10年、いやそれよりも経っているくらい久しぶりの「あじさい」は若干テーブルや椅子の入れ替えがあったようだが、学生時代と変わらないたたずまいをしている。少し値上げはされているが、1,000円くらいの学生の財布に優しい値段設定は健在だった。
「オレ、唐揚げかな。」
「私は半チャーハンにしようかな。」
「チャーハン好きだな。」
「やっぱりこういうときは、よく食べた味でしょ!」
単に今食べたいもの、量だったのもあるが、たしかに私はよくチャーハンを食べていた。半チャーハン、正確には半チャーハンセットには、少食であれば満足なくらいのチャーハンと日替わり中華スープ、小鉢が付いてくる。今日はきくらげのスープとザーサイがついてきた。龍仁の唐揚げ、唐揚げ定食はあじさいのなかでも盛りがいいことで有名で、私は食べると次のご飯がいらないくらいいっぱいになってしまう。サラダに中華スープ、小鉢のザーサイもついてきている。
「やっぱ、この味だよな、スープ。」
「うん。何回か作ってみても、同じ味にならないんだよね。」
「そりゃ店だからな。」
そんなことを話しながら、食べ進める。
あじさいの中華スープは具材は日替わりでも、基本のスープはいつも同じ味だった。ごま油が効いているのはわかるけれど、それ以外にどんな隠し味が入っているのか、独自のほっとする味を作り出していた。
「唐揚げ1コ食べる?」
「え!」
いつまでコロナのクセが抜けないのか、それとも龍仁だからそう思うのか、手のついていない唐揚げをもらうのにもドキドキしてしまっていた。ありがたく、小さく見えた唐揚げを1つもらい、チャーハンでバウンドさせてからいただく。
この味。
生姜が効いた甘じょっぱい醤油味。熱い肉汁とサクサクの衣が、学生時代、ゼミのみんなと来たことを思い出させる。
「私、唐揚げ定食頼んだことあったっけ?」
「いや、ゼミで来たときは無いと思う。」
「そうだよね、こんな多いの食べられないもんね。じゃあなんで懐かしいんだろう?」
「みんなでつついてたからじゃない? だいたいペーさんかオレが唐揚げ頼んで、みんなで分けておかわりしていた気がする。」
そうだ、そうだった。家族で外食をするときみたいに、お互いの頼んだものをシェアする文化があった。唐揚げも餃子も焼売も、みんなシェアして食べていた。
「なんか、味が懐かしいのもあるけど、この味で思い出す色々も懐かしいよな。」
「うん、私も思ってた。何話していたかなんて覚えてないけど、楽しかった感覚だけ、鮮明に覚えているんだよね。」
「そうそう。」
食べながら昔の自分たちを思い出しているのは龍仁も同じだった。食べながらお互い笑顔が増えていく。ハタから見ればただ笑っている不気味な2人。でも、ここにはたしかに、私たちにしかわからない、私たちの時間が流れていた。
「美味かったな。」
「うん。」
食べ終わった私たちは、お腹も心も既にいっぱいになっていた。
腹ごしらえが済んだところで、今日は福島県に入ることを目標に走ることになった。私は火曜日まで休みをとってあるから、明日福島から盛岡に送ってもらえれば、火曜日1日かけて新幹線で札幌まで帰れる。そういう計画だった。
「どっか寄りたいところ、ある?」
「いや、あじさい食べられたからもう大丈夫。」
「車酔いとか、大丈夫?」
「うん。全然。あ、ちょっとここ寄ってもらっていい?」
国道を走り始めたところで、ロードサイド型のコーヒーショップに寄ってもらうことにした。
「タダで乗せてもらうのも悪いからさ。何飲む?」
「そんな気遣わなくていいのに。あんまり来ないからな。任せるよ。」
「甘い系か、ブラックか。」
「せっかくだから、甘いので。」
「ホット? アイス?」
「うーん。それこそ任せる。どっちでも大丈夫だよ。」
