二周目だけどディストピアはやっぱり予測不能…って怪物ルート!?マジですか…。



 【大解析】を発動して見てみれば、襲ってきたそいつは俺よりレベルが上だった。当然だ。こちらのレベルは1どころか無し。それで不動なのだから。
 でも器礎魔力値はまだこちらが上だ。ならばとナイフを握るその手を掴み、自慢の『速』魔力に身を任す。相手に俺の動きは見えてないようだ。そのまま体を入れ替えてやればほら、簡単に、

「ぐあっ、放せッ!」

 関節が極まる。これでこいつは動けない。周囲に仲間らしき気配もなし。つまりは制圧完了……な、訳だが。さて。

「どうしたもんか…」

 なんて。我ながら愚問だな…。

「うう、うぁ…あの!す、すみません!モンスターと間違えて…お、俺、怖くて…その…無我夢中でっ!」

「嘘だな」

「な…っ、」


 白々しく弁明を始めたこの男のステータスなら既に解析済み。そこに記された文字は今も赤い。これはこっちが人間と分かった今も諦めてない、そういう色だ。
 それに、レベルが既に9にまで達しているのもおかしな話だ。何故なら今の時点で町中を徘徊しているモンスターのレベルなんて高々3か4しかないはず。そんなのを何体倒してもレベルは精々が6、良く上がって7。
 9にまで育つにはせめて、そのレベル6か7の個体を…しかも、何体も殺さなければならない──つまりは、

「もう殺してるんだろ人間を。それもたくさん」

「そんな!ち、違います!何を根拠にそんな──」

 盗人猛々しいとはこの事だ。大家さんでなく先に俺を狙った事からもゲスな性根が透けて見えるってのに。
 レベルアップだけが目的だったなら効率を重視するはず。相手の数を減らし、その過程でレベルアップすればさらに有利に戦えるからな。これは早期に染み付く定石と言っていい。
 であるなら、一見すれば与し易く思える、つまりは女性である大家さんを優先して狙うはずだ。
 なのに俺を先に殺そうとした。それは邪魔者を排除するため、つまりは俺さえ殺せば大家さんを好きに出来ると思ったから。どうするつもりだったかは知りたくないが、見当は付く。

「この変態野郎が…」

 つか、こうして言い訳をこねくりまわしてる今でもステータスがまっ赤な段階で黒確定なんだけど。

「ほ、本当にただの手違いだったんです!信じて下さい!」

 信じるわけない。言ってる今も文字が赤い。俺の不信を覆す要素なんて全くない。だから、

「もうしゃべるな」

 誠実を語るが欲望に忠実。前世でよく見た手合いだ。俺は知ってる。コイツらがどれだけ人を舐めていて、どれだけ自分に都合良く人の命を量るかも。だから、

「だから!ま!待って!待てって!くそっ!てめえええ!待てっつってんだろうがあああ!!」

「怖いな。それが本性か」

「いや、こ、これはちが…そ、そうだ!ち、ちゃんと警察に行く!行きます!連れてって下さい!そこで取り調べでも何でも…だから!」

「いや、いい」

 経験上こうなった人間はもう引き返せない。だから、 

「一人で()ってくれ。」

「だ…から、俺を殺す根拠を教えろよぉ!混乱してたんだって!見間違いとか手違いだとかそんなん、あんたにだってあるだろおお!?」

「そうだな。あるかもしれないな」

「だから待てってぇ!なんだよ問答無用かよおおお!?そんな簡単に人を殺すとかよおお!あんたそれでも人間──がふゅっ!」


「 だから、お前が言うなよ 」

 
 俺はこういう奴らを絶対に許さないし、見逃さないことにしてる。疑わしきはどうとか言うのは平和な時の話と思ってる。
 何故なら知っているからだ。ここで逃せばまた、罪もない誰かが殺される事を。

 だから殺した。

 今朝のゴブリン同様、首の骨をへし折った。痛みを感じる間も与えず葬ったのはせめてもの情け……なんて、どんだけ言葉で飾ろうと無駄だな。今の俺だって平和な世界の価値観で言えば異常だし異物なんだろう。

 でも『人が人を殺す事の是非』なんてどう議論したって答えなんて出ない。前世の段階でもう、俺はそう断じている。それからは誰とも論を争う事をしなかった。だから、、


「…ぁ」


 失念していた。


「ぁ…あの、大家さん、」


 そう、大家さんだ。どんなに答えが出ない事でも、大家さんと語り合う事を無駄と思うなんて、そんな自分で良いわけない。
 普通の感覚だったらどうしていた?非情を心掛けるにしろ、人に襲われた時にどう対処すべきか前もって相談しておくべきだったんじゃないのか。
 前世の知識は確かに便利だ。でも前世の価値観まで引き摺り過ぎてはいけない。気を付けなければ…そう思っていたはずなのに──
 
  
「私なら大丈夫」

「…はい…?あの…」

 大家さんは謎の物分かりの良さをまた発揮した。

「大丈夫」

 そしてそのまま、何も言ってこなかった。

「…はい」

 俺はそれに甘えた。我ながら情けない。こんなんで『守る』なんてよく言えたもんだ。いや、こうして悩む暇すら、もはやなくなっている。何故なら、

(……『人狩り』が始まるのはもっと先のはず…)

 人狩り…モンスターを倒すよりレベルアップした人間を倒す方が経験値的に美味しいと判断した連中の凶行。

(…それがこんな早期に始まるだなんて…)

 これは、かなり深刻な事態だ。前世の記憶と違ってきている事を知る俺からしたら尚更だった。

「(通信も前世よりずっと早く断絶して──)あ、もしかしてそれが原因…なのか?」

 ズレが連鎖してこうなっている、そういう事か?

 110番も119番も使えないなら、警察も消防もまともに機能していない事は誰にでも分かる。

 それに危機感を募らせるか、解放感を感じるか、それは人次第だが、疑心暗鬼となるのは誰でも同じ。

 そこで抑制が効かない誰かが暴走すれば、それは伝播する。そうなるともう、警戒すべきは犯罪者予備軍だけではなくなる。身の危険を感じればズブの素人だって暴力に走るし、器礎魔力を獲得出来る今なんてそうなるにうってつけだからだ。

 つまり、この街はいずれ無法地帯に──いや、潜在的にはもうかなり深いところまで進行しているのではないか。

 前世と比べて人の死体よりモンスターのそれが圧倒的多数だったのは、

(良い兆候なんかじゃ、なかった?)

 経験値稼ぎに夢中な連中がどんなに頑張っても、まだ低レベルモンスターしか徘徊してないこのタイミングではレベルアップはすぐ頭打ちとなる。
 つまり、それで満足出来なくなった、もしくは生存本能を刺激された者達が高レベルの人間を獲物と考え始めて……事実、こうして──

(襲ってきたこいつは、その類い…と見て間違いなさそうだな…くそ、前世と順序が逆じゃないか)

 モンスターパニックよりも先に、人々の暴徒化が先に起こる、そういう事か。

「どちらにせよ…」

 この街は、前世以上の地獄と化す。しかもそうなるまで時間はあまり残されてない。だから──






 ──今ここで、決断、しなければ。


「大家さん、あの…」

「均次くん…顔。」

「え?」

「凄くつらそう」

「…あ、…」

 …つらい。確かに。さっき見せた非情の後でこれを言えば、どう思われるか…でも──





「大家さん、……街を、捨てます」





 モンスターの群れが相手ならまだやりようもあった。だが暴徒化した人間相手では………心を鬼にすれば虐殺は可能だ。でも当然それはしたくない。かといって事態の収拾なんてもはや不可能だ。ならせめて、

「その前に助けたい人とか、いますか?…いや、あまり多くは──あ、すみません…」

 俺は今、何て言おうとした?救いたい人はいるかと聞いて、たくさんは無理だから『選べ』、そう言おうとしたのか?

(こんなの脅迫と変わらなねぇ…最悪だ…)

 しかし、そんな無神経な質問に対する大家さんの答えは、実にあっさりとしたものだった。

「いない」

 なんだ、この非情?
 …圧迫、されてるのか、俺は?

「そ…そうですか…いや、ホントに?気をつかってるなら遠慮しないで言って──」

 まったく…『選べ』と言ったり『遠慮するな』と言ったり、大家さんから謎の圧力を感じたり…我ながらめちゃくちゃだ。本当に…俺は何を言って──

「ゴホンっ!強いて言うならっ」

 あ。なんか今、弛緩した?

「あ、はいっ、出来る限りの事はしま──」

 と気を取り直して聞き返した俺への返事は、これまた意外なものだった。

「均次くん、かな」

「え?俺?」

「だって危なっかしいから」

「俺が…?そうですか…あの、すみません…その…どこら辺が?俺、直しますんで…」

「どこら辺って…………それは、全部」

「全部!?」

「そう、全部。というか…根本から?」

「根本から!?」

「あのね、均次くん」

「う、はぃ」

「言って、くれたよね?絶対に私を、守るって」

「あ、え、はい、それが、何か…」

 言葉の意図は分からなかったが、何故か大家さんから目が離せなくなってしまった。この人はこうして、時々謎の引力を発しては俺を硬直させる。

「……私、嬉しかった。本当に、嬉しかった。蕩けそうなほど、嬉しかった」

「え?いや、あ、え?」

 いきなり……『蕩ける』?こんなの異性に言われた事ない…ぐうう、どう反応したらいい?思考から表情筋から色々!バグっちまう…っ。

「…でもね。人を丸ごと背負って守り切るなんてきっと…誰も出来ない。そんなの、均次くんだって本当は……分かってる」

 …この温度差はズルい…でも。

「……………」

 確かにそうだ。だって反論出来ない。大家さんを守りたい、今度こそ。そう誓って、そうしてるつもりで、だけど。今のところ裏目にしか出てないじゃないか。

「……それって肯定の沈黙、だよね?なのに均次くんは『二周目知識チートがあるんだから』って、『自分が全部出来なきゃ』って、必要以上に思い詰めてる。…無理、そんなの」

 …そうか。「俺は…」

 『二周目知識チート』という、少ない根拠で自分を信じ過ぎて、『守りたい』とか…聞こえのいい我を張って。つまりは、思い上がっていた…のかもしれない。

「確かに…根本的に間違ってたかもしれません…」

 だからって立ち止まる訳にもいかない…ならばこれから、どうするべきか。それは…このまま。

「えっと、大家さん?」

 情けないなら、ついでだ。

「はい、なんでしょう。」

 言ってしまえ。俺。



「…助けて、もらえますか?」



「うん!もちろん!全力を尽くす!よ?」

「…有り難うございます」

 甘えよう。大好きな人に。…そうだ。これが当たり前だった。俺だけじゃ無理だった。守り守られ助け合う。このクソゲー化した世界を生き抜きたいなら、最初からこうすべきだったのだ。

「良かったです。俺、大家さんと一緒で。本当に」

「ええ?あ、や、その…え、偉そうに言ったけど、私だって、全然…。だけど、二人で力を合わせたらかなり、いい線、いく…?」

 さっきまで『バッドスタート』を悩んでいたけど。いや、実際に最悪のスタートなんだろうけども。
 でも本当に良かった。この人がいて。あとは二人で力を合わせて、前へ進んで、そう、ここからは登っていくだけ。今はそう思えてるんだから。




◆◆????視点◆◆


「……?なんだ?」

 今、【パス】で繋がっていた仲間の反応が一つ、消えた。

「範囲内にいたはずだ。それが急に…これは──くそ、死んだか…」

 俺は、【パス】を通じて仲間の一人にこの不測を報告する事にした。

『おい』

『なんだ?何かあったのか?』

『ああ、あった。多分これは…手塚だな。殺られたぞ、あのバカ』

『はあ?手塚のレベルって確か…9だったよな?…くそ、油断しやがったかあの野郎』

『油断して死んだならまだいいがな。もしそうじゃないならまずい。俺達を普通に殺せるヤツがいるって事だ。始めたばかりで死にたくないからな。計画は変更。面倒だが狩り場を変えるぞ』

『はあ…マジか…しゃあないな…他のやつには報せたのか?』

『他の奴ら …ああ、』

 言ったはずだ。計画は変更だと。

『あいつらには経験値になってもらう』

『あ?』

『全部で七人か…多いな。おい、分担して殺すぞ』

『はあ?』

『でも奇数だから等分とはいかない…どう分ける?』

『だから、はあ?おいおいお前!俺の仲間を何だと思ってやがる?中には付き合いが長いやつだって──』

『ならその付き合いの長いやつは俺が引き受けよう。譲歩だってする。お前が四人で俺が三人。これでどうだ?』

『だ、か、ら、仲間を多めに殺せてラッキー!なんて言うとでも思ってんのかこの、サイコパス野郎っ!』

『サイコパス…光栄だ。名を残した戦国武将がみんな正常な感覚の持ち主だったとでも?それに…お互い組織を裏切った身。その上で結託して人を殺した。しかも大量にな。今さら義理人情を気取って何になる?』



 ここで返事に遅れるようならコイツもいらない。


『……、でも、だからってそんな、』


 ダメか。
 なら経験値にするだけだ。


『いや、…そうだな。分かった。ここは有り難くぶっ殺すとしよう』

 ふん…まだ使えそうか。

『割り当てた四人の位置は【パス】で伝える。その中にはアイテムを手に入れたヤツもいるかもしれん。だから殺した後はちゃんと確認して回収すること。いいな?』

『…了解だ。ハァ…開き直れば人間なんてこんなもんかぁ…でもまぁ、正直楽しいんだよな。ワクワクっつーか、童心に帰ったっつーか、』

『なにを言ってるんだお前は…』

 まったく。使えるかと思えばただの馬鹿だったとは。

『…まあいい。無駄話はやめて速攻で終わらすぞ。時間をかければ勘づくやつもいるかもしれん』

『了解だ。四人殺したら例の場所で待つ。お前も残りを殺した後…もしくは手こずる場合は連絡しろ』

『分かった』

『ぃ、よしッ、やったるかぁっっ!!待ってろよぉ、経験値ちゃーーん♪』




「ハァ…」

 【パス】を切った俺はつい、溜め息をついてしまった。

「…ホントの馬鹿か。まぁ贅沢は言えん。俺もゆくとしよう…」

 そして走り出す。そのままビルの屋上から空中へ飛び出した。そして隣の屋上に難なく着地。それを何度も繰り返す。こんなに軽々と…嗚呼、たまらない。


 夢じゃない。俺は超人になれたのだ。


 通信が使えず。試練を終えてないヤツは外に出れない。なのにモンスターは建物内に押し入れる。そんな状況であの『階段』を誰より先に見つけた俺は、最高に運が良かった。
 器礎魔力とやらを得たあとはすぐにあの『階段』は隠蔽したからな。同僚達はその存在にすら気付けていまい。今も閉じ込められたままだろう。

