「岳の親って甘くない?」

 もうすぐ夏休み。岳の籠城は続いている。私は彼のせいで桜が嫌いになった。

「四月から三ヶ月以上も息子が学校行ってないんだよ?なんで許せるの?普通さ、引きずってでも学校行かせない?」

 食卓へ腰掛けそう言うと、母親も目の前の椅子へと腰掛けた。

「もしかしてすず、なにも知らないの?」
「はあ?」
「あんたが毎朝岳ちゃんの家に向かって話かけんのは、お見舞いの一種だと思ってたんだけど」
「お、お見舞い?」

 お見舞いとはなんだっけ、とぽんこつな脳みそが一瞬忘却しそうになるが、すぐに病人などを訪れて慰めることをいうのだと思い出す。そしてこう思う。

「岳を見舞う必要なんかないじゃんっ。どこも悪くないし、痩せたのもハンガーストライキなんだから」

 私のその言葉で、母親が口元を覆った。

「岳ちゃん、痩せちゃったの……?」
「少しね」
「もうあまり、食べられないってこと……?」

 真剣な面持ちの母親に、ごくりと唾を飲む。

「岳ちゃんがあんたに話してないなら私から言うけど、落ち着いて聞いてね」

 真冬のように凍てつく空気。ざわわと吹く風が心を渦巻く。

「岳ちゃんはね、膵臓癌(すいぞうがん)なの」

 私の脳みそは相も変わらずぽんこつで、膵臓とはなんだっけ、癌とはなんだっけと考え始めた。

「膵臓癌は、見つかった時点で手遅れなものがほとんどなの。五年後の生存率だけをとってみても、数ある癌の中で一番低い数字なの」

 ぐるぐる()ねくりまわされる、頭の中。五年後ってなんだっけ、生存率ってなんだっけ。

「岳ちゃんは、もう余命を言われてるのよ」

 余命って、一体なんだったっけ。