「湊、今日ボーカルのオーディションだから」
「俺のことは気にしなくていいよ。みんなで決めて」
「湊は誰が来たって納得しないからなぁ。ハードル高すぎ」
 あれから、ギターを趣味に、高校大学と進学した俺は、大学時代に学際で演奏した曲がSNSでじわじわ人気が出て今やミュージシャンの端くれだ。
 大学の同級生で組んでいたバンドのボーカルが急に脱退することになった。仲互いしたわけじゃない、円満な離脱だ。今日はその抜けたボーカルの何度目かのオーディション。
「湊、また新しい曲作ってんだろ? 毎年この時期になると完成させてくるよな。それ、提供してくんね?」
「だめ。これは俺のライフワークだから」
 一年かけて新しい曲を作る。二月に間に合うように完成させている。バンドに提供するやつじゃない。波音に贈るための曲だ。
「それにしても、湊のそのギター年期入ってんなぁ」
「まあね」
「中三の終わりから使ってるって言ってたっけ。おまえ、ずっとそのギターが彼女だもんなぁ。ファンは安心するだろうけど、人間の女に興味がないなんて信じられん」
 別に興味がないわけじゃない。誰にも、興味がわかないだけだ。俺の心は、あの冬から少しも熱を帯びない。
「俺はこのギターがあればいいんだ」
「大事な人からもらたって言ってたよな、別れた恋人のだったりして」
「そんなんじゃない。友達のギターだったのを譲ってもらったんだ」
「友達ねぇ。まあなんでもいいけど」
 あれから、俺はずっと波音を探している。決して起こらない奇跡にすがって生きている。
「そろそろオーディション受ける子くるから用意して」
「へいへい」
 誰が来たって同じだ。誰の声も俺には響かない。俺のギターに合わせられる声は、たったひとつかない。だけど、その声はもうこの世に存在しない。

そのはずだった

「初めまして、今日はよろしくお願いします!」
 心が震える。息が止まる。記憶が一気に巻き戻る。
 扉を開けて入ってきた声を聞いて俺は顔をあげる。間違いない、俺が、この声を間違えるはずがない。
「わっか、高校生くらい? 下手したら中学生」
 隣から仲間が耳打ちしてくる声が、少しも聞こえてこない。
「見つけた……」
「え? なんか言ったか湊」
 奇跡が起きた。波音が約束を果たしてくれた。
「ちょっと合わせたいから一曲歌って欲しい」
「珍しいな湊、おまえが乗り気なんて初めてじゃん。君、ちょっと今すぐ歌える?」
「もちろんです!」
「なに弾く湊」
 そんなの決まっている。自然と指が動く、俺が始めて作って、波音が歌った曲。
「おい、こんな曲知らねぇよ湊。誰の曲だよ」
「歌詞は適当でいいから」
「無茶振りかよ、君、歌える?」
「はい、たぶん大丈夫です。ずっと昔に聞いたことがあるから」
 彼女が歌う。懐かしい声。懐かしい言葉。ずっと君を探していた。ギターを構える。弦を弾くと声が重なる。ずっと、会いたかった。やっと見つけた。会いに来てくれてありがとう、波音。

 奇跡は起こる それを 俺達だけが知っている