残す『攻』魔力の試練は一旦据え置きとし、チュートリアルダンジョンから出た俺は、大家さんと話をした。
「えっと、まだ途中ですけど…こうなりました。良かったら参考にしてみて下さい」
そう言って大家さんに渡した紙には、今の俺のステータスと、
=========ステータス=========
名前 平均次
防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10
《スキル》
【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】
《称号》
『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』new!
=========================
こうなるまでの過程が事細かに書かれてある。
これを渡したのは試練同士の相互関係については彼女自身が書き留めたものがあるが、それと合わせて参照すればステータスビルドの考察がより捗る、そう思ったからなんだが。
「ん、ん~?(神)って書いてるけど。これってなに?あ。成長補正が神ランクってことか…え。均次くん成長したら神様になっちゃう?」
素朴でアホな質問かわええ…じゃないぞ俺氏。
「いえ。比喩だと思います。そんなことより──」
「う…ノリ悪い」
う…すみませ…コミュ障なので…
「いや、大家さん器礎魔力の取得、ホント急いで下さいね?モンスターは魔力取得に遅れてる人に群がる傾向にあるので…」
傾向と言ったが、おそらくこれは間違いなく起こる。
実際に前世ではそうだった。
モンスターが弱者を狙ってるように見えたが多分…あれは、急かしていた。
「試練の相互関係はそれなりに複雑なので…ステータスビルドをどうするか迷ってしまうのは分かります。それでも一応、チュートリアルダンジョンには入っておいて下さい。モンスターは家に押し入る事が出来ますが、あの中には入れないようなので」
「うん…それは分かったけど」
世界をこうしてしまったのが何なのかは分からないが、その何者かにとっての都合があるのだろう。
モンスターのこの習性からは『魔力覚醒者を出来るだけ早く増やしたい』そんな意図を感じる。
「ともかく、急いでください。あと数日の猶予はあったと思いますけど、チュートリアルダンジョンはいずれ消えてしまうものなので」
そうなってるのは多分、例の裏技に気付く者が現れ、その情報を拡散するのを防ぐためだろう。
(そうなればチーターが大量発生するもんな)
かくいう俺も拡散させるつもりはない。いや、これは秘匿による無双を狙うためではなく…
いや、嘘だな。そんな願望も確かにある。でもそれ以上に、この情報があまりにも危険なものだからだ。
だって、この情報を手にする者が必ずしも善良であるとは限らない。というか、悪党であればあるほどこういった情報に鼻が利く。
それに、俺は前世であまりに多く見てしまった。普通の社会なら善良だったはずが、大きすぎる力を得てタガを外してしまうといった…哀しい人の性ってやつを。
ちなみにチュートリアルダンジョンが早々に消えてしまう仕様である以上、入る機会を逃した人も当然いた。
でもそういった人々には本人の資質に合ったステータスが与えられていたようで、『むしろそれで良かった』と言う人も極少数だがいた訳で。
(前世では思い知らされたもんだ。世の中には天才がいるもんだってな)
だって…元々人並み外れた才能に合わせた能力値を得るんだぞ?そんなやつの性質がもし、邪悪なものだったらどうなる?出会ったが運の尽き。そうなる。
これからはそんな世界になる。そうだ、これも、ちゃんと言って聞かせなきゃ…
「…世界がこうなった以上、人間だって危険なんですからね?…いやむしろモンスターより危険かもしれません」
なんせ恐怖でタガが外れたところに人外の力を得る訳だから。前世では狂った行動に走るやつは当然にいた。
「なるほど…人は入れるもんね。チュートリアルダンジョンに」
そう、その証拠に俺の部屋のチュートリアルダンジョンに大家さんも入れるはずだ。
「…っていうかやっぱり均次くん、どっか行っちゃう?」
「…あ」
そっか、まだ名言してなかったな。
「はい…すみません」
「そう…」
途端に心細そうな顔をする大家さん。捨てられた仔犬感かわええな…じゃないぞ俺。
「あ、いや、すぐ戻って来ますから!ちょっと…あの、取り急ぎ必要なものが発生したっていうか──」
俺は大家さんにその必要なものが何であるか、何故それが必要であるのか、事情を説明した。
「ん……事情は分かった。けど…それってどうしても必要?だって、どう考えても危険」
「心配させてしてしまうのは…はい、無理はないですよね…すみません。でもやっぱりアレは必要です──今の世界は甘くないので」
「…そ…わかった。じゃあ、これ──」
そう言った大家さんに渡されたものを手に、俺は部屋を後にしたのであった。
(ハァ…大家さん…大丈夫かな独りにして…いやいや!アレは絶対に必要だ。そうだ…彼女を守るためにも──)
だから早く行って、早く帰ってこなければ。
「よし…」
いざ往かん。忌まわしき、あの場所へ。
「…っと、その前に。」
・
・
・
・
という訳で…ってどういう訳だ。ともかく。俺は今、大家さん宅に戻ってきている。
──ガチャガチャ…
そして彼女に渡されたキーケース、その中にあった小さな鍵を使って、裏庭の物置を開けているところだ。
物置に入った俺は早速、試練の特典として得られた希少スキル、【大解析】を発動した。その感想は、
「うお、これは……流石……すげーな」
何が凄いかと言うと…ここでウンチク。
スキルには『解析系』と呼ばれるものがある。
その基本スキルとして【識別】というのがある。
この段階で既に有用だ。何故なら魔力を宿し、ステータスを持った生物のレベルが分かるようになり、その文字は青から赤の間で表示されていて、その色でどれだけ自分に殺意を持っているかが識別出来るのだ。赤ければ赤いほど危険なヤツ…って感じだな。物騒になってしまったこの世界では特にオススメだろう。
その上位スキルに【鑑定】がある。
これは相手のレベルと秘める殺意だけにとどまらず、名前も表示してくれる。そして対象に生物だけでなく『アイテム』も含まれるようになる。
ここで言う『アイテム』とは、魔力を宿した道具のことだ。
そして『アイテム』鑑定の場合はレベルの代わりに品質を表すランクと正式な名称が合わせて分かる仕様となっている。
そしてこの場合の色判定はそのアイテムが秘める危険度となっている。毒とか呪いとかな。詳細な用途までは表示されない。でもそれは表示される内容からある程度推測出来たりする。なのでやはり便利だ。
そしてそのさらなる上位にあるのが、【解析】だ。
これも魔力を宿しているなら、生物アイテム両方に通用する。
そしてそれらの詳細なステータスが遂に、閲覧可能となる。
ラノベで大活躍していたこのスキルだが、この世界でもその有用性はトップクラスと言っていい。
…ただ、
このスキルを取得するには生産系の…しかもかなり上位のジョブにつかないと取得出来ないというキツい縛りがあった。前世、有名なスキルでありながら使える者が殆んどいなかったのはそのためだ。
そしてそうなって当然だった。モンスターが闊歩する世界になったんだから、殆んどの人が我が身もしくは大事な人を守るために、適正もよく考えず戦闘系ジョブを選んでしまっていたからな。
前世で生産系ジョブを選んでいたのは、それしか選択肢がなかった人だけだった。
だから俺は、『知』魔力の試練で全力を出したのだ。好成績を修めた特典として【解析】スキルを授かった人の話を聞いていたからな。
まあそのせいで『攻』魔力が下がるのは困ることだが、安全を考えるなら解析系スキルは必須だったし、どうせなら最上級の【解析】が良かった。
だって考えてみてくれ。
『二周目知識チート』にこのスキルが加われば?情報において俺より先を行けるヤツはいなくなる。
(やっぱ長所はな。とことん伸ばしていかないと…)
かといって最強を目指すなら生産系を、しかも上位ジョブになるまで育てるなんて無理だった。
つまり俺にはあのタイミングでしか【解析】スキルを取得するチャンスはなかった訳だ。
ともかく、俺が手に入れたこの、【大解析】という希少スキルに話を戻すが…その性能は【解析】とほぼ同じ。なんだが…
それを『範囲でやってしまう』という、とんでもないぶっ壊れ性能だった。だから驚いたのだ。
(まだスキルレベルは1だからな…半径にして4m…くらいか?直径にして8m…)
つまりは、自分を中心にしたドーム状…その範囲内にあるものなら、生物アイテム問わず、魔力を宿した全てを見つけ出して解析してしまうという…。
(これは…有用なんてもんじゃないぞ?)
一つ一つを手にとったり指定して解析するという面倒が省ける…なんてことじゃ、勿論なく。
(これは…このまま育てれば探知にだって使える)
そう、モンスターや魔力に覚醒した人間を探知することにも流用出来る。
といってもまあ、今はスキルレベルが低いからな。範囲も狭く、探知機能としてはあまり使えない。だが、将来的には半端なく有用となるだろう。
それに、『アイテム』というものはラノベやゲームでもお馴染みであるったように、この世界でもモンスターを倒して剥ぎ取る素材までも含んでいる。
そしてダンジョン内限定だが、倒したモンスターが消えた後にドロップしたり、さらには宝箱でゲット出来たりもする。
それだけじゃない。実は、普通の民家にもあったりする。
誰かの想いが常軌を逸して込められていた物だったり、世代を越えた永い間使われていた物だったり、もしくは何かの物騒な曰く付きであったりする物には、何故か魔力が宿りやすく、それがそのまま『アイテム』へ変貌する事があるのだ。
前世、この情報が出回った後、一部の人間が暴走した。
『勇者ムーブ』
そう、ゲームの主人公よろしく、人が住んでいようがいまいが、お構いなしに押し入って力ずくで家捜しする、という物騒な事件が頻発した。
いや、それで得られるアイテムなんてランク的には低級…良くて中級程度のものが殆んどだったのだが。
なのにゲーマー気質を拗らせ過ぎて周りを出し抜く事に夢中になってしまったそいつらは、ただでさえ最悪になってた治安をさらに悪化させてしまっていた。
(ちなみに…ゲーム好きを公言していた俺もとばっちりを受けたっけ…おかげでひどく肩身が狭い想いをしたよな)
また話が逸れてると思うかもしれないが…この【大解析】を使えばどうだろう?そう、無理やりに押し入ることなんてしなくとも、外から家捜し出来てしまう。
使い方によっては罪深い能力だと思うし、今は範囲だって狭いので家の中全てとまではいかないだろう。
…だが、それでもある程度の探知が出来る、というのはすごい…
という話をしたら大家さんが、
『なら、私の家に行くといい。古い家だし、役立つものが、きっとある──』
…と、提案してくれたのだった。こうして寄り道してるのは、そんな経緯があっての事。
「それにしても、キーケースをポンと渡してくるとか…」
「無用心…またはお人好し……ってのはてちょっと違うか大家さんの場合。こうして信頼してくれるのは嬉しいし、有難いよな。でも……うーん」
どうやらこの物置には何もないようだ。庭にある物置には、使わないけど捨てられないものが置かれる。
つまりは『思い入れのある物』の宝庫である。この物置も実際にそういうものが保管されてあったようだったが、残念なるかな。魔力が宿って『アイテム化』したものまではなかった。
「となると…次は貴重品類か」
庭の物置に保管するには貴重過ぎるもの…つまり盗難されては困るもの。それらを保管するならやはり、家の中だろう。
「金庫の中だったらお手上げだけど…」
なんて思いながら数時間前に戸を蹴破った玄関をくぐる、すると…
俺が展開していた【大解析】に早速、反応があった。
感知したこれは…間違いない。魔力を宿したアイテムだ。それも…
「おいおいおいこれ…低級とか中級どころの話じゃないぞ?」
なんだこれは。閲覧したこのアイテムは確かに凄い内容だけど。
「あり得ないほどの魔力を感じる……てゆーかこれって、もしかして…」
おいおいおい…アレが始まってんのか?