龍仁の注文を聞いて、車を降りた。結局何にしようか。期間限定でもいいし、いつも私が飲んでいるラテでもいいし。行列に並びながら、何度も気持ちが変わる。自分のだけならすぐに決めるのに、龍仁へのプレゼントとなると、こうも真剣に悩んでしまう。
「おお、ありがとう。」
結局、私は期間限定のフラペチーノを2つ買って帰ってきた。
「学生の頃はなかなか飲めなかったけど、もう美味しいものにはケチらないって決めたんだ。」
「だよな。オレも好きなように食べて飲んでいるよ。」
飲み物置き場に冷たいカップをセットして、龍仁はギアをドライブに入れる。新しい車の動きは実に滑らかで、昔の軽自動車とは比べ物にならない。浮くように、滑るように、福島へと走り始める。
車は市街地を抜け、高速道路に乗る。遠くに東京の街並みが見えるが、無機質などこにでもある光景だった。きっとスキー旅行や、思いつきのドライブをしたときにも見ていた光景。
「舞音。何度もすまないが、本当に寄りたいところはない?」
「うーん、あじさい懐かしかったからね。スキー旅行で行ったロッジとか行っても懐かしいんだろうけど、長野だもんね。」
「そうだな。逆方向。しかももう雪ないしな。」
「そうだよね…。」
「まあ、また今度、行けばいいっか。」
え? と聞き直したくなったくらい驚いている。たしかに龍仁は「今度」と言った。ということは、次があるのつもりなのだろうか。
私はどう反応してよいのかわからず、何も言えないでいるのに、龍仁はそのまま前を見て運転している。さっきまでと何も変わらない。
「舞音はこの10年、どう過ごしていたの?」
「え、あの、『どう』って、どういうこと?」
まだ動揺している私とは対照的に、龍仁は何も気にせずに話しかけてくる。
「どうって、どんな20代だったのかな? と思って。」
「どんな20代って言われても…。ただ仕事してるだけだったな。」
「彼氏とかは?」
「え??」
龍仁はどんどん突っ込んで聞いてくる。
「居ないよ。」
「今だけ居ないの?」
「いや、ずっと居ないよ。大学3年生で別れてからずっと。」
「そうなんだ。」
龍仁の反応はいたって無機質だった。喜んでも悲しんでもいない。龍仁と恋バナをするといつもこうだった。
「龍仁はどうなのさ! キョーコさんたちと『色々あった』って言ってたじゃん。」
「え、オレ?」
自分の方に話が向いてくると、龍仁は少し嬉しそうにニコニコし始めた。照れ隠しに少し溶けてきたフラペチーノを一口飲んでいる。
「うん。色々あった。」
「だから、色々ってどんな色々があったの?」
「彼女は何人かいた。」
「いつ頃?」
「九州にいた頃だから、4年くらい。」
「まあ、普通じゃない? どこが色々なの?」
そう聞くと口元をモゴモゴさせて、答えるのを渋っている。
「その間に5人いた。」
「おー、それは、多い、ね…。」
学生時代もそれなりに彼女が居たはずだが、自分の意思で女を取っ替え引っ替えするような人ではなかったはず。
「最初の3人は1年目だったんだけど、職場の人だったんだよね。でもコロナだったじゃん。割とすぐ家に来るようになったんだけど、家に来たら『冷めた』って振られてさ。」
「なんで冷めたんだろうね。家汚いわけでもないでしょ。」
「うん。来たことあるじゃん。」
「元カノグッズ、置いてあるとか?」
「全部捨てたよ、別れたときに。しかも引っ越しもあったし。学生時代の人はもう名前もあやふやだよ。」
龍仁は本当に思い当たる節がないようだった。前を向きながらずっと眉間にシワを寄せている。
「その次は2年目の後半かな? クリスマスは一緒だったけど、そこで振られちゃったんだ。」
「龍仁ってそんなに振られる人だったっけ?」
「いや、学生時代はそんなこともなかったような気する。」
「だよね。なんでクリスマスに振られたの?」
