またクリスマスソングか流れる季節がやってきた。
 私たちは4年生になり、就職を決め、あとは卒論を書き上げて卒業するだけになっていた。12月の飲み会、忘年会はいつも通り盛況で、2年生も3年生も先生も楽しく飲んでいる。私は、この空間がやはり好きだった。

 「美波ちゃんは? 2週間後どうするの? よかったらオレと…。」

 「今年は彼氏いるからパス! 卒論もあるし、去年みたいに楽しんでばかりもいられないじゃない。」

 ペーさんは相変わらずクリスマスを共にする、彼女候補を探している。探すというよりあさる(・・・)というほうが適切かもしれない。

 「じゃあ舞音ちゃんは?」

 「じゃあって失礼な! 今年は卒論あるからクリスマスどころではありませ〜ん!」

 盛大に振り払って、2杯目のハイボールを飲み干す。ビールも飲んでいるから今日はすでに3杯飲んでいる。今日はいいだけ飲むと決めていた。この忘年会が終わったら卒論を書き上げるまで断酒と決めている。一年前と変わったことといえば、毎日缶ビールを飲んでいる私がそのくらいの覚悟を決めないと、卒論は終わらないとわかったくらい。結局、彼氏はこの一年、できなかった。

 「龍仁は?」

 「おれは女じゃないけど。まあ、無理だね。」

 「おまえ、この前別れたって! あっ。」

 龍仁が別れた。
 それは初耳だ。去年、他学部のひとつ上の先輩と付き合って、4年生になってからも、卒業した彼女さんの家に泊まりに行ったり、2人で旅行に出かけたりしていた。仲がいい話しか聞いてなかったから、別れるなんて思っていなかった。

 「ペーさん口軽っ! そんなんじゃ一生彼女できねぇよ。」

 私も美波も、3年間ずっと思っていたことをピシャリと言ってくれて、2人でこっそりうなずいていたことは、ペーさんには内緒だ。
 うなずきでたるむ首の肉に、トクトクと脈を感じた。こんなところで自分の心臓を感じることなんてないのに。トクトクは首にとどまらず、胸にも、掘りごたつで圧迫された太ももにも感じていた。


 「おー、よく来たな! 舞音、乾杯の準備ー。」

 先生の声で、入口をのぞくと、キョーコさんとキョースケさんが2人並んでやって来ていた。ゼミの飲み会にOB、OGがやって来ることは珍しくないが、関西に就職した2人が来てくれたのは初めてだった。空になったハイボールをビールに持ち替える。2人は先生に挨拶をして、私の隣に入って来てくれたところで、乾杯の音頭をとる。

 「舞音、成長したな!」

 「来てよかったぁ!」

 すべての注文を龍仁に取られて存在感をなくしていると思っていたが、飲み会における私なりの「居カタ(いかた)」を教えてくれた2人に褒められて、頬がほてってくる。

 「キョーコさん、うまくいってますか?」

 「キョースケと? ご覧のとおり、うまくいってるよ。1月から京都で同棲するんだー。」

 キョースケさんの話をするキョーコさんは、1年前とはちょっと違う、乙女だけど安心感がある、大人な幸せの中にいる顔をしている。隣にいるだけで幸せをもらえそうだ。

 「結婚するんですか?」

 「いやー、まだね。でもしたいなぁって話してて、親にも挨拶してるし、しない理由無くない? ってなったの。」

 学生、彼氏彼女とは全然違う次元で考えている2人は、雲の上のような存在だ。
 飲み会はいつものとおり各々過ごす時間となる。キョースケさんはペーさんや龍仁たち男子の後輩とかなりのペースで飲んでいて、キョーコさんは2年生の女子たちと恋バナをしている。そんないつもの飲み会を、ただ眺めているのが幸せだ。


 最後のカシスオレンジ(カシオレ)で今年最後の乾杯をして、今年最後の酒を飲み干して、私の卒論への準備が整った。

 「舞音ちゃんも二次会、どう?」

 「いや、明日から頑張らないといけないから、ごめんなさい。」

 4年生と来てくれた先輩で二次会に行くようで、美波に誘われたが、私の決意は揺るがなかった。正直、キョーコさんとキョースケさんとは話したいというか一緒に居たかったけど、それは卒論を書き上げて同じステージに上がってからでもいいかなって思った。

 「舞音ちゃん! 駅まで歩こう!」

 ひとり歩いていると、後ろからキョーコさんが走ってついてきてくれた。

 「ホテル、駅前なんだ。私は先に休んでようと思って。」

 「はい! 一緒に行きましょう。」

 キョーコさんの笑顔に思わず頬が熱くなる。図らずも叶った2人の時間になにを話そうか。

 「ねえ、ホントのところ、どうなの?」

 「え?」

 「龍仁と! いい感じなの?」

 「えええ! いや〜なんのことだか…。」

 衝撃発言に耳を疑った。「龍仁といい感じ」とは…。

 「ずっと、龍仁、舞音ちゃんのこと見てたよ。」

 「え!!」

 そんなところまで観察しているとは。さすがキョーコさん。

 「顔赤いぞ〜。ふふふ。もうお付き合ってるのかと思ってた。」

 そんなことはないと、丁寧に丁寧に説明する。龍仁はただの同期で、私は彼氏を作っている場合ではないのだ、と。

 「龍仁も、舞音ちゃんの顔もその慌てぶりも、そうだと思うんだけどなぁ〜。」

 「だから違いますって!」

 全力で否定しているうちに、冷たかった頬は熱を帯び、手袋の下は汗ばんできた。もともとイケてる系だったけど、私に向かってこんなに「恋バナ」を仕掛けてくるのも珍しい。

 「そうなのか。うーん、じゃあ違うなら…。」

 駅までの道はあっという間で、もう信号1つでホテルというところに来たとき、キョーコさんの恋バナは急に優しく穏やかになった。

 「『違う』って言うなら、仕方ないけど。後悔、しないでね。大学卒業しちゃったら、ただの同期とはなかなか会えなくて…。遠くに就職したらなおさらね。去年の私がキョースケに何も言っていなかったらって考えると、この幸せは、人生はないんだなって、ゾッとするの。大事な後輩ちゃんにそんなことしてほしくないから、一緒に居たいならちゃんと言うんだよ!」


 キョーコさんはキョースケさんが好きだと言っていた。だからこういう未来がある。でも、龍仁はやっぱりただの同期。ペーさんや美波と変わらない。一緒に学ぶ仲間だ。卒業したって、また飲み会に来れば会える気がするし、会いたかったら向こうから誘ってくるに違いない。
 それが私にとっての龍仁。
 キョーコさんの捨て台詞は頭の中を駆け巡るけれど、同じくらい、自分のつまらない持論もグルグル巡り、ホテルから駅までを一人歩いた。さっきまでの熱は、師走の空に溶け出ていってしまったみたいに、寒さがこたえる夜だった。