龍仁の答えを聞いて、自然と目に涙が浮かんでいた。私の目にも龍仁の目にも。
「どんなにいい子と付き合っても、舞音の代わりはいないって気づいたんだ。またチャンスがあるなら会いたいと思っていた。」
龍仁はきちんとこちらを向いて想いを伝えてくれた。
「ずっと言えなかった。学生の頃は、これが『好き』に入るのかもよくわからなかった。オレが九州勤務で舞音が北海道ってなって、これは別れる運命なんだなって勝手に思って、納得させていたんだよ。」
私は何も言えず、ただただ龍仁の想いを受け止めている。
「最後のゼミ室で2人きりになって、伝えようか迷ったけど、もう会えないのに言われてもなって思って言えなかった。」
「あの時たしか、『幸せになれよ』って…。」
「そんな感じだった気がする。九州からじゃオレが幸せにすることできないから、オレとじゃなくても幸せでいて欲しいなって思って。先も見えなかったし。」
ずっと龍仁を見つめていた目をカバンに落として、ティッシュを探す。さすがに涙も鼻水も、顔の中でとどめておくのは限界になってきた。
「すぐ彼女作ったら、この伝えられないモヤモヤも消えるかなって思ったけど、逆だったね。気づけば彼女たちに舞音との学生時代の話ばっかしてたんだと思う。カップルらしいことするたびに、舞音だったらなって。たぶん伝わってるのは自分でもわかってた。最後の彼女はそんなオレも受け入れてくれたけど、オレの方が無理になっちゃった。」
龍仁も膝を見つめ、運転席の枕の後ろに付いていたティッシュをたぐり寄せている。きっと、龍仁は優しすぎたんだと思う。私にも最後の彼女さんにも。「無理」っていうのは、きっと他の女を感じさせながら幸せにするのに耐えられないってことなのだろう。いい子だったならなおさら、そんな龍仁もわかる気がした。
「オレ、舞音じゃないとダメなんだ。次の異動希望、札幌に出すから。いや、仕事辞めて札幌に行ってもいいから。オレと生きていってくれないか?」
(うん!)
心の中では答えが出きっているのに、声にはならなかった。
龍仁と生きる。
もう私たちも30代半ばになる。楽しむためだけ、自分の寂しさを埋めるためだけに付き合えないくらい、歳を取りすぎていた。10年かけて伝えてくれた想いにそう簡単に答えを出していいとも思えなかった。
「なんか急にごめん。こんなつもりじゃなかったのにな。ちょっとトイレ行ってくる!」
龍仁はそのままトイレに出ていってしまった。
ひとり、車の中で考える。
龍仁が帰ってきたら、答えを伝えよう。
私の想いも、これからやりたいことも。
なんて伝えようか、頭の中で考えては消して、考えては消して。浮かれた頭を冷やすために、もう溶けているフラペチーノを飲み干す。もはやただ甘いクリームになってフラペチーノが、浮かれた頭をさらに甘く混乱させる。あとは龍仁が帰ってくる前に鏡を見て、涙と鼻水で崩れた化粧を整えて。口紅も挿し直しておこうか。
ひとり頭の中で勝手にあたふたしているうちに、龍仁が帰ってきた。
「おかえり。さっきの答えだけど…。」
龍仁が固唾を飲んで見つめているのが手に取るように伝わってくる。
「私…。」
なかなかそのあとの言葉が出てこない。言いたいことは喉まで出かかっているのに、出てこない。何度も練習していたのに、龍仁を目の前にするとこうも思うようにいかないものなのか。
「私も…。」
なんとかそこまで絞り出すと、龍仁は再び涙目になり、私の頬に優しく触れた。
どれだけの時間をかけて絞り出したのか、空はなんとなくオレンジ色に染まってきている。
「その先は少しずつ、聞かせてくれたらいい。」
龍仁は私の頬に置いた手で優しく私の涙を拭う。
「ありがとう。」
ただ2人で見つめあっている。
それだけの時間も私たちには貴重で、尊くて、青々しい。やっと辿り着いた青春だった。
「私もお手洗い、いい?」
「うん。飲み物も買おっか。」
オレンジ色の空が照らすなか、あたたかい笑顔で車を降りた。つながった2人の影が、サービスエリアの中へ入っていく。
もうただの同期ではないのだからと、2杯目の飲み物は龍仁が買ってくれることになった。「夕方近いけど、コーヒーで大丈夫?」と聞いてから、カフェラテを買ってくれた。龍仁も一緒。同じものを飲むのも、ただの同期とそうではないのとで、こうも気分が変わるものなのかと、しみじみ思う。
「この調子だと、郡山で泊まりかな。」
再び高速を走らせながら、淡々とこのあとの予定を切り出してきた。
「じゃあ、夜ごはん探しておくね。郡山なら大きい街でしょ? 任せてもらって大丈夫?」
「うん。頼んだ。」