「…いや、もう全員死んだかもな……ハ、もしそうなら……最高だッ!」

 この町は最悪の無法地獄に堕ちるだろう。勿論知った事ではない。俺一人ならどうとでもなる。今ではジョブレベルも上がって、徘徊してるモンスターなら敵にもならない。その代わりどんなに倒しても経験値にならなくなってきたが…


 なら、経験値になるヤツを養殖すればいいだけだ。


 俺を仲間と信じた連中を育てては狩る。それを繰り返す。俺だけが強くなるというシステムだ。単純で地味だが着実ではある。
 十分強くなれたら次はダンジョンの攻略を目指すとしよう。あそこのモンスターは強かった。強すぎて撤退したが、あそこでモンスターを狩れるようになれば、さらに効率的なレベルアップを見込めるはずで…

 そうだ。このままずっと先行し続けてやる。

 誰にも追い付かせない。頭打ちになった時はまた養殖すればいい。育てて殺す。それを繰り返すだけのこと。


「それにしても…童心に帰る、だと…?」


 笑わせる。退行してどうする。これは進化であり、感じるべきは万能感だ。

 そうだ。俺は予感している。レベルアップを進化に例えるなら、それを突き詰めれば万能の存在に…神に等しい力だって得られるかもしれない。

 神話によるが、神々は天罰と称しては大地を割り、海を溢れさせ、雷を降らせた。種の絶滅なんて余裕で視野に入れて好き放題だ。
  
 そう、神はただただ強い。それで全てが許される存在。そんな、いたかどうか分からない存在になりだがっている俺は、ヤツが言う通り異常者なんだろう。
 
「でも、今の世界はどうだ」

 ただ強い。それだけで何をしてもいい時代になろうとしている。なら勝ち残る事を何より優先して何が悪い?

 だがまあ、実際は言葉で言うほど簡単じゃないのだろう。さっきみたいに…


「…手塚を殺したヤツら…何者だあれは…人間なのか?」


 あれは…モンスターか人間かすら不明な…ともかく異常だって事しか分からなかった。でもこんな世界になったのだ。こういったイレギュラーはあって当然だろう。


「それでも俺は負けないがな」


 手塚が残したビジョンを元に、ヤツらの魔力波長ならちゃんと【捕捉】で記憶してある。これで【パス】の範囲内ならいつでも感知可能だ。
 つまり、やつらがどれ程の格上だったとしても逃げに徹しさえすれば捕まる事はなくなった。
 俺はもう決めている。勝てる確信が得られるまでは危険因子には絶対に近付かないと。そのために今から大きく場所を移す事になってしまうが、勝てると確信出来たその時になれば…


「待っていろ…旨そうに育ったら食ってやる…く、くく…そうだ…みんな、俺の餌だ」


 モンスターも。
 人間も。
 俺以外は全部、餌だ。

 それを悪と呼ぶなら呼ぶがいい。

 どんな悪だろうと最強になれば?


「くく…許される。たまらんなまったく…そうだ待っていろ。すべての餌ども」


 俺の悪は、良いスタートを切ったぞ。
 



 大家さんはいないと言ったが、俺にはどうしても救いたいと思う人間が、何人かいる。

 もっと正確に言えば『救わないとヤバいヤツら』だ。俺達が今向かってるのは、その内の二人が住む家で、

「何の用?今はバカ兄のバカ友を相手してる場合じゃないんだけど?」 
 
 と、到着して早々悪態をついてきたこの女子もそうだ。救わないとマズいやつ。
 女性にしては高身長でアホかってくらいボンキュッボンな超絶グラマラスボディ。そんな肢体とバランスを取ろうとしているのか髪はベリーショート。
 目ためにそぐわず勤め先で表彰されるほどの頑張り屋さんだ。それはクソゲー化した世界でも変わらなかったな…きっと今世でも張り切ってるんだろう。だって…

「早速モンスター退治か?ご苦労様。」

 服を見れば返り血でベットリだ。ついでにステータスを見れば、

 ジョブは『壊し屋』を選んで…ジョブレベルは6…か。
 器礎魔力は『攻』魔力と『知』魔力がBランクと高く、次点として『速』魔力がCランク。あとの『防』魔力と『精』魔力、『技』魔力はDランクで平均的。『運』魔力も50と平均。

 悪くないステータスだ。総合すると上位に一歩及ばずだが平均よりずっと上…って感じか。

 ただ、『技』魔力が平凡なのに新しいスキルを二つも生やしている。その両方ともがスキルレベルが3に上がっていた。
 なのにMPの最大値から察するにジョブのの獲得以外で【MP変換】を使ってなさそう…つまりこのスキル育成はかなり早い部類なんだが…なるほどな。

 手には釘バット(※肉片付き)を持っている。

 それは釘頭まで電動サンダーか何かで削って尖らせたのか、なんとなく本格派。どうやら選んだ武器が良かったみたいだな。これを作ったのはおそらく──

「兄貴…の方はどうしてる?もう、チュートリアルダンジョンには入ったのか?」

「チュートリアルダンジョン?あの階段のこと?………って均兄ぃ。この状況について何か知ってる口振りだね」
 
 しまった。

 感心ついでに口をすべらせてしまったか…って程じゃないだろこんなん。こいつが察し良すぎるんだ。うーん、今は急いでるし説明する暇なんてない。ここは一旦、スルーだな。

「え。え。なんで勝手に上がってくるの?いつもそうだけど毎回ちゃんと怒ってるよね?なのになんで毎回上がってくるの?ねえ帰って?」
 
 相手にしちゃ駄目だ。この悪態は挑発と詮索を兼ねた揺さぶりで──

「えっと…お邪魔します、で、いい?均次くん」

「え!誰なのこの和風ロリ…じゃなく!…ぇと、いら…っしゃい…?」

「あ。突然で、お邪魔します。スミマセン、私は…」

 同じ女性が相手なら、とフォローしに来てくれたのだろうか。珍しく大家さんが割って入ってくれた。

「コラ均兄ぃ!普通ひとんちに誰か上げるなら真っ先に紹介するもんでしょーがっ?この人も困るでしょうッ!?」

「それはお前がごちゃごちゃ五月蝿いからウッカリして…いや、」

 …確かに。

 でも考えてもみてくれ。

 こいつにとっては数日ぶりかもしれないが、俺からしたらこれは、前世を含め数年ぶりの再会で…なんとゆーか舞い上がってしまったのだ。

 つまりはきっと、嬉しかったんだな。

 しょうがないだろ?()()()()()()と思ってたヤツにまた会えたんだ。まぁそんな事は口が裂けても言わんけど。という訳で

「すみません大家さん。ちょっとテンパってました…」

「ううん、いい、こういう均次くんも新鮮。ちゃんと あったね。人付き合い」 

 えっと、なにをしみじみと大家さん?俺をなんだと思っ…まあいいや。

「じゃぁ改めて。こいつは俺の親友の妹で『造屋才子(つくりやさいこ)』って言います。見ての通りなので色々粗相あっても目をつむってやる方向で…いや、根はいいヤツ…かもしれない気もするんでお願いします」

「どうもはじめまして才子です。とても面倒な性格なのは自覚あるけど、それは均兄ぃに限定してるので安心して下さい」

「く…こいつはホント、、、おいサイコ。この方は『大家香澄』さんとおっしゃる。丁重におもてなせ?俺はお前の兄貴に用があるから茶は後でいい」

「今カタカナで呼んだ?やめてよね、てゆーか扱いの差が過ぎるよね?てゆーか均兄ぃに出すお茶なんて端からないからね?」

 我ながらひでー言われようだ。久々だから妙に新鮮で鼻先がツンとして…クソう、へこんでる場合じゃないぞ、俺!

「えと、大家さん?それとも香澄さん?は、こちらへどうぞ。こんな状況ですのであまり大したものは出せませんが…」

「あ、香澄でいい、です。どうぞ御構い無く。多分生死を共にする仲になると、思うので」

「…ぶふぉっ、この状況でさらっと面白いこと言ったっ!均兄ぃの知り合いに好感をもつ日がくるなんて…」

「お前ホンっト口悪いな!……なぁ、それって本当に俺限定なんだろうな?大丈夫なのか?大家さんを任せて」

「うんそうだよ?ちなみに香澄さんはともかく均兄ぃと生死を共にするつもりはないからね。一人で逝ってね?」

「くぅ、どんだけ嫌ってくるんだよ…っ」

 折角助けに来たってのに。でもこれなら大丈夫そうだな。才子は俺以外には人懐っこいみたいだし、大家さんは物怖じというものを知らないから。
 という訳でこの騒がしい天敵との親睦は大家さんに任せて、俺は二階へあがった。そして『入室断固禁』と記された札が掛かる部屋のドアノブを──バキリ。壊して入室。

「うおお誰だ一体!何てことしやがる!?」

 反射的に怒りをあらわにするコイツは俺の親友で名を『造屋才蔵(つくりやさいぞう)』という。随分と時代がかった名前だが武士でもなければ忍者の末裔でもない。
 妹とは違って無駄な脂肪を揺らすメタボ型。髪はボサボサで無精髭はゴワゴワ。その正体は見た目通りのニート…ではないらしい。本人曰く『プロの引きこもり』との事だがどうでもいいな。

「安心しろ才蔵。俺だ」

 長い付き合いだが久々に呼んでみると違和感が凄い。名前とキャラが一致しないんだよコイツ。そういや前世で『血装魔工』なんて呼ばれた時期もあったけど、それも凄く違和感あったな。

「そうかお前か。なら安心だ──ってなると思う!?一体なんのつもりだバカ均次!」

 うん、ホント、懐かしい。

「その呼び方は色々まずいからやめろって言ってたはずだ。風穴あけるぞ?」

 …ではなかった。懐かしむのは程々にさっさと本題に入らねば。

「おい、もうチュートリアルダンジョンには挑戦したか?」

「チュート…?ああ、試練をクリアしたらステータスが身に付くってアレか?」

「ああソレだ」

「くく…まさか現代社会にこんな摩訶不思議なことが起こるとはな…引きこもってでも生きた甲斐があるってもんだ。思い返せばあの頃の俺は──」

「いやどの頃の話をしようとしてんだ相変わらずかお前は…。俺はチュートリアルダンジョンに挑戦したかどうかを聞いてんだ」

 うーん、もし挑戦済みなら色々と困った事になるんだが。

「ふん、つまんねーヤツ。その…チュートリアルダンジョンか?あの洞窟なら才子のやつが挑戦したぞ?それでステータスを獲得したらしいが…俺はまだだな。入ってみたけど挑戦はしてねぇ」

「…!そうか。」

 そいつは良かった。

「どこにそんな嬉しむ要素があるんだ。相変わらず変なやつだな」

 コイツは変わり者で、前世でもチュートリアルダンジョンに挑戦出来ていなかった。でも今世は色々と歴史が変わってるからな。もしかしたらと心配していたのだが…

「うん。挑戦してないなら良いんだ」

「そうなの?まぁ、これは確かに俺の好きなシチュエーションだが、食い付くかどうかってなると別の話だよな。だって考えてもみろ。攻略情報がまだ出回ってないのに迂闊に手を出すとかバカの諸行だろ?なのにあの愚妹ときたら…」

 いや。やっぱ良くないな。というか『悪いか』と問い質したい。

「うん?どうした急に黙って何か言え──ぐぇヘぇっ」

 俺は『前世で迂闊に手を出しましたが何か?』という、少しの恨みを込めて久しぶりに再会した友の脳天を殴打した。ついでに【衝撃魔効】も発動しといた。いや、あくまで軽くだよ?
 ともかく我が親友は頭蓋内部へと伝播した衝撃に脳を揺すられてめでたく撃沈。それを確認した俺は部屋の中を物色開始。
 大事そうに保管されていた工具類を見つけては玄関へと運んで行く。かなり量があるので何度か往復する必要があった。結構面倒くさい…と、そこへ、

「さっきからなにを騒がしく…ってお兄ちゃん!?なんで泡吹いて気絶しちゃってるの!?何したの均兄ぃ?ちゃんと説明してくれるよねッ!?」

 音を聞き付けて不審に思った才子が様子を見にきた。丁度いい。

「おうサイコか。お前も手伝ってくれ。商売道具置いてったら烈火のごとく怒るだろう?お前の兄は。」

「いやいや、え?人にものを頼む態度じゃないし状況でもないよね?…って、ドアノブ!?これもどうしたのっ!?」

「ああもう、さっさと動けよ才蔵が起きたら面倒だろ?」

「いやだから何言ってるか分かってる?自分んちに押し入った強盗の片棒を担げって言ってんだよ!?」

「ったく、いつもの無駄な察しの良さはどこやったほら急げ。この後はお前の荷造りだってあるん──」

「だ か ら!説明しろっての!」

「均次くんこれも運んでいいやつ?」

「さすが大家さん、サスオヤです。」

「サスオヤ……えへ///」

「ほらサイコ!お客様がこうして手伝ってんのにお前はホント──「…………ぷっちーん、」──いやなんで釘バットなんて握って…おい!なんで振りかざしてんだオイやめろぉっ!?」

「うるさい死ね!もっと早くにこうすべきだったのよっ!」

 …まったくホント、懐かしいな。


  ・

  ・

  ・

  ・

  ・


 …ス、

 と控えめに音を鳴らして開く襖。

「お待たせ均次くん」

 その向こうに大家さんを見た瞬間、俺は、

「う、う?大家さ…その格好は…ゴクリ、」

 息を飲んでしまった。

「え、変?」

 変じゃないけど、非日常が過ぎませんかそれゴクリ。
 よく見ても材質不明、身体にピたぁぁっとフィットして黒光りするつなぎのライダースーツ的な?それを着た大家さんがこれでもかとロリなプロポーションをくっきり無自覚に強調していらっしゃるのだが……ゴクリと、俺は喉を鳴らしながら、

