摂氏三十四・九度。
 猛暑日に限りなく近づいた、まだギリギリ真夏日判定の空の下で、撒いたばかりの打ち水に濡れた庭の土が独特の匂いを放っている。

 ほろほろに溶けかけたオレンジ味の氷菓へ、音を立てて(かじ)りつく。
 最後のひと口は、しゅん、と口の中で頼りなく崩れて溶けた。別に特段美味しいと思っていたわけでもないのに、なんとなく名残惜しくなる。

 ……今食べたアイス、向日葵の花びらと同じ色だったかも。
 眼前に広がる数輪の向日葵と影をぼうっと眺めながら、やはりぼうっと思う。

 打ち水を照らす陽の光が眩しすぎて、堪らず目を細めた。

 夏の終わりまでに、あと何度打ち水をするだろう。
 あと何度、嘘っぽい味の氷菓を齧るだろう。

 夏は、寂しい思い出を寂しいと思う暇がなくて、それがいい。

〈了〉