忍び泣く私の前、岳の口からカリッと小さな音がした。もしかしたらいつだかに私があげた飴を、舐めていたのかもしれない。

「すず、来て」

 自身の腰辺りのシーツを叩き、私に移動するよう促す岳。私がそこに座れば視線を交わす。

「俺が癌だって言われたのは今年の三月。桜の蕾が少しずつ(ひら)いた頃だった。そのタイミングですずに告白したけど、やっぱだめでさ。俺、その時決めたんだ。死ぬまでにぜってえすずを振り向かせてやるって」
「だから入院もしないの……?放射線治療とかすれば治るんじゃないの?」

 岳はううんと首を横に振る。

「もう治らないよ、すず。俺は末期だから」

 その瞬間、頭に岩でも打ち付けられた衝撃を覚えた。

「治療はもう微かな延命にしか過ぎない。そんなことで入院なんかしていられないよ。だったら俺はすずの側にいたい。この十三歩の距離から遠いところへ行きたくない。余命を言われている人間が好きな子を掴みにいくなんて、相手からしたら迷惑だよな。だけどすずは知ってるだろう?俺が我儘だって」

 ははっと岳は照れ笑うけれど、私は涙腺が崩壊していった。

「すずへの愛が、死ぬことへの恐怖から俺を解放してくれたんだ。すずを想えば強くいられた。すずを愛せて幸せだった」

 まるで最期の言葉を残すかのようにそう言われ、胸が詰まる。

「死なないで、岳っ……」

 五年後も十年後もその先も。私は岳の側にいたい。

 慣れ親しんだ香りが鼻からすとんと落ちてきて、岳に抱きしめられたのだと分かった。くぐもった声で、岳は言う。

「まだ死なねーよバーカッ。やっとすずと両思いになれたんだ。俺、お前とやりたいこといっぱいある」

 私は「なに?」と掠れた声で聞いた。

「えっと。チュウでしょハグでしょ、あとエッ──」

 私はバコンと岳を叩く。彼は両手で頭を押さえた。

「イッテエなこっちは病人だぞっ。労われよっ」
「岳が変なこと言うからでしょ!?」
「まだ最後まで言ってねえよっ」
「でも言おうとしてたっ!」

 こんなにもお互い潤んだ目なのに、やり取りされるのは漫才じみたトーク。涙と共に笑みが溢れる。

「じゃあ改めて、お前に告白していい?」

 はにかみながらうんと頷き、私は背筋を伸ばした。

「大好きだよ、すず。俺と付き合って」

 真っ直ぐな岳の瞳。素直な想いを彼に届ける。

「私も、岳が大好き」