(これを着て全然エロく見えないとか。どうなってんだ)

 …かなり失礼な事を思っていた。

「これ、仕事着?なんだけど。動きやすいし。頑丈だし。汚れも落ちやすい。乾きやすい。もう普段着にしようかなと」

「どんな仕事!?つか!これを普段着にッ!?」

「これ一着さえあればあとは部屋着と下着だけで…荷物がこんなにコンパクト」

「コンパクト…はい!コンパクトは大事ですいや正義で流石で!サスカスバクハツです大家さん!(※『流石香澄さん具合』が爆発してますね!の意。)」

「そ、そう?良かった///」

 どう反応すればいいか分からず、我ながら意味不明に賛辞を送る俺を見て、フンスーと小鼻を鳴らす大家さんかわええな…じゃなかった。あまり待たすとよくない。車に戻るとしよう。

「え?香澄さん荷物ってそれだけなの──ってなにその不二子コス!?」

 と相変わらず才子はうるさいが、こいつとの和解なら一応だが済ませてある。
 あの後コイツの癇癪をおさめるのに手を焼きつつも成功した俺達は、才子所有の車に気絶した才蔵及び造屋兄妹の私物を積み込んで彼らの家を出発したのだった。

 今は俺のアパートを経由して再び大家さん宅に訪れてるところ。これから街を出るというなら俺や大家さんもそれなりの準備が必要だったからな。その準備も今終わってバタン!景気良くドアを鳴らして乗車する。その振動で、

「ふあ!……え?なん…だ、ここは…どこだ!俺の部屋じゃないじゃないか!どこだここ!車の中か!いやなんで?え?え?いつの間に!?」

 と『プロの引きこもり』氏が目を覚ましてご乱心だが、ここは無視して出発しよう。


「さあ、いくか」


 脱出行の始まりだ。






 …かつて救えなかった仲間達を、道連れに。



 ──造屋才蔵視点

 

 バタン!「ふあ!」
 
 音と振動につられて目を開けたらそこは…

「え?なん…だ、ここは…どこだ!俺の部屋じゃないじゃないか!どこだここ!」

 さっき均次と話してて…あれ?そこから記憶がないな。ふと見れば隣に愚妹が座っていてシートベルトをしている。なら俺もシートベルトを…て、ここっ!

「車の中か!いやなんで?え?え?いつの間に!?」

 均次は運転席にいた。見慣れた内装からしてこれが才子の車だってのは分かるが、何でコイツが運転してんだ?それに助手席にも誰かいるけど誰?背もたれが邪魔で見えないな。確認しよう──としたら。

 きゅるるらるぎゅん!!

 背中が後部座席に吸い付いたっ!これは急激なGが原因…って、オートマ車でこんな急発進出来るもんなの!?いや免許持たんから知らんけどっ!つか危ない!旧住宅街の狭い車道をこんな猛速で抜けやがっ──

 ドンガタン!

 ──ええええ!ちょっと待て!今何か轢かなかった!?後部ガラス越しに見ればやたらとデカい犬がムクリと起き上がっ…──良かった。死んでないようだ。
 まあそんな高そうな犬には見えなかったし、首輪もなかったし、あれは多分、野良で雑種だな。命を金で換算するのは不謹慎と思うし俺の収入は一般に比べて結構デカイ方だと思うが浮き沈みあるのは否めないし貯金は増えたけど妹の結婚資金を差し引けばまだ目標に達してない──じゃ、なくて!

「おいバカ均次!もっと安全運転しろよおお!お前の車じゃないんだぞ!?飼い主に訴えられて困るのは俺達だってことを──」

「だからその呼び方は風穴だっつってんだろうが!それに『マッドハウンド』に飼い主なんていねえっ!そんな微妙にリアルな寝言はこの状況を見て言えプロニート!」

「だからニートじゃねぇって──

  ドンッッ!

 ──今度はなんだぁっ!?」

 何かが車の上にのし掛かってきた!?走行中だぞ!?それも暴走気味の!…っと上を見れば──

 ギャリリリリリッ!!

「うおおお!?」
「ちっ、まだローン残ってるのにっ」
 
 いや妹よ舌打ちで済ます問題かこれ?

「こんな世界になってんだからローンなんて無効だ無効」

 いやローンの話でもないよバカ親友!車の屋根を突き破ったんぞ!硬い何かが複数本も!ほらそれが六条の傷跡を残して──

 ッブン!

 …おお…どうやらのし掛かってた『何か』は振り落とされた模様。
 だがその反動で車体後部がのめるように急浮上!前方に身体を振られた俺は、運転席と助手席の間に倒れ込んだ!果たしてそこで見たものは──

「どうもはじめまして。大家香澄、といいます」

 リアル峰○二子?の、幼少期?
 が、何故助手席にいいい!?

「なんじゃあこの和風ロリ以後よろしく!」

 ニートじゃないが、ああ確かに。俺は引きこもりだけどそれが何?仲良くするに決まっとろうがこんなレアキャラッ!

「お前らってやっぱ兄妹な。リアクションがほぼ一緒だわ」

 コラ均次。こんなロリータにアダルト潜入捜査官コスさせて横に乗っけといてその余裕は何?…ってお前、

「やい親友、もしかして大人の階段を──やっぱ手錠とか使うの?」

「んなっ、はぁ?急に何言い出してんだこのバカ親友!?」

「均次くんてばそんな趣味……メモメモ。」

「違うマすかラ!悪ノリやめて下さい大家さん悪いクセですっ!!」

 ふ。この様子だとまだ…のようだな。安心したぜ。

「ていうか均兄ぃこそやめてくれる!?こんな社会不適合者と一緒にするの!」

 って美ロリの前でなんて言い草!相変わらず身の程を知らん妹だ。少しは兄を立てんか収入は俺のが上ぞ?

「いやいや、肉片付き釘バットをフルスイングしてくるヤツがそれを言う資格はない、と俺は思う次第なんだが」

「はあ?あれを人に振ったのか?対モンスター用に頼まれて俺がこさえてやったあのバッドを?我が妹ながら恐ろしいやつ──って、おい、なんだ?この音──」

「お兄ちゃんもいい加減大人しくしてくれるかな?妹的に恥の上塗りがもう限界越えてるんだけど?」

「いやだってほら、タッシタッシタッシって犬の足音みたいな──てホントに犬の足音だったよマジかおい!!」

 後ろを見れば時速80kmは出てるこの車に余裕で追い付かんとする犬がいた!

「ああもうホントだ!しつこいったら!」

「ていうかアレ、さっき轢き逃げしたあの犬か!?じゃあさっきのし掛かってたのもあの犬か!?屋根に傷をつけたのもあの犬で、振り落とされたのにまた追ってきたって事なのか!?どうなってんだ近頃の雑種犬!?」

「ああもううっせえ!犬だけど犬じゃねぇ!あれは『マッドハウンド』ってゆうモンスターで…つか、妹から聞いてんだろ?少しくらいは」

「そうだよ言わなかったっけお兄ちゃん?」

「マジか……あれが、、」

 リアルモンスター…ってやつなのか。

 聞いたのと実際に見るでは大違いじゃないか。なんだあの出鱈目な躍動感!現実離れに滑らかな加速!サイズ感がおかしいだけの犬かと思ってたけどさすがにこれは…

「キモいぞ──ってちょっ!来るぞおい!!」

 マッドハウンドとやらがさらに加速した!かと思えば飛び上がった!こら犬てめーデタラメ過ぎんだろうが!滞空中に時速何km出してやがんだ──

 ドンッ!
 
 また重くのし掛かられた事を車体が上下左右にブレて教えてくれた…つか…いるのか!?この上に!?あの犬が!?

 ガリガリガ、ギャリィーー!

 侵入しようと足掻く様が、酷い金切り音を連続して伝わってくるっ!そして──

 バグンッ!!

 金切り音が間抜けなぶち抜き音に変わって…って、おい!

 ブオオオオ──!

「ふおおおおお!!??」
「もう!お兄ちゃんホントうるさいっ!」

 だってだって髪の毛ブワってほらぁ!逆立つそれに釣られて見れば、ほらあぁっ!

 ビュオオオオ──

 …ないんだぜ?屋根が。

「おい妹よ…オープンカーになっちまったぞお前の車…」

「く…廃車決定ね。こうなったら私が殺──」

「って何言ってんだ愚妹めこのアホウ!」

 人は誰しも車の恨みとなればってのは知ってるが!こんなの人間が対処出来る範疇越えてんだろうが!

「大家さんお願いします」

 はあ?均次お前も何言って…

「ちょっ、均兄ぃ…いいの?」

「いい」

 いや何がいいんだ何がっ!

「大家さんは多分…俺より強い」

 いやだから何!?親友という贔屓目で見てもお前より強い人間はこの世に30億人はいると思うんだが?そう思うのに、

「信頼してくれてる?心配されるより、ずっと嬉しい、均次くん」

 走行中だというのに、あの和風ロリは当然とばかり座席を立った。
 その凄いバランス感覚を見せつけるようにゆっくり後ろへ振り返ると片足を背もたれに乗せ、スラリと…え?脇差し?のようなものを抜いた。
 そして静かにその刀身を見つめ…ってなんだその極めた雰囲気……え?もしかして凄い人だったり?いや俺は刀剣に関しちゃ素人だが、それでも創作に携わる人間だからな…分かってしまった。あれが掛け値なしの業物で、それを振る資格を…髪を不吉に逆巻くこの見た目幼女が有しているのだと…そして、

「…ボソ(いくら相手がロリでも、このアングルから見るアダルト潜入捜査官コスは少々と言わずけしからん…)」

 なんて感想を飲み込んでいた…その時だ。魂と共に下半身を密かに疼かせる俺に大きな影が被さったのは。

「ぅ…ぉ……デっけーな…ぉぃ…」

 こちらも走行中だからか体感ではゆっくりだった。だからってこの臨場感はどうなんだ。

 そう、マッドハウンドは思いの外、デカかった。

 首がすくむ。我ながら分厚く思う二重あごがさらに太さを増して呼吸を圧迫した。

 だって危ない…危ないっ!!限界まで大きく開いたマッドハウンドのマッドなアギトがほら、大家嬢に迫っていて、

 それはゆっくり、ゆっくりと……今まさに彼女の鼻先に届かんとしていて──その、瞬間ッ!

 ──チン。

 え?刀を鞘に納めた音…ってことは、もう斬ったの?いつ斬ったん?

 ──ピ。

 やっぱり斬った後らしい。何故なら生暖かい何かが一滴だけ、俺の頬にひっかったから。これは…多分血だろう。勿論それは、あの犬の──

 ドチャッ!

 マッドハウンドは襲いかかる姿勢のまま硬直して失速、車体すれすれに落下した。

 車体後部の影から早々に現れたそれは地に伏したまま。もう動く様子はない。

 つか動く訳ない。だって遅れて首が転がって…つまりこれは、

「大家さん、流石です」

(切断したはずの首が地に衝突するまで身体から離れなかった…って、なんちゅーワザマエ…いや、もう言葉も出んわ)

「ふ、サスオヤ」

 ホンソレ。サスオヤ。これが達人の業すか。いやまさか。こんな劇画的現象を目の当たりにする日が来ようとは。

「つか、人間で合ってます?どこかの研究施設から脱走してきた実験体とか。そんなバックボーンがあったりは──」

「はぃ?ぇ、ぁの、ぃゃ、ぁたらずもとぉから?」

「だから失礼な事言ってんなょこの、バカ才蔵!お前さっきからいい加減にしろ!スミマセン大家さん!…そして何か言いました?風の音が凄くて──」

「ううん、なにも言ってない」

「そうですか」

 いや何を難聴系主人公気取ってんだ均次のやつ。しっかり聞こえたぞ俺は。研究施設が当たらずも遠からずって…じゃぁ、『組織』…ってやつか?何らかの…超人が集まるとかそっち系?

「…だとしたら…いやいやいや、なんともはや──いいぞ。うん」

「いやいやいや、顔があからさまに怪しくなってくけど──お兄ちゃん大丈夫?」

「おっと心配かけたか妹よ。安心しろ。引きこもりはもうやめる」

「頭の中がどんな経緯でそうなったか分からないけど…そっか。おめでとうお兄ちゃん」

 だってさ。そうはないぞ。
 こんな面白そうな事。


 




 








 ……なんて、思った頃もありました。


「前言撤回!ぜんげんてっかあぁーーーい!もう帰して!家に帰してえええ!?布団かぶってガタガタ震えてそのまま寝るから寝て全部忘れたあとはまた静かに引きこもるからあぁあっっ!」い

「さっきの粋な意気はどうしたお兄ちゃん!」

「それこそ忘れたし知るかっ!こんなの聞いてないつかそもそもとして問答無用だったなコんちくしょーー!」

 いや俺だって情けないとは思うよ!?でもマッドな展開がマッドハウンドで終わらなかったんだものー!

 屋根なしとなった車を格好の獲物と見定めたオークらしきモンスターがスクラム組んで突進してきたり!それを均次が


「結構使えるなあ!【機械操作】!」

 とか叫びながら謎のドライビングテクニックを発揮してオートマなのにドリフト!車の横っ腹をぶち当てにいったり!

 ──キキキキィィイボカァァン!!!

「あ、(【機械操作】の)スキルレベル上がったわwないすー」

 そこでボーリングピンよろしく跳ね上がったオークらしきモンスターを大家嬢が『ここぉっ!』とばかりに空中で斬っては刺し斬っては刺し無双したり!

 そのドサクサに紛れて「ヒャッハー!」とか言いがらバールのようなものを振りかぶって襲いきたチンピラ風の人間まで全く躊躇せずぶった斬ったり!

「いやさすがにそれやり過ぎでは!?」

 と咄嗟に抗議すれば

「…殺してない…」

 とかイチベツいただいた訳だけど武器を持ってた腕を切り飛ばされたりしたからほらぁ!無防備になったチンピラくんはコボルトっぽいモンスターにたかられて「ぎゃあぁぁあ!」ってなって

 「…あ~あ…」  …ってなったり!

 そんなこんなで俺氏はもう返り血で真っ赤デス!つか車も荷物も俺も妹も全部血ミドロ──ってそうそう妹!コイツもえぐかった!『なんだあのエロい体わっ!さらってマワすぞー!』とか吠えながら群がってきた不届き者達の顔という顔に、

「はーい殺さない代わり頬肉もらっときまーす」

 とか言うもんだから「はぁ?」となった俺の目の前で特性釘バット乱舞。有言が実行されて遂行されちゃったりっ!

