会話をすることなく歩くことおよそ10分。

学校を出てから私たちの間に会話はない。

普段なら沈黙は苦手なのに、不思議と心地がいいのはなぜだろう。

隣を歩いている彼もそう思っていたらいいのになと、ついつい淡い期待をしてしまう。

私のことなど眼中にすらないのだろうけれど。

「あ〜、寒い」

「寒いの?」

「うん。めっちゃ寒い。カイロを何個もポケットに入れたり、服に貼ったりしてるんだけど、全く熱が感じられないんだよね。本当に熱を持っているのか不安になるけど、友達には聞けないから困ってるんだ」

わかるよ。私のポケットの中にも無数のカイロが今も熱を生み出している。

もちろん、温かさは感じることはできない。常人なら間違いなく火傷してしまうに違いない。

「そうなんだね。日常生活とか不便じゃない? 色々と人との接触とかあるだろうし・・・」

「めっちゃ大変だよ。特に授業中とか、後ろの人にプリントを渡す時とか手が触れそうになるから、その時触れないように意識するのとかね。もし、触れちゃったら驚かれるからさ」

「わかる!」と喉まで出かけたが、何とか堪えた。

共感したい気持ちも山々だったが、間違いなくバレてしまうことは確実。

高まる思いをグッと押し殺し平静を装う。自分の感情を殺すことには、慣れたはずなのに彼の前だと途端に難しくなる。

同じ病を患っている者同士だからなのか、恋をしている相手だからなのか。

どちらにせよ、彼が相手だと油断してしまうことだけは確かなこと。

「そんなに冷たいの?」

「確かめてみる?」

「えっ」

私が言葉を発するよりも先に彼の手が、私の手を掴んだ。

咄嗟に振り払おうとしたが、思っていた以上に彼の握りしめる力が強くて振り解けない。

氷よりもさらに冷たいものが、私の手を覆う。

ゾクっとした感覚が背筋をスーッとなぞっていく。

ひんやりなんて生ぬるいものではない。本当に人の手なのかと疑ってしまうほどに冷たかった。

冷凍庫に長い間手を入れていたかのように、生きている者の手とは思えない。

「足立さんの手、温かいね。俺の手、生きている人の手じゃないみたいでしょ。自分ではわからないけど、こうして他人と触れてみるとまじまじと実感させられる」

「温かい」と言いながら、私の手を優しく包む大きな手。

嘘ではなかった。少しだけ彼が白雪病ではないと思っていたが、今確信に変わってしまった。

信じたくはないが、信じなければならない現実。

「私は健康体だからね。温かいでしょ?」

「うん。温かいよ・・・だから、もう少しだけこのままでいさせてよ。ちょっと冷たいのは我慢してね」

「わかった。でも、限界が来たら離しちゃうかもよ」

「その時は、すぐにでも離していいから」

大丈夫だよ。絶対に離したりしないから。

神楽くんの手を冷たいけれど、本当は私の手だって同じくらい冷たいんだから。

安心して。私たちは似た者同士なんだよ。

それに、私からすると願ってもいない幸せなの。好きな人と手を繋ぐことができて、生きていて良かったと思えたから。

「もう少しだけ」なんて言わないで、分かれ道が来るまでこのままでいさせてよ。

指先に力を込めて彼の手を握る。私の気持ちが伝わったのか、彼も力を強めて握り返してくれた。

いつか握れなくなってしまう手を今だけは、自分の肌で感じたい。

「ごめん、痛かった?」

「大丈夫だよ」

本当は少しだけ痛かった。でも、今はこの痛みですら愛おしいんだ。

ずっとこの手を離さないでいてね。

チカチカと点灯する街灯の光。アスファルトに映し出された2人の影は、手を伝って結ばれていた。

終わりが来るであろう未来へ向けて、私たちは一歩前進した。

どんな未来が待っていようと私たちには希望などない。

せめて今だけは、この胸の高鳴りを楽しみたいんだ。

終わりが来るその日まで、私は彼のことを想い続けるために。