後でダメ出しだな徹底的に。
(つか…意外だな。いや意外過ぎるぞ?大家さんが何故、鬼怒恵村の『鬼伝説』を知ってんだ?)
と、俺が不思議がっていると、
「んー、ちょっと待てよ?その雷様がボスモンスターとして出てきたりはねーよな?だって伏線として如何にもな──」
「お、鋭いな才蔵。」
「──ってマジかょおい!ボーナスステージってのは『美味しいけどその分過酷』…的な意味だったの?って俺達、雷様と戦うの?…って均次、なんでお前がそんな事を知ってんの?」
「いや違くて。俺は大家さんが話した事がほぼ史実だってことを言いたかっただけで──」
「いんや違わねぇな。こんな世界になってんだから『伝説=実話』なんて事があっても今さら不思議に思わねぇ。だからこそ俺も『天鬼=ボスモンスター』なんてベタなりにブッ飛んだ説が無理なく浮かんだ訳だから」
「だったらいいじゃねえか」
「良かねえわ。お前が史実だと確信もって言えるのは何故だ?ここがボーナスステージだって言ったのもそうだ。その確信はどこから来て、何をソースに知る事が出来た?俺が聞いてんのはそこなんだよっ、ビシぃっ!」
う。なんだ急に。
「それは私も思ってたよね。今日家に来てからここまでを観察して感じたのは、均兄ぃは何かを知ってて、それを隠してるってこと。ねぇいい加減スッキリさせない? ビシぃっ!」
ぐ。才子まで。兄妹揃って察し良すぎだ。ここぞとばかり『ビシィっ』と人を指差しやがって…
というより俺の迂闊が原因か。またウッカリ口を滑らせてしまった。俺ウッカリ多くね?『大家さんかわええ』で油断したか?……つか、造屋兄弟のこのリアクションに比べて大家さんが通常運転過ぎる件。
いや俺が回帰者だってことなら大家さんには話してるからな。俺が色々物知りな事なら、今さら驚いたりしないだろう。
でも。
鬼伝説を知ってた事はまだしも、それが史実だったと聞いて何の反応も示さないってのは…ちょっとじゃなくおかしい。
だって、この伝説が史実だったって事まで大家さんは以前から知っていた…という風にも見えるからだ。
(回帰者でもないのに何故そこまで知ってんだ?ホント何者なんだろ…いや、何処の誰でもいい。大家さんは大家さんだ。ただただ動じないだけ、なのかもしれないし──)
と、俺が大家さんの代わりに勝手に大家さんを弁護していた、その時だった。
「きゃがっ!」
「ぎゃぎっ!」
「きいぃー!」
「うおお?なんだ忘れた頃にこのやろう!モンスター?それとも人間?どっち!?」
「モンスターだよ!それも見たことないヤツっ!気持ち悪さは一緒だけど…ってお兄ちゃん伏せてっ!」
なんとも都合よくモンスターが襲来したもんだ。これで有耶無耶に出来るな…
「…なんて思ってる場合じゃないぞコレッ!!『餓鬼』じゃねぇか!!?」
ホントにマズイ!!街を出た先にまさか、こんな厄介なヤツらがいるなんて!
…つか、前世ではここで遭遇しなかったはずのモンスターだ。なんでいる?鬼の話をしたからか?それともホラー映画のオープニングとか言ったアレがフラグになったか?ともかく、
「くそ!」
なんでこうも、裏目にばかり出るんだよ!?ちゃんと仕事しろよ『英断者』!
ここに来てホントに良かったのか?ホントに吉があるんだろうな?