 結果、暴漢達の全員が絶対に女が寄りつかない顔になっちまった上、流れた血の臭いに誘われたモンスターに群がられてんのを見て──

(は!もしやここで生き残っても『女の敵的な刻印』を押すために…?)

 っと改めて背筋を寒くしたり!そんな諸々を見てた均次が

「なんでトドメ刺さねんだ」

 とか吐き捨てるように呟いたのを俺は見逃さなかったけど、女性陣は聞いて聞こえぬ振りともかく平常運転。

 でも俺は聞き流さなく──ってまた来やがったなマッドハウンドぉ!?お前は嫌いだああああ!!


「…はああぁぁぁあぁ…」

 カオス過ぎる…人の耐久軽く越えてるだろこんなん。SAN値ガリガリだよまったくもう…よし、ここは叫んで発散しよう。


「ケィ、オォオおおおおスっ!!!(※なんなのこのカオス!というニュアンスで吠えております)」


「うお?なんだ急にこえーな」

「うるせぇ!怖いのはお前の運転だ今すぐおろせ!」

「ええ…マジか、ったくしょうがねぇな──」

「じゃ、ないよバカだなぁぃやごめんなさい!こんな所でおろさないで!?ちゃんと家まで送り届けて下さい丁重に…ッ!!」


「お兄ちゃん…もう、引き返せないんだよ」


「いや言いたいだけだよなそれ!でもわかる!わかるが知るか!そして行くかよ!行くなら俺を残して行け!妹よ!」

「才蔵さん、力を合わせて、頑張る、ましょ?」

「言いながらラバースーツっていうのかなそれ?の、ファスナー少し下ろしたね今!?見逃さなかったよあざといな!?でも『ない谷間』強調あざます!!」

「おいゴらやっぱてめーはここで降りとけガヤニートっ!」

「ニート違う!けど!ごめん!でも!こんな健気目ぇ離せる思う!?こんな攻められ方したら引きこもりだってどうしようもなく男よ?馴れたリア充どもみたく抑制効かねーっつの!察しろ!」


「じゃぁ、も少しおろす。ファスナー」

「ふぁっ!?」

「大家さん!?」

「香澄さんダメ!餌与えないで癖になるからっ!」

 大家嬢…女神か。

「おい均次。ちゃんと前見て運転しろ。ない谷間はこっちで探しとくから」

「ぬああてめー!…ホン…てめー!…ぐ、ぬぬぬぬぬぐおおおおーーくそ!モンスターにしろ暴徒にしろいい加減うぜえ!どけやお前ら轢き死なすぞホントに轢死させたいのはこのニートだがなぁっ!」

「均次くんかわいい」

 ふん。均次の幸せ者め。なのに八つ当たりとは若いな。そして一生付いていきます大家嬢。あとモモをツネるな妹イタイタい。という感じで俺が無理矢理にも甘く連行された先。

 そこは均次曰く、『ボーナスステージ』であるらしいが俺は全然信用していない。

 はてさて…次はどんなおっかない冒険が待ってることやら…。



=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

MP 7660/7660

《基礎魔力》

攻(M)60
防(F)15
知(S)45
精(G)10
速(神)70
技(神)70
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV2→3】【語学力LV2】【韋駄天LV2】【大解析LV2】【魔力分身LV3】【斬撃魔効LV3】【刺突魔効LV3】【打撃魔効LV2】【衝撃魔効LV2】

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================





※この小説と出会って下さり有り難うごさいます。

 第一層はここまでとなります。

 続きをさくさく読みたい方、いらっしゃいましたらなろう様で先行版投稿してます。次のURLから飛んで下さい。

https://ncode.syosetu.com/n5831io/


 もちろんノベマ様でも随時更新していくつもりです。しおり、いいね!、レビュー、感想いただけるとここでも読めて便利ですし、作者としても読んでもらえる人が増えてとても嬉しいです。宜しくお願いいたします。




「おい均次、なんでこんな道を行くんだ?」

 才蔵がまた不安を口にし始めた。街を脱けた後は大人しくしてたんだがな。

「だからさっきも言ったろ?田舎の方が安全なんだって」

 これを言うのは何回目になるのかな。俺もわからなくなってる。

「あー、なぜ田舎が安全かと言うとだな──」

 敵の数が少なければ当然、経験値は稼ぎにくくなる。それと同じで人口の少ない田舎町に徘徊するモンスターはレベルアップが停滞していて大体弱い。

 それに通信が途絶えた今こそ僻地の方が良い。交通の便が悪いから人の出入りが少なく、悪人だってわざわざ足を運ばないし、人の出入りが少ないなら人伝てによる余計な情報も少なくなるからな。

 前世ではそういった、不安を煽るだけの不確かな情報が飛び交っていた。それは余計な混乱まで招き、さらに治安を悪化させた。

 でもその点、田舎なら安心だ。もし悪い噂が伝わっても少人数を活かせば団結しやすいし、混乱しても早めに対応すれば被害は少ない。

 以上を理由に田舎は治安が良い。ここまで来れば暴徒の心配もいらないはずだ。

 …でもまあ、才蔵が不安になるのも分からなくはない。

 だって起き抜けにいきなりモンスターや暴徒に襲撃されて、それをスプラッター映画さながらの残虐ファイトで女性陣が迎撃するところを、即席オープンカーに乗って特等席よろしく、というか強制的に見せつけられたんだからなしかも連続して…というか。問答無用で昏倒させられて拉致され、しかもそれをやった張本人が親友の俺。この時点でかなり狂った状況だ。だから俺も気をつかってる訳だけど。

「…で。どこに向かってんだ?つかお前、ホントは道に迷ったんじゃねぇのか?だってこんな道の先に人が住めるとこなんてないだろ普通」

 これくらいの不満は受け止めるべきでここは我慢…なんだが、うーん、気を利かせて静かな裏道を選んだつもりだったんだが。才蔵の言う通りあまりいい道ではなかったな。

 ただでさえ道が狭い。なのに『異界化』の影響だろう。アスファルトが所々割れていて、そこからは魔性を思わす植物が生え出している。

 ガードレールの向こう側にある谷を見れば、霧もないのに何故か底が見えない暗黒と化している。

 その反対の山側からは怪物じみて生え伸びた木の枝が不気味に覆い被さってかなり暗い。

 『いや、暗いからこう見えてるだけで…』

 そう思いたいけど多分違う。完全な異界化も時間の問題だなこれは。その証拠に、地元民でも利用するのは怖いのだろう。この道に入ってから他に車を全く見ない。

 つまり俺達が車を走らせているこの道は相当に気味が悪い。

 まるでホラー映画のオープニングで見るような。それこそモンスターが突然現れても不思議ではない雰囲気がある。

「まあそれももう少し行けば…ほら、」




鬼怒恵村(きぬえむら)へようこそ』




 という看板が目に入った。ここまで来れば山々に囲まれた盆地を利用した広大な農村が一望出来る。これで今までの緊張も緩和される…そう思ったんだが、

「え!え!方角的にもしかしてと思ったけどやっぱり『鬼怒恵村』が目的地だったの!?」

 と声を上げて喜んだのは才蔵でなく才子の方だった。

「知ってた?ここってお高い系スーパーや高級百貨店の青果売り場で必ず目にするブランド農家が集まってるって有名なんだよ?」

「ほう、そうなのか」

 …なんて。初めて知った風に返したがその情報なら前世でいやという程聞いていた。にしても、

「一度は来てみたいと思ってたんだよ、ナイス均兄ぃ!」

 …想像した以上の食い付きぶりだな。

「そうか、それは良かったよ」

 才蔵も喜んでくれたらと思うがそれはナイな。だって生粋のインドア派に田園風景なんて全くの専門外だろうし。

「ここって観光スポットがある訳でもないし、収穫体験を売りにしてる訳でもないし、交通の便もない所だからね。来たかったけど中々踏ん切りつかなくって…」

 うん、やっばないな。才蔵が喜ぶ要素。妹はこんなに喜んでるのに。

「ともかく、均兄ぃにしてはセンスあるチョイスだね!……てゆーか、誰の入れ知恵?」

 つか、ホントよく喋るな。

「つか、入れ知恵ってなんだ。素直に誉められない病でも(わずら)ってんのかお前は(確かに入れ知恵ならあった。ホント鋭いよなコイツ)」

 ここには前世でも来た事があって、それは『こんな乱世になったなら先ずは食糧確保でしょ』と提案されての事だった。

 そしてその提案をしたのが才子だったのであり、つまり俺に入れ知恵したのはコイツ本人だった訳だ。だから、

「…まぁ、誉められたとこでこそばゆいだけか」

「でしょ?」

「『でしょ』じゃねー。時にはちゃんと誉めろ?いや誉められて伸びるタイプか知らんけど」

 誉められる事例に乏しかったからな俺は。…我ながら情けない。

「あとここって雷注意報が日本一多いのでも有名だったよな。それが関係して土地が豊かなのか…」

 お?

「いやほら、雷が多い年は豊作になるってジンクス?みたいなのがあるらしいじゃんか」

 珍しい。アウトドアな話に才蔵が首を突っ込むとは。

「つか、ステータスとかスキルみたいなファンタジーテンプレがあるなら雷魔法とか…それに似たスキルだってあるだろ。それを利用すれば…」

「おお。冴えてるねお兄ちゃん!魔法で野外実験とか面白そう!」

「野外実験だと?引きこもりだった俺がそんなもんにワクワクするわけないだろうが?小説とかだとめっちゃ強いし、その上生産面でも無双とかイケてるじゃん…よし!雷魔法は俺のだから。間違っても君らは習得しないようにっ!」

 ったく今度は兄妹揃ってハシャぎだしたぞ。お前ら遊びに来てんじゃないんだからな?

「才蔵の専売特許にする話はともかく、雷魔法を農業に活かすのはいい考えかもな。その…雷が多い年は豊作になるって説?は誰かが証明したとか何とか…ネットニュースで見たことある。有望なプランかもしれない」

 こんな世界になって生き抜くなら武力はもちろん必要だが、生産面でも強みがあれば俄然持生きやすくなる。とか思ってたら、

「はぁ?なんだよもう誰かが証明してんのかよ。じゃぁ絶対現れるな。同じような事考えるやつ。よし萎えたっ。やめだやめ。野外実験とかそもそもとして性に合わん」

 才蔵らしいっちゃらしいが…まったく。

「もう!すぐそーやって引きこもろうとするんだからこのダメ兄!」

「そうだぞ?悪い癖だ早めに直せ?」

「雷が多い…その不思議には、こんな由来がある──」

「え?なになに?」

 ワイワイし始めた俺達の会話に参加してきた大家さんは、実に熱のこもった解説をしてくれた。その内容はこうだ。

 ──昔々…この地が別の名で呼ばれていた頃、雷を操る天鬼が棲みつき、その被害に人々は喘ぐのみであった。

 そこへ旅の男女が訪れる。二人は夫婦で夫は武芸者、それも類いまれなる剛の者。それは天鬼を瀕死にまで追い詰めるほどだった。ただしそれは、おのが命を引き換えとしてだったが。

 弱った天鬼を逃がしてなるかと追い討つ妻の法師。高名でなくとも力は確か。見事鬼を封ずるに至る。彼女の命を代償にして。

 こうして訪れた平和をしかし、村人達は喜べなかった。それは犠牲となった夫婦への申し訳なさもあったろうが、何より報復を畏れたからだ。

 鬼は死なず。封印されるに、とどまった。その封印もいつまでもつか分からない。安心など出来るはずもない。

 その後何日も話し合った村人達は祠を建て、鬼と武芸者と法師を平等に祀る事にしたのである。 

 それが功を奏したか、それ以降この地は凶作知らずの豊穣の地となった──

「──とさ。めでたしめでたし」

「…て香澄さん?昔話風に締め括ったけど夫婦の末路が全然めでたくない件」

「さすがは未来の峰不二○。常に意表を突いて止まない女」

 なんだこの兄妹、大家さんをディスってんのか?許さないよ?

「えと、この伝説から雷は鬼の怒りだと思った、らしい。鬼怒恵村って名前にしたのも、『鬼の怒りも転ずれば恵みにもなる』っていう教訓と、『鬼の怒りを忘れた時に恵みはなくなる』て戒め。二重の意味を込めてる。後世に伝えるためだって」

「「…なるほどー」」

 おお、大家さん言いきったな。この人ホンとメンタル強い、つか「むふーっ」と得意気な大家さんが相変わらずかわえぇ件。それとは対照的に若干引き気味な造屋兄妹は後でダメ出しだな徹底的に。
 
(つか…意外だな。いや意外過ぎるぞ?大家さんが何故、鬼怒恵村の『鬼伝説』を知ってんだ?)