「………ヤバくね?」
「ここか……」
大家さん宅の玄関で俺の【大解析】が見たアイテム。から発してるらしい強力な魔力。
それを辿るようにして進んだ先にあったもの。
目の前にあるのは、なんの変哲もない扉…
で、あったもの。
こうして過去形で呼ぶ理由は、その扉の隙間から溢れ出る魔力のせいだ。
もはや空間が歪んでしまって、扉としての輪郭さえ保てなくなっている。
アイテムにしては強力過ぎる魔力反応に嫌な予感がしていたが、
どうやらその嫌な予感は当たってしまったようだ。おそらくこれは…
「…『ダンジョン化』、、しかけてんのか」
この禍々しさはチュートリアルダンジョンのそれでは勿論ない。
新たなダンジョンが発生しようとしている。それが起きてる原因と言えば、、
「一体、どれ程のアイテムがあるんだ…」
チュートリアルダンジョンは例外として、ダンジョンというのは普通、『コアと成る何か』を原因にして生まれるもので、その種類は様々だ。
何か特別な力を持っているなら、自然物でもいいし御神体など信仰を集めたものでもいいし呪物でも構わない。
アイテム化するだけで終わらないほど大きな力を宿したものなら、なんでも良いのだ。
「そういや、生き物をコアとするダンジョンもいたっけな」
ともかく、俺の【大解析】が解析したアイテムのその類いだろう。
その証拠にほら、今もステータスウインドウが主張している。アイテムらしきものがこの扉の向こう側にあるぞって。
「でもなぁ…さすがにこれはヤバいだろ…って、うわ!もう本当にヤバそうだ!」
俺は咄嗟に扉を開けて──何故開けちゃってんの──バタン!ダダダダタダ──そこにあった階段を何故か俺は駆け降りて──だ か ら!
「なんで駆け降りてんだ俺!?…て、もしかしてこれ、『英断者』の称号が発動してんのか?」
一寸先は闇。
あの諺が常識となる今の世界では、『咄嗟の判断』が出来るかどうかが生死を分ける。
そして『英断者』…この称号はその助けとなるもので、効果は『吉と出るか凶と出るか、判断に迷った時に吉の方へと行動を促す』というものだった。
『運』魔力を説明する時に言ってたアレ、因果律ってやつ?それに干渉してるようだから、かなり強い効果ではある…のだろう。
そして前世の俺が失敗ばかりしていたのは、ここぞという時に判断を誤って…というより、足踏みばかりしていたからだ。
だからこの称号は必須と思って真っ先に取得した……んだけど…
その『吉方』にどれ程の吉があるのか、つまりは大吉なのか中吉なのかただの吉か小吉か末吉かまではわからないし、向かう先にどれ程の危険が伴うかもわからない……
「…みたい、だな。くそう…今回初めて体験したけどこれ、結構ヤバい称号なんじゃないか…?あー俺早まったかも…」
なんてボヤいていると【大解析】が表示してたアイテム情報の文字化け具合が、さらにと酷くなって──
こうなってるのはおそらく、このアイテムが『アイテムである事をやめようとしている』からだ。
つまり俺の【大解析】が探知したこのアイテムらしきものは、アイテムではない何かに──この場合はダンジョンコアに、変異しようとしている…?
「ああくそ!マジだこれ、マジヤバい!ホントに吉なんだろうな『英断者』!」
だって俺以外の全てが黒く塗りつぶされてって…こんなの、『精』魔力を得てなければ抵抗出来ずに飲みこまれてたはず──
「──って、ええ!?…おいおいおい待てまて待てまて待て!」
いやマジで待て俺の手!
そうそう、視界の端でブンブン振られてる俺の手!
俺に振られて輪郭ボヤけてるけどそれってアレだよな?
あまりに速く振られたもんだから起こる残像現象的なアレだよな?
「………………て違うのか? ひいいいいいいいいい!!?」
俺はどうやら、しっかりと、このダンジョン化現象に飲みこまれようとしているようで──
「いやいやいやいやいやいや!どこいった吉いいいい!?ああもう『英断者』と俺のバカあああああ!!」
全てが輪郭を失くしてゆく黒の中、俺はもはや半泣き…いや八割泣き、だって見てこの鼻水の量。
「つか、、どんだけ物騒な厄ブツ隠してたんだよ大家さんてばもおおおおお!!!」
と、彼女がいないのをいいことに八つ当たりなんてしながら、それでも追うしかない、え?何をって?
『ダンジョンコアに成り果てようとしている謎のアイテム』の、詳細な情報だったはずのアレ。
一応表示の体を保っているがもはや文字化けして何が何だか分からないまま小さくなってくステータスウインドウ!
それを追うしかもはやなくなってるのに、そのステータスウインドウはといえば小さくなってく一方で──というか、もはや消えそうに…って、
「ええ?ええええ!!!消え…えええ!?」
あれが消えたら一体、、どうなるんだ?
それは……謎のアイテムは謎のまま完全なるダンジョンコアになるのだろう。
そうなればこの空間も完全にダンジョン化してしまって…つまりのつまり!
それに巻き込まれる形となった俺という存在はダンジョンの一部となるべく分解され、素材とされ、吸収されて、、つまりは──
「死──え?」
二周目開始早々に!?
「それはさすがにざけんじゃねえええ!!」
今こそ奮い立て俺!いやこの際たまたま捻り出た感じでいいから火事場のクソほにゃらら的なとにかく一度目二度目通した生涯で一番の速度を叩き出せ!
「だってこれで追い付けなかったら──そうだ、大家さんのことだって──!」
いやその大家さんを死なせずに済んだことだけは良かったな。あれは大吉だったわ。
その上でチュートリアル無双の情報も渡せたことだし、つまりは…前回より遥かにマシな人生で、もはや超吉かもしれん──
「じゃ、ないからな俺!!!諦めてたまるかよおおお!!」
俺は力の限りを搾りだして叫んだ!走った!
「待てえええええええこらああぁあぁァぁあ!!!」
手を伸ばす!
「う…ぐ…もう少し!」
光の粒となり果て、今にも消えそうになってもはや…ステータスウインドウですらない、それを!
──掴み──
──取──────!
──ふと周囲を見れば…何の変哲のない地下室に俺はいた。
「──はあぁぁあぁぁぁああぁぁあぁああぁあぁぁああ~~ーー………──」
え?はい。多分出ました。エクトプラズム何割か。安堵の溜め息諸共に。つまりはアレです。
「………お宝…ゲットだぜ…っっ!」
という訳でダンジョンコアと成りかけていた例のアイテムは今、俺の手に握られている。
そして文字化けがなくなったそのステータスを見れば、こう記されてあった。
========アイテム詳細=========
『今は無銘の小太刀』
ランク 上級(未覚醒につき)
上昇値 攻撃力+80
耐久値 都度変動。
スキル 今は【自己再生】のみ。
数々の使役者を経て能力を得た魔性の小太刀。所有者を選ぶ。現性能は上記にとどまっている。
現使役資格者は大家霞。
===========================
ちょっとこれ。この小太刀。多分だが相当ヤバいぞ?それはもう、吉なのか凶なのかわからんレベルだ。
「いやダンジョンコアになろうって代物だからヤバくない訳ないんだけど。それにしたって…未覚醒で上級だと…?じゃぁ覚醒したら特級か?…いや間違いなく特級以上…」
だって【自己再生】なんてレアスキルは特級より下のランクでは見たことない。勿論聞いたこともだ。
「……っていうのに、それ以外にも封印されてるスキルがありそうだし…となると…え?…伝説級とか?」
下手すれば超越級!?と、ともかくこれが大吉級である事だけは間違いない!
「けど…耐久が『都度変動』ってなってるのも意味不明だし、それに加えて『現使役資格者は大家霞』ってこれ…『オオヤカスミ』って読めるけども…大家さんのことか?」
でも確か大家さんの名前は『香澄』さんで…
「うーーーん…この謎過ぎる小太刀をなんで……大家さんが…」
そういえば、俺は彼女が天涯孤独である事と、俺が住むアパートの大家である事以外、知らない。何の仕事をしてるのかも…。
「今さらだけど大家さん、何者なんだろ…」
この家にあった以上、彼女がこの小太刀の存在を知らなかったとは考えにくい。
そもそも彼女が『役立つものがあるかも』と言っていたのは、これを見込んでの事だったのではなかろうか…
「ま………いっか。」
いや良くはないけども。
取り敢えずは手に入れた。
武器となるものを。
しかも十分過ぎる性能のものを。
「これほどの武器があれば…うん。何とかなるかもしれないっ」
例のアレ。
『分の悪い賭け』
その勝率が今、かなり上がった。
試練で手に入れた希少スキルや称号があったが、それだけでは足らなかったのだ。
俺は武器となるものを探していた。
とあるダンジョンを攻略するために、なるべく強力な武器を。
チュートリアルダンジョン以外の…つまりは通常のダンジョンがもう発生してるかは、発生場所に行ってみなければ分からない事だったが、今の『ダンジョン化現象』を見たいまとなっては、狙いのダンジョンが発生してる可能性が十分にあるとわかった。つまりは現状で捻り出せる勝ちの目は──
「出揃った…な」
そう思った。思うしかなかった。そして行くしかなくなった。
吉でも凶でも関係ない。
もう、やるしかなくなったのだ。
俺は、『あのダンジョン』で『アレ』を手に入れる。
それをしなければ俺のチートは完成しない。だから。
「それに、大家さんも待ってる。いつまでも一人にしておけない……全部分かってんだ。なのに…くそ、今更ビビるなよ、俺…」
すくんでしまって、床に根をおろしてしたかのような自分の脚を両の手で叩きながら。
『英断者』にも『ほら往くぞ』というニュアンスで急かされながら。
俺はゆく。
今やトラウマと化したあの地へ。
いざ。
『無双百足のダンジョン』へ。
=========ステータス=========
名前 平均次
防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10
《スキル》
【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】
《称号》
『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』
《装備品》
『今は無銘の小太刀』new!
=========================
標高だけでなく周囲の関心まで低い山の中。
生えるがままの鬱蒼たる木々に埋もれてそれはある。
誰が何のために建てたかわからない、見た目は崩壊寸前の小屋…じゃなくて。
「いや探してたのはこれだけど。確かこの辺に──」
そう、小屋はあくまで目印だ。いや、もしかしたらデコイだったか。
中を探して何もないと思ったらもう二度とこんなとこに来ないだろうからな。
でもこの小屋から少し離れた…えっと、この辺だったか?草をかき分けて地面を探せば…
「──お。あった」
直径2mほど。人間の感覚では大穴と呼んでいいそれを覗けば──
「──ビンゴ。」
…あった。階段。
ダンジョンへの入り口だ。
「やっぱ既に発生してたみたいだな…」
ここは、その名も『無双百足ダンジョン』。
前世では超難関で知られたダンジョンであり……俺が死んだ場所でもある。
そう、このダンジョンのボスはあの巨大ムカデで、俺はヤツに用があってここへ来た。
(いやホントは来たくはなかったけど、)
『英断者』がまた発動して。
しかも強力に。
いやここに来る事は真っ先に想定たけど。
いざ行くとなるとホンっっトーーに嫌で。
「多分…称号に急かされなきゃこなかったなこれは…ともかくハァ…早速…ああもう!行くぞ俺っ!」
──でもうーん──ホント行きたくない──それでも対策は練ってきた──武器だって揃えたし──ならやるだけ──
「って…衝動どころか、思考まで誘導してくんのかっ!くそぅ『英断者』め、厄介な称号だホント…」
いや、まぁね?
こんな時の足踏みが良い結果を生まないのは前世で嫌と言うほど経験してたからな。流石にもう諦めたわ。
だから、行く。
という訳で階段を降りて見てみれば…
「…ハァ…やっぱいるよな。」
…ヤツだ。
「……ん?」
いや、いたにはいたけど、随分と、
「…小さくなってないか?」
前世で見た巨大ムカデは頭だけで大型トラック前部ほどのサイズを誇っていた。
今のこいつもムカデとしちゃ巨大は巨大…なのだが。前世と比べると、その巨大さが全く追い付いていない。
「生まれたばかりだからか?」
全長が大人の人間を5人並べたくらい。太さも少し大柄な人間とそう変わらない。
ふむ…お陰で恐怖が和らぎました。ええ。なんせトラウマでしたから。
「…ホント助かります…」
と合掌しつつお辞儀しながら思うのは小さくなっても変わらない見た目のおぞましさ。
ヌラヌラと油に濡れたような甲殻は生き物特有の柔らかさがある…と想わせといて弾力性があってアホほど堅牢ほぼ無敵。
その裏側に百本もある脚なんて超キモい。それぞれに個性でもあるかのように蠢いている。
だけど中空を這い回る特性上、ちゃんと使われてるとこを見たことがない。
なのにわざわざ強調して見せてくるんだから見た目だけでなく性格もきっと悪い。
いや先入観でこんなこと言うのは良くないか…いや良くなくなんてない。
なんせ殺されてんだから。あの醜さに比例して邪悪、そうに決まってる。
というかこれ以上見ていたくない代物だ。だから、
「ハァ…早速やるか、──おいお前ッ!」
「ギジ…!?」
「…取り立てに来たぞ」
だって約束したじゃん?一方的にだったけど、ほら。
「一杯奢ってもらう約束…いや。この場合は、『一本』だった、なッ!」
ドンッッ!!!
