そうだよ。私、ここで固まってちゃダメだ。

「行かなきゃ」

 スッと立ちあがる私の腕を、お母さんが掴んだ。「どこに行くの!」と、その目には涙が浮かんでる。

「お母さん……」

 ……そうだよね、私だってお母さんともっと長く生きたかった。大人になったら、お父さんとお酒を飲みたかった。だけど……もうかなえられそうにないから……。かなえられない未来を憂うより、かなえられる今を、私は大事にしたい。

「詩織、行きたい所があるなら行きなさい」
「お父さん……」

 お母さんが、すごい剣幕でお父さんを見た。だけど、お父さんは考えを変えなかった。真っすぐ私を見て、不器用にハグをした。

「お前が娘として生まれて来てくれた事が、お父さんお母さんの人生で一番の幸福だった。そんなお前が、自分の進みたい道を最期に進むのであれば、またそれも、お父さんお母さんにとっては幸福なんだよ。だから悔いのないよう、行っておいで」
「……っ、はい」

 手を回し、ハグをし返す。するとお母さんが「詩織ぃ」と、泣きながら私の腕を掴んだ。

「いつもありがとうお母さん、ずっと大好きだよ」
「~っ、……っ」

 お母さんは言葉にならなかったらしく、何度も、何度も頷いた。そんなお母さんの肩を、お父さんが支えている。そして私に目くばせした。行きなさい――と。

「うん。行ってきます」

 最後の挨拶をして、家を飛び出す。見上げると、まだ隕石は見えない。なら、まだ時間はあるということ。

「学校へ、行かないと!」

 走って、走って。走って走って、やっと学校にたどり着く。その時に「佐々木くんに先に連絡するべきだった」と、遅すぎる後悔をした。効率よく時間を使わないと、最後に佐々木くんと会えるか分からないのに――と震える指で佐々木くんの連絡先を呼び出した、その時だった。

「空峰さん」
「え……、佐々木くん?」

 校門を少し歩いた先に、その人はいた。会いたかった人、本当は三日後に会う約束をしていた人。全く連絡をとっていなかったのに、私たちは奇跡的に再会できた。思い出のある、この学校で――

「良かった、空峰さん来てくれたんだね」
「佐々木くんこそ……、どうして?」

「分からない。だけどアラームを聞いて〝行かなきゃ〟って。そう思ったんだ」
「……っ、同じだよ」

 ぽたりと零れた涙が、佐々木くんの姿をぼかしていく。最期の最後、佐々木くんをずっと見ていたくて、急いで涙を拭く。
 そう、私は泣きにきたんじゃない。佐々木くんのくれた課題を解きに、そして告白の返事をしに来たんだ。