制限時間の中、流れる星に、愛を注ぐ


「もしも途中で挫けそうになったら、いつでも電話して。何度だって背中を押してあげるから」
「佐々木くん、うん。ありがとう!」

 コードを読みとり、今度こそ階段を下りる。まだ九時なのに学校を抜けるなんて。前の私なら、きっとしなかったと思う。だけど、佐々木くんがいてくれたから。私の背中を、押してくれたから。

「佐々木くん……」

 ありがとう、の意味を込めて、連絡先を受け取った自身のスマホをギュッと握る。すると心臓が、ドクドクと音を立てて唸っていた。これから弥生ちゃんに会うから緊張してる? それとも走ったから心臓がビックリした?
 いっこうに鳴りやまない心臓を時折さすりながら、私は弥生ちゃんの連絡先を表示した。
 そして――

 プルル

「もしもし弥生ちゃん、今どこにいる? その……会いたいの。弥生ちゃんに、すっごく会いたい!」

 こんなことを私が言うなんて思わなかったのか、電話越しで弥生ちゃんが唾を呑み込む音が聞こえた。だけど、数秒後には「私も」と。震える声で返事をしてくれた。


――そして、弥生ちゃんの家に突撃した私は、弥生ちゃんに土下座をする勢いで謝った。すると弥生ちゃんの方も私に謝って来て、一気に謝罪合戦と化した。

「無神経な言葉を使った私が悪いんだから、私に謝らさせて!」
「恋に浮かれて、あんなヒドイことを言った私が悪いんだから、謝るのは私!」

「私だよ、わーたーし!」
「詩織じゃなくて、私!」

 なんて。収集つかない事態になってしまって。高校三年生になってまで、なに子供じみたケンカしてるんだって、一周回っておかしくて、大きな口を開けて二人で笑った。

「じゃあ、せーので謝ろうか」
「それ、いいね」

 そして、二人分の「ごめんなさい」は確かに互いの胸に届いた。その後ハグをして、会えなかった分の寂しさを埋めるように、二人でお菓子を食べたり女子トークをしたりと、かけがえのない時間をたっぷり過ごす。

「明日は、学校に行くから」
「……うんッ」

 そう約束をし、弥生ちゃんの家を後にする。長居をしてしまったらしく、外は真っ暗。星たちが、晴れやかな表情を浮かべる私をキラキラと覗いている。
 その瞬きの中に、佐々木くんの姿を思い出す。誰もいない三階で、私の背中を押してくれた、私の――

「私の……ん? その続きは、なんだろう」

 私の友達?
 私の恩人?
 私の相談役?
 私の……――

 そう考えていた時、スマホがブブと鳴る。見ると電話で、なんと発信元は佐々木くん。急いで通話ボタンを押すと「あ」と、聞きたかった声が聞こえた。

『良かった、電話に出てくれた。どうだったかなって、気になってさ』
「佐々木くん……」

 私、今、無性にこの声を聞きたかった気がする。でも、なんでだろう、なんでかな。分からないけど、今、この瞬間。佐々木くんの声を聞けて、嬉しく思う私がいる。

「あのね、佐々木くん……ありがとう。弥生ちゃんと、仲直りできたよ」
『そっか。それは良かった。頑張ったね』

「え……? 私が、がんばった?」
『空峰さんが頑張ったから、二人の友情は戻ったって。俺はそう思うよ』

 背中を押してくれたのは、確かに佐々木くんなのに。どうして、そんな風に言うんだろう。どうして、そんな優しい言葉をかけてくれるんだろう。

「佐々木くんの言葉って、不思議だね」
『どうして?』

「自分ひとりの力じゃないのに、できたんだっていう達成感がすごいの。頑張れたんだって、前よりも先に勧めたんだって――自分が強くなれた気がして嬉しいの」
『そっか。じゃあ、あの課題もクリアできそうかな?』