言うやいなや俺は突進した!
それに合わせてぐねる巨大ムカデ!
おうこいやいてもうたる!
人間思い込みと開き直りが肝心や!
と、唐突にだが戦闘を開始する俺!
中空を移動出来るのにカシャカシャ百本脚を蠢かす無駄は相変わらずの巨大ムカデだがそのスピードは健在なよう…と思っていれば、
いきなり静止しやがった。開幕早々にフェイントか──いや!
(『アレ』をするつもりかっ!)
ヤツにとっての丁度いい高さでもあるんだろう。巨大ムカデは中空に頭部を固定させると早速──
…ッップシアァッ!!!
先ずは小手調べとばかり吐き出した。
お得意のアレを。
強酸にして猛毒なる魔力液を。
前世ではアレの威力を身をもって知る事となったが、その毒性は今回も健在なのだろうか。
いや、
ああ見えてあれは立派な攻撃魔法。
そして魔法に耐する値である『精』魔力が俺は低い。
最低ランクのしかも初期値だからな。つまり前より威力が下がってようが関係なく当たれば即死だ。ここは当然回避する。
(次はどう出るムカデくん?)
突進しながら顎を使った噛み切りか?
尻側を振って毒針で迎撃か?
はたまた身体全体を使った高速とぐろ巻き防御か?
(毒酸吐いた後はこの三パターンだったよな?ああそうさ。前世のうちにお前の戦力と行動パターンは全部…っ)
「把握済みなんだこちとらぁ!」
──ガチン!
どうやら今回は噛み切り攻撃だったようだな。でも、
(空振り乙!)
ホント良かったわ。毒酸の全方位無差別発射とかなくて。
ともかくその噛み切り攻撃は盛大に空振った。立派な顎が噛んだのは空気のみ。
そしてそれは外したなんてレベルではない大ハズレで…それもそうだ。巨大ムカデは俺を無視して明後日の方向へ向かったのだからな。
(ふふ。見破ったつもりだったんだろ?)
でも残念、ソレは俺じゃない…いやホントは『ふ…お前が攻撃したのは、俺の分身だ。』ってやつを言いたかったが言わない。声を出せばヘイト向けられるし。
説明しよう!『ヘイトを向けられる』とは!敵の注意を引いてしまう事なのである!そしてあの分身は、俺の器礎魔力によって生み出されたものなのである!
すまんふざけ過ぎた。
真面目に解説しよう。
前世の俺がタンクをしていた事は前述したが、タンク系ジョブで覚えられるスキルってヘイトをコントロールするのに特化していて、つまりは自分に攻撃を集中させるものばかりだったんだよな。
俺はそれにウンザリしていた。
だって、仲間を守るためとは言え、そんなのを日常としてたら命がいくつあっても足らんだろ?
その事に常日頃悩んでいた俺が偶然、編み出したスキル、それがこの、【魔力分身】だった。
その効果は『魔力に自分の器礎魔力をコピーして放出、囮とする』というもの。
ああ、ここで言う『魔力』ってのは俺を魔力の器たらしめる《器礎魔力》…とは別の魔力の事だな。これはその中身となる魔力の事で、
そう、俗に言う『MP』といやつだ。
RPG用語で知られるアレ。魔法を始めとする技を使う際に必要となるエネルギー。
今の俺はそれを使わず、器礎魔力を使って分身を生み出した。
つまりこれは、まっとうな発動のし方ではない。
どうしてこんな方法を知っていて、しかも出来るのかって言えば、【魔力分身】を偶然編み出した際、このやり方で発動したからだ。
ある日、絶体絶命となった俺は咄嗟に、自分から器礎魔力をひっぺがし、囮にした──え?なんで今更になってそんな効率の悪い方を選ぶのかって?
それは俺に、まだMPが備わってないからだ。
俺はまだ『攻』魔力の試練を受けていない。
つまり俺の器礎魔力はまだ完成していない。
それはシステムから、まだ『魔力の器』として認められてないという事。
器がない以上、MPは注がれない。
そう、俺はまだアクティブスキルを使うために必要なMPを手に入れていないのだ。
だから【分身】を発動するには器礎魔力を使うしかなかった。
勿論これは、ハイコストにしてローリターン過ぎる戦法だ。
死にたくない一心からのその場しのぎを再現してんだから当然だ。
そしてそんな無謀をすれば、どうなるか……って、お。
『取得条件を満たしました。個体名平均次が【魔力分身】を習得しました』
(無事に【魔力分身】を習得したみたいだな…つってもなぁ…)
このスキルはあくまで『MPに器礎魔力をコピーして放出する』という性能。
だからこの後、俺がチュートリアルダンジョンで器礎魔力の全てを取得し、魔力の器として完成したとシステムから承認された結果、MPを注がれる──ってとこまでいかないと使えない代物。つまり今はまだ使えない。それはともかくとして、
(よし!結果は上々だっ!)
え?うん。こんな危ないこと、【魔力分身】を習得するためにした訳じゃ勿論ない。
ていうか、戦闘において《器礎魔力》が大事なものであるのは言うまでもない。
それをひっぺがしたりなんかしたら、俺はただの人間に成り下がっちまう。
それでもだ。
俺は今回、あえて、積極的に、手放した。それは勿論、意味があるからだ。
上位モンスターというものは…例えばダンジョンボスとか、特別なモンスターというのは、魔力を視る事に長けている、というか、それに頼り過ぎる傾向がある。
実際、ヤツらの殆んどは【魔力視】というスキルを備えている。
雑魚を倒すのに重宝していた取って置きのスキルが、ボス相手だと【魔力視】で常時警戒され、簡単に前兆を見切られ、避けられてしまう、というのは前世ではよくある話だった。
ボスが強力な攻撃魔法を必ず備えているのも、その警戒の顕れなのかもしれない。
ともかく、魔力というものに異常なほど敏感な反応を示すのが上位モンスターというものだ。
この巨大ムカデもその上位モンスターの例に漏れず【魔力視】を当然に備えていた。
前世で戦った際も魔力攻撃に対し超敏感に反応していた。
そんなヤツが、だ。
『俺から魔力と呼べる殆んどを抜き取って作られた分身』
なんてもんを見れば、どうなると思う?
そう。注意を引くどころの話ではなくなる。
その分身こそが『本体』だと勘違いしてしまう。
その上で、本体である俺を完全に見失うという間抜けな現象まで起こってしまう。
奴から見た今の俺というのはただでさえ、MPを持たず、魔力的存在感が薄く感じられたはず。
なのに、そこからさらに影を薄く…というか、実質ゼロとしてしまったのだから、ヤツの眼中から除外されるのは当然の事だった。
ともかくこうして、巨大ムカデはその目でしっかり捉えていたはずの俺を完全に無視し、分身の方を追ったのだった。それこそが本体だと見抜いたつもりで。
こんな美味しい隙、狙わない方がおかしいだろ?
そしてこうなると承知していた俺がどうしたかと言えば、分身を飛ばす前にはもう、踏み込み、猛スピードを叩き出していた。
と言っても、器礎魔力を手放した以上、その猛スピードも慣性に任せたものでしかなくなっている。
それでも踏み込みに使った魔力が利いて、人外に近い速度となっている。
よってこのまま一直線、巨大ムカデの死角へ潜り込む!
眼前に迫るは選り取り見取りとなった百本脚!の内の一本!それを、すれ違いざま──
…ッッス、パンッッ!!!
(よしッ!やった!)
こうして、俺の『速』魔力が生み落とした運動エネルギーに乗った『攻』魔力+80の効果の『今は無銘の小太刀』による斬撃は見事、ムカデの脚を斬り飛ばすことに成功したのである。
見てみれば、巨大ムカデは何が起こったのか分かってないようだ。とりあえずと防御姿勢を選ぶしかなくなって──
(…でもな、今さら高速トグロなんてしても意味なんてないぞ?)
だって俺、このまま離脱するから。
つか、もう既に階段目指して走ってるから。
このボス部屋を一刻も早く脱出すべく…
え?はい。
倒しませんが。
逃げますが。
逃げますよそりゃ。
だって前世よりだいぶ弱体化してると言ってもこいつ、見た感じ『速』魔力が俺の二倍くらいありそうだ。
そりゃそうだ。相手は超難関ダンジョンのダンジョンボスで、それに対するこちらは『速』魔力が神ランクと言っても、まだ初期値のままなんだから。
それにあの毒酸…今もダンジョンの地面をジュウジュウいわせてる魔法攻撃の威力を見ればお察し、『知』魔力の高さだってあちらのが断然高い。
『技』魔力だってきっとそうだ。百本もの脚を駆使したり、空中移動したりと、大変に高度なことをしてらっしゃる。
他の器礎魔力値だと俺はポンコツの部類だし。比べるべくもないだろう。
つまりのつまり、コイツは今の俺からすれば格上過ぎて格上ってことだ。
じゃあ何のためにここに来たのかって?それは──
(『コレ』さえ手に入れたらもうここに用はないのだよ!あとは撤退あるのみ!あばよ!)
ということだ。え?『コレ』ってのは…そう、さっき斬り飛ばした『百足の脚』だな。
え?殺された恨みはどうしただって?じゃあ逆に聞くが、その恨みで大家さんを守れますか?いや守れない(反語による反論)
しかし、ここで問題が浮上する。その問題とは当然、さっき手放してしまった器礎魔力についてだ。
あれのせいで今の俺の身体能力は…一般男性の平均…よりちょっと下くらいとなってしまっている。
そんな貧弱な俺があの巨大ムカデに発見されたらどうなる──てうおお!?言ってる傍から見つかったか!でも!?
あえて言おう!
満を持して声出して!
「もう遅い!遅いのだよ!」
そう、もう遅い!なんせ俺は、
「『最速者』の称号持ちっ!なんだからな!」
=========ステータス=========
名前 平均次
防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10
《スキル》
【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】【魔力分身】new!
《称号》
『英断者』『最速者』『武芸者』
《装備品》
『今は無銘の小太刀』
=========================
『最速者』の称号。
これは『一日に一回だけ、最高速度の二倍を叩き出せる』という称号だ。
そう、最高速度の、だ。
それは、パッシブであるならスキルや称号の効果も含めた最高速度。しかも倍。さらにこれほどの効果でありながらMP消費はゼロ。
だから、まだMPを備えていない俺でも使える。なんだそのご都合って思う人もいるかもだが、今の世界って殆んどゲーム仕様なんだし今更だろ?
それに『称号』というものはそもそも、スキルみたく自身の魔力を由来としない。あくまでシステムから借り受ける形だ。
ほら謎の声も『──なお、より早く突入する者が10人以上現れた場合、この称号はその上位者へと移譲されることになりますので悪しからず───』とか言ってたろ?
つまり称号ってのは、所詮の借り物だからこそ、自前の魔力を必要としないという便利さがある。
パッシブだろうがアクティブだろうが、それを発動するに必要な魔力は世界が勝手に供給してくれる。
まあ例外もあるらしいが、『最速者』のようなアクティブ称号の場合、切り札的用途のものが殆んどだからかその例外には含まれない。
つまり《器礎魔力》すらなくし、魔力が正真正銘のカラッケツとなった今の俺にはおあつらえ向きで──
ドンッ!
大袈裟な踏み込み音でチートブーストをお知らせした今の俺は、『速』魔力値70による全速力を再現していて──否!
【韋駄天】という『速度を常時1.3倍にする』パッシブスキルの恩恵を受けた状態を再現してる!つまり『速』魔力はほぼ100に相当し──否!
この『最速者』の称号はそれら込みで2倍に再現するのだからえっと……ええ!?
『速』魔力値200!?
には届かないけども!
「サンキューチート!」
彼我の距離を確認するため後方をチラ見…という舐めプ走行でも余裕があるくらい…
「 ──て、あれ? 」
なんだおい!?
むしろ近付いてないか!?
「ヤ…バっ、もしかして舐め過ぎたか?」
…ってうわ!ヤバいヤバいヤバいホントにヤバい!なんなんだコイツすごい追い付いてくるじゃないかっ!…あ、
「まさか──」
──この不自然な加速…『加速系』アクティブスキルでも持ってたりした?