「ゼミの忘年会行きたいなーとか、卒論大変だったけど楽しかったよなーとか。そんな話してたら、『もういい』だって。付き合って2か月経ってなかった。」
若い社会人が学生時代を懐かしむのはよくある話だと思うから、きっとそれ以外に彼女たちに合わない何かがあったのだろう。
「最後の人は、どうだったの?」
「3年目の夏から1年くらい付き合った。」
「続いたじゃん。」
「もう26歳だったからね。正直、結婚に焦っていたのもある。」
「出会いは?」
「マッチングアプリ。」
「本当に焦ってたんだね。」
「うん。高校の同期がバタバタ結婚し始めて、ちょうどコロナも落ち着いてきて、結婚式も呼ばれたら、その度に早くしなきゃって気持ちになっててさ。」
「いい人だったの?」
「まあ。ひとつ年下で、あっちも結婚に焦ってるみたいだった。賢いし気がきくし、本当に出会いがないから彼氏が居なかったんだろうなって感じだった。」
5人目の話をする龍仁は幸せそうに、柔らかい笑顔で前を見つめていた。終わった話とはいえ、知らない女のことをこんな笑顔で話されると、少し気まずくなってしまう。
「どうして別れたの?」
「あの時はオレが振った。」
「なんで?」
それまで上機嫌に話していたのが、急に眉をひそめ、目線もなんとなく下向きになってきた。
「彼女には『オレはもったいない』って言った。」
「本心は? 本心はどうだったの?」
「彼女には」なんて言うものだから、きっと何か裏の気持ちがあったのだろうと、聞いてみたら、龍仁は、気まずい時の「あー」とも「うー」ともつかない声で困り始めた。なんと答えるのか、私のほうも気まずく、ドキドキとしてきてしまう。そのまましばらく時間が過ぎ、車はサービスエリアに入っていく。そのまま駐車場に入り、エンジンスイッチをきる。
「もっと青春がしたかったから。」
「え?」
「さっきの答えだよ。最後の彼女と別れた本心。」
「龍仁にとっての青春って?」
何も音がしなくなった車内に龍仁の少し荒くなった呼吸だけが聞こえる。
「もう誰とも付き合えなくなる。舞音と付き合えなくなるのが、嫌だって気づいたから。」
「オレ、唐揚げかな。」
「私は半チャーハンにしようかな。」
「チャーハン好きだな。」
「やっぱりこういうときは、よく食べた味でしょ!」
単に今食べたいもの、量だったのもあるが、たしかに私はよくチャーハンを食べていた。半チャーハン、正確には半チャーハンセットには、少食であれば満足なくらいのチャーハンと日替わり中華スープ、小鉢が付いてくる。今日はきくらげのスープとザーサイがついてきた。龍仁の唐揚げ、唐揚げ定食はあじさいのなかでも盛りがいいことで有名で、私は食べると次のご飯がいらないくらいいっぱいになってしまう。サラダに中華スープ、小鉢のザーサイもついてきている。
「やっぱ、この味だよな、スープ。」
「うん。何回か作ってみても、同じ味にならないんだよね。」
「そりゃ店だからな。」
そんなことを話しながら、食べ進める。
あじさいの中華スープは具材は日替わりでも、基本のスープはいつも同じ味だった。ごま油が効いているのはわかるけれど、それ以外にどんな隠し味が入っているのか、独自のほっとする味を作り出していた。
「唐揚げ1コ食べる?」
「え!」
いつまでコロナのクセが抜けないのか、それとも龍仁だからそう思うのか、手のついていない唐揚げをもらうのにもドキドキしてしまっていた。ありがたく、小さく見えた唐揚げを1つもらい、チャーハンでバウンドさせてからいただく。
この味。
生姜が効いた甘じょっぱい醤油味。熱い肉汁とサクサクの衣が、学生時代、ゼミのみんなと来たことを思い出させる。
「私、唐揚げ定食頼んだことあったっけ?」
「いや、ゼミで来たときは無いと思う。」
「そうだよね、こんな多いの食べられないもんね。じゃあなんで懐かしいんだろう?」
