翌日。まずは予定通り飛行機で岩手県に入り、龍仁の家で1泊した。特にこれといったデートではなく、普通の家にいる感覚だった。想定と違うのは家事はすべて龍仁がやってくれることくらい。手際よくもてなされているうちに、車で福島にやってきた。
「なんで郡山に?」
「まぁ、どうしても食べてほしいものがあって。」
「ふーん。」
それを食べたら未来の話をしたくなるんだろうか? 焦っている気持ちを最大限隠してなんとなーく答えて助手席でカフェオレをすする。
「この信号の先にある団子屋なんだけど、駐車場ないから舞音買ってきてくれる? 買うのは任せるから。」
「わかったよ。」
「じゃあ一周してくるから、終わったらここで待ってて。」
降ろされたのはそこだけ江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気のある「栄庵堂」というお店だった。
「こんにちは〜。」
中に入ると雰囲気は一変。和風であることに変わりないが、伝統と新しさが融合する、木目と白を基調とした明るい店内だった。
龍仁は「団子屋」と言っていたけど、どちらかというと「和菓子屋」という雰囲気。団子もカウンターに何種類かあるけど、隣のショーケースに入っている和生やどら焼きも美味しそうだった。
「これ、ください。」
目移りしたけど、龍仁が待っているので直感を信じ、期間限定のいちごどら焼きと、みたらしとあんこがセットになったお団子、そして車でも食べやすそうな一口サイズの羊羹を買って車に戻った。
「おかえり。何買った?」
「どら焼きと羊羹とお団子。」
「どら焼きか、いいね。」
そのまま近くの公園に車を停めて、お菓子をいただくことにした。
まずはどら焼きから。ふわふわの生地に甘さ控えめのあんこ。期間限定のいちごソースは酸味が効いていて甘いだけではない大人のお菓子となっている。
「おいしい。」
今まで何度もどら焼きを食べたことがあるのに、こんな幸せな気持ちになれるのは初めてかもしれない。思わず頬に手をあて落ちないようにしながらぺろっといただいた。
「なんでずっと見てるの?」
龍仁はそんな私のことをずっと見ている。手に持ったいちごどら焼きはまだ封が開いていない。
「おいしそうに食べるの見てるのが幸せだから。オレにとってはいつものおやつだったからさ。」
龍仁はやっといちごどら焼きを開け、一口ふた口、食べ進める。
「龍仁はどら焼き食べながらどんなこと考えてる子どもだったの?」
え? という顔をしながらも、ニコニコと話し始めた。
「本当に子どもの頃は『おいしい』『たのしい』だけだった。団子を売りにしてるけど、やっぱり一番はどら焼きなんだよな。」
おいしいお菓子の話なのに、どんどん節目がちになっていく。
「小学生とかになると、クッキーとかポテチとか、洋菓子がうらやましくてね、結局食べるんだけど、お菓子が栄庵堂だと『またかよ』って思うことがほとんどになってね。親には迷惑かけてたと思う。」
2人ともどら焼きを食べ終わり、お団子が入ったオリの輪ゴムを取る。
「お団子って、あんことみたらしだけなの?」
「うん。基本はそうだね。たまにずんだとかも出すけど、やっぱりあんことみたらしに戻るんだよね。」
「へー。」
串に3つ刺さった「ザ・団子」というような大きな団子にかぶりつく。とても一口では飲み込めない大きさで、歯形がついてしまった。
「すごいふわふわ。作りたてなのかな? お団子が私は一番好きだな。」
「嬉しいな。ちょっと食べにくいけど、おいしいよね。」
「でも、この満足感は他にはないと思うよ。」
パクパク、というほど早くもないが、どんどん食べ進めるのを龍仁にじっと見つめられている。
「団子食べてる舞音、かわいいね。」
「え? そう?」
「かわいい」と言われたのは初めてな気がして、こちらの方が照れてしまう。「かわいい」という龍仁は笑顔だったのに、その後どんどん雲がかかっていく。
「これ、うちのお菓子、なんだ。」
「いいね。こんなの家で食べれるなんて。」
龍仁はキョトンとした顔をしている。
「だから、オレの実家。栄庵堂なんだ。」
「そうなんだ。」
うらやましい。
私の両親はサラリーマンで、「実家は何」と言えるものがない。そもそもずっと賃貸で高校を卒業した時に実家も引っ越したから、小さい頃を過ごした「実家」というものもない。
あの店で龍仁は大きくなって、あの店に帰っていたんだと思うと、胸がぽかぽかと温かくなってくる。
「え? 驚かないの?」
「なんで? 素敵じゃない。いいお店だったよ。」
龍仁は怪訝な顔をして口をモゴモゴ、何か言いたそうにしている。
私が団子を食べ切るまでしばらく沈黙が続いた。
「それで、オレ、後継ぎ、なんだ。」