前世ではデカくなりすぎた身体が邪魔で使えなかったとか?
確かに。あそこまで成長していたら、こんな限られた空間では使いづらかったはずで…だからスキルを封印していたと。なるほど、まさかそんな裏設定があったとは──
「──じゃ、ないからな!っんな裏事情まで見抜けるかよ馬鹿やろおおおッ!!?」
え?『何故、前もって【大解析】で確認しとかなかったんだ』って?
だって。ボスは【魔力視】持ってるから『解析系スキル』なんて直ぐ感知されちゃうし。
そんな危険冒すくらいなら二周目知識で補えばいいや…って。
はい。これは二周目知識チートを過信した結果ですが何か?
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
「はぃすまっせんんんん!」
ぅああ、ムカデの旦那おかんむりやぁ…
「あのバカとか言ってすみま──いや、さっきのは良い意味のバカなので!一途な人に使う感じの!」
旦那ならきっと成れるぜ海賊王にっ!…ってダメ?
「じゃあムシ○ングは──」
「ギシャアアアアアアアアッ!!」
「ダメか!」
つかこいつ!階段の中まで追ってくるとかどうなってんだ!前世じゃ階段はセーフエリアだったはず──
「って、まさか。」
本気でマズッた。階段が安全地帯ってのは、俺の勝手な思い込みだったのだ。
だってここはボス部屋のみのダンジョン。なので通常ならあるはずのボス部屋の扉がない事を気にしていなかったが…逆に言えばそんな境界がないなら、階段もボス部屋の一部だったとして…
「んー!おかしくないっ!」
前世で階段から向こうまでは追ってこれなかったのはきっと、デカくなり過ぎて通れなかっただけ。でもサイズが縮小された今のコイツならそんな不具合も…
「解消されてるみたいだな──って…ちくしょおおおお!」
つまりこのダンジョンから完全に脱出する以外に、コイツから逃げ切る方法は、ない!…ってのに。おいおいそれ、その頭の高さ…何の準備を──まさかっ、
「おいおいおいいい!?まさか、ここでやるのか!!?」
こんな狭い階段で──っつか、『小さくなった』は全く安心材料じゃなかった。むしろ悉くこちらの想定を覆す原因となっていて──
「(く、刺してやりたい。合掌しながらお辞儀までした過去の自分を)なんて思ってる場合じゃ──うおおおお!だからそれやめろおおおお!」
中ボス扱いだったのに結局雑魚だった悪役の断末魔さながらの懇願も虚しく、
きた!毒の酸!
高速移動中で自らも浴びる事になるも厭わず──見ればあの猛酸性は健在の模様、だってあの無敵甲殻がジュウジュウいってるし──って、マジヤバい!その吐き出した何割かが空気抵抗を突き破って──俺に向かって──これ絶対に避けなきゃ死ぬ──けどここは狭い──避けられな──
「どわあっ!?」
この土壇場で余計なハプニングがさらに発生…いやなんせ『最速者』の称号が上げてくれたのは『速』魔力だけだからな。
だから『知』魔力と『速』魔力の相乗効果は既に解消されている。
なので動体視力にかかっていた補正も失くしている。『技』魔力による走行補助もだ。失くしてる。
つまり、運動不足な俺が出来る不恰好な全力疾走を、『速』魔力で無理矢理ブーストしてるだけ。
しかもここは階段で登り。だから平地を走るより遅くなるのは当然。
その一方で 敵であるあの巨大ムカデは通れなかったはずのそこを、しかも階段という地形効果を完全に無視して宙空を這って──その上、加速系スキルまで発動するとか──いやいやいやいや…ここまでの不利はさすがに想定してなかったぞ。そりゃ追い付かれるって。そうなれば俺だって人間だからな。
もんっのすごく、、焦った!そんなに焦ったら足だって縺れてしまって──
「ぬわあああああああああああああああああああ!」
この土壇場で転んだら…嗚呼…また、溶かされるのか。あの、猛烈な毒と酸に──
(あれやられると痛いし熱いし気持ち悪いんだよなぁ…)
俺は──
(…………大家さん…)
「──ああああぁぁぁ…ってあれ?」
後ろを振り返れば触角をグニャグニャ動かしまくってイラつきを表しながら、酸で火傷した頭部を、ダンジョンと外界との境界に何度もぶつける巨大ムカデがいた。
その顎から吹かれたはずの毒の酸もだ。境界に阻まれ空中で白煙を上げている。
という事は…間に合った?逃げきったのか?転んで逆に良かった感じか!?ナイスハプニング!ナイス俺の悪運!
とにかく。
俺は賭けに、勝ったのだ。
「じゃ、これ…約束通りもらってくから。」
そう言って掲げた手には、アイテムとして有効認定された『百足の脚』がある。それを改めて見た俺は、目的達成を実感するのだった。
そう、俺はまんまとやり遂げた。
でも目的を果たして満足したからか、悔しそうに俺を睨む巨大ムカデを罵倒したりおちょくったりする気にはなれなかった。
それは、まだこの身を油断で満たす訳にはいかない。そう思ったからだ。
そうだ。収穫は成ったが、まだ終わりじゃない。遠足とは何ぞや理論。ここからアパートに帰り着くまでそれが適用される。
そうだ。器礎魔力で強化されていた能力値を一時とはいえ失くしたこの身体で帰らなければいけない。モンスターが徘徊する中を突っ切って。油断なんて出来る訳がなかった。
そんな悲壮な決意を固めた俺を見て何故か、巨大ムカデは怒りをおさめた。そしてそのままじっと見つめて…ん?
なんだ?今、何を心に刻んだ?何というか満足そうに?ゆっくりと身を捻ってそのまま巣穴へ帰っ──う。なんだこの悪寒。
「なんか…嫌な認定された気がする…」
そしてその悪寒ないし予感は早速、的中するのであった。
《オブジェクトボスに認定されました。『強敵』の称号を授けます。》
「ああ、この称号なら聞いたことがある…って、いや待てまて待て!もしかして…!!」
と急いでステータスを確認してみれば、嗚呼やっぱり。
「ぐ、ここにきてこれは、やめて欲しかったぞ…っ!」
『強敵』…その称号の内容はこう。
『強敵を寄せ付ける。発見されれば強敵と認定され執着される。つまりはレアモンスター全般と縁を結べる。』
「だから!今の俺は丸裸なんだがステータス的に!?そこでこんなの…マジか…鬼かょ…ハァ」
嘆いてもしょうがない。称号は有効なものもあれば理不尽なものもある。狙って得られるものもあれば不意打ち気味に刻まれるものもある。それを忘れて油断した俺の失態…そう思うしかない。
「ハァ…も、いいわ。帰ろ。」
色々と諦めた俺はトボトボと…そしてビクビクとしながら、魂が擦りきれるほどの用心の上に魂が刷り潰れるほどの用心を重ねながら、家路を急いだのであった。
…そしてこんな時でさえ。不謹慎にもワクワクしてたりしてもまあ、しょうがないよな?だって、遂に完成するのだから。
俺の器礎魔力が。
=========ステータス=========
名前 平均次
防(F)15
知(神)70
精(D)25
速(神)70
技(神)70
運(-)10
《スキル》
【暗算】【機械操作】【語学力】【韋駄天】【大解析】【斬撃魔攻】【刺突魔攻】【打撃魔攻】【衝撃魔攻】【魔力分身】
《称号》
『英断者』『最速者』『武芸者』『強敵』new!
《装備品》
『今は無銘の小太刀』
《重要アイテム》
『ムカデの脚』new!
=========================
アパートに帰ると、大家さんが出迎えてくれた。
聞けば、俺を待っている間にチュートリアルダンジョンの試練は全て修了したらしい。
つまり今の彼女は《器礎魔力》の全てを取得しており、俺より先にシステムによって『魔力の器』として認められており、いつでも本格的な強化を始められる状態となっている。
あまり待たせてしまうのは申し訳ないと思った俺は早速、『攻』魔力の試練を受ける事にした。という訳で。
俺の目の前には今、『攻撃力判定用オブジェクト』なるものがある。
(これも懐かしいな…前世の俺は──)
『このオブジェクトに攻撃すれば攻撃力を判定出来る』
と言う『謎の声』に従ったつもりでこれを殴ったんだっけ。
パンチングマシーンに向かってやる要領で。それが全力と信じて。
「今思うと大した勇気だよな…」
だってこれ、見た目金属で出来た巨大立方体だからな?
それより実際に殴りつけて驚いたのは、果てしなく硬く感じるのに謎の弾力性が作用し、殴った拳に痛みどころか手応えすら感じなかったことだ。
この『攻撃力判定用オブジェクト』なるものは、殴った本人へ返るはずだった反動までも含め、全ての衝撃を完全に吸収する事で、その威力の査定をしていたらしい。
つまりこいつの頑丈さは『硬さ』うんぬんで量れるものではない。正に異次元のそれだった。
え?その時の試練結果?それは勿論…いや、貧相とまでは言わないけども。
あの頃の俺ってほら、明らかに運動不足だった訳で。そもそも運動なんて得意じゃない訳で。ガタイもそう恵まれてる方じゃない訳で。だから結果はお察し…
ところが、だ。
そうやって不満が残る形でステータスを完成させたしばらく後、どう見ても俺より貧弱そうなのに、攻撃力だけはバカ高いヤツと出会ってしまった。
その頃には全てのチュートリアルダンジョンが消失していたからな。『こんなの聞いたところで今更だ』ってのは分かってたけど、結局聞かずにいられなかった俺が聞いた秘訣というのが…
『えぇ?あんな硬そうなもん素手で殴ったのか?ほぁー、あんた見かけによらず勇気あんね。え?俺?俺は自宅にあったチェーンソー使ったけど。攻撃力が一番強そうな道具って言えばそれ以外なさそうだったから』
…いや、まあ 確かに?『攻撃しろ』と言われたけど『素手で殴れ』とは言われていない。この時の俺は『へー。なるほどなぁ』なんて答えたものだったが…
「あれは…本当に悔しかったよな。つかホント、悪意あるわこの試練、いや…ちゃんと確認しなかった俺の自業自得もあるんだろうけど…」
なんて思い出しながら俺が握っているのはあの武器。そう、今世こそ高得点を叩き出してやる。『今は無銘の小太刀』を使って──じゃなく。
うんうんそうだよな。『じゃあ何のために無双百足のダンジョンに行ったんだ』って話になるよな。
そう、俺が今手にしているのは、小太刀じゃなく、それを使って巨大ムカデから斬り飛ばしたアレだ。
俺がここで使う武器とは『百足の脚』。
「よし、じゃぁ、早速やるか。」
俺はこいつを、『攻撃力判定用オブジェクト』とやらに突き刺すつもりでいる。というか今まさに突き刺そうとしている。もし横で誰かが見てたなら全力で突いてるように見えなかったろう。実際、俺は正確性を重視して力加減をしながら突き出していて──でもそれは、、、
──プすり。
「…ほら」
思った通りだ。
『え。』
簡単に刺さった。
「…ぃ、よし。」
『え。いや、え?』
「う?なんだ謎の声さん、」
『いや…あのぅ…』
「ああ、結果は見ての通りで…」
『あ、はい、刺さり…ましたね』
「うん、だから、ほら。早く…」
『…はい?』
「…はい?じゃないだろ、だからくれって。『攻』魔力。」
『あ。はい…分かり…ました…っていやいやいや…』
「な、なんだよ?殴れって言わなかったろ?だったら何を使って攻撃しても良いはずだろ?」
『いやそれはそうなんですけどでもっ、破壊不能とする『オブジェクト』にこんな…『刺す』なんて!『刺さる』なんて!絶…っっ対にあり得ないことで!』
「いやでも実際にほら!刺さってるし!」
『ですよね…っていやいやだからっ!えええ?いやっ!えええええええええええ!?いやそんなっ!待って下さいこんなっ!ええええええええええええええ!!??』
「ぐぬ!も、もううっせえっ!頭ん中で叫ぶのマジうっせえ!だからくれるの?くれないの?どうなったの俺の『攻』魔力!?」
と、超焦りながらも図々しく催促する俺の手に握られている『百足の脚』を解析すれば、ステータスにはこう記されてあるはずだ。
========アイテム詳細=========
『百足の脚』
ランク キーアイテム
上昇値 特殊
耐久値 特殊
スキル 【アンチ不壊・プチ】
オブジェクトボス『無双百足』から剥ぎ取り可能なキーアイテム。それは難攻不落の【不壊】スキルすら貫くとされる。
ただし、かの無敵甲殻の完全破壊には『百本の脚をもぎ取り、それらを使って貫かなければならない』という前提がある。
つまり、この一本で与えられるダメージは『割合』で算出され、その割合ダメージは『1%』に限定される。
===========================
ここでも出て来たが、『オブジェクト』とは一体何であるのか。
『システムの力に守られていて、破壊不可能なもの』をそう呼ぶらしい。
それは、どんな破壊力をこめて攻撃しようが特定の条件を満たしてないなら一切のダメージを与えられず、なので攻撃対象とする事自体、意味がないとされるもの。
つまりはゲームで言うところのフィールド上の障害物や、街マップにある建物の一部、のようなもの。
岩や壁や柱や扉といった、形は様々あれど空気を読んで破壊不能としてきたアレらと同じ。
でも、RPGをプレイしていてこう思った事はないだろうか?