 佐々木くんの声のトーンが変わった。
 っていうか、あの課題って……。

『恋を知って告白の返事をするっていう課題。急だけど、二つ目のヒントを言っちゃおうかな』
「えぇ、今⁉ ちょ、ちょっと待って佐々木くん!」

 深呼吸をして、佐々木くんの声に集中する。

『じゃあヒント二つ目。
 ②恋とは、順番ができること』
「順番……?」

 順番って、順番? 恋の……順番?
 黙っていると「分からないって顔してる?」と、見事に当てられた。う、その通り……。

「ごめん佐々木くん、実は①のヒントの意味も、まだつかめてなくて」
『ヒント一つで答えが出ちゃったら、それはそれで味気ないからさ。どうせならヒント三つ目まで聞いてから、答えをだしてほしいけどね』

 電話越しにクツクツ笑う佐々木くんの声が、妙に楽しそうで。佐々木くんはやっぱり意地悪だなぁって、そう思ったら私の口角も無意識に上がっていた。

『じゃあ、また明日。おやすみ』
「あ、今日はありがとう、おやすみ」

 ピッと、通話を切る。すると、たちまち静かな世界が帰ってきた。

「②恋とは、順番ができること……かぁ」

 頭の中、ヒントがグルグル回っている。そして、同じくらい佐々木くんの顔もグルグル……あれ? なんで頭の中に、佐々木くんがいるんだろう。それに、心臓が妙にドキドキ鳴ってるのは……気のせいかな?

「お母さんに迎えにきてもらおうかと思ったけど、歩いて帰ろう」

 自分の顔が赤い気がして、手でパタパタ扇いでみる。だけど頭の中をヒントと佐々木くんがグルグル回る度、不思議と体温が上がっている気がした。



 それから数日が過ぎ、一か月前からだんだんと減ってきていた生徒数は、不思議なことに、だんだんと数を取り戻してきた。一人、また一人と空いた席が埋まっていく。静かだった教室は賑やかになり、廊下には、生徒の談笑が響いている。
 廊下を歩く音、移動教室での話し声。トイレの外にて友達を待つ女子、ただ廊下で風にあたっている男子。一度なくなって、初めて実感する。学校とは、こんなに色んな音に溢れていたのだと。

「おはよー、空峰さん」
「佐々木くんっ、おはよう」

 佐々木くんを見て、小さな音でドキッと鳴る私の心臓。

「ビックリした、前から声をかけてよ」
「その驚いた顔が見たくてね、つい後ろから声を掛けちゃうんだよ」

 今日も今日とて意地悪な佐々木くんは、前よりももっと私に話かけてくれるようになった。それは、たぶん。黒板の右端に書かれている、あの文字が原因。

【 地球滅亡まで、あと三日 】

 そう。ついに、三日後に地球は滅亡する。こんなに賑やかな光景を目の前にしていると、にわかには信じがたいけど。
 だけど、日を追うごとに不安が増している。だからこそ、皆も安心を求めるように学校へ集まるのだろう。今までの日常こそが小さな幸せで溢れていたと、そのことに気付いたから。

「佐々木くん、なに持ってるの?」
「これ? 例の掲示板だよ。張り替えてるんだ」

 係でも、委員会でもないのに自分で掲示物を作り、自分で張り替えてるのだから、佐々木くんって本当に優しいというか律儀というか。
 張り替えると簡単に言うけど、学校中の掲示板を目指して練り歩くわけだから、三十部の掲示物がはける頃には歩き疲れる。この前の私がそうだった。だというのに、そんな苦労は「苦労」と思っていないらしく、佐々木くんは三日間しか目に触れない掲示物を、今日も全て張り替えるらしい。

「て、手伝い、ます……」
「乗り気じゃないのに? でもありがとう、助かるよ」

 ヒヒヒと悪そうな笑みを浮かべて「じゃあ放課後」と、手を振る佐々木くん。その後ろ姿を見ていると、弥生ちゃんが「おはよー」と教室に入って来た。そして目ざとく、佐々木くんを見つめる私を発見する。

