ぴちょん。ぴちょん。
 雨の()ねる音がする。静かな夜の空気を裂き、その音は妙にはっきりと寝床の僕の元まで響く。

 澄んだ雨音へ溶けるように、ふたり分の呼吸音が混じり込む。
 ひとつは眠れずにいる僕の浅い呼吸、もうひとつは君の健やかな寝息だ。

 僕がひとりきりで過ごしてきたこの世界へ、君が土足で足を踏み入れてきてから、幾日が過ぎただろう。
 僕はただ君に堕ちていくばかり。冷えた身体を労っては、食事を抜きがちな僕を叱る――そうやって、君は懐かしい感情を僕に呼び起こさせる。とっくに人ではなくなった僕へ、まるで人であるかのように接してしまう。

 余計なお世話だ、と突き放してしまいたいのに、結局できずじまいでずるずると今日まで過ごしてきた。
 失って久しかったはずの感情は日に日に育ち、そろそろ僕はそれに押し潰されそうで、息苦しさを覚えるたびに君の首へ手をかけてしまいそうになる。
 君の寝息は不愉快なほど穏やかだ。もし僕が君の細首をひねり潰し、ひと思いにその呼吸を止めようと試したら、君はどうするだろう。それでもいい、と僕に寄り添ってくれるだろうか。それとも、藻掻き苦しみながら僕を睨みつけ、人殺しと罵るだろうか。

 雨音がひときわ大きくなった気がして、僕ははっと我に返る。

「   」

 咄嗟に呼びかけたが、眠る君から返事があるはずもなく、僕は自嘲の笑みを落とした。

 ……愚かだ。
 人の世では生きにくいからと亡霊(ぼく)に寄り添ったところで、君が幸せになれるわけはないのに。

 雨の季節が終わるのが先か、君を手にかけたい欲が育ちきるのが先か。
 君を手放したくない僕は、こうして人間の真似ごとをしながらも、今日もまた眠りに就けないまま。

〈了〉