なんで世界を滅ぼせる魔王やら魔神なんて存在をぶっ倒せる力が主人公にはあるのに、今まさに邪魔となっている壁とか柱とか扉を壊して進むことが出来ないのかと。せめて岩くらい吹き飛ばして下さいよと。そしたら簡単に次へ進めるのにと。しかし、それは叶わない。何故なら前提としてあるからだ。
『何をしようがこれは破壊不能ですよ』とか、『どうにかしたいなら解消出来るキーアイテムを持って来てね』…っていう、現実なら馬鹿馬鹿しいとされてもゲームなら当然とされる御約束的概念が。
クソゲー化した今の世界ではそれが導入されていて、こうして具現化されていることがある。
この『攻撃力判定用オブジェクト』もその類いだ。本来なら破壊不能なものだった。
そしてあの巨大ムカデもその『オブジェクト』に類されていたのだから鬼畜な話だ。
(実際に謎の声も『オブジェクトボス』なんてふざけた名称で呼んでたしな)
ただし、
あの巨大ムカデの場合は、『百本ある脚をもぎ取って、その全てをムカデ本体に突き刺す』…という内容が記された石碑があのボス部屋にはあって、この縛りを無視しては決して倒せない仕様だった訳だ。
…うん。『そんなのアリか?』ってなるよな?
例えこれが本当にゲームだったとしもそんなボスが出てきた時点で転売もので──そうなのだ。
あの無双百足ダンジョンはゲームで言うところのメインチャートには絡まない部分だった。
つまりは隠し要素的な?地獄的難易度である代わりに、攻略すれば…おそらくだが超有用なアイテムをゲット出来るって感じのやつ。
あのダンジョンが一生見つからなくてもおかしくないような立地条件にあったり、しかもボス部屋しかないという特殊な仕様だったのもそのためなんだろう。
だって。雑魚モンスターまで一緒に設定されていたら、どうなっていた?
それが繁殖してしまったら?あのまま発見されずにいれば間引きされないまま繁殖しきったモンスターがダンジョンから溢れ出す現象──ラノベでお馴染みの『スタンピード』なるものが発生してしまう。そうなると折角秘密にしていた場所が簡単に特定される事となる。
そうじゃなくても、『特定の条件を満たさなければ破壊不可能』なんて『初見必殺』にたどり着くまでに、雑魚モンスターを多数配置されていたら?あんな無敵野郎を倒すためにそんな長い道のりを越えていかなければならないとか流石にひど過ぎる。
まあそんなの、昔流行った物語じゃよくある設定だったし、昔流行ったゲームだとラスボスを弱体化するアイテムが必須だったり、したけどな。
それでも『死ねば復活する』仕様なんてないこのリアル世界で『特定条件を満たさなければ破壊不能なボス』を実装するとかひど過ぎる。バランス的にどうかしてると言わざるを得ない。
とにかく何が言いたいかと言うと、人に発見されにくい場所にあってしかも、ボス部屋しかないという特殊な仕様としたのは、ギリギリのラインで妥当、という事だ。
俺はそれを、逆手に取ってやった。
極めて発見されにくい場所でも、前世ではこの二年後ぐらい?には発見されており、俺は実際に訪れてもいて、つまりは場所を完全に特定出来ていた。
そして再訪した時の俺は『攻』魔力を持たない状態、なので雑魚モンスターがいない仕様なのも助かっていた。そいつらに邪魔されながらじゃ、あの巨大ムカデにたどり着けるはずもなかったからな。
というか、そもそもとして俺はあの巨大ムカデを倒しに行ったのではない。『オブジェクトに傷を付けられる百足の脚』をゲットするために行っただけだ。
だからあいつが『オブジェクトボス』だったことも幸いだった。その初見殺しな性質から他のダンジョンボスと違って『ボス部屋に入っても逃げられる仕様』になってたからだ。だから、突入→奪取→すぐに脱出…なんてずるい攻略も許される状況だった。
そう、回帰者である俺は、その全てを利用出来る立場にいたんだ。
誰が設定したのか分からないけど何とかゲーム的にバランスを保とうとしつつ、結局の鬼畜仕様…もしくは穴だらけとなってしまったこのシステムを。
『攻撃力判定用オブジェクト』という破壊不能な盾に向け、『オブジェクトボスを倒すために用意されたキーアイテム』という絶対に傷を負わせる矛を突き刺す事で。
…そう、叩きつけてやったこれは、何かとクソゲー仕様が目立つ今の世界に対するクレーム代わりっっ!
(この世を勝手に弄くり回してゲームみたくしやがって…人を舐めんのもいい加減にしろ!)というクレームと共にこのシステムが孕む矛盾を突き付けてやった…訳だが。
(うーん、我ながら痛快な気分ではあるけども、しかし…)
割合ダメージ1%分と言ってもだ。そのダメージを与えた対象は破壊不可能な…つまりはダメージと無縁なはずの『オブジェクト』なのであり。
そんな小さな傷でもどれほどに大それた判定となるか、それはよく考えててみれば前代未聞な偉業、もとい異業となるのは間違いないことであり。
つまりはどれ程の高得点が叩き出される事になるのか、もしくは反則と見なされ無効とされるか、実を言えば俺にも予測不能な事なのであり。
つまりのつまり、『謎の声』があんなふうに焦るのを見て、初めて事の重大さに気付いた次第。
(でもやった後じゃもう遅いし…やっぱ小太刀の方使っとけば良かったか?……ってのは…もう遅いよな。うーん…どんな結果になるんだこれ…)
と、少し…いやかなり不安になっていたのだが。
『あなたはあってはならない高成績をおさめました。『攻』魔力の成長補正をMとします。』
おお…Mランク!散々に成績を下げていた『攻』魔力の成績がまさか、ここまで跳ね上がるとは…でも確かに。俺はあってはならない奇跡を起こしたのだからな。こうもなるか。
『その特典に、『破壊神』の称号を授けます』
こらまた…聞いた事のない称号だが…なんか不吉な感じがするのは……なんでだ?
『《器礎魔力》の完成を確認しました。あなたを魔力の器として正式に認定します。』
その言葉を合図に、
違う何かに作り変えられつつあった俺という存在の中、未だ欠けたままだった部分にパチリ。最後のピースがはまったのを感じた。
『全試練を終えた今、あなたは『魔力の器』として完成されました。それも、Sランク以上の成長補正を複数揃えた、とてつもなく恐ろしい器として…』
なんか…怒ってないか?言葉から滲むのは『もう引き返せないぞ』というニュアンス。
『その器に相応しい最終特典として──』
「お…」
そうだった。前世の試練でもここで最終特典がもらえる仕様で確か…前世では殆んどの人が『魔力の器』という称号を授かっていた。
一方『防』魔力だけはSランクを獲得した前世の俺は『英雄の器』って称号を授かっていた。
その内容は『Sランク以上の器礎魔力を一つでも獲得した者が得られる称号。MPの成長補正がBランクとなり、初期値に1000pt加算される。』というものだった。
この文面から察するに、おそらくSランク以上の器礎魔力をいくつ獲得したかで、ここで得られる称号のグレードは決まるのではなかろうか。
ということは、『攻』魔力でMランク、『知』魔力でSランク、『速』魔力と『技』魔力では神ランクなんてふざけたランクを獲得した俺が授かる称号が、どうなるかといえば──
『あなたには『魔神の器』の称号を授けます。』
…こうなったのである。
「…まじん……?マジンって、魔神の
ことか?」
そう聞き返した、その瞬間っ、
「うぐっ!?」
体内。何かが物凄い勢いで全身を駆け巡った。
おそらくは七種の《器礎魔力》が揃ったことで、俺の魔力が本格的な循環を始めたのだ。
その証拠に『完成した俺という魔力の器』にドプドプと粘く注がれるエネルギーを感じた。
それは器の底にたどり着いた先から熱を吹き上げ──「かっ…ぐ、が、ハァ…ッ!」
息が熱い。異様に。吹き出たはずの汗も蒸気となって消えていく。
こうして全身くまなく渇いているはずなのに、反比例して急速に満たされていくような…この不思議な感覚なら前世でも経験した…が、これ程の苦痛は伴わなかった。
『『MP』の注入が完了しました。』
…一体、どれ程の量が注がれたんだ?
『それに付随してスキル【MPシールド】と【MP変換】を授けます』
これら二つはMPを得た者なら必ず取得するスキルとなっている。
つまり『俺という器』が正式に『MP』で満たされた証にもなる。という訳で、
「早速見るか。ステータス。」
=========ステータス=========
名前 平均次
MP 7660/7660 new!
《基礎魔力》
攻(M)60
防(F)15
知(S)45
精(G)10
速(神)70
技(神)70
運 10
《スキル》
【MPシールドLV7】【MP変換LVー】【暗算LV2】【機械操作LV2】【語学力LV2】【韋駄天LV2】【大解析LV2】【魔力分身LV3】【斬撃魔効LV3】【刺突魔効LV3】【打撃魔効LV2】【衝撃魔効LV2】
《称号》
『魔神の器』new!『英断者』『最速者』『武芸者』『神知者』『強敵』『破壊神』new!
《重要アイテム》
『ムカデの脚』
=========================
遂に完成した。
俺のステータスが。
MPの項目が追加された影響なのか、スキルにはスキルレベルも設定されていた。
これは俺の魔力特性が決まり、成長する準備が整った事を意味している。
ただスキルレベルは普通だとレベル1からのスタートのはず。なのにどのスキルも既に幾らか成長した状態で表示されていて、これは…Sランク以上の器礎魔力を複数獲得した影響か?もしそうなら、
「…試練の結果次第でこんなにも優遇されるもんなんだな…」
前世の苦労を思うと少し悔しく感じなくもない。そう思っていると、
『…それはどうでしょう…』
「ん?おい謎の声、今なんか言ったか?」
声が小さく聞き取れなかった。
『いいえ。お気になさらず。』
「…?」
まあいい。ともかくこれで『俺なりの最強ビルド』に数歩近付き、半歩、遠のいた。
そう、このステータスを見て分かる通り、『攻』魔力を高い水準で得られたはいいが、その代償として『知』魔力と『精』魔力が大幅に下がる事になってしまった。だからの半歩後退だ。
「それでもこれは想像以上だな…」
『攻』魔力の試練の内部成績については最後までどうなるか分からなかったが、最終的にはMランクとなってくれた。
つまり結果としては、俺が得たチートな器礎魔力の中でも上位性能となった訳だ。
神ランクに比べれば確かに格下だが、この『攻』魔力は、他の試練で内部成績を散々下げまくってたところを幸運の試練でやっとプラスが付いてたような器礎魔力。それがこんなに…というか、Sランクにするのが当初の目標だった訳だから、
(この結果は万々歳と言っていいだろう!)