 と、俺が不思議がっていると、

「んー、ちょっと待てよ?その雷様がボスモンスターとして出てきたりはねーよな?だって伏線として如何にもな──」

「お、鋭いな才蔵。」

「──ってマジかょおい!ボーナスステージってのは『美味しいけどその分過酷』…的な意味だったの?って俺達、雷様と戦うの?…って均次、なんでお前がそんな事を知ってんの?」

「いや違くて。俺は大家さんが話した事がほぼ史実だってことを言いたかっただけで──」

「いんや違わねぇな。こんな世界になってんだから『伝説=実話』なんて事があっても今さら不思議に思わねぇ。だからこそ俺も『天鬼=ボスモンスター』なんてベタなりにブッ飛んだ説が無理なく浮かんだ訳だから」

「だったらいいじゃねえか」
     
「良かねえわ。お前が史実だと確信もって言えるのは何故だ?ここがボーナスステージだって言ったのもそうだ。その確信はどこから来て、何をソースに知る事が出来た?俺が聞いてんのはそこなんだよっ、ビシぃっ!」

 う。なんだ急に。

「それは私も思ってたよね。今日家に来てからここまでを観察して感じたのは、均兄ぃは何かを知ってて、それを隠してるってこと。ねぇいい加減スッキリさせない? ビシぃっ!」

 ぐ。才子まで。兄妹揃って察し良すぎだ。ここぞとばかり『ビシィっ』と人を指差しやがって…

 というより俺の迂闊が原因か。またウッカリ口を滑らせてしまった。俺ウッカリ多くね?『大家さんかわええ』で油断したか?……つか、造屋兄弟のこのリアクションに比べて大家さんが通常運転過ぎる件。

 いや俺が回帰者だってことなら大家さんには話してるからな。俺が色々物知りな事なら、今さら驚いたりしないだろう。

 でも。

 鬼伝説を知ってた事はまだしも、それが史実だったと聞いて何の反応も示さないってのは…ちょっとじゃなくおかしい。

 だって、この伝説が史実だったって事まで大家さんは以前から知っていた…という風にも見えるからだ。

(回帰者でもないのに何故そこまで知ってんだ?ホント何者なんだろ…いや、何処の誰でもいい。大家さんは大家さんだ。ただただ動じないだけ、なのかもしれないし──)


 と、俺が大家さんの代わりに勝手に大家さんを弁護していた、その時だった。 


「きゃがっ!」
「ぎゃぎっ!」
「きいぃー!」


「うおお?なんだ忘れた頃にこのやろう!モンスター?それとも人間?どっち!?」
「モンスターだよ!それも見たことないヤツっ!気持ち悪さは一緒だけど…ってお兄ちゃん伏せてっ!」

 なんとも都合よくモンスターが襲来したもんだ。これで有耶無耶に出来るな…

「…なんて思ってる場合じゃないぞコレッ!!『餓鬼』じゃねぇか!!?」


 ホントにマズイ!!街を出た先にまさか、こんな厄介なヤツらがいるなんて!

 …つか、前世ではここで遭遇しなかったはずのモンスターだ。なんでいる?鬼の話をしたからか?それともホラー映画のオープニングとか言ったアレがフラグになったか?ともかく、


「くそ!」


 なんでこうも、裏目にばかり出るんだよ!?ちゃんと仕事しろよ『英断者』!

 ここに来てホントに良かったのか?ホントに吉があるんだろうな?



 餓鬼というモンスターは個体として見れば弱い部類だ。

 弱いゆえに遭遇する時は大体が群れていて、それは相当な数となる。

 そしてコイツらはいつも飢えてて何でも永遠に食らい続ける。

 人や動物や作物や木材や革製品や繊維類エトセトラ、こんな農村なら甚大な被害が出る事は必至だし、食えるものがなくなれば共食いすら辞さない。

 そんな見境のない狂暴さに貪欲さまでプラスした習性からか、レベルアップが異常に早く、それに準じて進化も早い。

 でもその積極性ゆえにコイツらは潜伏というものをしない。なので日頃から見つけた先に始末しとけば何とかなるものなんだが…それをサボると目も当てられない状況になる。

 というか。まさに今がその状況だ。耳をすませば近い遠いに関わらず、そこかしこから餓鬼の声が聞こえてくる。

「到着早々これか…っ」

 と苛立ち紛れ、車内に飛び込んできた一匹目の首を空中でキャッチ、即座にへし折ってやった!

 ゴキッ!「うぎゅっ!」

 動かなくなったそれを投げ捨て緊急停車!ドアを開ける手間も惜しんで飛び降りる、ついでにっ!

 ドキャ!「べぎゃ!」

 地を這うように迫っていた次の餓鬼!そいつの首も踏み抜いておく!

 と、その足にまた別の餓鬼が噛りついてきた!

 …まったくもって忌々しいが、この個体はレベルが低過ぎた。俺のMPシールドを中々貫けずにいる。なら貫かれる前にと、上半身を捻り上げる!生まれた螺旋を足首、集中させる!

 ゴキゴゴキッ!「げゅぅっ!」

 噛り付いたまま螺旋に巻き込まれて脛椎を砕き折られてその餓鬼は即死した。

 それでも離さない。ならばと腹と太ももが密着するほど脚を振り上げ、ブンッ!振りほどく!

 その死体は車を跨いで飛んで──

 ドカッ「きぃー!」

 ──同じ餓鬼にはね除けられた。

 しかしぞんざいに扱われた骸に呪いでもかけられたか、その餓鬼は硬直して──いや、こうなったのは跳ね除けた先にまたも視界を埋めるものがあったから。

 それは、俺の爪先。

 そう、俺は振り飛ばす動作を次の攻撃に繋げていた。骸を追うように車を飛び越え、その餓鬼へと飛び蹴りを──

 ズブりッ!「う、びょ、、!」

 命中させる。四本目の首砕き。

 どうやらこれで、餓鬼の襲撃は途絶えたよう。でもそれは一時的なものに過ぎない。遠くからまだ小さく声が聞こえてくるからな。それでも

「第一波は殲滅…か。ふぅ…」

 なんだかんだ今のは危なかった。…主に才蔵が。

「ちょっ…均兄ぃ?なんなの今の動き?まったく見えなかったんだけど?」

「お前…本当に、均次か?」

 あの造屋兄妹が餓鬼より俺を畏れている。親しい者にこんな視線を向けられるのは正直ツラいが、今は気落ちしてる暇はない。

「…次が来るぞ」

 まだ遠くにいる個体も含め、多くの餓鬼が俺達に気付き、一斉に近付いてくるのが気配で分かった。

 …異常な反応だ。

 こうなったのはきっと、チュートリアルダンジョンで試練を受けてない者…つまりは才蔵に反応したからだろう。気の毒だが、そういうシステムなんだからしょうがない。

 前も述べたが、モンスターはステータスを持たない者を優先して狙う。


 かと言って安易に迎え討つなんて無謀は出来ない。

 屋根を失くしたこの車では才蔵を守りきれないからだ。

 さっきも言った通り、餓鬼は弱いが群れてくるからな。その旺盛な食欲に任せて来るので連携など取ってこないが…

 数の暴力は、やっぱり怖い。

 街中でモンスターや暴徒に襲われた時も多勢に無勢だったが、あれは乱戦の中をただ突っ切るだけで良かった。だから何とかなっていた。

 だが今回は違う。敵の全てが才蔵を標的にしている。だから、

「なに呆けた顔してる!次がくるって言ってるだろ!コイツらは最後の一匹になっても怯まない!飛ばす頭のネジなんて元からねぇんだ!」

 ここに連れてきた俺が言っていい事か分からないが、今は叱咤が必要だった。この緊急事態を零コンマ一秒でも速く伝えなければならないからだ。

「才子は運転を頼む!このまま集落に入ってくれ!」

 引き返す事は出来ない。あの狭い道で挟み撃たれたらそれこそ絶望的だ。

「え、均兄ぃはどうするの?」

「俺はこのまま並走しながら遊撃に回る!方向や速度を指示するから合わせてくれ」

「ええ?そんな…大丈夫なの均兄ぃ?」

 心配してくれるのか。こんな窮地に導いた俺を。それは有難いが、

「時間がない。ここは言うことを聞いてくれ!」

 このパーティーには、魔法を使える者がいない。そして現段階では、魔法以外に遠距離攻撃の手段はない。

 という事は?
 まともな陣形を取れない。
 なのに、守る対象がいる。

 こんな不利な状況でどんなに守りを固めても無駄。必ず穴が生まれる。穴があれば必ず突かれる。

 留まる事は出来ない。留まれば囲まれる。そうなると俺や大家さんや才子はともかく、才蔵が確実に死ぬ。

「大家さんは乗車したまま護衛を。…二人を頼みます」

「…わかった均次くん。 才子さん行って!」

 さすが大家さん。俺の意図を瞬時に理解して即座、戦闘態勢に入ってくれた。

「ああもう分かったわっ!」

 その気勢に押された才子がアクセルを踏む。いい反応だ。コイツも察しはいいからな。

「ねえ!スピードはこれくらい!?ついてこれてる!?」

「もっと速くていい!じゃないとほら、追い付かれるぞ!」

 こうして走らせた車に俺が伴走してるのは、大群に囲まれないよう、こうするしかなかったからだ。

 …逃走だけではダメだ。

 必ず行き詰まる。

 四方八方から追い込まれ。

 停車したならその時点で終わり。

 あとは数に飲まれるだけ。

 かといって逃げながらの迎撃も難しい。

 走行中の車上では動きが制限されてしまうからだ。それは魔力覚醒者であっても変わらない。

 敵を満足に打倒出来ないという事は、撃破数が稼げないという事。

 そうなると追いかけてくる餓鬼が雪だるま式に増えてしまう。余計に追い込まれる事になる。

 ならば車に接近される前に撃破し、間引いてしまえばいいのだが、それは遠距離攻撃あっての話。

 ではどうするか。

 車と並走しながら戦えるヤツが遊撃手となればいい。

 そしてそれが出来るのは今のところ、『速』魔力が神ランクで加速系パッシブスキル【韋駄天】を持つ俺しかいない。

 しかしそれだと、今度は俺が集中攻撃をくらってしまう。通常なら無謀な作戦と言えるだろう。

 でもそれは、

「…よし、上手くいった」


 『通常なら』って話だ。今はその通常に当てはまらない。だって餓鬼どもは…ほら、俺に見向きもしないじゃないか。

 本能でしか動けないコイツらは、システムの強制力には抗えない。だから、

「いいぞ!その速度を保ってくれっ!」
「もう!簡単に言ってっ!こっちはぶっつけ本番なんだからねっ!」

 こうして声を張り上げても大丈夫。車から距離さえ取れば攻撃されない。何故なら、今のコイツらは才蔵に夢中だからな。俺の事なんてどうでもいいって感じだ。


「…こうなったら簡単だっ」


 車の後を追って数を増やしていく餓鬼達を、さらに後方から追いかけそしてっ、追い付いた先からっ、こうして!


 「おらっ!」

 バキャ「ぎゃっ!」ゴキ「えげっ!」「べあっ!」ドボ「ごっ!」ベシャ「ちゅあっ!?」ドチュ「べじっ!」


 無防備な餓鬼どもを順次、粉砕してやればいいだけ。

 才子に借りたこの『釘バット』でな。

 ただ…、追いかけている側である以上、自慢の『速』魔力による加速を活かした物理エネルギーは上乗せ出来ない。
 それにバットという武器は走行しながら振るようには出来てない。非常に力を乗せにくい。


 それでも一撃で粉砕出来るのは何故か。


 それは、釘バットが『複数の魔攻スキルを重複して発動出来る武器』だからだ。



 前世、こういった武器の事を『複合武器』と呼んでいた。



 バットが発動出来る魔攻スキルは、

【打撃魔攻…打撃による攻撃行動の際、攻撃力が上がる。】

 …とこれだけなのだが、それが釘バットとなれば、

【刺突魔攻…刺突による攻撃行動の際、攻撃力が上がる。】

 このスキルまで重複して発動出来る。

 こうして二つの魔攻スキルを同時発動出来るのは、釘バットが打撃と刺突の両方を同時にこなせる形状だからだ。
 才子の【打撃魔攻】と【刺突魔攻】のスキルレベルが同時に上がっていたのもそのためだな。


 そして俺が釘バットを使えば、【衝撃魔攻LV2】まで重複出来る。

 何故俺にそんな事が出来るかと言うと…ここでウンチク。


 通常だと、武器を使う近接戦闘系のジョブに就いても【斬撃魔攻】と【刺突魔攻】と【打撃魔攻】という三つの『魔攻スキル』しか覚えられない。

 【衝撃魔攻】を覚えるには、『拳術士』など、体術を基本とするジョブに就く必要があるからだ。

 その代わりそういったジョブは【斬撃魔攻】と【刺突魔攻】を覚えられないという縛りがある。

 それでも【衝撃魔攻】は【打撃魔攻】と重複する事が出来たので、武器を装備出来なくても最終攻撃力は拳術士の方が高かった。

 だから前世、クソゲー世界となって初期の頃の拳術士と言えば、かなり人気のジョブだった。

 しかし、この釘バットのような『複合武器』が発見されてからは『拳術士は死にジョブ』と言われるようになっていった。

 そんな歴史を前世で見た訳だが、俺の場合、このようなジョブ選択のジレンマに悩む必要が全くない。


 何故なら『武芸者』の称号を持っているからな。この称号効果で、上記四スキルの全てを取得済みなのは知っての通り。


 この称号を獲得した時は『基本スキルを取得出来ただけか…』とガッカリしていたが、今になって思えばジョブに就けない俺にとってこれは、価千金の逆転称号となっている。

 いや、そんなペナルティがなかったとしても『ジョブチェンジの面倒を省いて四つの魔攻スキルを初動段階で網羅出来る』んだから、やはりの優良称号と言っていい。


(特に【衝撃魔攻】をこの段階で取得出来たのはな、すげー有難い)


 だって、【衝撃魔攻】と重複出来るスキルは、【打撃魔攻】だけじゃないからな。

 実は他の魔攻スキル、【斬撃魔攻】や【刺突魔攻】とも重複出来る仕様となっている。

(前世でこの事実が判明した時はまた『拳術士系は必須ジョブ』とか騒がれてたっけ)

 現金な話だが、みんな生き残るのに必死だったからしょうがない。

 それはともかく、釘バットを使う今の俺の攻撃力は──


【打撃魔攻LV2…打撃による攻撃行動の際、攻撃力が上がる。現在の増加率は1.1倍】

【刺突魔攻LV3…刺突による攻撃行動の際、攻撃力が上がる。現在の増加率は1.15倍】

【衝撃魔攻LV2…衝撃を内部に伝える事で攻撃力を上げる。現在の増加率は1.1倍】


 ──と、以上三魔攻スキルを重複していて、

 1.1×1.15×1.1=1.3915…

 約1.4倍まで上がっている。

 だからこうして無双出来ている訳なんだけど…うん、少々派手にやり過ぎた。

 同胞達が大量に死んでいく事態に反応した餓鬼達が、遂に俺を認識してしまった。そして一斉に襲いかかって──くるなら、こうしてやるまで。

「才子!速度を落としてくれ!」

「ええ?…っと、こう?」

 言葉は悪いが、釣り餌である才蔵を乗せた車が減速すれば?

