「札幌に帰ってきたよ。」

 「おかえり。無事着いてよかった。」

 特急の時間を伝えていたからか、すぐに既読がついて返信がきた。

 「駅で夜ごはん食べてから帰るね。家についたら8時くらいかな。」

 「わかったよ。」

 遠距離恋愛になるということで、帰宅と出発の連絡はするようにしようということになっていた。もちろん、盛岡駅まで送ってもらったあと、龍仁が家についた連絡もきていた。
 帰ってきた札幌は、まだ雪が残っているけれど、心は晴れ晴れ、空気も心なしかすっかり春の陽気だ。龍仁とのご飯は洋食が多かったから、今日は中華にしたい気分だった。餃子とニンニクたっぷりの野菜炒めで美味しいビールでもいただきたい気分。どこの中華にしようか迷っているところで、手首のスマートウォッチが震えた。

 「龍仁が写真を送信しました。」

 すぐに手元のスマホから画像を確認する。
 少し黒焦げの餃子とコップに黄色の透明な飲み物が入っている。すかさず道の端に立ち止まって、返信を打つ。

 「餃子とビール?」

 「うん! なんか食べたくなっちゃって。」

 「私も今日中華の気分だったの。」

 そこまで打ってスマホを閉じる。まだ通知はきているけれど、ずっと返信していてはごはんにありつけなくなってしまう。
 結局、改札から一番近くの中華で食べることにした。餃子と野菜炒めとあんかけ焼きそば。おつまみの盛り合わせと生ビールを注文してスマホを開く。

 「卒業旅行だから、やっぱり中華も食べたいなって思って。」

 「私も! おんなじこと考えてるね。」

 「そうだな。札幌の美味しいお店、開拓しておいてよ。オレ中華が好き。」

 「わかったよ、本格中華ね!」

 送ったラインにすぐに既読がつかなくなったところで、ラインを閉じる。このまま既読をまち、すぐに返信しないと気が済まない、そういう付き合いはお互いに望んでいなかった。
 かと言って、料理がくるまでやることもないからスマホで札幌の中華を探す。いつもは交通手段がないから駅近くの店を選びがちだが、龍仁と行くなら話は変わってくる。

 昨日は昼にボリューミーなハンバーガーを食べたあと、助手席で寝てしまい、気づいたら盛岡までついてしまっていた。彼女になったのに別に泊まるというのもなぁ、ということになり、そのまま龍仁の家にお邪魔して、今朝、盛岡駅まで送ってもらったという感じだ。

 できれば付き合ってその後の話もチラッとしたかったが、そこまでの話はできなかった。龍仁からもその話は出てこなかった。
 でも、私の中では確実に「龍仁と結婚したい欲」というのが高まってきている。龍仁と結婚したら車で出かけることも増える。そうしたら今までは嫌厭してた郊外にも気軽に行けるのかもしれない。郡山のイタリアンみたいに家族の行きつけのご飯屋さんができて、私たちの行く末を見守ってくれるかもしれない。
 そんか妄想を開けながら、中華屋さんの検索条件から「駅チカ」を外す。

 地下鉄の駅から少し外れたところの本格中華を見つけたところで、料理がきた。1人で食べるにはちょっとボリューミーかも知れない。

 カシャ。

 おいしく見えるように配置して写真を撮る。そしてそのまま龍仁に送る。

 「いただきます。」

 今日の龍仁と同じ、餃子にしたよ。と添えたかったが、見ればわかることなので、あえて言わないようにした。10分くらいたって返信に送られてきたのは、缶ビールとおやつカルパスの写真だった。ここからどちらともなく、食べるもの、美味しいおやつや飲み物も送り合うようになった。

 そのあとビールを2杯とハイボール、それにデザートまでたっぷりいただいて、帰宅した。

 「ただいま。家です。」

 お約束のラインを送る。なかなか既読がつかないが、詮索はしないのもお約束。きっと飲んで寝てしまっているのか、お風呂にでも入っているのか。私は心配させたくないから、このあとの予定をラインしておく。

