『ねぇ、蛍石って見たことある?』
『ありません』

 ――それはどんな石なのですか。

『綺麗な石よ。流れる水みたいにキラキラ光って、なのに夕焼けみたいにも見えるの』
『意味が分かりません』

 ――ああ、きっと笑うあなたの瞳によく似ているのでしょうね。

『あなたにも見せてあげたいわ。本当に綺麗なのよ』
『私には必要ありません』

 ――見てみたい。叶うなら、あなたと一緒に。

 振り返れば、あなたには嘘ばかりついていた。来る日も来る日も、頑なに。
 あなたはそんな私にいつも笑い返していたけれど、いっそ、あなたも私に嘘をついてくれれば良かったのだ。
 例えば今、その窮屈そうな棺の中に横たわっていることを、嘘だと言いながら笑って起き上がってくれたら。

 そうしてくれたなら、私は、今度こそあなたをこの両腕で抱き留めてみせるのに。

 今にも目を覚ましそうなほど、あなたの容れ物だったそれは瑞々しさを保っていて、まるで精巧に模られた人形のようだ。そのことが余計に私を追い詰め、居た堪れなくする。
 私に一度も嘘をついたことのないあなたは、もうその目を開かない。あなたの語る美しい石、見知らぬそれに私はあなたの瞳を何度も重ねては憧憬を深め、けれどあなたは二度とその瞳に私を映しなどしない。

『お嬢様のお気持ちには応えられません』

 いつかの自分の声が、耳の奥を脳髄ごと刺し貫く。
 あれも嘘。それも嘘。どれもこれも、あなたに告げたすべてが偽り。

 数多の花に埋もれたあなたの顔を見つめる。自害の痕跡は見えない。入念に隠されているのだろうと察した。
 あの日あなたが語って聞かせてくれた蛍石、その本当の輝きを私に伝えることなく、あなたは私を置いて旅立ってしまった後。

「……お嬢様」

 呼びかけたら目を覚ましてくれるのでは――甘ったれた夢が、儚く露と消える。

 ああ、と声が零れた。
 私は、もっと早くあなたへの嘘を捨てるべきだったのだ。
 私の蛍石が、知らないままのその輝きが、こうして永遠に喪われてしまう前に。

〈了〉