龍仁のみたらし団子からみたらしがポロっと落ちた。龍仁もガクッと膝に向かってうつむいている。
「オレと結婚したら、郡山に、栄庵堂に住まなきゃいけなくて。仕事も辞めて修行しなくちゃいけなくて。そんなこと、舞音にさせるわけにはいかないから、どうしたらいいかわからなくて。」
他にもぐだぐだ言っているが、結局はそういうことらしい。だから好きと表現したり、結婚する未来を言えなかったり。
今の時代、「後継ぎ」なんていう制度無くならないかと待ってみたものの、全然なくなる気配もなく、今の店主であるご両親が店を切り盛りできるのもそう長くはなくなってきているとのことだった。
「なんでわからないの? 一緒にいればいいじゃない。」
「だから、なんでわからないの? オレと結婚したら、舞音仕事辞めなくちゃなんだよ。縁もゆかりもない郡山に、栄庵堂に縛りつけたくないんだよ。」
「じゃあ龍仁は私と別れたいの?」
そう言うと龍仁は黙ってしまった。
「私は別れたくないよ。」
「オレだって別れたくない。」
またみたらしが龍仁の膝に落ちた。
「じゃあ、結婚しない?」
「だから結婚したら…。」
龍仁はまた困った顔をして斜め下を見つめてくる。
「好きな人と一緒にいられる、それだけでいいじゃない。私はそれがいい。」
最後に残った羊羹を手に取りながら、そう言った。龍仁はようやく顔を上げて私にやさしいまなざしを送る。
「本当に?」
「うん。」
首を大きく振ってうなずく。
「じゃあ…。」
龍仁はみたらし団子を持った手を膝につけ、ピッと背筋を伸ばした。
「結婚、しよう。」
「うん。」
「よかった。」
龍仁は肩の力が抜けて、天を仰ぐように安堵の声を漏らしている。
「龍仁はどんな未来考えてたの?」
「えー? 舞音は?」
「私? 子どもがいる未来とか。」
龍仁はうんうんとうなずきながら、持っていたみたらし団子を食べ、膝に落ちたみたらしをティッシュで拭った。
「じゃあ、このままもう一回、栄庵堂行ってもいい?」
「いいけど、なんで?」
「うちの両親に会ってほしくて。」
「そ、そっか! その展開…、ああ予想しておくんだった…!」
少し考えればわかる展開だったのに、あたふたとサイドミラーで髪型を確認し、リップを塗り直す。
「大丈夫。充分かわいいし、オレみたらし落としてるし。」
2人で笑いながら顔を見合わせる。
「じゃあ行くよ。」
「うん。」
私と龍仁、2人の人生をスタートすべく、アクセルを踏んだ。
「なんで郡山に?」
「まぁ、どうしても食べてほしいものがあって。」
「ふーん。」
それを食べたら未来の話をしたくなるんだろうか? 焦っている気持ちを最大限隠してなんとなーく答えて助手席でカフェオレをすする。
「この信号の先にある団子屋なんだけど、駐車場ないから舞音買ってきてくれる? 買うのは任せるから。」
「わかったよ。」
「じゃあ一周してくるから、終わったらここで待ってて。」
降ろされたのはそこだけ江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気のある「栄庵堂」というお店だった。
「こんにちは〜。」
中に入ると雰囲気は一変。和風であることに変わりないが、伝統と新しさが融合する、木目と白を基調とした明るい店内だった。
龍仁は「団子屋」と言っていたけど、どちらかというと「和菓子屋」という雰囲気。団子もカウンターに何種類かあるけど、隣のショーケースに入っている和生やどら焼きも美味しそうだった。
「これ、ください。」
目移りしたけど、龍仁が待っているので直感を信じ、期間限定のいちごどら焼きと、みたらしとあんこがセットになったお団子、そして車でも食べやすそうな一口サイズの羊羹を買って車に戻った。
「おかえり。何買った?」
「どら焼きと羊羹とお団子。」
「どら焼きか、いいね。」
そのまま近くの公園に車を停めて、お菓子をいただくことにした。
まずはどら焼きから。ふわふわの生地に甘さ控えめのあんこ。期間限定のいちごソースは酸味が効いていて甘いだけではない大人のお菓子となっている。
「おいしい。」
今まで何度もどら焼きを食べたことがあるのに、こんな幸せな気持ちになれるのは初めてかもしれない。思わず頬に手をあて落ちないようにしながらぺろっといただいた。
「なんでずっと見てるの?」
龍仁はそんな私のことをずっと見ている。手に持ったいちごどら焼きはまだ封が開いていない。
「おいしそうに食べるの見てるのが幸せだから。オレにとってはいつものおやつだったからさ。」
龍仁はやっといちごどら焼きを開け、一口ふた口、食べ進める。
「龍仁はどら焼き食べながらどんなこと考えてる子どもだったの?」