スマホに目を落としながら、夜ごはんで行きたい店を探す。さすが県内第二の都市とあって、オススメなお店がいくつもヒットする。
「あった!」
「どこにしたの?」
「うーんとね、夜までのお楽しみにしてて!」
イタズラっぽく笑ってみせるのに、スネてにらんでくる龍仁。こんなやりとりもさっきまではなかった青春の1ページになっていく。
「ねえ。いつから好きだったの?」
スネていたかと思えば急に話を戻してきた。
「いつからって、前から。」
「学生時代から?」
「うん。たぶん。明確にはわからないけど、ずっと一緒に居たいなって、卒業旅行のときに言うつもりだった。」
「卒業旅行な。ナイショで行ってるゼミあったからな。ちゃんと守ってたのがバカらしくも思っちゃうよ。」
「いいじゃない、いま2人で旅行できてるんだから。10年もかかっちゃったけどね。」
卒業旅行より、この2人でのドライブのほうがいいのではないかと思い始めている。もし、あの時卒業旅行に行けてしまったら、本当に告白できたのだろうか。また卒業式で会える、同窓会で会えると、先延ばしにしてしまっていたかもしれない。
「なんか、付き合って1時間も経ってないのに、ずっと一緒だったみたいな安定感、あるよな。」
「うん。本当にね。びっくりするくらい2人でいるのが落ち着くよ。」
そう言って、龍仁がカフェラテを飲もうと左手を伸ばした。
「あ!」
「ふー、危なかった。」
龍仁が飲もうとしたときに車が揺れて、こぼれそうになってしまった。そこでとっさにハンカチを取り出し、大惨事とならないよう、口元に添えてあげたというわけだ。
「もう、完全に息ぴったりだよ。」
「ありがと。本当、学生の頃から気がきくよな。」
「早くもらってくれればよかったのに。」
「それはゴメンって。学生の頃は気づいてなかったから。」
そんな何気ない会話をしているうちに、日は完全に暮れ、車は郡山市内に入って行った。
「うん。ここ! 『佐倉舞音』で予約してあるよ。」
「ここ? どう見ても中華屋さんだけど…。」
「うん。中華だよ。中国の中華とはいかないけど、本格っぽいところにしてみた!」
私が付き合って初めての夕食に選んだのは、ちょっといい中華屋さんだった。この旅行は、私の中では行けなかった卒業旅行だから、龍仁が悔しがっていた、本格中華に近いものを食べたいと思って選んだ。
「昼も中華だったよね。」
「あ! そういえば。」
昼は「懐かしいもの」、夜は「あの時食べたかったもの」。図らずも中華続きとなってしまった。
「ま、オレ中華好きだから、ありがと! よし、本格麻婆豆腐食べるぞ!」
運転で疲れた身体を「ぐーん」と伸ばして、また2人一つの影で店に入った。
「どんなにいい子と付き合っても、舞音の代わりはいないって気づいたんだ。またチャンスがあるなら会いたいと思っていた。」
龍仁はきちんとこちらを向いて想いを伝えてくれた。
「ずっと言えなかった。学生の頃は、これが『好き』に入るのかもよくわからなかった。オレが九州勤務で舞音が北海道ってなって、これは別れる運命なんだなって勝手に思って、納得させていたんだよ。」
私は何も言えず、ただただ龍仁の想いを受け止めている。
「最後のゼミ室で2人きりになって、伝えようか迷ったけど、もう会えないのに言われてもなって思って言えなかった。」
「あの時たしか、『幸せになれよ』って…。」
「そんな感じだった気がする。九州からじゃオレが幸せにすることできないから、オレとじゃなくても幸せでいて欲しいなって思って。先も見えなかったし。」
ずっと龍仁を見つめていた目をカバンに落として、ティッシュを探す。さすがに涙も鼻水も、顔の中でとどめておくのは限界になってきた。
「すぐ彼女作ったら、この伝えられないモヤモヤも消えるかなって思ったけど、逆だったね。気づけば彼女たちに舞音との学生時代の話ばっかしてたんだと思う。カップルらしいことするたびに、舞音だったらなって。たぶん伝わってるのは自分でもわかってた。最後の彼女はそんなオレも受け入れてくれたけど、オレの方が無理になっちゃった。」
龍仁も膝を見つめ、運転席の枕の後ろに付いていたティッシュをたぐり寄せている。きっと、龍仁は優しすぎたんだと思う。私にも最後の彼女さんにも。「無理」っていうのは、きっと他の女を感じさせながら幸せにするのに耐えられないってことなのだろう。いい子だったならなおさら、そんな龍仁もわかる気がした。
「オレ、舞音じゃないとダメなんだ。次の異動希望、札幌に出すから。いや、仕事辞めて札幌に行ってもいいから。オレと生きていってくれないか?」
(うん!)
