目が覚めると、隣に龍仁がいる。
 それだけで、私は人生最良の朝を迎えられる。


 私たちは昨日、郡山の本格中華で四川麻婆豆腐とフカヒレスープを堪能し、他にもたくさん、食べたいもの、食べたかったものを注文した。10年前に行く予定だった卒業旅行では、ビールと紹興酒と、飯森ゼミらしくお酒も堪能する予定だったが、今日は車だ。もちろん餃子やピータンや、おつまみにぴったりなものも注文したけど、店ではビールをおあずけにして、10年分の幸せを腹いっぱいに食べ尽くした。
 そのまま近くのスーパーでビールとハイボールとポテチを買い、ホテルで二次会。先にお風呂に入ったのは私で、髪を乾かして龍仁を待っていたけれど、少し横になろうと思ったら、そのまま朝を迎えていた、というわけだ。

 「おはよう。」

 「おはよう。」

 隣のベッドから、龍仁のあたたかい視線を感じる。いままで何度も交わした「おはよう」だが、本当の朝イチ番の「おはよう」は今日が初めて。彼氏という言葉では軽すぎるくらい、私たちは幸せに満たされていた。


 「おはよう」。
 ベッドから見る寝顔。
 寝ぼけながら向かい合って食べる朝食。
 身なりを整えていく姿。
 部屋の去り際に見つめる瞳。
 一緒に過ごすすべてに幸せが宿り、私たちを満たしてくれる。気分はそのまま、車に移っても私たちは幸せいっぱいだ。
 もう誰に嫉妬することはない。もどかしいモヤモヤを抱えることもない。私たちにやっとやってきた「春」にふさわしい、晴れ晴れと清々しい心持ちだ。


 交わす言葉。
 助手席から見つめる運転席。
 そして手渡すコーヒー。
 すべてが今までとは違うのに、ずっとこうしてきたような安定感すら覚える。不思議な感覚。

 「どうした? なんか顔に付いてるか?」

 「ううん。ずっとこうしていたいような気がして。」

 そんなふうにノロけてみせると、龍仁もニヤっと笑った。

 「そうだよな。オレも昨日の夜、ずっと見てたもん。」

 「そんなぁ! 私の寝顔、高いんだぞ!」

 「彼氏特権使わせてもらいました〜!」

 「もー!」

 口は笑っているのに、頬の筋肉は引きつっている気がする。ずっと前からこうしていたような気持ちと、この先もずっとこうしていたいような気持ちとが、私を素直に笑わせてはくれない。

 「急に静かになって、どうしたんだよ。」

 龍仁に声をかけられたとき、すでに昼を過ぎていて、仙台市内をまもなく出るところだった。

 「もう、着いちゃうなって思って。」

 「そうだな。あと昼食べて2時間くらいか。」

 龍仁の声も心なしか段々とトーンが暗くなっていく。

 「ねえ、これからどうする?」

 こんなこと、聞くのも場違いかも知れないが、これからの具体的な付き合い方を聞いてみることにした。

 「『どうする』って、どう?」

 「いや、私、遠距離初めてで、しかもさ…。」

 「しかも?」

 私は残っていた甘いキャラメルマキアートを飲み切って、続けた。

 「もう、遊びじゃない、からなぁと思って。こんな話、付き合った翌日にすることじゃないかもだけど、大事なことだからさ。」

 「そうだよな。」

 龍仁も前を見て運転しながら、「ふー」っと考え込んでしまった。

 「重い男とか思われたくないけど、正直に言っていい? オレ、舞音と『付き合ってる』って感覚じゃないんだよね。」

 「え?」

 ビックリしすぎて、さっきのキャラメルマキアートが喉まで戻って来そうだった。

 「『付き合う』っていうより…、あー、昨日より緊張する!」

 龍仁はニコニコしながら眉間にシワを寄せていて、いつもの上手く言えない、「あ」でも「う」でもない声でうなっている。

 「家族になって、子どもがほしい。」

 シンプルで、いろいろすっ飛ばしていて、すごく心のこもった、龍仁の願いだった。

 「じゃあいつ? 結婚はいつする予定? 私だって今年33になるんだから、子どもって考えるなら、何年もは待てないよ。」

 思いがけず、一番気にしていたところに龍仁が自ら突っ込んでいってくれた。
 ただ楽しむだけならどんな付き合い方をしていてもいい。ただ子どもとなると、2030年の今もタイムリミットは存在している。当たり前になった卵子凍結をしているとはいえ、キョーコさんや美波の話を聞くと、5年後10年後から子育て、とは考えにくかった。

 「私も、彼女っていうより家族になりたかったの。」

 「同じじゃん!」

 「うん、そう。だから、『同じ』をあえて言葉にしておかないと、小さなすれ違いで悲しい思いさせたくないからさ。」

 「うん。そうだな。」

 2人で同じ方向を向いているとなると、龍仁の眉間のシワわだんだんほぐれていった。車は信号を曲がって、国道からそれた住宅街に入っていく。

 「結婚までの道筋、決めてから帰ろう。まずは腹ごしらえだ!」

 龍仁が車を停め、スマホの画面を確認しながら「うん、ココ」とつぶやいている。

 「ハンバーガー?」

 「うん。アメリカっぽいものって、このくらいしか思いつかなかった。一応『卒業旅行』だもんな!」

 西部感ただよう、木の造りが印象的な、ちょっといいハンバーガー屋さんに連れて来てくれた。
 2人しかいないけど、いや、2人だから楽しめる「卒業旅行」はますます楽しくなっていた。