それからの数日はケーキ屋に映画、ボウリング、あまりに充実した日々だった。一葉と思い切り遊び尽くした。

「そういえば、一葉、ごめん。交互にやりたいことをする約束だったのに」
「次は私がしたいことを三個言うからいいの!それにケーキ屋と映画は同じ日に言ったから、瑞樹が使ったのは二日だけよ?まだまだ私もしたいことがあるから、瑞樹には付き合ってもらうわよ!」

 それから、僕たちは日々を精一杯楽しみ続けた。一葉に会わない日も、僕は毎日好きなことをした。

 充実した毎日を過ごすうちに、季節は春に変わっていた。

「桜の季節ね!お花見に行かなくちゃ!」
「お花見か。久しぶりだな」
「え!久しぶりなの!じゃあ、楽しさ2倍ね」
 
 相変わらず、一葉の考え方は優しかった。そんな一葉の考え方に僕は今日も救われている。
 僕達は、近くの桜の名所まで向かうために電車に乗った。僕達が電車に乗っていると、小さな男の子がお母さんと一緒に電車に乗りこんでくる。男の子は手にペットボトルのジュースを持っていて、前を見ていなかったようで僕にぶつかった。緩んでいたペットボトルの蓋が床に落ちて、僕の服に少しジュースがかかってしまう。
 男の子のお母さんが慌てて、僕に謝る。

「本当にすみません!弁償させて下さい」
「いえいえ、これくらい全然大丈夫ですよ。それに洗えば落ちそうなので」
「せめて、クリーニング代だけでも……!」
「本当に大丈夫ですよ」

 お母さんは申し訳なさそうに頭を下げた後、男の子に話しかける。

「ほら、晴斗《はると》も謝って」
 
 男の子も涙目で僕に「ごめんなさい……!」と謝ってくれた。僕はしゃがんで、男の子に視線を合わせる。

「大丈夫だよ」

 僕が笑いかけると、男の子は安心したように笑った。親子は最後まで頭を下げながら、次の駅で降りて行った。 
 すると、一葉が僕をツンツンとつついて、話しかける。

「瑞樹は本当に優しいわね」
「一葉だったら、怒るの?」
「怒らないけど、お気に入りの服だったら悲しいわ」
「じゃあ、一葉も優しいじゃん」

 その時、近くにいた女子高生が僕の服を指差して、話しているのが聞こえた。

「あの子、服にジュースかけられたみたい」
「うわ〜、可哀想」

 「可哀想」という言葉に僕の心臓はドクンとなった。昔から病気で「可哀想」とよく言われることがあった僕は、「可哀想」と言う言葉が苦手だった。

「瑞樹?」
「あ、ごめん。『可哀想』って聞こえたから」
「ああ、確かにあんまり良い言葉じゃないかもしれないわね。でも、私はあんまり嫌いじゃないのよね」
「そうなの?」
「うーん、なんていうか、こう自業自得であることには言わないじゃない?例えば、勉強を全くしなかった人が点数が悪くても『可哀想』とは思わないじゃない?だから、なんか『貴方のせいじゃないよ』って言われてるみたいで嫌いじゃないの」

 きゅうっと喉元が熱くなるの感じる。ああ、きっと僕は今、泣きそうなんだ。
 ずっと、「可哀想」と言われるのが辛かった。悲しかった。でも、今、この瞬間に一葉が僕が今まで言われた「可哀想」と言う言葉を「貴方のせいじゃない」に変えてくれたんだ。
 その時、電車が目的の駅に着く。一葉が電車を先に降りて、僕を振り返る。

「さ!早く行きましょ!桜が待ってるわよ!」

 きっと一葉と見る桜は、今まで一番綺麗な予感がした。