「みんなでつついてたからじゃない? だいたいペーさんかオレが唐揚げ頼んで、みんなで分けておかわりしていた気がする。」
そうだ、そうだった。家族で外食をするときみたいに、お互いの頼んだものをシェアする文化があった。唐揚げも餃子も焼売も、みんなシェアして食べていた。
「なんか、味が懐かしいのもあるけど、この味で思い出す色々も懐かしいよな。」
「うん、私も思ってた。何話していたかなんて覚えてないけど、楽しかった感覚だけ、鮮明に覚えているんだよね。」
「そうそう。」
食べながら昔の自分たちを思い出しているのは龍仁も同じだった。食べながらお互い笑顔が増えていく。ハタから見ればただ笑っている不気味な2人。でも、ここにはたしかに、私たちにしかわからない、私たちの時間が流れていた。
「美味かったな。」
「うん。」
食べ終わった私たちは、お腹も心も既にいっぱいになっていた。
腹ごしらえが済んだところで、今日は福島県に入ることを目標に走ることになった。私は火曜日まで休みをとってあるから、明日福島から盛岡に送ってもらえれば、火曜日1日かけて新幹線で札幌まで帰れる。そういう計画だった。
「どっか寄りたいところ、ある?」
「いや、あじさい食べられたからもう大丈夫。」
「車酔いとか、大丈夫?」
「うん。全然。あ、ちょっとここ寄ってもらっていい?」
国道を走り始めたところで、ロードサイド型のコーヒーショップに寄ってもらうことにした。
「タダで乗せてもらうのも悪いからさ。何飲む?」
「そんな気遣わなくていいのに。あんまり来ないからな。任せるよ。」
「甘い系か、ブラックか。」
「せっかくだから、甘いので。」
「ホット? アイス?」
「うーん。それこそ任せる。どっちでも大丈夫だよ。」
龍仁の注文を聞いて、車を降りた。結局何にしようか。期間限定でもいいし、いつも私が飲んでいるラテでもいいし。行列に並びながら、何度も気持ちが変わる。自分のだけならすぐに決めるのに、龍仁へのプレゼントとなると、こうも真剣に悩んでしまう。
「おお、ありがとう。」
結局、私は期間限定のフラペチーノを2つ買って帰ってきた。
「学生の頃はなかなか飲めなかったけど、もう美味しいものにはケチらないって決めたんだ。」
「だよな。オレも好きなように食べて飲んでいるよ。」
飲み物置き場に冷たいカップをセットして、龍仁はギアをドライブに入れる。新しい車の動きは実に滑らかで、昔の軽自動車とは比べ物にならない。浮くように、滑るように、福島へと走り始める。
車は市街地を抜け、高速道路に乗る。遠くに東京の街並みが見えるが、無機質などこにでもある光景だった。きっとスキー旅行や、思いつきのドライブをしたときにも見ていた光景。
「舞音。何度もすまないが、本当に寄りたいところはない?」
「うーん、あじさい懐かしかったからね。スキー旅行で行ったロッジとか行っても懐かしいんだろうけど、長野だもんね。」
「そうだな。逆方向。しかももう雪ないしな。」
「そうだよね…。」
「まあ、また今度、行けばいいっか。」
え? と聞き直したくなったくらい驚いている。たしかに龍仁は「今度」と言った。ということは、次があるのつもりなのだろうか。
私はどう反応してよいのかわからず、何も言えないでいるのに、龍仁はそのまま前を見て運転している。さっきまでと何も変わらない。
「舞音はこの10年、どう過ごしていたの?」
「え、あの、『どう』って、どういうこと?」
まだ動揺している私とは対照的に、龍仁は何も気にせずに話しかけてくる。
「どうって、どんな20代だったのかな? と思って。」
「どんな20代って言われても…。ただ仕事してるだけだったな。」
「彼氏とかは?」
「え??」
龍仁はどんどん突っ込んで聞いてくる。
「居ないよ。」
「今だけ居ないの?」
「いや、ずっと居ないよ。大学3年生で別れてからずっと。」
「そうなんだ。」
