「ありがとう、ここまで送ってくれて」

「ううん。俺の家もすぐ近くだからさ」

辺りはすっかり夜の静けさを孕んだ時間帯になってしまった。

所々光はあるものの住宅街の夜は、ひっそりとしていて少々不気味さが拭いきれない。

私たちの横を通り過ぎていく仕事終わりのサラリーマンやバイト終わりの大学生らしき者たち。

みんな仕事や1日の疲れが、表情に表れているようにも見えるが、どこか幸せさも滲み出ている。

きっと忙しくても毎日が楽しくて仕方がないのだろう。

以前の私がそうだったように...今では1日が終わってしまうことが名残惜しい。

目の前に佇んでいる彼の余命は残りどのくらいなのだろう。

本人も把握できてはいないらしいが、できるだけ長く生きてほしい。

私の叶えたい願いといったら、このくらいだ。

「じゃあ、また明日学校でね。気をつけて帰るんだよ」

「おう! また明日学校でな!」

「うん。バイ・・・」

「バイバイは別れの言葉だよ。もう会えなくなるみたいで悲しくなるから、その言葉はさ・・・」

「あ、ごめん」

「俺はまた明日も足立さんに会いたいから!」

「うん。私も同じだよ。それじゃ、またね!」

「またな!」

繋いでいた温かな手が、ゆっくりと抜け落ちるように離れる。

私の手に残った彼の温もり。すぐにでも無くなってしまいそうな程の微熱。

タッタッタとアスファルトを蹴り上げる音と共に、私の前から颯爽と消えゆく背中を見えなくなるまで目で追い続けた。

暗闇へと溶け込んでゆくその背中から一瞬たりとも目を離さないように。

次第に小さくなっていく背中。あんなに大きかったはずの背中が、目を細めないと見えないほど小さくなっている。

寒くて仕方がなかったはずなのに、私を送ってくれた彼。

自分のことよりも私を...そんな彼が私は好きなんだ。

伝えることができない想いと同じように、気付けば私の手からは彼の熱が消えてしまっていた。

「バイバイは別れの言葉か・・・そうだよね。まだ私たちが別れるには早いよね」

素敵な考え方だと思った。普段何気なく使っていた「バイバイ」もこれからは、極力使わないようにしよう。

また明日も会いたいと思う相手には特に。

あぁ、早く明日にならないかな。彼にまた会いたくなってきてしまった。

「またね」と言った数分前の瞬間が恋しくなるなんて...

まだ私は知らなかった。病の進行が思っていた以上に早まっていることに...

数日後に、この言葉を使うことになろうとは思ってもいなかった。

突如、降りかかった予想だにしない悲報。

それは、私が余命1週間を切った時に知らされた知りたくもない現実だった。