「ぎゃひ?」
「ひぎぃ…っ?」
「ぎゃっこ…ッ!」

 やっばり簡単に釣れた。元々希薄だった正気をシステムの強制力で完全に失ってしまった餓鬼達は、車にヘイトを移さざるを得ない。

 そんな事をすれば、また後ろから叩き潰される事は分かってるだろうに。それでもどうする事が出来ないでいる。

「悲しいサガってやつか…」

 少し同情してしまいそうになるが、こうしてパターン化したなら、あとは容赦無用で繰り返すだけ。


 …とはいかないのが戦闘というものだ。


 車を後ろから追いかける餓鬼達を全滅させる前に、今度は前からも群れがやって来た。

 進路を塞がれるのは…さすがにマズい。

 前方の餓鬼どもを先に倒す必要に迫られた俺は──脚に鞭打ち、車を追い越し、今度こそ『速』魔力を活かした全開物理エネルギーを上乗せしてッ!


「どぅるぁぁあああああッ!」と、気合いの発声も巻き巻きにっ!


 ドッ!「あげ」パア「べし」アア「くじゃ」ァァ「げゆ」ァア「へし」アア「べし」アア「ぎぁ」アア「げん」アァ「べぎゃ」ァァアンッ!!
 
 特攻!しながらカウンター!纏めて吹き飛ばしてやった──ところへっ!

「きゃーどいてどいて均兄ぃいいい!」

「うわっとおお!」


 あっぶなー…ぃゃこうなるのも当然か。走行中の車の前に躍り出た訳だから。

 うん、以後気をつけよう。





=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

MP 7660/7660

《基礎魔力》

攻(M)60
防(F)15
知(S)45
精(G)10
速(神)70
技(神)70
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【韋駄天LV2】【大解析LV2】【魔力分身LV3】【斬撃魔効LV3】【刺突魔効LV3】【打撃魔効LV2】【衝撃魔効LV2】

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』

《装備》

『釘バット』new!

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================






「うわっとおおお!」

 叫びながら、ぐわり!
 無理矢理な体重移動!

 鼻先スレスレで通過した車は髪の毛数本を巻き込んで行った。

 そのすぐ後を追ってきていた餓鬼どももゴロゴロ無様に転がる事で何とか回避…っ。


 ふー、

 間一髪。

 いやー、あと少しで轢かれるとこだったわ。魔力を宿さない車に跳ねられても【MPシールド】の効果でダメージは負わないんだけど。大質量に轢かれたら関節が巻かれて骨折、それが脛椎だったなら死ぬからな。

 その次に来た餓鬼も体重は軽いけど、やはり踏まれる訳にいかない。なんせ魔力を宿してる。あれ全部に踏みつけられたらノーダメとはいかない。

「…いや、それを抜きにしても今のはキツかった…」

 と、身体をさすって蓄積されたものに想いを馳せる。


 『…良い負荷だった』と。
 

 攻撃の際も相当無理をしていた。スキルと器礎魔力に守られたこの身体でも、相当な負荷となっていた。生身なら筋断裂を起こす程の負荷だ。実に良い負荷だった。

 いや、どこのトレイニー?とか思わないで欲しい。これは必要な事で…ほら、


「そろそろかな…」 


 ニヤリ。


『【打撃魔攻LV3】に上昇します。』
『【衝撃魔攻LV3】に上昇します。』
『【韋駄天LV3】に上昇します。』


「きたっ!」


 強烈な負荷のお陰で、スキルレベルが早速上がった。

 それも、釘バットの効果で複数同時にっ!これで俺は、

 打撃による攻撃行動の際に1.15倍、
 刺突による攻撃行動の際に1.15倍、
 衝撃を内部に伝える事で1.15倍で

 1.520875倍、
 約1.5倍の攻撃力となった。
 その上で韋駄天の効果上昇も加わる。

 実質的に『速』魔力値が上がったも同じ。突進しながらだと、更なるダメージを稼げるはずだ。

 それに、飛び散ってきた血とか肉片も大量だったからな。精神的なダメージも相当食らった。これだって『おいしい負荷』だ…ほら。

『【精神耐性】を取得しました。』

「…やっ …とか。」

 このスキルは精神的な負荷を受け続ければ誰でも取得出来るし、実際、前世では真っ先に覚えたスキルだった。

 …のだが、

 その前世の経験で既に素の精神力が鍛えられていた俺は、今世では中々負荷を得られず、取得出来ずにいた。

 さて。この【精神耐性】のように。

 就いたジョブに関係なく条件さえ満たせば誰でも取得出来るスキルの事を『コモンスキル』という。

 これなら【MP変換】を封印され、ジョブを獲得出来ない俺達でも取得可能だ。

 しかし誰でも取得出来る性質上、その効果は薄い。ジョブを基盤として覚えられるスキルの効果に比べればホント、大した事はない。

 だからといって馬鹿にしたもんでもない。何故ならどんなスキルもスキルレベルが10に達すれば進化が可能で、それはコモンスキルにも適用されているからだ。そのまま進化を繰り返せば強いスキルになってくれる。

 でも…コモンスキルは誰でも取得出来るし効果が薄い分、使う際にかかる負荷も少ない。だからスキルレベルを上げにくい、という難点があったりする。

 そう、もうお分かりだと思うが、さっきの俺を見ての通り。


 スキルレベルというものはスキルを使う際にかかる『負荷』が大きければ大きいほど、上がりやすくなっている。


 そしてスキルレベルが上がれば上がるほどスキルレベルが上がりにくくなるのは、このためだ。

 例えば戦闘用のスキルだとそれが強力になった分、戦闘が楽になってしまってその結果、負荷も減ってしまう、という具合だ。

 いや話が逸れてると思うだろうがそうでもない。

 だって、ジョブに未だ就けず、ゆえにジョブレベルも設定されず、つまりレベルアップを封じられた俺や大家さんにとってこれは、頼みの綱とも言える仕様だからだ。 

 だって、『負荷の大きさ』にスキルレベルが関係するなら、ジョブレベルが関係していて当然だろ?

 ジョブレベルが上がって器礎魔力が総合的に上がり、敵を簡単に倒せるようになれば?

 その分、戦闘でかかる負荷が小さくなるというのは、簡単に想像出来る事だろう。

 つまりジョブレベルが上がれば上がるほど、スキルレベルは上がりにくくなる。それもかなり顕著に。『これだってペナルティだ』と思っていいぐらいに。


 つまり何が言いたいかと言うと。【MP変換】を封じられるというペナルティ、これは、

『レベルアップしようにもジョブに就けない以上、ジョブレベルが設定されず、レベルアップも出来ない』

『さらにはジョブ獲得によって取得可能となるはずだったスキルも習得出来ない』

『他にもMP最大値の犠牲を条件とするスキル獲得やスキルレベル上昇、器礎魔力の上昇なども出来ない』

 …と多岐に渡って深刻な不利を強いられるがその反面。


『スキルレベルが上がりにくくなる』というペナルティ。これを相殺する作用もある。


 …という、たった一つだが大きなメリットもある。という事だ。

 大家さんに話していた代案とは、これだった。

 レベルアップ出来ないなら出来ないで、それを利用すればいい。

 その道のりは険しいが、むしろ好機と考えるべき。

 そう、この機に乗じて俺は、既に取得しているスキル、もしくはこれから大量に取得するつもりでいるコモンスキルのスキルレベルを、ガンガン上げていく所存だ。

 こうして、餓鬼の群れを攻略する目処も立った事だしな。

 ここからは負荷を恐れず…いや、むしろ無駄に負荷をかけていく方向へシフトしよう。

 俺は釘バットを腰だめに、
  クラウチングスタートさながらに、
 低く、さらに低くと身を沈め、
  それと同時に力をたわめ、
 地面を足の指でガツリと掴み、
  踏み締め、踏み出しっ!
 踏み込みっ!!踏み、抜きッッ!!!

  飛び…っ出したッッ!!!!

 『知』魔力と『速』魔力の相乗効果でゆっくり見えるはずの景色、それが急速に流れゆく。それ程の全速を乗せた…剣道で言うところの抜き胴よろしくっ、移動しながらッ、複数の餓鬼どもの土手っ腹!それら纏めてッッ!

「うおぉるぁあああああッッ!!!」ドッ「あぎゃ!」パァア「ぱ!」アア「あげ!」アア「ばぁ!」ァアンッッ!!


 爆散!させてゆく!


 その直後には急ブレーキ!しかし強烈な慣性が発生している。それに引き摺られなつつ、前屈みの姿勢をキープ!

 地面に二条の轍を刻みながら、かかる負荷を制御しながら、後方へ、ギュルっ!!

 この方向転換が完了するまで不器用でも不自然でも無理矢理にでも!全身で全身に限界まで!力をまたたわめにたわめてっ!

 ──ゆけ!俺ッッ!

「食らえぇええええッッ!!」ドッ「がい!」パァア「んば!」アア「あぽ!」アア「らべぁ!」ァアンッッ!!

 餓鬼共をまた爆散させる!返り血が凄い!でもこれを繰り返せば!
 
「うるぁああああっ!」ドッ「ぶべぁ!」パァア「ぽぁ!」アア「あべ!」アア「ばごぁ!」ァアンッッ!!

「ねぇ香澄さん、いつも変な均兄ぃがいつも以上に変なんだけど?」

「どっせぇぇええいっ!」ドッッ「ぐぶゃ!」パアアァア「まり!」アア「くぼ!」アア「へべぁ!」ァアアアンンッッ!!

「んー、なんだか 楽しくてしょうがない…って感じ?」

「どるぁああああっ!」ドッッッ「ぎゃん!」パアアアアァア「ろべ!」アアアア「ぢご!」アアアア「ぬらぁ!」ァアアアンンンッッ!!

「モンスターが纏めて水風船みたくボンボンボンボン…それがどんどん派手になってなんとゆーか手がつけられない感じ?」

「ういしゃぁあああ!」ドッッッッ「ぎにぇ!」パアアアアァア「あぼ!」アアアア「なぢ!」アアアア「あぎゅ!」ァアアアンンンッッ!!

「うん、もはや人間じゃない …って感じ」

 ……おろ、なんか生温かい視線を感じる──て、またくる な、


『【刺突魔攻LV4】に上昇します。』
『【打撃魔攻LV4】に上昇します。』
『【衝撃魔攻LV4】に上昇します。』


 ぃ…よし!待ってた!これで1.2倍×1.2倍×1.2倍で1.728倍、約1.7倍の攻撃力!そして、 

『【韋駄天LV4】に上昇します。』

 よし!

「よし、よし!よしよしっ!」

 
「…なんかモンスターの大量殺戮にしはしゃいでる模様。さすがにキモいンですけど」

「うん あんなにはしゃいで キモかわいい」

「…うーん…あの、香澄さん?」

「なに?」

「…出会って間もないのに失礼承知で言っていい?」

「え、いい、よ?」

「均兄ぃ始め、私やお兄ちゃんも大概だって自覚あるけど、」

「うん」


「香澄さんも、結構な変わり者だよね。」


「そう、かな」

「うん、類が友をガッツリ呼んじゃった感あるよ」

「ふふ、だったら嬉しい、かも」

 この非常時に女二人して何を話してるのだろう。気になるが気にしない方が吉だと『英断者』が警告してるので気にしないでおく。

 それにしても、敵を倒す度に返り血を浴びる事になるのが難点だが、なかなかいいな。釘バット。なんだかんだ楽しくなってきたぞ──とか思ってると。


「んべっ、ぺっ、なん、なんなんだこの大量の血いいい!?モンスが車外で次々爆ぜて…て、おい均次!お前一体何やってんぎゃーーってまた大量に血ぃぃい!ぺっぺっ!」

 ありゃ。すまん才蔵。

「もうお兄ちゃんうるさいっ!」

「だってこれ見ろよモンスの血でベッタべタ──」

「才蔵さん、少し静かにしましょう」

「あ、はぃ、すみませ…」

 あー。かなりの速度で縦横無尽に爆散させてたし、夜が近付いて暗くなってきたからな。

 俺の姿をとらえられなくなった才蔵が大量に浴びた餓鬼の血に騒ぎ出して、それを才子と大家さんが叱って…って感じか。

 うーん珍しくシュンとしちゃってざまぁ…じゃないなこれ。親友のピンチそっちのけで夢中になってた俺も悪い。フォローしとくか──「おい才蔵、もう少しの辛抱だからな──」「ぎゃぁっ!って均次かよ!やめてくんない!?急に車に張り付いて背後からボソッと耳元で囁くの!見ろこれ特大のサブイボがこんなにたくさんっ!」

「ああもうスマんー。」

「だぁからッ!!うるさいって言ってんでしょーがお兄ちゃん!!運転に集中出来ないでしょっ!!??」

 とか言うけど才子。さっきのお前も大概ノンキそうに見えてたぞ?

「いやだって、均次がさ──」

「…才蔵さん私 さっき 何て言った?」

「いやだって均次が──」

「 …言い訳… 」

「すみませんなんでもありません!」

 あらま、あの才蔵がこんなにショボンとして──

「ほら、均次くんも。戦闘中 余計なことしない さっさと持ち場帰る」

 ──ぬわ、今度はこっちに飛び火した?

「し、失礼しましたぁ…っ」

 でも大家さんだってさっきは…いや、こわいからやめとこう。つか、才蔵に悪いことしたな。うーん、偉そうに指示しといてこれはちょっとばつが悪いか。

 でもしょうがないんだよ。あらゆる不利や不運を過剰に想定して、それでも予想外のハプニングが起これば簡単にピンチに陥ってしまうのが現実の戦闘で、かといって常時全力投球なんて無理な話で、かといって油断も禁物、そんな矛盾も孕んでるのが戦場で、さっきみたくふとした切っ掛けで我を忘れてしまう事もままあって…とか独りで言い訳をこね繰り回しながら餓鬼を爆散させてるとこへまた、謎の声。

『【刺突魔攻LV5】に上昇しました。』
『【打撃魔攻LV5】に上昇しました。』
『【衝撃魔攻LV5】に上昇しました。』

 これで1.25×1.25×1.25=1.953125で2倍の大台までもう少しか…こうして景気よくスキルレベルが上がるとやっぱりな。気分が良い。でも冷静になってみれば…

「想定した威力とまではいかない…」

 と呟きながら俺は、親友の姿をそっと見た。そう、俺が望む力を発揮するためには、才蔵の力が必要だ。

 でも俺の親友は女性陣に守られた上に叱りつけられるという体験にいたく傷付き消沈してる模様。悔しそうに動く口の動きを読んでみれば、こんな事を呟いていた。

「…くそぅ…家の外がこんなにおっかないなら俺もチュートリアルダンジョンとやらに挑戦しとけば良かった…」


 …何言ってんだ。


 むしろ試練を受けていたらお前の才能は死んでしまってたんだぞ?


