「みんなに大事な話がある」
教壇に立つ担任の声に皆の視線が集中する。
朝のホームルームらしからぬ重苦しい雰囲気の中、誰かの固唾を飲む音さえも聞こえてしまう。
シーンと静まり返る教室内。誰もが、周囲の友人とアイコンタクトを取り、これから話されるであろう話に耳を立てる。
みんな...ただし、1つの空席を残して。
教室の中心にぽっかりと空いた空席。1番このクラスにおいて、人が最も集まる場所と言っても過言ではない。
席ではなく、もちろんその座席に座っていた彼の人柄が皆を寄せ付ける。
1週間前に一緒に下校した日から、彼とは顔を合わせてはいなかった。
保健室登校をしていたらしいが、見た者は誰1人としておらず、又聞きによる噂程度のものだった。
「先生話ってなんですか」
沈黙に耐えかねた1人の男子生徒が、先生へと言葉を投げかける。
それでも、先生は口を開こうとはしなかった。
次第に雲行きが怪しくなり始める教室。
嫌な予感がした。背中がびっしょりと汗で、湿っているのがわかるほどの発汗。
お願いだから、神様今度こそは...私を裏切らないでください。
話す覚悟が決まったのか、教壇に立つ先生が息をスーッと吸う音が聞こえた。
「いいか、みんな。昨晩、神楽が亡くなったそうだ」
「は?」
誰よりも先に声を上げたのは、先ほど先生に急かすように問い詰めた彼だった。
彼は神楽くんとは、幼馴染で親友だった。普段から2人が話している様子は、遠くから見ている私でもほっこりとしてしまうほど和やかなものだったのに。
その光景すら見れなくなってしまうなんて。
「神楽はずっと、とある病気だったんだ。詳しいことは生前本人から話さないでくれと言われているので、先生にはここまでしか話すことはできない。すまないみんな。わかってくれ・・・」
「嘘つくなよ!」
静まり返った教室がピリつくほどの怒号が、誰に向けられたわけでもなく飛び交う。
「そ、そんなわけないだろ。れ、玲王が病気だったなんて。あんなに元気だっただろうが!」
「先生だって、信じられない。この前まで元気そうに笑っていた神楽がこんなにも早く・・・」
「なぁ、先生嘘だよな? 玲王が死んだなんて何かの冗談だよな? 頼むよ。冗談って言ってくれよ。俺約束したんだよ、あいつと。『美容師になったら、1番最初にお前の髪の毛を切らせてくれ』って約束したんだよ。それなのに・・・」
「水川・・・」
「なんでだよ・・・なんで病気だって打ち明けてくれなかったんだよ。俺ら小さい頃からずっと一緒で、親友だっただろ。俺はそんなに頼りにならなかったのかよ。返事をしろよ、玲王!」
深刻な面持ちで話す水川くんを見てはいられない。
静かに涙を流す彼を見ている者などこの教室には誰もいなかった。
彼の涙に釣られて涙する者も何人かいたが、私からは涙の一滴もこぼれることがない。
皆が何も書かれていない机の上を眺めるだけの人形のようにショックを隠しきれていなかった。
それほど神楽くんがクラスにもたらした影響力は大きかったのだ。
神楽くんも親友の水川くんには、自身の病気のことを話していなかった。
自分と同じように、彼もまた1人で苦しんでいたのだ。
普段の彼からは想像できないような苦しみを1人で抱えて、この世を旅立ってしまった。
チラッと気付かれないように結衣の姿を目で捉える。
涙を流してはいないが、クラスメイトが亡くなったのだ。
結衣もまたみんなと同じようにショックが顔全体に広がっていた。
ふと脳裏をよぎった。私もこうなってしまうのではないかと。
あと1週間もしないうちに私もこの世を旅立ってしまう。
その時、結衣も水川くんと同じように、誰にも向けることのできない矛先を振り回すしかできなくなってしまうのではないか。
それでいいのだろうか。結衣を独り残してしまうことになるのではないのか、私がこれからしようとしていることは。
長年ともに過ごしてきた親友を裏切るのと同じことを。
私の中に混在する複雑に絡み合った感情たち。
全てを吐き出すことができたら、きっと私は後悔なくこの世を去れるのだろう。
でも、それは時として残酷な結末を迎えてしまうことだってあるかもしれない。
ポツンと残された神楽くんの机。
ねぇ、どこにいるの。今、私のこと見えているの。
どうして、私よりも先に亡くなってしまったの。
今思えば、彼の手が私の手よりも冷たく感じられたのは、彼の余命が私よりも短かったからだと理解できる。
なんで私はあの時、気付くことができなかったんだ。
自分も同じ病を発症しているにもかかわらず、気付くことができないなんて...
もしかしたら、あの時の行動が彼なりの気付いて欲しいというサインだったのではないだろうか。
「・・・ねぇ、神楽くん。私あなたのことが好きだったんだよ」
届くことのない想いを空にいるであろう彼へと向ける。
生憎、今日の天気は曇り。空を見上げたところで、晴れ渡った綺麗な真っ青な空は見えてはこない。
曇天とした空がどこまでも続くばかり。
あぁ、寒い。凍ってしまいそうなほど寒いよ。
あなたは1人で、この寒さと闘いながら、息を引き取ったんだね。
皆が彼の死を嘆き悲しみに暮れ、下を向いている中、私だけは彼の姿を探して空を見続けた。
どこかにいるかもしれない彼の姿を探して...
