夏休み。すずは毎日逢いに来てくれた。

「今日はねー、懐かしのけん玉持ってきたの」

 杖をつかねば歩けぬほどに弱った俺が、家の中でも退屈しないようにと、毎回何かしらを携えて。

「けん玉?膝使えない俺の方が不利じゃね?」
「そんなことないよ。私さっき家で練習してみたけど、大皿にも乗せられなかった」

 ほい、と渡され受け取って、ベッドの側面で糸を垂らす。

「よいせっ」

 たったの一発でけん先に玉を入れた俺を見たすずは、これぞガーンという顔をしていた。

「な、なんでそんなあっさり入れられんのよっ」
「知らね。昔児童館とかでよくやってたからかな」
「そんなの超、前のことじゃん!」
「身体は覚えてるもんなんだなあ〜」

 悔しそうにぶくっと膨れるすずを見れば、ああ可愛いなあと癒される。けれどその間もずっと、腹部には痛みを感じていた。

「ごめん、すず。ちょっと休憩」

 たったの数分遊んで笑っただけなのに、鈍痛走る自分の身体に嫌気がさす。

「岳、痛み止め飲んだ?」
「うん、もう飲んだ。次のは少し時間空けないと……」

 トイレも自力では行けなくなり、俺は一日の大体をベッドの上で過ごす。両親にかける迷惑が、日毎に俺を苦しめる。

「なあ、すず。俺、緩和ケア病棟に入るかも」
「緩和ケア?」
「うん。治療目的じゃなく、痛みを和らげることに専念する病棟。風呂とかトイレとか、親にだいぶ頼っちゃってるからさ」

 そこに行けば、もう俺はここへは戻って来られない。途端に涙ぐんでしまうのは、幼い頃に描いた壁の落書きとも、床につけたあの傷とも、もう全部全部、お別れだから。

 すずの家まで十三歩。それももう、おしまい。

「岳」

 咽び泣く俺を、すずは優しく抱きしめてくれた。

「岳の居場所がどこであったって、私は毎日岳に逢いに行く。岳の側にいつも私はいるんだってこと、忘れないで欲しい」

 とんとんと俺の胸を指で突ついて、ふわりと桜のように笑う彼女。

「ちなみに、岳のここにもいるからねっ」

 最期のその瞬間まで、すずは俺の心の中で笑っていた。