昨日までの曇天が嘘のようだ。
目が痛くなってくるほど真っ青な空のせいで、少し気が遠くなる。
湿気を吸い上げてもくもくと育った入道雲が、まだ乾ききっていないグラウンドの水溜まりに反射して、私は堪らず目を細めた。
『来年の今頃、私らってなにしてるんかなぁ』
さっき聞いた友達の声が、頭の中でぐるぐる回る。
一ヶ月後の自分さえ想像できないのに、一年後のことなんて到底考えられない。私に分かるのは、今見えているキラキラの水溜まりと、今聞こえてくる運動部のかけ声と、今全身を包み込んでいる雨の終わりの匂いくらいだ。
ここ最近降り続いていた雨のせいで、私の気持ちはすっかりアンニュイだ。
私をこうしたのは昨日までの雨のくせに、雨上がりの景色は私を置いてきぼりにしてこんなにも眩く煌めいていて、八つ当たりしたい気分になる。
滴る汗を拭いながら、通学鞄にぶら下げたてるてる坊主に目を向けた。
バスケ部の友達と一緒に作ったって言ってたな、と思い出してつい口元が緩んだ。
『来週の試合が終わったら、聞いてほしいことがある』
私にこのてるてる坊主を手渡しながら、珍しく真剣な顔で喋る、昨日の放課後の君の顔を思い返す。ますます緩んでしまった口元を、私は思わず片手で覆った。
ティッシュ製のやわやわなてるてる坊主を大雨の日に渡すか、普通?
そもそもバスケ部って屋内で試合するし、てるてる坊主とか要らなくない?
ていうか、それを私に渡すのはなんでなん?
……とは訊かなかった。
訊かなかったし笑いもしなかったけれど、きみのそういう一見わけの分からないところ、面白くていいなと思う。
願掛けとか、きみはわりと好きそうだ。
それに、思いつくまま手近なもので願掛けアイテムを作ってしまいそうでもある。
すごくきみらしい。このてるてる坊主、そのものが。
一年後の自分がどうしているかなんて全然分からないし、雨上がりは嫌いだし、私は私のことをあんまり好きではないけれど、きみのことは好きだ。
私が持っていないものをたくさん持っているから、なのかもしれない。
『聞いてほしいことがある』
それってなんだろう。考えすぎて、昨日の夜はあまり眠れなかった。
一年の頃から気軽に話せる仲だったし、もう付き合っちゃえよ、と何度も周囲にからかわれてきた私たちだ。
おこがましいことを考えている自覚はあるけれど、例えば告白されたとして、その瞬間に私たちは今の私たちには戻れなくなる。私がどう返事をするかなんて関係なくて、ただ、今の場所には二度と戻ってこられない。
それよりなら、変えないままのほうがいい気がしていた。
この二年あまり、私からは一度だって気持ちを伝えようとしなかったのも同じ理由だった。でも。
嫌になる。だってもう三年の夏だ。
残り半年程度しかない。今の心地好い距離感で、きみと笑い合っていられる時間は。
焦る。今のままでいいのかな、ここに留まっていていいのかな、そうしているうちに皆は先に行っちゃわないかな、きみも私を置いていっちゃうのかな――考えたくないのに考えてしまう。
自分で選択するしかない時期に差しかかっていることがあれもこれもと多すぎて、怖くて重くて、今にも足が止まってしまいそうになる。
きみは、こういうときどうするんだろう。
なにを選ぶんだろう。どうやって選ぶんだろう。
見てみたい気がする。教えてほしい気もする。
来週の試合の後なんて待っていられない。
教えてほしい。できれば、今すぐ。
昇降口をくぐったばかりの足が、自然と、今来た道を戻り始めてしまう。
外で活動する運動部のかけ声が遠のいて、代わりに体育館の床を鳴らすボールとシューズの音が近くなる。
雨の終わりの匂いがふつりと途絶える。
逸る気持ちを抑えきれず、私は足を大きく前に押し出した。