『防』魔力はまあ、お察しだ。諸事情により最初から捨てていた。最低ランクじゃないだけでも有り難いことだ。
それに、これは何かと補填が効く器礎魔力だ。実際にその当てもある。
(だから、今はこれでいい)
『知』魔力は一時は神ランクまで上り詰めていたがSランクにまで降格してしまっていた。
でも俺は、どうしても『攻』魔力を優先して上げたかったし、その試練で良い成績を上げるとこうして『知』魔力が下がる事も分かっていた。
つまりはこれでいい…というか、当初の目標はSランクだったしな。これは思惑通り、相当に良い部類だ。
(そもそも神ランクとかMランクというのが異常なんだ。Sランク自体、前世では殆んど見なかった訳だし)
『精』魔力は…うーーん。最低ランクかぁ。これは正直言うと厄介だ。当初の目標ではせめてDかEのランクは確保したいと思っていた。
いや、まあ、『攻』魔力の試練で良い成績をとりすぎればこうして下がる設定なのは分かってた事だし、こうなるのは当然っちゃ当然なんだけど。
最低ランクとなると魔法攻撃で一撃死したり、デバフにもかかりやすくなったりと…やっぱり困る。
そしてこの魔力を才能とする『回復』や『防御』の魔法が使えるジョブにも多分就けない。
(これを何とかするのは…ハァ…骨が折れそうだな)
『速』魔力については…うん、やったぜ!残したぞ神ランク!これを持つ者は世界広しと言え俺だけに違いない!
しかも攻撃力に物理的なスピードを合わせる事で、更なるダメージ効果が期待出来る。回避することで防御力の低さもカバー出来る。ああ夢が広がる!魔法?デバフ?全部避けたるわぃ!
(ってのは嘘です。範囲で来られたらマジ怖いです。なので次いこう次)
『技』魔力、これもやったぜ神ランク!俺みたいに元々が不器用で、しかも荒事に向かない性格だったヤツには得られるはずもなかったランクだろう。
実際に前世の俺はDランクっていう、平凡極まる成長補正を一応持っていたのだが、それが反映されてる感じはあまりしなかったな。きっとその程度の『技』魔力じゃ俺の不器用を矯正するには至らなかったんだろう。
それが今世では神ランクなんてものを得られた。今後どう自分が育っていくのか…
(それは想像も出来ないけども、楽しみだ!)
『運』魔力…は、10か。これって最低値なんだろうな。その上で、この器礎魔力については成長補正なんてものはない。つまり今後上がる事もない。俺は一生、この最低値である10をキープし続ける。
だがそれでいい。その犠牲のおかげで他の器礎魔力が上がったのだから。それに…
(俺には『二周目知識チート』があるからな)
それを活用すれば?モンスタードロップなんかに頼らなくていい。隠された宝箱や確定ドロップするボスを誰より先に発見すれば良いことだ。
幸運に導かれた出会いだっていらない。埋もれた人材を誰よりも先にお手付きすればいいだけの事。
その全部が可能なんだ。これって凄すぎてすごい事だった。
それに、行動力がいまいちだった分、前世の俺は動かないなりに情報収集には気を回していたからな。
まあそれも有能な人材の場合は既に死んだ後だったり、闇堕ちしてたり、誰かの手先になってたり、アイテムの場合だと先に取られてたり、しかも使われてロストしたりと、事後の情報ばかりだったが…。
でも、そんな役に立たなかった情報も二周目人生でなら活かせるはずで、その気になれば全て、俺のものに出来る!っていうチートの数々が霞んで見えるほどにインパクトが凄いのがこの…
「『MP』が7660?だと?これで初期値か…頑張った甲斐あった…って言うより…うーん。チート過ぎてさすがに引くぞ…」
…なんて。
暢気な感想をこぼしていた自分をぶん殴ってやりたい。
そう思うのはこのすぐ後の事だった。
器礎魔力とは読んで字の如く『礎たる器の魔力』であり、これを完成させた者は『MPの器』となれる。
そして想定を遥かに上回る器礎魔力を完成させた俺は、かなりチートな器となれた。よってそこに注がれる『MP』もまた当然としてチート級となる訳で。
確か『魔力の器』という一般的な称号を授かった場合だと、注がれるMPは1000だった。
そして前世の俺は『英雄の器』という称号を授かって注がれたMPは2000あった。
それらと比べて、『魔神の器』を授かった今の俺のMPは7660もある。
前世の俺と比べると3.8倍、一般の魔力覚醒者と比べれば7.6倍ものMPを獲得した事になる。
この、『魔神の器』という称号の詳細は以下の通り。
『Sランク以上の器礎魔力を複数、しかも神ランクまで備えた者が得られる称号。MPの成長補正が神ランクとなり、初期値に6660加算される。
この称号を持つ者のステータスは禁忌事項として扱われる。解析されても正確には伝わらない。』
「うーん、禁忌認定されるほどのチートか……って流石に引くぞ。でもそのお陰で悩みの種だった防御力がかなりましになった…」
え?何故ここで防御力の話になるのかって?それを説明するにはまず、この『MP』とは何なのかって話をしなければならない。
MPと言えば、RPGをプレイしたことのある人なら『マジックポイントの略』として馴染み深いことだろう。
つまりは魔法を含むアクティブスキルを使う際に消費されるエネルギーを連想するはずだ。実際、このクソゲー化した世界でもそう使われる訳だが…
何を隠そう、この世界のMPは『シールド』も兼務している。
MP獲得に付随していた【MPシールド】ってスキルがそれにあたる。
これは、どんなに弱く薄いシールドでも弾丸だろうが猛毒だろうが魔力が宿っていない攻撃を通さない仕様となっている。
『魔力を宿した者には魔力を宿した攻撃しか効かない』のは、これに守られているからだ。
まあ俺がゴブリンにやってみせたように無理に捻られた関節は砕けてしまうし、それが脛椎なら殺せてしまう…という弱点ならあるにはある。
例えば爆薬などで吹き飛ばされた先で首の骨を折ってしまえば呆気なく死ぬ、という風に。
逆に言えば、そうならなければ魔力が宿っていない攻撃で吹き飛ばされても死ぬ事はない。
では魔力を宿した攻撃に対してはどうか?
シールドの強度は『防』魔力と『精』魔力の数値で決まる。
そして『分厚さ』についてはこの【MPシールド】というスキルのレベルで決まる。そしてそのスキルレベルについてはMPの最大値で決まるのだ。
1~1999までがレベル1、2000を越えて初めてレベル2となり、それ以降は1000刻みでレベルアップする感じだ。分厚さ×スキルレベルといった具合だな。
つまりスキルレベルが7である俺の【MPシールド】は、スキルレベルが1の者と比べて7倍ものぶ厚さがある、という事だ。
もっと例えると、『魔力の器』の称号しか得られず、『防』魔力と『精』魔力がDランクしかない覚醒者のMPシールドを『厚みが10cmある鉄製の盾』と例えるなら、
スキルレベルが7もあるが『防』魔力と『精』魔力が異常に低い俺のMPシールドは『厚みが70cmもある木製…いや、下手すれば紙製の盾』といったところか。
『防御がアホみたいに弱いけどHPだけは馬鹿みたいに高い』って状態と似てる…いや違うか。それはともかく、
ここからが大事なところなんだが。
この『シールドの分厚さ』は固定ではなく、常に変動する。
魔力を宿した攻撃を受ければ削られてしまうし、削れた分だけ薄くなる。
それは、MPシールドの原料たるMPが削られたという事にもなる。
つまり、この【MPシールド】というものの分厚さは、MPの残量で変動する、という事だ。
攻撃を受けてシールドが削られれば『アクティブスキルを使うためのMP』まで減る事になり、
その窮地を打開すべくMPを消費してアクティブスキルを発動すれば【MPシールド】はさらにと削られてしまう。
なんてスパイラル仕様。ホント、クソゲーだ。
しかし残念ながらMPを取り巻く厄介な環境は、これだけじゃなかったりする。
ほら、MPに付随して獲得したスキルはもう一つあったよな。
そう、【MP変換】ってアレだ。
これを使えば新たなスキルを習得出来たり、スキルのレベルを任意で上げたり、器礎魔力値を上げたりと、様々な強化をその場でお手軽に出来てしまえる。
…のだが、その代償として『MPの最大値』を払う必要がある。
そして犠牲として払ったそのMPは二度と戻らない。MP最大値はそのまま削られた形となってしまう。
そうなると?削られた分、当然【MPシールド】は薄くなる訳で。
MPを燃料に使うアクティブスキルだって使いづらくなる訳で。
まあレベルアップをすればMPの最大値も上昇するので、補填なら出来るけど。
そのレベルアップにしたってゲームと同様、上がれば上がるほど上がりにくくなるってジレンマがある。
…という訳で結局のクソゲー仕様だな。つまり結論として【MP変換】はあまり使わない方がいいって事になる。
(…ただなぁ、この【MP変換】による強化には『ジョブの獲得』も含まれてるんだよな…)
そう、確かにMPの最大値を削るのは惜しい。だがこればっかりは仕方ない。【MP変換】を使う事でしかジョブは獲得出来ないのだから
「──って…あれ??」
早速お目当てのジョブを獲得すべく、ステータス画面に映る【MP変換】をタップした俺だったが…何故だろう。反応がない。『使う』と念じながらやっても結果は同じ…何度やっても──
「え?なんでだ?」
その時だった。
『あなたは、深淵に足を踏み入れました。』
俺がステータスを見て一喜一憂している間、ずっと口を閉ざしていた『謎の声』が告げたのは、あまりに不吉な台詞。
『どうやって知ったのか知りませんが、数々の…それこそ不正ギリギリであった行為については目を瞑ってきました──』
さっきまであたふたしていたのがまるで嘘だったかのように…
「ぐ──これ…なんだ これ …重──」
そう、謎の声は重く、硬く、俺という存在にのし掛かってきた。
『──しかし。オブジェクトに傷をつけるなどとこれは、あまりにあまりの逸脱。どうやってあんな手法を思い付いたのやら…あるいはどこかで情報を盗み取ったか…いえ、それは分かりませんし、聞くつもりもありません。何故なら──あなたはもう、深淵に踏み込んだのだから』
「──なんだ …深 淵て──」
物理的作用すら伴って感じるこれは、威圧か?
『深淵を覗く者は深淵に覗かれる…これはこの世界が生んだ言葉と聞いています。
そう、これはこの世界が人の心を介して託した言葉。踏み入ってはならない不吉の存在を、あなた方人間に前もって知らしめるための言葉でした。覗くだけならいいのだと。覗かれるだけで済むのだからと。だから、それを感じるなら踏み込んではならないとも。
でも踏み込んでしまえば?覗かれるだけでは済まされない。結果、あなたは深淵に在る者と認識された。深淵の底を見る責が課せられた。』
「ダか──ら いっタい─ ─ナに を言ッて」
『ペナルティというヤツですよ。』
…ペナルティだと?
…!
──もしかして!
