何度か目を覚まして、やっと起き上がったときに時間を確認すると8時を回っていた。

 (ここは、どこ?)

 ホテルだ。そう、飯森先生の退官パーティーで10年ぶりに大学近くまでやって来ているんだった。

 (チェックアウトは何時?)

 こればっかりは、記憶だけに頼るわけにいかず、少し痛い頭を起こして、テーブル上のチェックイン情報を確認する。11時だ。ゆっくりしたいなぁと、なるべく遅い時間に設定したんだった。

 (朝ごはんは?)

 同じくチェックイン情報を確認すると、ちゃんと申し込んであった。時間は9時ラストオーダー。


 酔いで吹っ飛んだ諸々の情報を整理して、すぐに朝食に出かけないと行けないことを理解する。シャワーは後にして、とりあえずの身支度を整える。その途中でスマホを確認して、キョーコさんとのラインを見つけた、というわけだ。
 こんなに酔ってしまったのは、3年生の忘年会以来だ。気が張っていれば、どれだけ飲んでも酔わないのに、龍仁のことが気になると酔ってしまうようだ。
 朝食はバイキングだったが、いつも通りパンを食べ、コーヒーを飲む。
 龍仁とドライブ。
 そんな非日常な時こそ、いつも通りを心がけようとする。いつも通りといっても、せっかく手にとったクロワッサンは焦がしてしまうし、コーヒーに入れる砂糖を取り損ねてしまうし。踏んだり蹴ったりな朝食だった。
 デザートにヨーグルトを食べようと、器によそっているときに、左手首のスマートウォッチが震えた。

 「ごめん。今起きた。」

 龍仁からのラインだった。さらに通知が2件来ているが、ヨーグルトをよそっているこの姿勢では見ることができない。席に戻って確認すると、迎えは12時近くなること、今日中には盛岡に着けそうにないことが連絡されていた。

 「わかった! 私もゆっくりしてるね!」

 サクッと返信して、目の前の苦いコーヒーとヨーグルトに向き合う。

 (龍仁と、泊まり?)

 今日中に着けないということは、そういうことだ。同じ部屋に泊まる? それはちょっと、いくら同期といっても、いい大人が節約のために同部屋にはしないものだろう。仮に別だとしても、明日まで龍仁と一緒に居られることが確定した、ととらえて良いだろうか。
 そんなことを考えている間に、ヨーグルトの上に浮かんだいたブルーベリージャムはすっかり沈んでしまった。ふと顔を上げると、店員さんと接客ロボットが料理を片付け始めている。どうやらラストオーダーの9時を回っているみたいだ。
 なるべくご迷惑にならないように、手早くヨーグルトを混ぜて色を取り戻し、デートに向けての腹ごしらえを終えた。


 準備と荷物の整理を終え、チェックアウトギリギリにホテルを出る。チェックアウトも機械のみで終了。龍仁が来る予定の12時近くまでは、新しくできていた駅ビルのコーヒーショップでくつろぐことにした。

 「30代 デート」

 「ドライブデート 注意点」

 「同窓会 告白」

 これから起こることの予習として、考えられることを検索しまくる。どんな情報を見ても似たり寄ったりで、結局は自分の気持ちに素直に生きていくしかないことを思い知らされる。一杯目のラテが飲み終わりそうなところで、龍仁からラインが来た。駅前の駐車場まで来たようだ。
 ここから、私の、私たちの、10年越しの卒業旅行が始まる。


 「待たせたな。」

 「ううん。新しい駅ビル楽しめて、ちょうどよかったよ。」

 「途中、寄りたいところ、ある?」

 「うーん、特に。本当にありがとうね。」

 新しい駅ビルに移転したフードコートで落ちあった。日曜日の12時とあって、どの店も混んでいて、人もたくさんいたが、グレーのパーカーを着た龍仁はすぐに見つかった。

 「ご飯食べた?」

 「いや、お昼はまだだけど、朝食べたから、今じゃなくても大丈夫。でも、食べてから出発したいよね。」

 私のこたえを聞いて、龍仁は「そっかー」と少し考え、私の目を見つめて来た。

 「じゃあ、『あさがお』行こう!」

 「あ、いいね! 行こう行こう!」

 「あさがお」というのは、大学から龍仁の駐車場だったところの途中にある町中華だった。1,000円でお釣りが来るお手頃な値段設定なうえに、盛りがよくて、近場で外食しようとなったときには必ず候補に上がって来る店だった。
 最初の目的地が決まると、駐車場に向かい、龍仁の新しい車に乗り込む。黒いSUVだ。

 「よろしくお願いします。」

 「舞音っていつまでも律儀だな。安全運転で行きまーす。」

 学生の頃と変わらない挨拶で、私たちの卒業旅行が始まった。