〈了〉
目が痛くなってくるほど真っ青な空のせいで、少し気が遠くなる。
湿気を吸い上げてもくもくと育った入道雲が、まだ乾ききっていないグラウンドの水溜まりに反射して、私は堪らず目を細めた。
『来年の今頃、私らってなにしてるんかなぁ』
さっき聞いた友達の声が、頭の中でぐるぐる回る。
一ヶ月後の自分さえ想像できないのに、一年後のことなんて到底考えられない。私に分かるのは、今見えているキラキラの水溜まりと、今聞こえてくる運動部のかけ声と、今全身を包み込んでいる雨の終わりの匂いくらいだ。
ここ最近降り続いていた雨のせいで、私の気持ちはすっかりアンニュイだ。
私をこうしたのは昨日までの雨のくせに、雨上がりの景色は私を置いてきぼりにしてこんなにも眩く煌めいていて、八つ当たりしたい気分になる。
滴る汗を拭いながら、通学鞄にぶら下げたてるてる坊主に目を向けた。
バスケ部の友達と一緒に作ったって言ってたな、と思い出してつい口元が緩んだ。
『来週の試合が終わったら、聞いてほしいことがある』
私にこのてるてる坊主を手渡しながら、珍しく真剣な顔で喋る、昨日の放課後の君の顔を思い返す。ますます緩んでしまった口元を、私は思わず片手で覆った。
ティッシュ製のやわやわなてるてる坊主を大雨の日に渡すか、普通?
そもそもバスケ部って屋内で試合するし、てるてる坊主とか要らなくない?
ていうか、それを私に渡すのはなんでなん?
……とは訊かなかった。
訊かなかったし笑いもしなかったけれど、きみのそういう一見わけの分からないところ、面白くていいなと思う。
願掛けとか、きみはわりと好きそうだ。
それに、思いつくまま手近なもので願掛けアイテムを作ってしまいそうでもある。
すごくきみらしい。このてるてる坊主、そのものが。
一年後の自分がどうしているかなんて全然分からないし、雨上がりは嫌いだし、私は私のことをあんまり好きではないけれど、きみのことは好きだ。
私が持っていないものをたくさん持っているから、なのかもしれない。
『聞いてほしいことがある』
それってなんだろう。考えすぎて、昨日の夜はあまり眠れなかった。
一年の頃から気軽に話せる仲だったし、もう付き合っちゃえよ、と何度も周囲にからかわれてきた私たちだ。
おこがましいことを考えている自覚はあるけれど、例えば告白されたとして、その瞬間に私たちは今の私たちには戻れなくなる。私がどう返事をするかなんて関係なくて、ただ、今の場所には二度と戻ってこられない。
それよりなら、変えないままのほうがいい気がしていた。
この二年あまり、私からは一度だって気持ちを伝えようとしなかったのも同じ理由だった。でも。
嫌になる。だってもう三年の夏だ。
残り半年程度しかない。今の心地好い距離感で、きみと笑い合っていられる時間は。
焦る。今のままでいいのかな、ここに留まっていていいのかな、そうしているうちに皆は先に行っちゃわないかな、きみも私を置いていっちゃうのかな――考えたくないのに考えてしまう。
自分で選択するしかない時期に差しかかっていることがあれもこれもと多すぎて、怖くて重くて、今にも足が止まってしまいそうになる。
きみは、こういうときどうするんだろう。
なにを選ぶんだろう。どうやって選ぶんだろう。
見てみたい気がする。教えてほしい気もする。
来週の試合の後なんて待っていられない。
教えてほしい。できれば、今すぐ。
昇降口をくぐったばかりの足が、自然と、今来た道を戻り始めてしまう。
外で活動する運動部のかけ声が遠のいて、代わりに体育館の床を鳴らすボールとシューズの音が近くなる。
雨の終わりの匂いがふつりと途絶える。
逸る気持ちを抑えきれず、私は足を大きく前に押し出した。
〈了〉