 そう、こいつには特別な才能がある。


 造屋才蔵。

 俺の親友。


 こいつは、世界一の生産職にだってなれるはずだったんだ。


=========ステータス=========


名前 平均次(たいらきんじ)

MP 7660/7660

《基礎魔力》

攻(M)60
防(F)15
知(S)45
精(G)10
速(神)70
技(神)70
運   10

《スキル》

【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV3】【語学力LV2】【韋駄天LV2→4】【大解析LV2】【魔力分身LV3】【斬撃魔効LV3】【刺突魔効LV3→5】【打撃魔効LV2→5】【衝撃魔効LV2→5】

《称号》

『魔神の器』『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』

《装備》

『釘バット』

《重要アイテム》

『ムカデの脚』

=========================


 こんな危険ばかりが目立つ世界になっては生産職なんて敬遠されがち。みんな我が身や大事な人を守るために戦う力を欲っした──前にそう述べたが。

 前世で生産職が育たなかった理由は他にもあった。

 その理由とは、チュートリアルダンジョンに大きな問題があった事だ。 

 生産職を志す人達、もしくは生産職に絶対に向いている人達にとってあのチュートリアルダンジョンの仕様は不利以外の何物でもなかった…いや、もはや鬼門であったと言ってもいい。

 なんせ生産系ジョブの獲得を決定付ける『技』魔力の試練が、単純明快なバトル形式でしかなかったのだから。

 あれでは戦闘向きの者しか好成績をおさめられない。そしてそんな者の殆んどは戦闘職を選ぶ。

 これでは生産職が育つはずがない。俺は、これもシステムの罠だったのではないかと睨んでいる。どういう理由かわからないが、生産職を増やさないようにわざとあんな仕様にしたのではないかと。

 だから、才蔵を気絶させてまでここに連れてきたのだ。チュートリアルダンジョンに挑戦させないために。 

 才蔵は異様に器用で発想も奇抜なやつだ。芸術性と実用性の両方を兼ね備える様々な逸品を独学で創造してしまえるという…誰が見てもハッキリと分かる特別な才能を持って生まれた。

 その才能を活かしてちゃんと生計も立てていたのだから、友ながら大したものだと思ってもいた。

 でもああ見えて才蔵は身内以外には自慢しない性格だからな。『引きこもりで生活力皆無な怠け者』と心ない事を言う者は当然、周囲にいた。

 でも実際の稼ぎはそいつらなんかよりずっと上だったはずだ。

 初めは趣味で自作したフィギュアをネットオークションに出す程度だったらしいが、その旺盛な創作意欲が高じて日用品を利用したオブジェや、ちょっとした発明品なども出品するようになり、それがまさかの高額落札。

 それが話題になるとステージアップ。内容が気に入れば依頼に添った作品も提供するようになり、それは依頼者が思った遥か上の出来映えであるとさらに評判となっていった。

 かといって依頼が殺到しても安請け合いはしないのが才蔵で、なのに気に入った仕事しか絶対に受けないその姿勢がさらに作品の希少性を高める事に。こうして才蔵は、金に糸目を付けないコレクター達にも興味を持たれる存在になっていった。

 そんな、嘘みたいなトントン拍子を経た結果、気付けば海外では『知る人ぞ知るマルチアーティスト』なんて噂される存在になっていった。国内でも噂されてはいたが、なんせ引きこもりだったからな。取材依頼のメールは全てNG、今も正体不明とされている。

 それが、俺の親友。

 造屋才蔵という男だ。

 さっき疑問をぶつけてきたのに答えてやれなかったのは、前世ではこの鬼怒恵町こそが、コイツが覚醒した場所だったからだ。


 …そして、こいつが全てを失ったのも、ここだった。


 俺は、その未来を覆したい。そして取り戻したい。俺の親友が掴むはずだった栄光を、その先にあるはずだった幸せも。

 それを台無しにしないために、俺は回帰者である事を秘密にしている。

 相手は親友とその親友がこの世で最も大事とする妹だ。本当なら俺の秘密を知られる事に否やなんてない。

 それでも今は秘密にしておくのは何故か。それは、俺が回帰者である事を白状すればコイツらはきっと未来を知りたがるからだ。

 でもそれを知ってしまえばおそらくだが、望む未来にはたどり着けない。それが分かっているから、黙っている。

 もどかしいが、前世と今世とのあまりな差異が、俺にそうさせた。

 何故なら、前世より早く通信が途絶えたのは…俺のせいだと思ってるからだ。チュートリアルダンジョンで見せた裏技の数々が原因ではないか…そう思っている。

 世界をこんなクソゲー仕様に変えた何者かが悪意溢れる存在で、その手法が強引である事はさっきも述べた通りだ。

 そいつがあの裏技が拡散される事を恐れて通信を封じたというのは、それほど間違った考えではないと思う。

 勿論考え過ぎだと思いたい。

 だが回帰者である俺にしか分からない事だから誰も気付いていないが、あまりに前世と変わり過ぎている。それも、俺が原因だと考えれば府に落ちるのだ。俺が考えもなく一石投じて生まれた波紋が、思わぬ連鎖を引き起こしてしまったのだと。

 実際、通信が早く途絶えたせいで何が起こっている?

 110番や119番まで使えなくなり、それは治安維持や防災の機能不全を世に知られる切っ掛けとなった。それは前世も同じだったが、なんと言ってもタイミングが悪過ぎだ。

 突如として閉じ込められ、得体の知れない力を授かるチュートリアルダンジョンが出現し、それにセットでモンスターまでが徘徊し始め、それら異変がテレビやネットによって世間の共通認識となる前に、通信が封じられてしまった。

 これはおそらく、有史以来人々が初めて経験するだろう無知と孤独だ。

 そこからくる混乱によって恐怖を加速させた人々が疑心暗鬼となるのは当然だったし、一部で悪意の方向へ加速させた者が『人狩り』を始めてしまったのだから、もう最悪だ。

 後は見ての通り。多くの人々が今まであった基準を放棄した。人とモンスターが入り乱れて見境なく殺し合う、そんな地獄絵図が展開された。あんなもの…今の段階で見る景色ではなかったはずだ。

 この予想外に危機感を覚えた俺が予定を早めて造屋兄妹を連れ出し、この鬼怒恵村へ来た事だってそうだ。タイミング的に早すぎたかもしれない。前世ではこの土地で見なかった餓鬼の群れとこうして遭遇してしまったのがその証拠で…まったく、、

 呪われてんのかと。

 そう思うくらい悉く裏目に出てしまっている。だから今、慎重になっている。これ以上拗れてしまわないよう今度こそ、上手くやらねばと。それに──

「あの人も、助けなきゃ。」

 大家さんや才蔵達だけではない。俺にはまだ助けたい人々がいる。そのためにもここへ来た。それを成すためにはやはり、俺が回帰者である事は秘密にしておく方がいい。

 …そうだ。

 俺は、助けたい。

 助けたいと思った全員を俺は、今度こそ、絶対に、助けたい。

 そうだ。今世では大家さんもいる。前世になかった助力がある。

 だから俺は決めているのだ。あえて欲張ろうと。


「今度こそ…」 
 

 なんとしたってやり遂げる。

 
 そう決意を新たにした時だった。


「なんじゃぁ?お主ら、」


 音や気配を消して突然、俺と並走する何者かが現れ、問うてきたのだ。

 普通なら驚く場面だ。

 でも俺はすぐに理解した。この人が『あの人』だとすぐに分かった。

 この…時代がかっているのに気の抜けた喋り方。

 そんな風でいて異常なほどの技量を有し、それは実戦でこそものを言う本格派にして超異端。


 俺の中の、世界最強。


 『鬼怒守義介(きぬもりぎすけ)』 その人であると。





 ──ピンポンピンポン

「おい!まだ生きておるか!いたら返事せい!」

 ──ドンドンドンッ!

 チャイムのボタンを押しながら、それでも足りないと玄関のドアを叩いて鳴らす義介さんに対し、

「義介か? 鍵を外すがあの化物は近くにおらんよな?」

 と返事をしてきたのは、この家の住人さん。返事の内容と声色から察するに、餓鬼が徘徊していて今が危険な状況だとちゃんと分かっているようだ。

「おぅ大丈夫じゃ。では開けるぞ?」

 こうして解錠された玄関の扉をこちらが開けると。

「…おう、義介。お互い生きとって何より」

 顔を覗かせたその人は義介さんの安否を確認するやいなや、自宅から出ようと試みたが、

「んむぅ…、やっぱりか。わしらはまだ家から出られんようだの…」

 その試みはパントマイムのように空中をペタペタ触るだけに終わった。

 この人には気の毒だが、前に述べた通りだ。チュートリアルダンジョンでステータスを得ない限り、その時点で居た建物からは出られない。そして今回のように外部の誰かに戸を開けてもらってもそれは同じだ。出られない。

 そしてこの様子を見れば障壁のようなものが邪魔してるように錯覚するが、そんなものは存在しない。

 実のところ、外に出られないのは当人も知らない内に暗示に掛けられたのが原因だったりする。

 でもこの暗示は魔力由来で非常に強力だ。仮にでもステータスを得るという段階に入らなければ、決して解けないようになっている。

(それにしても…世界中の人間にしかも一斉にこんな強力な暗示を掛けてしまえるとか…)

 改めて思う。この世界をクソゲー化した何者かは、俺の想像など遥か及ばない超々越の存在なのだと。

 …そしてそんな超越者に目を付けられたかもしれない現実を想うとな。少々どころではなく頭がクラクラとしてくるんだが…うん、少し話が逸れた。元に戻そう。

 建設的な話をすると、鉄壁に見えるこの暗示も『二周目知識チート』を使えば対応可能だ。

 暗示である以上、気絶したり眠っている状態になればその影響を全く受けなくなるのだ。

 つまり第三者の協力があれば意識を失った自分を外へ連れ出してもらう…という抜け道がある。

 でもそれはかなり危険な賭けだ。何故なら器礎魔力も宿さず防御力がゼロなまま、意識すらない状態で他人任せに運搬され、その上でどこに潜むか分からないモンスターの前に晒される訳だから、危険でないはずがない。それでもやると言うなら相当な手間がかかる。

 というかほぼ無理だと答える。だってそれをするための人員を数にしろ質にしろ、今の状況では万全には確保出来ないからだ。

 そもそも、気絶させるための手段と言えば殴ったり眠るのを待ったり、どれも雑で不確かなものばかり。もうちょいマシな手段で薬を使うとか?うーん、医者じゃないんだし、思い付くのはそれぐらいだ。

 そんなこんなでこの抜け道についてはもう、教えない事にしている。何かあっても責任なんて取れないからな。

 そしてもうお分かりかと思うが、才蔵を家から連れ出す際に気絶させたのは決して私怨からとか面倒だからとかウザかったからとかでなく、この抜け道を利用しての事だった。

 というか親切心からやむなしの行動だったんだからなあれは。先述したとおり才蔵の才能を守るためにはチュートリアルダンジョンに挑戦させる訳にいかなかったし。

 ちなみに、そんな暗示などものともしない例外的存在だっている。それはほら、目の前に。
 
「うーむ…何故わしだけ外に出られたのか…なんか心苦しいぞ。」

 と、唸る義介さんこそがその例外。この通りチュートリアルダンジョンでステータスを得た訳でなく、第三者に気絶させられ運び出された訳でもなく、普段通り外へ出られる人だって稀にだがいる。

 多分それはチュートリアルダンジョンで魔力を得る必要なんてない、と判断されたからだ。

 つまりこの人は、世界がこうなってしまう以前から魔力というものを知っていて、身に付けていた。ということだ。

 …うん。嘘みたいな話だが、これは前世で義介さん本人から聞いたのだから間違いない。

 この鬼怒恵村の鬼伝説にしたってそうだ。前世でこの人から聞いた話だった。

 しかもあの話には続きかあって、鬼を封じたあの武芸者と法師には実は子供がいて義介さんがその子孫である事まで聞いていた。義介さんが元から魔力を使えていたのはそのせいだとも。

 さらにはあの伝説が史実である以上、鬼とそれを封じた夫婦の三者を祀った祠は実在していて、現存もしていて、そこに張られた結界を守るのが『鬼怒守』姓を継ぐ者の役目らしく、彼ら以外にその存在を知る者も、入れる者も今はいない…という事まで。…つまり。

 大家さんが語ったあの伝説を知る者はもう、鬼怒守の役目を継ぐ義介さんと彼の話を前世で直に聞いた俺以外に、この村にすら存在しないはずだった。

 なのに大家さんは知っていた。だから不審に思ったのだが、これってつまり──

(うーん。結局、、大家さんが何者なのかは謎なままだな…ただ一つ言える事は──)

 彼女もこの鬼怒守義介さんと同じ。

 元から魔力を知っていて使えていた…という事になる。

 今思えば気絶させる必要もなく家から連れ出せたのがその証拠…。

 …多分鬼伝説を知ってた理由もそのあたりにあるんだろう。

「して、どうした義介よ。何か用事があって来てくれたのだろ?」

 …おっとまた思考がズレてしまってたな。

(…そうだ。今はこっちが本題だ)

 大家さんの事は後で考えようと、俺が移した視線を感じた義介さんが、代弁してくれた。

「おう、それなんだか…お主、家の中に在るはずがない階段を発見したりはせなんだか?」

「階段?二階に上がる階段なら元からあるが…それがどうかしたかの?」

「いやその階段ではない。理解出来ないのを承知で言うんじゃが、今日まだ開けてない押し入れや扉があるなら、そん中を覗いてみてくれんか。もしかしたら見た事もない階段があるやもしれん」

「はぁ?それはまた不思議な事を言う。」

「うむ…その自覚ならたっぷりとある。」

 ………だよな。いきなり言われても「はぁ?」ってなるよな。

「!…もしや!化物退治のしすぎで流石のお前も……義介よぅ~とうとうボケてしもうたんか~だからあれ程無理はするなと…おい義介よぅ、しっかりせいぃ~!」

「な…っ!アホウ!見よこの肉体美を!年もたったの68の若僧ぞ!?ボケる訳などなかろうが!」

 うん。68と言えば結構な年と思うがそれは俺の私見という事にして。

 こうしてチュートリアルダンジョンに続く階段が未発見のまま放置されているケースは結構多くてその場合、言っても理解してもらえないのも当然の事だった。

 という訳でここからまた、幾つもの問答を要してしまった。でも現状を打開する目処が立たないならこの人が折れるしかなく、それでも奥さんに押し入れの中を調べるように言ってもらえるまでそれなりの時間がかかってしまった。