心の中では答えが出きっているのに、声にはならなかった。
龍仁と生きる。
もう私たちも30代半ばになる。楽しむためだけ、自分の寂しさを埋めるためだけに付き合えないくらい、歳を取りすぎていた。10年かけて伝えてくれた想いにそう簡単に答えを出していいとも思えなかった。
「なんか急にごめん。こんなつもりじゃなかったのにな。ちょっとトイレ行ってくる!」
龍仁はそのままトイレに出ていってしまった。
ひとり、車の中で考える。
龍仁が帰ってきたら、答えを伝えよう。
私の想いも、これからやりたいことも。
なんて伝えようか、頭の中で考えては消して、考えては消して。浮かれた頭を冷やすために、もう溶けているフラペチーノを飲み干す。もはやただ甘いクリームになってフラペチーノが、浮かれた頭をさらに甘く混乱させる。あとは龍仁が帰ってくる前に鏡を見て、涙と鼻水で崩れた化粧を整えて。口紅も挿し直しておこうか。
ひとり頭の中で勝手にあたふたしているうちに、龍仁が帰ってきた。
「おかえり。さっきの答えだけど…。」
龍仁が固唾を飲んで見つめているのが手に取るように伝わってくる。
「私…。」
なかなかそのあとの言葉が出てこない。言いたいことは喉まで出かかっているのに、出てこない。何度も練習していたのに、龍仁を目の前にするとこうも思うようにいかないものなのか。
「私も…。」
なんとかそこまで絞り出すと、龍仁は再び涙目になり、私の頬に優しく触れた。
どれだけの時間をかけて絞り出したのか、空はなんとなくオレンジ色に染まってきている。
「その先は少しずつ、聞かせてくれたらいい。」
龍仁は私の頬に置いた手で優しく私の涙を拭う。
「ありがとう。」
ただ2人で見つめあっている。
それだけの時間も私たちには貴重で、尊くて、青々しい。やっと辿り着いた青春だった。
「私もお手洗い、いい?」
「うん。飲み物も買おっか。」
オレンジ色の空が照らすなか、あたたかい笑顔で車を降りた。つながった2人の影が、サービスエリアの中へ入っていく。
もうただの同期ではないのだからと、2杯目の飲み物は龍仁が買ってくれることになった。「夕方近いけど、コーヒーで大丈夫?」と聞いてから、カフェラテを買ってくれた。龍仁も一緒。同じものを飲むのも、ただの同期とそうではないのとで、こうも気分が変わるものなのかと、しみじみ思う。
「この調子だと、郡山で泊まりかな。」
再び高速を走らせながら、淡々とこのあとの予定を切り出してきた。
「じゃあ、夜ごはん探しておくね。郡山なら大きい街でしょ? 任せてもらって大丈夫?」
「うん。頼んだ。」
スマホに目を落としながら、夜ごはんで行きたい店を探す。さすが県内第二の都市とあって、オススメなお店がいくつもヒットする。
「あった!」
「どこにしたの?」
「うーんとね、夜までのお楽しみにしてて!」
イタズラっぽく笑ってみせるのに、スネてにらんでくる龍仁。こんなやりとりもさっきまではなかった青春の1ページになっていく。
「ねえ。いつから好きだったの?」
スネていたかと思えば急に話を戻してきた。
「いつからって、前から。」
「学生時代から?」
「うん。たぶん。明確にはわからないけど、ずっと一緒に居たいなって、卒業旅行のときに言うつもりだった。」
「卒業旅行な。ナイショで行ってるゼミあったからな。ちゃんと守ってたのがバカらしくも思っちゃうよ。」
「いいじゃない、いま2人で旅行できてるんだから。10年もかかっちゃったけどね。」
卒業旅行より、この2人でのドライブのほうがいいのではないかと思い始めている。もし、あの時卒業旅行に行けてしまったら、本当に告白できたのだろうか。また卒業式で会える、同窓会で会えると、先延ばしにしてしまっていたかもしれない。
「なんか、付き合って1時間も経ってないのに、ずっと一緒だったみたいな安定感、あるよな。」
「うん。本当にね。びっくりするくらい2人でいるのが落ち着くよ。」
そう言って、龍仁がカフェラテを飲もうと左手を伸ばした。
「あ!」
「ふー、危なかった。」
龍仁が飲もうとしたときに車が揺れて、こぼれそうになってしまった。そこでとっさにハンカチを取り出し、大惨事とならないよう、口元に添えてあげたというわけだ。
「もう、完全に息ぴったりだよ。」
「ありがと。本当、学生の頃から気がきくよな。」
「早くもらってくれればよかったのに。」
「それはゴメンって。学生の頃は気づいてなかったから。」
そんな何気ない会話をしているうちに、日は完全に暮れ、車は郡山市内に入って行った。
「うん。ここ! 『佐倉舞音』で予約してあるよ。」
「ここ? どう見ても中華屋さんだけど…。」
「うん。中華だよ。中国の中華とはいかないけど、本格っぽいところにしてみた!」
私が付き合って初めての夕食に選んだのは、ちょっといい中華屋さんだった。この旅行は、私の中では行けなかった卒業旅行だから、龍仁が悔しがっていた、本格中華に近いものを食べたいと思って選んだ。
「昼も中華だったよね。」
「あ! そういえば。」
昼は「懐かしいもの」、夜は「あの時食べたかったもの」。図らずも中華続きとなってしまった。
「ま、オレ中華好きだから、ありがと! よし、本格麻婆豆腐食べるぞ!」
運転で疲れた身体を「ぐーん」と伸ばして、また2人一つの影で店に入った。