え? という顔をしながらも、ニコニコと話し始めた。
「本当に子どもの頃は『おいしい』『たのしい』だけだった。団子を売りにしてるけど、やっぱり一番はどら焼きなんだよな。」
おいしいお菓子の話なのに、どんどん節目がちになっていく。
「小学生とかになると、クッキーとかポテチとか、洋菓子がうらやましくてね、結局食べるんだけど、お菓子が栄庵堂だと『またかよ』って思うことがほとんどになってね。親には迷惑かけてたと思う。」
2人ともどら焼きを食べ終わり、お団子が入ったオリの輪ゴムを取る。
「お団子って、あんことみたらしだけなの?」
「うん。基本はそうだね。たまにずんだとかも出すけど、やっぱりあんことみたらしに戻るんだよね。」
「へー。」
串に3つ刺さった「ザ・団子」というような大きな団子にかぶりつく。とても一口では飲み込めない大きさで、歯形がついてしまった。
「すごいふわふわ。作りたてなのかな? お団子が私は一番好きだな。」
「嬉しいな。ちょっと食べにくいけど、おいしいよね。」
「でも、この満足感は他にはないと思うよ。」
パクパク、というほど早くもないが、どんどん食べ進めるのを龍仁にじっと見つめられている。
「団子食べてる舞音、かわいいね。」
「え? そう?」
「かわいい」と言われたのは初めてな気がして、こちらの方が照れてしまう。「かわいい」という龍仁は笑顔だったのに、その後どんどん雲がかかっていく。
「これ、うちのお菓子、なんだ。」
「いいね。こんなの家で食べれるなんて。」
龍仁はキョトンとした顔をしている。
「だから、オレの実家。栄庵堂なんだ。」
「そうなんだ。」
うらやましい。
私の両親はサラリーマンで、「実家は何」と言えるものがない。そもそもずっと賃貸で高校を卒業した時に実家も引っ越したから、小さい頃を過ごした「実家」というものもない。
あの店で龍仁は大きくなって、あの店に帰っていたんだと思うと、胸がぽかぽかと温かくなってくる。
「え? 驚かないの?」
「なんで? 素敵じゃない。いいお店だったよ。」
龍仁は怪訝な顔をして口をモゴモゴ、何か言いたそうにしている。
私が団子を食べ切るまでしばらく沈黙が続いた。
「それで、オレ、後継ぎ、なんだ。」
龍仁のみたらし団子からみたらしがポロっと落ちた。龍仁もガクッと膝に向かってうつむいている。
「オレと結婚したら、郡山に、栄庵堂に住まなきゃいけなくて。仕事も辞めて修行しなくちゃいけなくて。そんなこと、舞音にさせるわけにはいかないから、どうしたらいいかわからなくて。」
他にもぐだぐだ言っているが、結局はそういうことらしい。だから好きと表現したり、結婚する未来を言えなかったり。
今の時代、「後継ぎ」なんていう制度無くならないかと待ってみたものの、全然なくなる気配もなく、今の店主であるご両親が店を切り盛りできるのもそう長くはなくなってきているとのことだった。
「なんでわからないの? 一緒にいればいいじゃない。」
「だから、なんでわからないの? オレと結婚したら、舞音仕事辞めなくちゃなんだよ。縁もゆかりもない郡山に、栄庵堂に縛りつけたくないんだよ。」
「じゃあ龍仁は私と別れたいの?」
そう言うと龍仁は黙ってしまった。
「私は別れたくないよ。」
「オレだって別れたくない。」
またみたらしが龍仁の膝に落ちた。
「じゃあ、結婚しない?」
「だから結婚したら…。」
龍仁はまた困った顔をして斜め下を見つめてくる。
「好きな人と一緒にいられる、それだけでいいじゃない。私はそれがいい。」
最後に残った羊羹を手に取りながら、そう言った。龍仁はようやく顔を上げて私にやさしいまなざしを送る。
「本当に?」
「うん。」
首を大きく振ってうなずく。
「じゃあ…。」
龍仁はみたらし団子を持った手を膝につけ、ピッと背筋を伸ばした。
「結婚、しよう。」
「うん。」
「よかった。」
龍仁は肩の力が抜けて、天を仰ぐように安堵の声を漏らしている。
「龍仁はどんな未来考えてたの?」
「えー? 舞音は?」
「私? 子どもがいる未来とか。」
龍仁はうんうんとうなずきながら、持っていたみたらし団子を食べ、膝に落ちたみたらしをティッシュで拭った。
「じゃあ、このままもう一回、栄庵堂行ってもいい?」
「いいけど、なんで?」
「うちの両親に会ってほしくて。」
「そ、そっか! その展開…、ああ予想しておくんだった…!」
少し考えればわかる展開だったのに、あたふたとサイドミラーで髪型を確認し、リップを塗り直す。
「大丈夫。充分かわいいし、オレみたらし落としてるし。」
2人で笑いながら顔を見合わせる。
「じゃあ行くよ。」
「うん。」
私と龍仁、2人の人生をスタートすべく、アクセルを踏んだ。



