写真は、十年前のものを選んだ。
 どうしたって僕が見繕うしかない。満開の桜を背に満面の笑みを浮かべた一枚を、僕はまるであなたへの当てつけとばかりに選び取り、葬儀社の担当スタッフへ手渡した。

 あの頃のあなたはよく笑った。些細なことでも、あるいは僕が少々つまらないと思ってしまうことでも、それは楽しそうに。
 あなたが笑わなくなったのはいつからか。僕はそれすら思い出せないから、きっと、あなたは僕の手をすり抜けるように、僕に打ち明けることも助けを求めることもなくその選択をしたのだ。

 細首にかかる縄紐の結び目が、妙に鮮明に目を焼いた。
 それから、床から浮いた足の甲が、だらりと爪先を下向けているさまも。

 僕にとっては突然の。
 あなたにとっては、多分、計画的な。

 仕上がった遺影は、吐き気がしてくるくらいに素晴らしい出来栄えだった。
 遺影のあなたは笑っている。十年前の写真であるにもかかわらず、果てのない暗闇をやっと抜け出せた喜びに、今まさに飛び上がっているかのような顔だ。
 写真の中に閉じ込められたあなたの顔を、葬儀社のスタッフが心配そうに声をかけてくるまで、僕はただただ穴が空くほどに見つめ続け、けれどどうしたところで泣くことすらも許されていない気にさせられるだけだ。

 あなたがそれほどの暗闇の中で藻掻いていたことなど、結局、僕はあなたが生きているうちは少しも理解できなかった。
 だから今、こうして、あなたが抜け出せたその暗闇に、代わりのごとく突き落とされてしまっている。

 今度は、僕の番なのだろう。

 知らなかった。
 果てのない暗闇には、絶望さえも残っていない。
 隣の花束が不意に揺れ、僕は笑うあなたから目を離した。

〈了〉