「く…その、 ペナルティ のせいで、【MP変換】が使えなくなった …そういう、事、…かっ!?」
『……あなたの試練は、終わらない。』
※『なんだよ無双しないのかよー』とここで読むのを止める読者様がいるようなので。
念のため告知しときます。
次の第二層。
20話あたりから25話でぐおんと巻き返します。
なんせタイトルにある通り『怪物ルート』ですから。
そう簡単にはいきませんがその代わり『爆発力が凄い!』という感じにしてます。
ともかくカタルシスと予測不能を楽しみたいなら第四層の最後あたり。話数にして44~46あたり?まで読んで下さると嬉しいです。
あと、続きをさくさく読みたい方、いらっしゃいましたらなろう様で先行版投稿してます。次のURLから飛んで下さい。
https://ncode.syosetu.com/n5831io/
もちろんノベマ様でも随時更新していくつもりです。しおり、いいね!、レビュー、感想いただけるとここでも読めて便利ですし、作者としても読んでもらえる人が増えてとても嬉しいです。宜しくお願いいたします。
「【MP変換】が使えない…だと?」
やり過ぎた俺へのペナルティらしいが…こんなケースは聞いた事がない。つまりは不測の事態だ。『二周目知識チート』を使えばどんな状況も打開が可能と思っていたが、これは……
「…くそ…本当にまずいぞ…」
何がまずいか、それを話す前にはまず、【MP変換】がどんなスキルかを詳しく説明せねばなるまい。MPを犠牲に様々な強化をその場で、しかも簡単に出来てしまえる事なら前述したが、その強化内容の詳細までは言及してなかったからな。
【MP変換】で可能な強化内容は、以下の通りとなっている。
①MP最大値を削る事で、ジョブを獲得する事が出来る。
②MP最大値を削る事で、取得可能なスキルを習得する事が出来る。
③MP最大値を削る事で、任意のスキルレベルを即座に上昇させる事が出来る。
④MP最大値を削る事で、任意の器礎魔力値を即座に上昇させる事が出来る。
つまりこのクソゲー化した世界で使われるMPは、従来の役割は勿論のこと、『シールド』を兼務するに飽きたらず、『ジョブポイント』や『スキルポイント』、『ステータスポイント』の性質までも備えた、万能過ぎるエネルギーとなっている。
前世ではこの万能さに目が眩んで考えなしに【MP変換】を乱用する者を多く見かけた。…なんて言う俺もその一人だ。
だから、知ってる。
その便利さこそが罠であると。そう、これも初見殺しの一つ。もう一度言うが、この便利かつ安易な強化に費やされたMPは二度と戻ってこない。
だから【MP変換】を使う時には慎重さが求められる。
例えば②のスキル獲得や、③のスキルレベル上昇のためにMPを犠牲にする必要なんてない。
これはすぐ判明する事だが、ジョブさえ獲得すれば『そのジョブで覚えられるスキルならば』という条件は付くが、全て実戦の中で習得可能だからだ。
スキルレベルにしたってMPを犠牲にしてまで上げる必要なんてない。これも熟練すれば上がる仕様だからな。
ただ、スキルレベルもジョブレベルと同様、上がれば上がるほどレベルアップしにくくなる仕様となっている。
だから【MP変換】を使用するなら、スキルレベルが全く上がらなくなる時まで温存すべきだ。というのが前世で落ち着いた結論だった。
次に④の器礎魔力値の上昇についてだが。これにもMPを犠牲にするほどのメリットはない。
レベルアップすれば『運』魔力以外全ての器礎魔力が上昇する。そう、まとめて上がるのだから、こちらの方が効率がいいのはよく考えるまでもない事だ。
『でも弱点である『防』魔力と『精』魔力だけは【MP変換】で上昇させるべきでは?』そう思う人もいるだろうが、それにもNOと答える。
何故なら回帰者である俺は知っているからだ。どんなに防御力を強化しようと、あの巨大ムカデの毒酸のような、即死確定の理不尽攻撃を得意とする敵が次々に現れる事を。それを思えばMPを犠牲にする程の価値があるとは思えない。
以上を踏まえれば豊富なMPはそのまま温存して…つまりは極厚な紙シールドを維持しつつ防御力のなさを誤魔化し、アクティブスキルを連発出来る状態をキープする方がずっといい。…のだが。
①の項目。
ジョブの獲得。
これだけは別だ。
なんせここまでの説明からも分かる通り、今の世界のシステムにおいて、ジョブの獲得は強化の基本であり基盤となっているからだ。
ジョブに就かなければジョブレベルは設定されない。つまりレベルアップも出来ないまま。
そしてジョブに就いて習得可能となるはずだったスキルだって設定されないまま、となればそのスキルの自然習得だって出来ず仕舞いとなる。
このように強化の殆んどがままならない状態では、称号やアイテムの争奪戦に勝つどころか、参加すら出来ない。
お目当ての人材を仲間にしても、逆にお荷物扱いされるだけだろう。つまりは、
「スタートダッシュどころの話じゃない…出遅れちまう…それも、大きく……」
回帰者である俺は知っている。この仁義なきクソゲー世界で出遅れるという事が、どれだけまずい事なのか。
だというのに…
輪をかけて最悪な事実が判明した。
「え!大家さんもですか!?」
「…うん…」
そう、なんと大家さんまで【MP変換】を封印されたようなのだ。そうなったのはきっと、俺の仲間だと認定されたからなんだろうが…
「…なんて、こった…」
大家さんを救出し、想定を遥かに上回る器礎魔力を獲得し、今世は最高のスタートを切れた。…そう思っていたのに。
蓋を開けて見ればどうだ?
実際はスタートダッシュどころか、大家さんまで巻き込んでのバッドスタートになってしまった。…申し訳ないにも程がある。
「すみません大家さん…守るつもりが…こんな迷惑をかけてしまって…」
謝って済む問題じゃない。だって命に関わる問題だ。それなのに、、大家さんは……こう言ってくれたんだ。
「助けてもらった…だから、謝らないで。それに均次くんはちゃんと代案を考えてる」
「…え、それは、…はい」
「なら、いい。大丈夫」
ホント動じないよなこの人。
(いい女だ…)じゃ、なくて。
確かに俺は既に代案を用意している。だがそれは相応にしんどい思いをする案だ。なのに、それを話すと大家さんはこう返してくれたのだ。
「こんな世界になったんだから、しんどい思いはして当然」
「あ…はい。それは…そうです。確かにそうです」
…そうだ。確かにこれは、本来なら絶望的な状況。それでも代案が浮かぶ。これも前世の知識あったればこそで…つまり俺はまだ、恵まれている。
(自分のチートに浮かれてたのかもしれないな…こんな事にも気付けないなんて)
ともかく、そうと分かれば嘆いたり謝ったりする時間も今は惜しい。一刻も早く次の行動に移らねば…という訳で。
プランを修正したついでに気も取り直せた俺達は、満を持して、外出することにした。
・
・
・
・
…と、いう訳で外に出た俺達だったのたが
…。
無双ムカデのダンジョンから帰還してほんの数時間しか経っていないのに関わらず、外の景色が大きく変わっていた。
前世で見た惨状とまではいかないが、それでもひどい有り様だ。
玄関や窓ガラスを破られた家はまだほんの数軒しか見かけていないが、その中を覗けばやはりの死体…それは人間だったりモンスターだったり。
念のため【大解析】で探知したが、家屋内に生存者はなく。
その数軒以降はモンスターに侵された家を見ないが、路上には多くの死体を見かけている。
それにも増して不吉なのは、方角によっては遠くの空が赤く滲んでおり、何本か太い煙がたち登っている事だ。消防がろくに機能しない状況では、モンスターより火災の方が恐ろしい。
ただ幸いなのは、路上の死体についてだが、人間のものが少ない事。比べてモンスターの死体は圧倒的に多数…これはきっと、チュートリアルダンジョンを発見して試練を受け、器礎魔力とMPを獲得し、俺達と違ってジョブにも就いた人々がレベルアップに励んでいるからだろう。
つまりは早速、先を越されている。
それも大勢に。しかも大幅に。
でも、それはいい。
スタートダッシュは確かに大事だが、災厄に街が完全に飲まれてしまうよりはだいぶいい。
そう思えば強者が増える事は良い事だとしなければ。お陰で道中もモンスターに煩わされる事もないのだし──と、思った矢先の事だった。
「なんだこいつ!?」
と、至近距離で誰かが毒づく。
そう、誰かが。
つまりこれは大家さんの声でなく。
声の主は、全く面識のない男だった。
「……ハァ…誰かに見られてるのは気付いてたが…」
相手の狙いが何であるのか、決定的となるまでこちらからは手を出すまい、そう決めていた。それなのに…
と、ウンザリしながら振り返って見れば一本のサバイバルナイフ。俺に突き立つはずだったそれが、宙空で静止していて。
(……いや、確かに俺は紙装甲だけどな)
【MPシールドLV7】の厚みは伊達じゃない。覚醒したばかりの者が宿す俄魔力じゃ簡単に貫けない──そう、これはもう、あれ。
「…決定的、ってやつだな。」
俺達をつけ狙い、襲ってきたのはモンスターではなく。
「く、化け物…」
「お前が言うな賊野郎」
…人間。
「…まったく」
…マジでバッドなスタートになってしまったな。
【大解析】を発動して見てみれば、襲ってきたそいつは俺よりレベルが上だった。当然だ。こちらのレベルは1どころか無し。それで不動なのだから。
でも器礎魔力値はまだこちらが上だ。ならばとナイフを握るその手を掴み、自慢の『速』魔力に身を任す。相手に俺の動きは見えてないようだ。そのまま体を入れ替えてやればほら、簡単に、
「ぐあっ、放せッ!」
関節が極まる。これでこいつは動けない。周囲に仲間らしき気配もなし。つまりは制圧完了……な、訳だが。さて。
「どうしたもんか…」
なんて。我ながら愚問だな…。
「うう、うぁ…あの!す、すみません!モンスターと間違えて…お、俺、怖くて…その…無我夢中でっ!」
「嘘だな」
「な…っ、」
白々しく弁明を始めたこの男のステータスなら既に解析済み。そこに記された文字は今も赤い。これはこっちが人間と分かった今も諦めてない、そういう色だ。
それに、レベルが既に9にまで達しているのもおかしな話だ。何故なら今の時点で町中を徘徊しているモンスターのレベルなんて高々3か4しかないはず。そんなのを何体倒してもレベルは精々が6、良く上がって7。
9にまで育つにはせめて、そのレベル6か7の個体を…しかも、何体も殺さなければならない──つまりは、
「もう殺してるんだろ人間を。それもたくさん」
「そんな!ち、違います!何を根拠にそんな──」
盗人猛々しいとはこの事だ。大家さんでなく先に俺を狙った事からもゲスな性根が透けて見えるってのに。
レベルアップだけが目的だったなら効率を重視するはず。相手の数を減らし、その過程でレベルアップすればさらに有利に戦えるからな。これは早期に染み付く定石と言っていい。
であるなら、一見すれば与し易く思える、つまりは女性である大家さんを優先して狙うはずだ。
なのに俺を先に殺そうとした。それは邪魔者を排除するため、つまりは俺さえ殺せば大家さんを好きに出来ると思ったから。どうするつもりだったかは知りたくないが、見当は付く。
「この変態野郎が…」
つか、こうして言い訳をこねくりまわしてる今でもステータスがまっ赤な段階で黒確定なんだけど。
「ほ、本当にただの手違いだったんです!信じて下さい!」
信じるわけない。言ってる今も文字が赤い。俺の不信を覆す要素なんて全くない。だから、
「もうしゃべるな」
誠実を語るが欲望に忠実。前世でよく見た手合いだ。俺は知ってる。コイツらがどれだけ人を舐めていて、どれだけ自分に都合良く人の命を量るかも。だから、
「だから!ま!待って!待てって!くそっ!てめえええ!待てっつってんだろうがあああ!!」
「怖いな。それが本性か」
「いや、こ、これはちが…そ、そうだ!ち、ちゃんと警察に行く!行きます!連れてって下さい!そこで取り調べでも何でも…だから!」
「いや、いい」
経験上こうなった人間はもう引き返せない。だから、
「一人で逝ってくれ。」
「だ…から、俺を殺す根拠を教えろよぉ!混乱してたんだって!見間違いとか手違いだとかそんなん、あんたにだってあるだろおお!?」
「そうだな。あるかもしれないな」
「だから待てってぇ!なんだよ問答無用かよおおお!?そんな簡単に人を殺すとかよおお!あんたそれでも人間──がふゅっ!」
「 だから、お前が言うなよ 」
俺はこういう奴らを絶対に許さないし、見逃さないことにしてる。疑わしきはどうとか言うのは平和な時の話と思ってる。
何故なら知っているからだ。ここで逃せばまた、罪もない誰かが殺される事を。
だから殺した。
今朝のゴブリン同様、首の骨をへし折った。痛みを感じる間も与えず葬ったのはせめてもの情け……なんて、どんだけ言葉で飾ろうと無駄だな。今の俺だって平和な世界の価値観で言えば異常だし異物なんだろう。
でも『人が人を殺す事の是非』なんてどう議論したって答えなんて出ない。前世の段階でもう、俺はそう断じている。それからは誰とも論を争う事をしなかった。だから、、
「…ぁ」
失念していた。
「ぁ…あの、大家さん、」
そう、大家さんだ。どんなに答えが出ない事でも、大家さんと語り合う事を無駄と思うなんて、そんな自分で良いわけない。
普通の感覚だったらどうしていた?非情を心掛けるにしろ、人に襲われた時にどう対処すべきか前もって相談しておくべきだったんじゃないのか。
前世の知識は確かに便利だ。でも前世の価値観まで引き摺り過ぎてはいけない。気を付けなければ…そう思っていたはずなのに──
「私なら大丈夫」
「…はい…?あの…」
大家さんは謎の物分かりの良さをまた発揮した。
「大丈夫」
そしてそのまま、何も言ってこなかった。
「…はい」
俺はそれに甘えた。我ながら情けない。こんなんで『守る』なんてよく言えたもんだ。いや、こうして悩む暇すら、もはやなくなっている。何故なら、
(……『人狩り』が始まるのはもっと先のはず…)
人狩り…モンスターを倒すよりレベルアップした人間を倒す方が経験値的に美味しいと判断した連中の凶行。
(…それがこんな早期に始まるだなんて…)
これは、かなり深刻な事態だ。前世の記憶と違ってきている事を知る俺からしたら尚更だった。
「(通信も前世よりずっと早く断絶して──)あ、もしかしてそれが原因…なのか?」
ズレが連鎖してこうなっている、そういう事か?