龍仁の反応はいたって無機質だった。喜んでも悲しんでもいない。龍仁と恋バナをするといつもこうだった。
「龍仁はどうなのさ! キョーコさんたちと『色々あった』って言ってたじゃん。」
「え、オレ?」
自分の方に話が向いてくると、龍仁は少し嬉しそうにニコニコし始めた。照れ隠しに少し溶けてきたフラペチーノを一口飲んでいる。
「うん。色々あった。」
「だから、色々ってどんな色々があったの?」
「彼女は何人かいた。」
「いつ頃?」
「九州にいた頃だから、4年くらい。」
「まあ、普通じゃない? どこが色々なの?」
そう聞くと口元をモゴモゴさせて、答えるのを渋っている。
「その間に5人いた。」
「おー、それは、多い、ね…。」
学生時代もそれなりに彼女が居たはずだが、自分の意思で女を取っ替え引っ替えするような人ではなかったはず。
「最初の3人は1年目だったんだけど、職場の人だったんだよね。でもコロナだったじゃん。割とすぐ家に来るようになったんだけど、家に来たら『冷めた』って振られてさ。」
「なんで冷めたんだろうね。家汚いわけでもないでしょ。」
「うん。来たことあるじゃん。」
「元カノグッズ、置いてあるとか?」
「全部捨てたよ、別れたときに。しかも引っ越しもあったし。学生時代の人はもう名前もあやふやだよ。」
龍仁は本当に思い当たる節がないようだった。前を向きながらずっと眉間にシワを寄せている。
「その次は2年目の後半かな? クリスマスは一緒だったけど、そこで振られちゃったんだ。」
「龍仁ってそんなに振られる人だったっけ?」
「いや、学生時代はそんなこともなかったような気する。」
「だよね。なんでクリスマスに振られたの?」
「ゼミの忘年会行きたいなーとか、卒論大変だったけど楽しかったよなーとか。そんな話してたら、『もういい』だって。付き合って2か月経ってなかった。」
若い社会人が学生時代を懐かしむのはよくある話だと思うから、きっとそれ以外に彼女たちに合わない何かがあったのだろう。
「最後の人は、どうだったの?」
「3年目の夏から1年くらい付き合った。」
「続いたじゃん。」
「もう26歳だったからね。正直、結婚に焦っていたのもある。」
「出会いは?」
「マッチングアプリ。」
「本当に焦ってたんだね。」
「うん。高校の同期がバタバタ結婚し始めて、ちょうどコロナも落ち着いてきて、結婚式も呼ばれたら、その度に早くしなきゃって気持ちになっててさ。」
「いい人だったの?」
「まあ。ひとつ年下で、あっちも結婚に焦ってるみたいだった。賢いし気がきくし、本当に出会いがないから彼氏が居なかったんだろうなって感じだった。」
5人目の話をする龍仁は幸せそうに、柔らかい笑顔で前を見つめていた。終わった話とはいえ、知らない女のことをこんな笑顔で話されると、少し気まずくなってしまう。
「どうして別れたの?」
「あの時はオレが振った。」
「なんで?」
それまで上機嫌に話していたのが、急に眉をひそめ、目線もなんとなく下向きになってきた。
「彼女には『オレはもったいない』って言った。」
「本心は? 本心はどうだったの?」
「彼女には」なんて言うものだから、きっと何か裏の気持ちがあったのだろうと、聞いてみたら、龍仁は、気まずい時の「あー」とも「うー」ともつかない声で困り始めた。なんと答えるのか、私のほうも気まずく、ドキドキとしてきてしまう。そのまましばらく時間が過ぎ、車はサービスエリアに入っていく。そのまま駐車場に入り、エンジンスイッチをきる。
「もっと青春がしたかったから。」
「え?」
「さっきの答えだよ。最後の彼女と別れた本心。」
「龍仁にとっての青春って?」
何も音がしなくなった車内に龍仁の少し荒くなった呼吸だけが聞こえる。
「もう誰とも付き合えなくなる。舞音と付き合えなくなるのが、嫌だって気づいたから。」