「ちょっとすずっ、どこ行くのっ?」

 散々打ちひしがれて、どん底まで気分が沈んで。次に顔を上げたのは夜十一時。

「岳んち!」
「え、今から!?」

 いくら昔からの馴染みの仲だといえ、無許可で訪問する時間ではないと分かっている。だけど岳に逢わずにはいられなかった。

 癌だなんて余命だなんて、そんなの嘘だよって岳が笑ってくれなきゃ、私の寿命が縮まってしまうよ。

「あらすずちゃん、こんな遅くにどうしたの?」

 岳の家までの十三歩。今日は大股しか使わなかったから十歩で着いた。突然のインターホンに扉を開ければ、息を切らせる息子の幼馴染が現れて、岳の母親は戸惑っていたかもしれない。たったこれだけの距離で、どう息など切れるのかと。

「が、岳いますか!?」
「岳?いるけど」
「岳の部屋、上がってもいいですか!?」

 そう聞くと、彼女の顔つきが変わったから鳥肌が立った。

「岳はもう、すずちゃんの知ってる岳じゃないからね。四月から学校にも行けないほど、一気に体調が悪くなったの」