「ぁ、あんたー!あ、あ、あったわよ階段…?って、どこに続く階段なんかしらねぇ…と、とにかくあったわ!見たこともない階段が!」

 このご夫婦も信じがたい事実を前にして困惑するしかない様子だったが、あるものはしょうがない。そんな二人に義介さんが

「その階段を下りた先なら化物どもも追って来れないらしいんじゃが…すまん。その階段についてはわしも受け売りでよくわかっておらんのよ。ほれこの、横におるボウズが教えてくれてのぅ」

 と言いながら指を差してきたので、俺も一応、挨拶しておく事に。

「初めまして、あの、平均次といいます。その階段を下りたら扉が七つほどありますけどあの…その扉に入っても…特に害はないんですけど、()()入らない方がいいと思いますよ?」

 どうせ試練を受けるなら、ちゃんとアドバイスしてあげたい。

 でも今はそんな時間もない。だから保留にしといてくれと暗に頼む俺なのだった。

「……?そりゃぁ結局、入らない方がいいって話で、ええんかの?」

 うん、我ながら何が言いたいんだって感じです。でもこんなんでも精一杯なんで。勘弁してくれとしか言えんです。親しい間柄じゃなきゃコミュ障が発動するのは世界がこうなった今も変わらんのです。

「と、とにかく。数日分の水と食糧を持って階段の下へ避難しててください。家族を守りたいなら、それが一番確実で──」

 と、このように。俺は今、鬼怒守義介(きぬもりぎすけ)氏と同行している。

 彼からすれば村で見たこともない生き物が群れで徘徊し、それらを村で見たこともない連中が殺し回る姿は不審でしかなかったはずだ。

 でも『敵の敵は味方』理論が働いたのか、今は行動を共にしており、餓鬼の脅威から村民を守るべく家々を回ってチュートリアルダンジョンへの避難を促しているところだ。

 そう、もうお察しだと思うが、この人も俺が救いたいと思っている一人。そして救わなければヤバい事になる人物だ。

 つまりこの人とは前世では知り合いだった訳だが、それは世界がこうなった後のこと。

 つまり、今世で再会を果たしたところで向こうにしてみれば俺なんて初対面の人間でしかない。なので造屋兄妹の時みたくスムーズ(?)に話が通るか不安だったのだが…それは杞憂に終わったな。

 中々見ないほどの筋肉質で超人的武術の達人。真っ白な髪をオールバックにして肌は浅黒く、整えて蓄えられた口髭に、言葉使いまで時代がかって厳つい印象だが、『村のためになるなら』と俺が話した荒唐無稽をすんなりと受け入れてくれた。

(竹を割ったような性格なのと世話好きなのは相変わらずだったな…)

 だからこうして、村内にある36世帯全てを一緒に回る事になった訳だが。

 その世帯の中でも30代までの若い夫婦は四組だけ、後は子供の世話を終えたシニア層ばかり。

 既にチュートリアルダンジョンを発見していたのはその中でもたったの五組しかおらず、その人達も怪し過ぎる階段を下りる勇気は出せず放置したままでいた。

 そんな感じなので予想した通り、俺の話をどうにか信じてもらっても理解まではしてもらえず、その上かなり数が減ったとはいえ襲い来る餓鬼を迎撃しながらだったからな。さらにさらにと時間を食ってしまった。

 という訳で。俺と義介さんが全ての世帯を回り切って村の安全を確保出来たのは日を跨いだ後だった。

 でも夜明けまではまだ時間はある。みんな疲れてるだろうし、少しは寝ないと…なんて思いながら義介さんの家にたどり着くと玄関前には

「お帰りなさい」

 大家さんがいた。こうしてタイミング良く顔を合わせたのは待ってくれてた訳でなく、俺達が集落を回覧している間、造屋兄妹を餓鬼から守ってもらっていたからなんだが、どっちにしろ有難い事に変わりない。なので見張りはもう大丈夫だからと一緒に仲良く家に入ると。

 …スんスん、

 何とも良い匂いがしてくるではないか。

「あ、鬼怒守さんお疲れ様です。香澄さんもお疲れ様、あと均兄ぃもついでにお疲れ。」

「いやついでは余計だろ?俺だってメインで疲れてんだが?」

「…っとに細かいな均兄ぃは…モテないよ?あ、鬼怒守さん食材とお台所を勝手に使わせてもらって…でもきっとお腹を空かせてると思って、これ…」

 と次に出迎えてくれたのは才子で、コイツ本来の特技は料理だったりして、実際に何であろうが水準を越えて美味いものを作る。それを知る俺の腹が制御から離れてキュウ。匂いに釣られた義介さんの腹もグウ。そして大家さんのお腹も恥ずかしそうにクウと鳴らした。

「いやはや、朝からずっと妖怪どもを斬っては捨てしとったからのぅ。思えば何も食っておらなんだわ。さっそくじゃが…馳走になってええんかの?」

「どうぞどうぞ♪」

「ふむ。めんこいの…じゃなく、かたじけないの」

「えへへ、どういたしまして♪」
 
 ド迫力ボディを鈴のように…というかバインと揺らしてるのに義介さんは目を細めて微笑ましそうにしている。

 こういう時に思うんだが…ホント、才子って人の懐に入るの上手いよな。と、ジト目と同時に美味い飯を作ってくれたことへの感謝も送りつつ。

 俺は『あ!そう言えば大家さんも食事まだだったよな』と今さらになって気付いて自分の至らなさも恥じながら。

 才子が作ってくれた飯をみんなで仲良くかっこんでゆく。


 …今世としては、急造のパーティ。

 
 その実、前世を思えば『久しぶり』という仲間達。

 そう、やっと揃った。オリジナルメンバーが。

 そして何より今世では大家さんも、生きている。素晴らしい、嬉しい、有難い。

 そして、怖い。

 また、失うかもしれない。
 それが心底、恐ろしい。

 その恐怖を誤魔化すように、この日の俺は、いつになく饒舌になって、思いの外会話が弾んで…不意に。


(くそ…才子の馬鹿、こんなん…美味すぎだろ…)


 鼻の奥がツンと刺激されたのは…本当に香辛料が原因なのか。

 
 …それは、深く考えないようにした。




「ぶっ……へぁーー~~ぁっ、極楽極楽ぅ…」


 とだらしない身体をだらしなく膨縮させ、だらしない息を吐いたのは才蔵だ。そこへ

「おいお主、ちゃんと身体を洗ったんじゃろうな?」

 と待ったをかけたのは義介さんだ。

「え。ちゃんと洗いましたけど──」「そうか。だが足りんな。もう一度ちゃんと洗えぃ!ほぅりゃぁああっ!」「うぅわわっ!俺の巨体を軽々とぉっ!? なんつー怪力だこのじじいぃぃ!?」

 広い湯船に浸かって弛緩しきっていた才蔵の巨体。その両脇に手を差し込んで軽々と持ち上げた義介さんは風呂椅子の上にドカッと降ろし、こう言うのだった。

「あほう!まだ68の若僧じゃっ!それより女衆より先に湯をもらうんじゃからの。なるべく清潔なまま渡さんと、なっ」

 うん、68は世界基準で若者の範疇からかなり外側だと思うし、若者だろうが今みたいな真似は出来ないけどね。つか人間業じゃほぼないしね。

 でもまあ確かに。才蔵は初めてだからよく分かってないようだが、モンスターの血ってやつはその生命力を物語るかのように落ちにくい。石鹸を使って二度洗い…いや、才蔵の巨体なら三度洗いくらいしなきゃ、汚れを湯船に持ち込んでしまう。

「にしても…相変わらず凄いなここは…」

 鬼怒守邸はまずそのデカさに目がいくが特筆すべきは前世で知る俺が見てもいまだ驚きがある所だ。

 というのも、ただの豪邸という感じではないのだ。まず相当に古い。そしてところどころ一風変わった手作り感がある。

 それらは代々の家主が景観を気にしつつ修繕したり増設したりした跡らしいが、かといって美的バランスを損なわず、大自然を思わすほど調和していて逆に味わい深くしている。
 
(…なんて。どうも上手く言葉に出来ないな。なんというか、『詫びと錆びの怪物』って感じだ…)

 なんて事を思いながら湯殿から見渡す広い庭などは深夜に見ても夜空に照らされ壮麗極まる。

 …そう、俺達が今から浸かろうとしているのは露天風呂で、しかも雨の日も入れるようにちゃんと屋根のある豪華版だ。

 その屋根を支える四本柱はそれぞれ自然に生え伸びた形を崩さないよう削り出されててこれまた趣深い。ここは義介さんの親父さんが増設したらしいけど…有名旅館でもこんな贅沢は味わえないと思う。いや知らんけど。そんなとこ泊まった事ないし。ただDIYの域を越えてる事だけは分かるな…

 なんてしみじみしていると、

「脱いだ服、持っていくから。汚れがこびりついちゃう前に洗っておきたい」

 ふむ、脱衣所と風呂を隔てる仕切り向こうからくぐもって聞こえる大家さんの声もこれまた趣深くて…え?

「おおすまんの、香澄さんとやら」

 …じゃ、ないよ義介さん!

「いや大家さん自分で洗うから大丈夫です!ほら、下着とかあるしっ!」

「そ、そうだ大家嬢!もうこうなったらぶっちゃけるけど俺なんて結構な量チビってるし!」

「ぷっ。もう知ってる。才蔵さんが座ってたシート濡れてた。そもそも食事中の男性陣は随分とかぐわしかったから」

「ぬわー!すみませんお鼻汚しををっ!」
「ぃやーーめーーてーーーー!」

「よく頑張った証拠だから。気にしないで。料理は苦手だけど血を落とすのだけは得意。だから…」

 とか言ってフェイドアウトしちゃったけど大家さん!血を落とすのが特技って何?ますますもって正体不明なんですが?もはや隠す気もないみたいだから詮索するのも馬鹿らしくなってるけどっ。

「…ったく、近頃の男は繊細さの使いどころがなっとらんの。任せるべきは任せるも度量の内…という訳で均次とやらもほれ、わしに背中を預けてみよ」

「へ?」

「洗いっこじゃ」

「あ、ああ、なるほど」

「才蔵とやらにはわしの背中を任せようかの。ほれ、心して取り組めぃ」

「う、うす」

「うむ。洗い終わったら交代じゃ」

 こうして、むつこけき男衆によるごしごしと洗いっこする素朴音が夜闇に響いたのであった。

「ふぅーー…」

 おっと声が漏れてしまった。だって凄く気持ち良いからさ。多分、身体を冷やさないための配慮だろうな。義介さんは小まめにお湯で流してくれる。拭き方も肉や骨格に沿っていて…タオル越しに感じる手の感触はゴツゴツしてるが力加減が絶妙だ。多分マッサージも兼ねてるのだろう。どんどん血行が良くなって…身体だけでなく心まで温まる気がして……

「ふぅーー…」

 救いたい。今世こそ。
 だってこの人、ホントにいい人だから。


「…有り難うございます…ホント、気持ちいいです」

 自然と漏れたその言葉には『絶対助けますから。』言えない決意を忍ばせた。

「ほうか…ふーむ、それは、まあ、良かったわい…ふむ」

「…?、どうかしましたか?」

「ん?…ああ、男は背中で語ると言うがの。お主のはなんとゆーか…ヘンテコな背中じゃの」

「ヘンテコ?とは…?」

 初めて言われたそんなこと。

「鍛えた跡もない。日常的に酷使しとる訳でもない。なのに気の流れだけは太く、激しく、悲壮に満ちとる……なんなんじゃ?何をどう背負えばこんな背中になる?
 悪い者では決してない、かといってただ者でもない、、それだけなら分かってはおった。しかし…こうして触れてみるとなんとも言えんの。ただただ、不憫でならんくなる」


「 …… 」

 

 …泣きそうになった。



 それと同時にフラッシュバックしたのは、前世で見た慟哭と狂気。あの強烈なコントラスト…忘れられない。

  ・

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 哀しい笑みを浮かべたまま、動かなくなってしまった才子──。

 そんな彼女の亡骸を抱き締める才蔵が絞ったまなこに血を浮かべて、『戻ってこい』と何度も何度も──。

 その哀しいリフレインを揶揄するように景色を燃やす炎は激しさを増して──その向こう側に義介さんの、狂った嗤い声と禍々しい影──遠ざかるそれを、俺はただ呆然と見つめるだけで──


  ・

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  ・


「ふむ……これをほぐすのはまだ無理なようじゃの……交代じゃ。」

 それを合図に現実に戻った俺は座ったまま、くるり。後ろを向いた。今度は才蔵の背を義介さんが、義介さんの背を俺が洗う形に。すると早速、

「う、ぎあぁーーー!痛いって!強いって!力加減間違ってませんか義介さん!にく!肉が削げるっっ!」

 才蔵のぶっとい身体が海老ぞりに。なんか悲鳴上げてばっかだな今日のコイツは。

「なんじゃ情けない。少しは均次を見習え──いや、あれはあれで可愛げないの。言うに事欠いて気持ちいいとか抜かしおってぶつぶつ…面白みのないぶつぶつ…」

「ほー。」

 どうやら義介さんは俺を悶絶させる気だったらしいな。ってか、おい。気持ちよかったけど、そもそも【MPシールド】が反応するほどの強さって何だ?めっちゃ悪意こめてんじゃんそれ。

「…このクソじじい」

「──ぬほおっ!?これ均次!強いぞ!?やめんか、おぬっ、こす!擦りすぎじゃぁあああっ!!?」

「…『任せるべきは任せるのも度量の内』…でしたよね?」

「ぬう!?こやつ…恐ろしい(わっぱ)!」

 つか、感激とか感傷とか色々、返せやじじい。

「義介さん痛てえってえええっ!」
「やめるのじゃ均次ぃいいいっ!」

 その夜、鬼怒恵村に二人の男の狂ったような慟哭が連鎖して響き渡ったらしいが、俺は知らないし聞いてない。