教壇に立つ担任の声に皆の視線が集中する。
朝のホームルームらしからぬ重苦しい雰囲気の中、誰かの固唾を飲む音さえも聞こえてしまう。
シーンと静まり返る教室内。誰もが、周囲の友人とアイコンタクトを取り、これから話されるであろう話に耳を立てる。
みんな...ただし、1つの空席を残して。
教室の中心にぽっかりと空いた空席。1番このクラスにおいて、人が最も集まる場所と言っても過言ではない。
席ではなく、もちろんその座席に座っていた彼の人柄が皆を寄せ付ける。
1週間前に一緒に下校した日から、彼とは顔を合わせてはいなかった。
保健室登校をしていたらしいが、見た者は誰1人としておらず、又聞きによる噂程度のものだった。
「先生話ってなんですか」
沈黙に耐えかねた1人の男子生徒が、先生へと言葉を投げかける。
それでも、先生は口を開こうとはしなかった。
次第に雲行きが怪しくなり始める教室。
嫌な予感がした。背中がびっしょりと汗で、湿っているのがわかるほどの発汗。
お願いだから、神様今度こそは...私を裏切らないでください。
話す覚悟が決まったのか、教壇に立つ先生が息をスーッと吸う音が聞こえた。
「いいか、みんな。昨晩、神楽が亡くなったそうだ」
「は?」
誰よりも先に声を上げたのは、先ほど先生に急かすように問い詰めた彼だった。
彼は神楽くんとは、幼馴染で親友だった。普段から2人が話している様子は、遠くから見ている私でもほっこりとしてしまうほど和やかなものだったのに。
その光景すら見れなくなってしまうなんて。
「神楽はずっと、とある病気だったんだ。詳しいことは生前本人から話さないでくれと言われているので、先生にはここまでしか話すことはできない。すまないみんな。わかってくれ・・・」
「嘘つくなよ!」
静まり返った教室がピリつくほどの怒号が、誰に向けられたわけでもなく飛び交う。
「そ、そんなわけないだろ。れ、玲王が病気だったなんて。あんなに元気だっただろうが!」
「先生だって、信じられない。この前まで元気そうに笑っていた神楽がこんなにも早く・・・」
「なぁ、先生嘘だよな? 玲王が死んだなんて何かの冗談だよな? 頼むよ。冗談って言ってくれよ。俺約束したんだよ、あいつと。『美容師になったら、1番最初にお前の髪の毛を切らせてくれ』って約束したんだよ。それなのに・・・」
「水川・・・」
「なんでだよ・・・なんで病気だって打ち明けてくれなかったんだよ。俺ら小さい頃からずっと一緒で、親友だっただろ。俺はそんなに頼りにならなかったのかよ。返事をしろよ、玲王!」
深刻な面持ちで話す水川くんを見てはいられない。
静かに涙を流す彼を見ている者などこの教室には誰もいなかった。
彼の涙に釣られて涙する者も何人かいたが、私からは涙の一滴もこぼれることがない。
皆が何も書かれていない机の上を眺めるだけの人形のようにショックを隠しきれていなかった。
それほど神楽くんがクラスにもたらした影響力は大きかったのだ。
神楽くんも親友の水川くんには、自身の病気のことを話していなかった。
自分と同じように、彼もまた1人で苦しんでいたのだ。
普段の彼からは想像できないような苦しみを1人で抱えて、この世を旅立ってしまった。
チラッと気付かれないように結衣の姿を目で捉える。
涙を流してはいないが、クラスメイトが亡くなったのだ。
結衣もまたみんなと同じようにショックが顔全体に広がっていた。
ふと脳裏をよぎった。私もこうなってしまうのではないかと。
あと1週間もしないうちに私もこの世を旅立ってしまう。
その時、結衣も水川くんと同じように、誰にも向けることのできない矛先を振り回すしかできなくなってしまうのではないか。
それでいいのだろうか。結衣を独り残してしまうことになるのではないのか、私がこれからしようとしていることは。
長年ともに過ごしてきた親友を裏切るのと同じことを。
私の中に混在する複雑に絡み合った感情たち。
全てを吐き出すことができたら、きっと私は後悔なくこの世を去れるのだろう。
でも、それは時として残酷な結末を迎えてしまうことだってあるかもしれない。
ポツンと残された神楽くんの机。
ねぇ、どこにいるの。今、私のこと見えているの。
どうして、私よりも先に亡くなってしまったの。
今思えば、彼の手が私の手よりも冷たく感じられたのは、彼の余命が私よりも短かったからだと理解できる。
なんで私はあの時、気付くことができなかったんだ。
自分も同じ病を発症しているにもかかわらず、気付くことができないなんて...
もしかしたら、あの時の行動が彼なりの気付いて欲しいというサインだったのではないだろうか。
「・・・ねぇ、神楽くん。私あなたのことが好きだったんだよ」
届くことのない想いを空にいるであろう彼へと向ける。
生憎、今日の天気は曇り。空を見上げたところで、晴れ渡った綺麗な真っ青な空は見えてはこない。
曇天とした空がどこまでも続くばかり。
あぁ、寒い。凍ってしまいそうなほど寒いよ。
あなたは1人で、この寒さと闘いながら、息を引き取ったんだね。
皆が彼の死を嘆き悲しみに暮れ、下を向いている中、私だけは彼の姿を探して空を見続けた。
どこかにいるかもしれない彼の姿を探して...