「おや? おやおや、まあまあ」
「や、ちがう。違うから……!」

 弥生ちゃんには、佐々木くんのことを話している。告白してくれた、って。
 聞いた時、弥生ちゃんは「えー!」って驚いていた。それはそれは、目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いていた。「詩織にも春が!」と言ってくれたけど……、まだ私は解けていない。春が来るのは、まだ先で。雪が溶けるのさえも、まだまだ先の模様。

 恋ってなに?
 恋って楽しい?

 って。佐々木くんから与えられた課題を、全然クリア出来ていない。必然的に、佐々木くんへの返事も保留のままだ。

「にしても、もう三日目には死んじゃうんだから、そろそろハッキリしないと。佐々木くん、かわいそうだよ?」
「うん……。本当に、そうだよね」

 二人で掲示物を張り替える、今日が勝負だ。静かな闘志を燃やす私を見て、弥生ちゃんは首をひねった。

「ぶっちゃけさ、今どのくらい〝恋〟を理解してる?」
「え……、っと。少しくらいは……?」

「……その言い方、全く理解していないとみた」
「えぇ! 採点が厳しい……」

 未だに解ける気がしない。でも、やってみせる。だって佐々木くんが出してくれたヒントは、恋のカケラそのもの。だから私は、それを集めてパズルのように組み替える。そうしたらきっと、正しい恋の形が見つかるはずだから――


――と、なんだかんだで放課後は、すぐに来る。

 佐々木くんは掲示物を手にして、私の机まで来てくれた。そして「行こうか」と、いつかと同じく先頭を歩いてくれる。

「じゃあ、私は前の掲示物をとっていくね」
「うん、よろしくね」

 私が前の掲示物をはがし、佐々木くんが新しい掲示物を貼っていく。剥がしている時に、「みんなが死ぬまでにやりたいことベスト3」の文字が見えた。

「このアンケートってさ、いつとったの?」
「クラスの人から順番にって感じかな」

「大変だったでしょ?」
「そうでもないよ、アンケートはネット上でとったからさ。一度作っちゃえば楽なもんだよ」

 すごい、佐々木くんって学生なのに、もうそんな事が出来るんだ。思えば、佐々木くんって何でもできる。アンケートを取ったり、掲示物を作ったり。それだけじゃなくて、私を励ましてくれて、力強い言葉を何度も与えてくれた。だけど……、三日後。そんな佐々木くんさえも死んでしまう。こんなにいい人なのに。

「よし、じゃあ次の場所に移動しようか……って。空峰さん、どうしたの?」
「え……」

 どうしたのって、私……どうなってるの?
 不思議に思っていると、佐々木くんが私の頬へ手を伸ばした。そして「泣いてる」と。温かい指が私の目じりをなでる。

「どうして泣いてるの? 何か新しい悩み?」
「私は、ただ……」

 佐々木くんが死ぬのは嫌だなって、そう思っただけなのに。どうして泣いてるんだろう。私だって死ぬのに、自分の事よりも佐々木くんが死んじゃうことの方が、悲しくてツライ。

