今日は、病院の診察の日。前はぼーっと受付番号が表示されるモニター画面を見ていた。でも、今日は違う。携帯で次にしたいことを探していた。
 少し遠いけど、このケーキ屋美味しそうだな……。あ、この映画も見たいかも!あー、でも、たまにはボウリングとかもいいなぁ。

「……くん、瑞樹くん!」

 誰かに呼ばれている声がして、僕は慌てて顔を上げた。いつもの看護師さんが立っている。

「受付番号が画面に出てるのに診察室に入って来ないから、見に来たの」
「あ、すみません!」
「全然いいのよ。集中出来ることがあって良かったわ」

 診察室に入ると、山川先生がいつも通りで笑顔で挨拶をしてくれる。

「瑞樹くん、おはよう。今日も顔色が良さそうで良かった。それに、今日はとても楽しそうだ」

 最近、好きな場所へ遊びに行っていることを、僕は山川先生に話す。

「それは良かった。というより、私もその話が聞けて嬉しいよ」
「……?」
「いや、当たり前のことだけれど、瑞樹くんに余命を宣告したのは私だ。それでもね、もちろん私も諦めたくなんてないし、君には少しでも長く笑顔で過ごしてほしい」

 山川先生がカルテに目線を向ける。

「小さい頃から知っているんだ。どうにか出来ないかと考えない日はないよ」
「山川先生」
「うん?」
「僕、先生には感謝しかありません。もちろん、看護師さんにも。先生も看護師さんも親身になってくれていること、僕の病気に真剣に向き合ってくれていること、しっかりと伝わっています」
「瑞樹くんも大人になったねぇ。本当にしっかりしてるし、優しい」
「優しい……?」
「ああ。うーん……なんていおうか……。これからの言葉は医者としてではなく、一人の瑞樹を小さな頃から知っている人間として聞いて欲しいんだけど」

「君は優しい。お礼も言えるし、気も遣える。それは、とても凄いことだ。それでもね、優しい人だからこそもっと自分勝手に生きても私は良いと思うんだ。優しい人間が少し自分勝手に生きたところで、最低な人間にはならないだろう。だから、人に気を使いすぎて、疲れないでほしい。瑞樹くんの人生は瑞樹くんのものなのだからね」

 先生の隣で、看護師さんも優しく微笑んでくれる。そんな言葉をかけた後、先生は「よし!」と大きな声で言った。

「さ!これで、瑞樹くんの知り合いのただのおじさんは終わろう。じゃあ、今からはちゃんと医者として薬の処方箋を書くよ」

 山川先生はパソコンに向き直り、文字を打ち込んでいく。その様子をぼんやり見ながら、僕は本当に優しい人達に囲まれているなぁとしみじみと感じた。
 診察室が終わり、薬局に向かう。薬局の人も、今日も変わらず優しかった。僕を囲む優しい人達に出来る恩返しはなんだろう。
 山川先生は、「もっと自分勝手に生きてほしい」と言った。きっと僕に関わってくれた人に出来る恩返しは、僕が日々を楽しむことだろう。
 僕は自分の両頬をペチンと叩いた。携帯を取り出し、一葉にメッセージを送る。

「次にしたいこと決まった。ケーキ屋と映画とボウリングに行きたい」

 すぐに既読がつき、ピコンと一葉からメッセージが入る。

「欲張りね!最高!」

 さぁ、したいことを全部しようじゃないか。