青春卒業旅行

 「ここで降りるよ。あと歩いて10分くらい。」

 「りょうかい。」

 地下鉄の終着駅を前に、私が声をかけると、龍仁は指輪端末で映していた地図をとりこんだ。このゴールデンウィークは2人そろって10連休をとることができていた。前半は私が住む札幌で過ごし、後半は龍仁の盛岡へ。まずはお互いが住む街を案内しようという予定だった。
 札幌で案内したいところはいくつも考えていたけど、私が風邪をひいていたおかげで、もう今日しか観光できない。1か所だけ行くとしたら、と絞り込んだのが恋人パークだった。
 チョコレートの工場見学ができるテーマパークらしいが、ネーミングからひとりで行くことはためらっていた場所、NO.1(ナンバーワン)。他の候補はひとりでも行ったことがあるが、ここだけは行ったことがなく、龍仁と行きたいと思っていた。

 「こっち、こっち。」

 龍仁は龍仁で行きたいと思ってた場所ということもあり、地下鉄を降りてからは指輪端末の地図をもとに龍仁が先導する形でパークにたどり着いた。

 「わあ、きれい。」

 さすが「恋人パーク」。名前の期待を遥かに超えるデートスポットだ。お菓子の家のような外観はもちろん、本格的なガーデニングで色とりどりのハートを表現しているところがいくつもある。

 (写真でも、撮らない?)

 「じゃあ、中、入ろうか。」

 龍仁は私の一歩前を歩いている。
 出てきた言葉は飲み込んで、コクリとうなずき龍仁の後ろについて行った。

 時はゴールデンウィークの2日目。皆考えることは似ていて、パークはとても混んでいた。龍仁は私のことを振り返りながら常に一歩前を歩いていた。私は人混みにまた龍仁が消えるのが怖くて、何度も手を伸ばしたけど、絶妙に届かない。

 「ちょっと休もうか。病み上がりなのに、無理してない?」

 「ううん、全然。私もここでお茶したいと思ってたの。」

 20分待ってようやく案内された席はカウンターの横並び。ひとり客が使うことを想定してか少しイスの距離が離れている。少し龍仁のほうに寄せて座るが龍仁はそのままの場所に座っている。

 「このパフェ、美味しいよ。」

 「さすがチョコレート工場だね。」

 ちょっとパフェのコップを龍仁に寄せてみるが、龍仁はそのまま自分のブラウニーをパクパク食べている。
 なんなんだろう、この気持ちは。
 美味しくて、楽しくて、幸せこの上ないはずなのに、心の底から笑えない感じ。そのもやはパフェの底が見えても濃くなる一方で、とうとうそのまま、薄い膜が張ったホットミルクを飲み干してしまった。

 (席を立たないといけないのか。)

 2つ並んだイスを眺めているうちに、龍仁は一歩先に会計を済ませてしまっている。「じゃあ後半も見ていこうか」なんて言いながら先を歩いている。

 「ねえ。」

 「どうした?」

 「また来るかな?」

 お菓子に合わせる茶器を展示しているところで龍仁に話しかけてみた。

 「うん。いいところだもんね、また来たいね。」

 立ち止まって茶器を見ながらこたえてくれた。その隙に今度は私が龍仁の半歩前に進む。

 「そのときは、私たち、どうなってるんだろうね。」

 下の段の茶器に目を合わせながら聞いてみた。私たちが話しているその後ろを膝丈くらいの女の子を連れた夫婦が追い越して行った。

 「どう、って。」

 「あんな風になっていたりとか…。」

 直接指差すのは失礼すぎるから、ガラスケースに写った家族のほうに目配せをして、それとなく示してみた。
 龍仁は家族の奥にある茶器を見つめたままだった。

 「私はあんな風になりたいな、とか考えることもあるんだけど、龍仁は考えたりしないの?」

 あまりに質問攻めしてしまうのも嫌だけど、龍仁に気持ちが伝えられた今となっては、言わない後悔の方が勝ると、心で決心をつける前に口が動いてしまう。

 「あるよ。」

 よく聞いて注目していないとわからないくらいの声で龍仁がつぶやいた。

 「舞音との未来、考えること。」

 私の口角は上がり、龍神の目線は下がっていく。

 「今日は飲む?」

 「う、うん。私も元気になったし、そのつもりだった。」

 「じゃあ飲んでから話そう。そのほうがいい。」

 龍仁はそう言いながらまた私の一歩前を歩き始めた。

 *

 私たちにとって初めての札幌外夜ごはんにして、このゴールデンウィーク最後の札幌外夜ごはんは、ベタにジンギスカンになった。
 店に着いたのは16:30。観光、行楽に大盛況の札幌の当日予約では、この時間が最も現実的な「夜ごはん」だった。

 「あー、ビールひさしぶり! 幸せ!」

 2人で頼んだ中ジョッキは私が半分くらい、龍仁は3分の1くらいを一気に飲みした。龍仁は私の減り具合を見て、ゴクゴクと飲み干す勢いで飲み進める。

 「よく飲むね。変わってない。」

 「いきおいつけたくて。」

 あっさり飲み干した龍仁はスマホを取り出して、おかわりのビールを注文する。私もペースを合わせ、ビールをゴクゴク飲んでいるうちに頼んでいた北海道満喫セットがやってきた。
 この店で一番人気のジンギスカンとじゃがバターがセットになり、選べるデザートまでついたお手頃なセット。席に置いてある「おいしいジンギスカンの焼き方」を見ながら野菜から焼き始める。
 ひたすら焼いて、ビールを飲む。
 昼間に言っていた「舞音との未来」が気になってしょうがないけど、焦って聞くものでもない気がする。早く食べたいからとひっくり返しても全然焼けない肉のように。じっと焼けるのを、龍仁が話したくなるのを待ちながらビールでお腹を満たしていく。

 「そろそろ食べれそうだね。」

 タレを吸ったもやしと焼けた肉を2人の取り皿にとる。

 「こういう家庭に憧れてるんだ。」

 ドクンと瞳孔が開くのを感じた。そして、目頭がどんどん熱くなるのを感じている。

 「私も。そう言ってもらえて、すごく、嬉しい。」

 せっかく取り分けたのに、全然ジンギスカンが食べられない。

 「食べなよ。一緒に食べたらもっとおいしくなるでしょ?」

 テーブルについていた紙ナプキンで口を拭くふりをして鼻水を拭ってから、少し冷めたジンギスカンに箸をつけた。

 「おいしい。これからも、ずっと一緒に食べようね。」

 「うん…。」

 おいしいはずなのに、龍仁の言葉は判然としない。笑顔もない。

 「どうしたの?」

 「うん…。」

 龍仁は3杯目のビールを一気に飲み込んだ。

 「ちょっと、予定、変えていい? もう一回、一緒に郡山に来てほしいんだけど。」

 龍仁の意図が分からず、私の眉はみるみるハの字になる。でも断る理由もなく「もしかして親にご挨拶?」とかお花畑なことが頭をよぎり、そのままコクリとうなずいた。

 「よかった。じゃあ、続きは郡山着いたからでいい?」

 「未来の話の続き?」

 「うん。郡山で話したい。」

 わかった。とこたえて、そのままジンギスカンを楽しんだ。
 席の時間は18時まで。セットを食べきる頃にははち切れそうなくらいお腹いっぱいになっていた。ここに本当のプロポーズがきたら、どうにかなってしまうくらいだから、これでよかったのだ。
 そう言い聞かせながら、龍仁の隣に寄り添って家まで歩いて帰った。