「悩み事……、ある」
「よしよし、話してみなさいな」

 いつもの調子で聞いた佐々木くんは、次の私の言葉で固まった。

「佐々木くんだけ死なない方法、探したい」
「……え? なんで俺だけ?」

「だって……」と言葉を詰まらせる私は、はがした掲示物を胸の中で抱きしめた。

「佐々木くんは、死んじゃダメだよ。生きなきゃダメ。こんな優しい人が死ぬなんて、間違ってる」
「空峰さん……」

 私がこんな事を言うなんて、たぶん佐々木くんはビックリしてる。でも、私もビックリだよ。まさか私が、こんな事を思うなんて。

「ありがとう、空峰さん。だけど、俺だけ生き残るなんて嫌だなぁ。だって俺は生きて、空峰さんは死ぬんでしょ?」
「え……、うん。そうだけど」

「なら、その〝生〟は俺にとって意味がないよ。好きな子がいない世界なんて、俺にとっては価値がないもん」
「佐々木くん……」

「価値がない」と言い切ってしまうところが、なんとも佐々木くんらしい。そんなに力強く自分の気持ちを言えるなんて……羨ましい。

「ごめん、変なこと言っちゃった」
「ううん、全然。むしろ嬉しかった」

 嬉しい?と反復すると、掲示物を握る私の手に、佐々木くんはソッと手を重ねた。

「俺だけ生きててほしい――っていうのは、ともかく。空峰さんが俺のことを考えてくれてたっていうのが、嬉しい。空峰さんの頭の中に、俺がいるんだなって分かって……ごめん、顔がにやける」
「い、いつもの顔……だけど?」

 すると「必死で隠してるんだよ」と、佐々木くんが笑った。その笑顔にドンッと体の内側を何かが叩いた感覚を覚える。……なに、今の衝撃。気のせいかな?
 顔に熱が集まった気がして、パタパタ扇ぐ。すると佐々木くんは「あ」と、何かを思い出したようだった。

「俺らの余命もあと三日なわけだし、最後のヒントを言っちゃおうかな」
「えぇ、今⁉ 佐々木くんは、いつも急だよッ」

 急いでスマホにメモを取ろうとする私を、佐々木くんはケラケラ笑って見る。そして――

「ヒント三つ目。
 ③恋とは、始まりがあっても、終わりがないこと」

 全てのヒントを言い切った後、佐々木くんは真っすぐ私を見た。私の頭の中は、さっきのヒントよりも佐々木くんの顔がグルグル回っている。

「これでヒントは終わり。どう、恋について何か分かった?」
「……まだ、分からない」

 呟くと、佐々木くんは少し目を開いた後。何事もなかったように「そう」と笑った。

「焦らなくていいんだよ。と言っても、三日後には死んじゃうから……そうだな。三日後。良ければ、またここに来てよ」
「え、学校に?」

「俺も来る。空峰さんさえ良ければ……って、人生最後の日に、なんで学校にって感じだよね。ごめん、忘れて」
「……ううん、行くよ。私、学校に行きたい」

 学校に来てほしい。それは、裏を返せば「告白の返事を聞かせてほしい」という意味だと分かって。私は静かに頷いた。

「でも普通は、家族や大事な人と一緒にいるもんじゃないの?」
「佐々木くんも知ってるでしょ。私が当たり前を当たり前と思わないこと。それに……佐々木くんは、もう私の中で大事だもん」

 すると驚いた顔をした佐々木くんは「ありがとう」と、笑って、何度か頷いた。そしてお互い何を話すでもなく、掲示物の張り替え作業に戻る。
 その後は、ずっと沈黙だった。だけど、それを心苦しいとか気まずいとかは一切思わなくて――むしろ佐々木くんといるからこそ心地よくさえ感じた。

「じゃあ、また明日ね」
「うん、また」

 学校から帰った後も。私の頭の中には、佐々木くんと佐々木くんのヒントでいっぱいだった。ヒントは全て揃った。三つのヒントから、私は「恋の正解」を見つけないといけない。

 ①恋とは、音が違うこと
 ②恋とは、順番ができること
 ③恋とは、始まりがあっても、終わりがないこと

「……佐々木くんを前にすると、いつもの私じゃなくなるのは分かるんだけど。これが、恋っていうことなのかな?」

 佐々木くんといたら嬉しいし、楽しい。話し掛けてくれたら喜んじゃうし、帰る時は寂しくなる。こういうのが、恋ってこと? だけどヒントを何も活かせてない気がする。佐々木くんが私に言いたかったことって……こういう漠然とした答えではない気がする。