 「ちょっとゆっくりしてからお風呂入って、洗濯して、明日の準備して寝るね。」

 やはりまだ既読はつかない。気にしていても自分の生活が崩れるだけなので、そのままやりたいことをやることにした。
 まずはキョーコさんに報告のライン。

 「お疲れさまです。」「龍仁とお付き合いすることになりました。」

 「おめでとう!!!!!」

 すぐに返信がきた。ビックリマークが数えられないくらいたくさんついている。

 「私から告白しようと思っていたら、龍仁に言われちゃいました。」

 「ほらね、両想いじゃん!」

 「付き合って何日もたってないのに、何年も付き合っていたみたいです。」

 「もう、お似合いじゃん!」「いーなー!」

 キョーコさんからのラインは間をおかず、すぐに返信が返ってくる。

 「キョーコさんに約束つけてもらえなかったらこうはなってないと思うので、本当にありがとうございます。」

 「いいんだよー! 次は結婚報告お待ちしてまーす!」

 メッセージに続けてニコニコなスタンプが送られてくる。お返しに「ありがとう」のスタンプを探すが、なかなか「ございます」のついた先輩にも送れそうなスタンプが見つからない。やっとみつけた「thank you」のスタンプを送って、既読がつかないことを確認してラインを閉じる。
 次にキョーコさんにラインを送るのは、結婚したときかな。ほかのゼミの同期には、結婚したタイミングで話すことがあればでいいか。龍仁ともひっそり付き合いたいね、って話していたし。
 そんなことを考えているうちに時刻は21時を回っていた。明日からの仕事を考えると今日中には寝ていたい。まずキャリーケースを開けて洗濯物を出して。お風呂に入って洗濯機を回して。明日の服まで用意してから寝ようか。
 そこまで今夜の予定を決めてから取りかかる。決めてしまえば動けるのが私のいいところだ。1人の時間を有効につかって、龍仁のことを考える、龍仁と過ごす時間を大事にしたかった。

 「ごめん、寝てた。」

 まだスマートウォッチがついている手首が震える。龍仁からのラインだった。やっとお風呂の支度ができたところでラインをしていたら、いつまでもお風呂に入らなくなる。ここは心を鬼にして返信を後回しにする。

 お風呂上がりに洗濯機を回し、カラになったキャリーケースを寝室のクローゼットに片付ける。そこで目にしたのは、たくさんの着ていない服だった。
 いつか龍仁との生活が始まる、その日のために。
 欲しいものをいつまでもとっておいた独身時代とはお別れをしなくてはならない。
 キッチンからゴミ袋をとってきて、断捨離を始める。物持ちがいいからか、学生時代からずっと着ているTシャツ。一目惚れして結局何年か前に一度だけ着たレースのトップス。残念ながら今は履けないスキニージーンズ。
 いままで捨てることが苦手だったのに、彼氏ができただけでこんなに変われるのだと自分が一番びっくりしている。これから着る服は、龍仁と一緒に生きていくのに必要な服だけ。そう考えると、あれもこれも、要らない物ばかりに見えていた。

 (よし、今日はこんなもんかな。)

 そう思ったところで、洗濯機が歌い、終了を告げた。

 予定していたことをすべて終えた。時刻は23時すぎ。いつもより少し遅くなってしまったが、6時間の睡眠は確保できそうだ。
 すべてを終えてベッドに入り、自分の体温で布団を温めながらスマホを見る。

 「ごめん、寝てた。」「準備進んでるかな?」「オレもお風呂入ってくるね。」

 あえて見ないでいた龍仁からのラインが数件入っていた。最後のメッセージは1時間ほど前だった。

 「オレ、明日も休みなんだけど、今日はもう寝るね。仕事も無理しないでね。おやすみ。」

 メッセージのあとに、可愛らしい寝顔のスタンプが送られていた。
 見られるのは明日の朝だとわかっていながら、すぐに返信を打つ私がいる。

 「スマホ見れてなかったの。明日の準備無事にできたよ。もう次に会うのが楽しみすぎる。ほどほどに仕事も頑張ってくるね。おやすみ。」

 ラインを打ってから部屋の明かりを消して、寝る体制に入る。1人の布団もようやく温まってきたけれど、龍仁の背中ほど温かいものはない。いままではなんとも感じなかった1人の布団が寒く寂しく感じられる。

 (また来月には会えるさ。)

 (来年からは、ずっと一緒。)

 そう言い聞かせても、なかなか布団は温まらなかった。いつもより遅いはずなのに全然寝られない。目が覚めてしまうからよくないと、わかってはいてもスマホに手が伸びてしまった。
 龍仁とのラインを見返す。もちろん既読はついていない。
 写真フォルダを見返す。この数日で龍仁の写真、私と龍仁のツーショットが画面いっぱいになるくらい保存されている。

 (夢でいいから、会いたいなぁ。)

 そのあとは夢の中に入ってしまったから、覚えていない。こうして、おやすみラインを送ってから龍仁で私を満たして寝るのが習慣になっていった。