濁った灰色の空から、真っ白な雪が停めどなく降り続ける。

雪は降っているのに、私たちの時間は止まったかのようにどちらとも動こうとしない。

口から漏れる息が、白い煙状となって一瞬のうちに消えてしまう。

その吐息で、彼の顔が少しだけぼやけて見えた。

白い世界の中に佇んでいる彼の姿が、いつになく綺麗で、なぜか私よりも儚げだった。

「俺はさ、足立さんに笑って欲しいんだよ。無理した笑顔でなくて、心の底から楽しいとか幸せだなって、自分自身の幸福感が満たされた時に出る笑顔を見たいんだ」

「なんで私なの。神楽くんは私なんかに構わないで・・・もっと他の可愛い女の子たちがいるでしょ」

「いないよ。足立さんより可愛い人はこの世にはいない」

揺らぐことのない視線をぶつけてくる。外は寒いはずなのに、彼の目だけはメラメラと燃えているかのよう。

まるで、夏を彷彿させるギラギラとした太陽のように。

「それじゃ、帰ろっか」

前を振り向いて歩いていく彼。

そんな後ろ姿を見つめるだけの私。手を伸ばせば届きそうな距離でも、私にはそんな資格すらないのだ。

でも、なぜだろう。彼のことが気になってしまった。

まだ話して数分の関係の私たち。それでも、数分前とは違った感情が私の中から生み出されてしまったみたい。

この気持ちを『恋』と呼んでもいいのかは、定かではないが、決して心地の悪いものではない。

頭では分かっているんだ。あと1ヶ月しか生きられない私が、恋をしていいわけがないことくらい。

脳裏とは裏腹に心が躍ってしまっている自分がいることも事実。

まさか、残り1ヶ月の期限が迫った時に、絶望以外の感情が湧き上がるなど思ってもいなかった。

1年前の私も予想はできなかったであろう。

「う、うん」

彼の手を繋ぐことはできなくとも、この命が尽きてしまうまでは彼を知りたいと思った。

好きなもの、得意なこと、些細なことでもいい。

私の人生は無駄ではなかったのだと思えるような期限付きの片想いをしてみよう。

例え、この気持ちが彼に届かなくとも、眠りにつく日、安らかな気持ちで永遠の眠りにつけるように。

後悔のない1ヶ月を過ごしてみたい。

空からこぼれ落ちる雪が、体に落ちては溶ける。

いつもなら寒くて仕方がないはずの毎日が、今だけは不思議と寒くはなかった。

原因はわからない。きっと科学的根拠に基づいていない何かが起きているのだろう。

もしかすると、私の恋する乙女の気持ちが病に打ち勝っていたのかもしれない。

真っ白な雪景色に消えて行こうとしている彼の背中を追いかけるのに時間は必要なかった。

こうして、私の期限付きの恋が始まった。

確かな未来、別れと悲しみが来るのを分かった上での一生に一度の最後の恋が...