110番も119番も使えないなら、警察も消防もまともに機能していない事は誰にでも分かる。
それに危機感を募らせるか、解放感を感じるか、それは人次第だが、疑心暗鬼となるのは誰でも同じ。
そこで抑制が効かない誰かが暴走すれば、それは伝播する。そうなるともう、警戒すべきは犯罪者予備軍だけではなくなる。身の危険を感じればズブの素人だって暴力に走るし、器礎魔力を獲得出来る今なんてそうなるにうってつけだからだ。
つまり、この街はいずれ無法地帯に──いや、潜在的にはもうかなり深いところまで進行しているのではないか。
前世と比べて人の死体よりモンスターのそれが圧倒的多数だったのは、
(良い兆候なんかじゃ、なかった?)
経験値稼ぎに夢中な連中がどんなに頑張っても、まだ低レベルモンスターしか徘徊してないこのタイミングではレベルアップはすぐ頭打ちとなる。
つまり、それで満足出来なくなった、もしくは生存本能を刺激された者達が高レベルの人間を獲物と考え始めて……事実、こうして──
(襲ってきたこいつは、その類い…と見て間違いなさそうだな…くそ、前世と順序が逆じゃないか)
モンスターパニックよりも先に、人々の暴徒化が先に起こる、そういう事か。
「どちらにせよ…」
この街は、前世以上の地獄と化す。しかもそうなるまで時間はあまり残されてない。だから──
──今ここで、決断、しなければ。
「大家さん、あの…」
「均次くん…顔。」
「え?」
「凄くつらそう」
「…あ、…」
…つらい。確かに。さっき見せた非情の後でこれを言えば、どう思われるか…でも──
「大家さん、……街を、捨てます」
モンスターの群れが相手ならまだやりようもあった。だが暴徒化した人間相手では………心を鬼にすれば虐殺は可能だ。でも当然それはしたくない。かといって事態の収拾なんてもはや不可能だ。ならせめて、
「その前に助けたい人とか、いますか?…いや、あまり多くは──あ、すみません…」
俺は今、何て言おうとした?救いたい人はいるかと聞いて、たくさんは無理だから『選べ』、そう言おうとしたのか?
(こんなの脅迫と変わらなねぇ…最悪だ…)
しかし、そんな無神経な質問に対する大家さんの答えは、実にあっさりとしたものだった。
「いない」
なんだ、この非情?
…圧迫、されてるのか、俺は?
「そ…そうですか…いや、ホントに?気をつかってるなら遠慮しないで言って──」
まったく…『選べ』と言ったり『遠慮するな』と言ったり、大家さんから謎の圧力を感じたり…我ながらめちゃくちゃだ。本当に…俺は何を言って──
「ゴホンっ!強いて言うならっ」
あ。なんか今、弛緩した?
「あ、はいっ、出来る限りの事はしま──」
と気を取り直して聞き返した俺への返事は、これまた意外なものだった。
「均次くん、かな」
「え?俺?」
「だって危なっかしいから」
「俺が…?そうですか…あの、すみません…その…どこら辺が?俺、直しますんで…」
「どこら辺って…………それは、全部」
「全部!?」
「そう、全部。というか…根本から?」
「根本から!?」
「あのね、均次くん」
「う、はぃ」
「言って、くれたよね?絶対に私を、守るって」
「あ、え、はい、それが、何か…」
言葉の意図は分からなかったが、何故か大家さんから目が離せなくなってしまった。この人はこうして、時々謎の引力を発しては俺を硬直させる。
「……私、嬉しかった。本当に、嬉しかった。蕩けそうなほど、嬉しかった」
「え?いや、あ、え?」
いきなり……『蕩ける』?こんなの異性に言われた事ない…ぐうう、どう反応したらいい?思考から表情筋から色々!バグっちまう…っ。
「…でもね。人を丸ごと背負って守り切るなんてきっと…誰も出来ない。そんなの、均次くんだって本当は……分かってる」
…この温度差はズルい…でも。
「……………」
確かにそうだ。だって反論出来ない。大家さんを守りたい、今度こそ。そう誓って、そうしてるつもりで、だけど。今のところ裏目にしか出てないじゃないか。
「……それって肯定の沈黙、だよね?なのに均次くんは『二周目知識チートがあるんだから』って、『自分が全部出来なきゃ』って、必要以上に思い詰めてる。…無理、そんなの」
…そうか。「俺は…」
『二周目知識チート』という、少ない根拠で自分を信じ過ぎて、『守りたい』とか…聞こえのいい我を張って。つまりは、思い上がっていた…のかもしれない。
「確かに…根本的に間違ってたかもしれません…」
だからって立ち止まる訳にもいかない…ならばこれから、どうするべきか。それは…このまま。
「えっと、大家さん?」
情けないなら、ついでだ。
「はい、なんでしょう。」
言ってしまえ。俺。
「…助けて、もらえますか?」
「うん!もちろん!全力を尽くす!よ?」
「…有り難うございます」
甘えよう。大好きな人に。…そうだ。これが当たり前だった。俺だけじゃ無理だった。守り守られ助け合う。このクソゲー化した世界を生き抜きたいなら、最初からこうすべきだったのだ。
「良かったです。俺、大家さんと一緒で。本当に」
「ええ?あ、や、その…え、偉そうに言ったけど、私だって、全然…。だけど、二人で力を合わせたらかなり、いい線、いく…?」
さっきまで『バッドスタート』を悩んでいたけど。いや、実際に最悪のスタートなんだろうけども。
でも本当に良かった。この人がいて。あとは二人で力を合わせて、前へ進んで、そう、ここからは登っていくだけ。今はそう思えてるんだから。
◆◆????視点◆◆
「……?なんだ?」
今、【パス】で繋がっていた仲間の反応が一つ、消えた。
「範囲内にいたはずだ。それが急に…これは──くそ、死んだか…」
俺は、【パス】を通じて仲間の一人にこの不測を報告する事にした。
『おい』
『なんだ?何かあったのか?』
『ああ、あった。多分これは…手塚だな。殺られたぞ、あのバカ』
『はあ?手塚のレベルって確か…9だったよな?…くそ、油断しやがったかあの野郎』
『油断して死んだならまだいいがな。もしそうじゃないならまずい。俺達を普通に殺せるヤツがいるって事だ。始めたばかりで死にたくないからな。計画は変更。面倒だが狩り場を変えるぞ』
『はあ…マジか…しゃあないな…他のやつには報せたのか?』
『他の奴ら …ああ、』
言ったはずだ。計画は変更だと。
『あいつらには経験値になってもらう』
『あ?』
『全部で七人か…多いな。おい、分担して殺すぞ』
『はあ?』
『でも奇数だから等分とはいかない…どう分ける?』
『だから、はあ?おいおいお前!俺の仲間を何だと思ってやがる?中には付き合いが長いやつだって──』
『ならその付き合いの長いやつは俺が引き受けよう。譲歩だってする。お前が四人で俺が三人。これでどうだ?』
『だ、か、ら、仲間を多めに殺せてラッキー!なんて言うとでも思ってんのかこの、サイコパス野郎っ!』
『サイコパス…光栄だ。名を残した戦国武将がみんな正常な感覚の持ち主だったとでも?それに…お互い組織を裏切った身。その上で結託して人を殺した。しかも大量にな。今さら義理人情を気取って何になる?』
ここで返事に遅れるようならコイツもいらない。
『……、でも、だからってそんな、』
ダメか。
なら経験値にするだけだ。
『いや、…そうだな。分かった。ここは有り難くぶっ殺すとしよう』
ふん…まだ使えそうか。
『割り当てた四人の位置は【パス】で伝える。その中にはアイテムを手に入れたヤツもいるかもしれん。だから殺した後はちゃんと確認して回収すること。いいな?』
『…了解だ。ハァ…開き直れば人間なんてこんなもんかぁ…でもまぁ、正直楽しいんだよな。ワクワクっつーか、童心に帰ったっつーか、』
『なにを言ってるんだお前は…』
まったく。使えるかと思えばただの馬鹿だったとは。
『…まあいい。無駄話はやめて速攻で終わらすぞ。時間をかければ勘づくやつもいるかもしれん』
『了解だ。四人殺したら例の場所で待つ。お前も残りを殺した後…もしくは手こずる場合は連絡しろ』
『分かった』
『ぃ、よしッ、やったるかぁっっ!!待ってろよぉ、経験値ちゃーーん♪』
「ハァ…」
【パス】を切った俺はつい、溜め息をついてしまった。
「…ホントの馬鹿か。まぁ贅沢は言えん。俺もゆくとしよう…」
そして走り出す。そのままビルの屋上から空中へ飛び出した。そして隣の屋上に難なく着地。それを何度も繰り返す。こんなに軽々と…嗚呼、たまらない。
夢じゃない。俺は超人になれたのだ。
通信が使えず。試練を終えてないヤツは外に出れない。なのにモンスターは建物内に押し入れる。そんな状況であの『階段』を誰より先に見つけた俺は、最高に運が良かった。
器礎魔力とやらを得たあとはすぐにあの『階段』は隠蔽したからな。同僚達はその存在にすら気付けていまい。今も閉じ込められたままだろう。
「…いや、もう全員死んだかもな……ハ、もしそうなら……最高だッ!」
この町は最悪の無法地獄に堕ちるだろう。勿論知った事ではない。俺一人ならどうとでもなる。今ではジョブレベルも上がって、徘徊してるモンスターなら敵にもならない。その代わりどんなに倒しても経験値にならなくなってきたが…
なら、経験値になるヤツを養殖すればいいだけだ。
俺を仲間と信じた連中を育てては狩る。それを繰り返す。俺だけが強くなるというシステムだ。単純で地味だが着実ではある。
十分強くなれたら次はダンジョンの攻略を目指すとしよう。あそこのモンスターは強かった。強すぎて撤退したが、あそこでモンスターを狩れるようになれば、さらに効率的なレベルアップを見込めるはずで…
そうだ。このままずっと先行し続けてやる。
誰にも追い付かせない。頭打ちになった時はまた養殖すればいい。育てて殺す。それを繰り返すだけのこと。
「それにしても…童心に帰る、だと…?」
笑わせる。退行してどうする。これは進化であり、感じるべきは万能感だ。
そうだ。俺は予感している。レベルアップを進化に例えるなら、それを突き詰めれば万能の存在に…神に等しい力だって得られるかもしれない。
神話によるが、神々は天罰と称しては大地を割り、海を溢れさせ、雷を降らせた。種の絶滅なんて余裕で視野に入れて好き放題だ。
そう、神はただただ強い。それで全てが許される存在。そんな、いたかどうか分からない存在になりだがっている俺は、ヤツが言う通り異常者なんだろう。
「でも、今の世界はどうだ」
ただ強い。それだけで何をしてもいい時代になろうとしている。なら勝ち残る事を何より優先して何が悪い?
だがまあ、実際は言葉で言うほど簡単じゃないのだろう。さっきみたいに…
「…手塚を殺したヤツら…何者だあれは…人間なのか?」
あれは…モンスターか人間かすら不明な…ともかく異常だって事しか分からなかった。でもこんな世界になったのだ。こういったイレギュラーはあって当然だろう。
「それでも俺は負けないがな」
手塚が残したビジョンを元に、ヤツらの魔力波長ならちゃんと【捕捉】で記憶してある。これで【パス】の範囲内ならいつでも感知可能だ。
つまり、やつらがどれ程の格上だったとしても逃げに徹しさえすれば捕まる事はなくなった。
俺はもう決めている。勝てる確信が得られるまでは危険因子には絶対に近付かないと。そのために今から大きく場所を移す事になってしまうが、勝てると確信出来たその時になれば…
「待っていろ…旨そうに育ったら食ってやる…く、くく…そうだ…みんな、俺の餌だ」
モンスターも。
人間も。
俺以外は全部、餌だ。
それを悪と呼ぶなら呼ぶがいい。
どんな悪だろうと最強になれば?
「くく…許される。たまらんなまったく…そうだ待っていろ。すべての餌ども」
俺の悪は、良いスタートを切ったぞ。