「う~ん……」

 と悩んでいた、その時だった。けたたましい音で、自分のスマホが鳴り始める。それは私だけではないようで、家中から聞こえてくる。家族みんなのスマホが、同時になったらしかった。

「え、っていうことは……――」

 会社も機種も違うスマホが、同じ時刻にアラームを鳴らすということは……非常事態の通知。まさか、と思って画面を見ると、そこには「巨大隕石飛来」と大きく文字が出ていた。

【 ただちに地下や建物内に避難せよ 】

 この文字を見て、頭が真っ白になる。だって、予定では三日後じゃないの? あと三日、私たちの命は残ってるんじゃないの?

「詩織! こっちに来なさい!」
「お、母さん……!」

 慌てて部屋に入って来たお母さんが、私の腕を引っ張る。なすすべもなく、皆でリビングに一つになって固まった。ニュースはずっとつけてる。だけど聞こえてくるのは落ち込む内容ばかり。日本を簡単に飲み込む大きさの隕石が、各国の上空から飛来していること。宇宙から隕石の映像が届くも、カメラのフレームにおさまりきらず、映像は途中で中止になった。アナウンサーは毅然とした態度で原稿を読み上げているけど、目には涙がたまっている。……我慢してるんだ。このアナウンサーだって、本当は原稿なんか読みたくないはずだ。家族や大事な人に電話をして、安心する声を聞きたいはずだ。
 その時。佐々木くんの言葉を思い出した。

――限られた余命の中で人生の後悔がないよう行動するのは、何よりも尊いことじゃないかな?

「……っ」

 そうだよ。私、ここで固まってちゃダメだ。

「行かなきゃ」

 スッと立ちあがる私の腕を、お母さんが掴んだ。「どこに行くの!」と、その目には涙が浮かんでる。

「お母さん……」

 ……そうだよね、私だってお母さんともっと長く生きたかった。大人になったら、お父さんとお酒を飲みたかった。だけど……もうかなえられそうにないから……。かなえられない未来を憂うより、かなえられる今を、私は大事にしたい。

「詩織、行きたい所があるなら行きなさい」
「お父さん……」

 お母さんが、すごい剣幕でお父さんを見た。だけど、お父さんは考えを変えなかった。真っすぐ私を見て、不器用にハグをした。

「お前が娘として生まれて来てくれた事が、お父さんお母さんの人生で一番の幸福だった。そんなお前が、自分の進みたい道を最期に進むのであれば、またそれも、お父さんお母さんにとっては幸福なんだよ。だから悔いのないよう、行っておいで」
「……っ、はい」

 手を回し、ハグをし返す。するとお母さんが「詩織ぃ」と、泣きながら私の腕を掴んだ。

「いつもありがとうお母さん、ずっと大好きだよ」
「~っ、……っ」

 お母さんは言葉にならなかったらしく、何度も、何度も頷いた。そんなお母さんの肩を、お父さんが支えている。そして私に目くばせした。行きなさい――と。

「うん。行ってきます」

 最後の挨拶をして、家を飛び出す。見上げると、まだ隕石は見えない。なら、まだ時間はあるということ。

「学校へ、行かないと!」

 走って、走って。走って走って、やっと学校にたどり着く。その時に「佐々木くんに先に連絡するべきだった」と、遅すぎる後悔をした。効率よく時間を使わないと、最後に佐々木くんと会えるか分からないのに――と震える指で佐々木くんの連絡先を呼び出した、その時だった。

「空峰さん」
「え……、佐々木くん?」

 校門を少し歩いた先に、その人はいた。会いたかった人、本当は三日後に会う約束をしていた人。全く連絡をとっていなかったのに、私たちは奇跡的に再会できた。思い出のある、この学校で――

「良かった、空峰さん来てくれたんだね」
「佐々木くんこそ……、どうして?」

「分からない。だけどアラームを聞いて〝行かなきゃ〟って。そう思ったんだ」
「……っ、同じだよ」

 ぽたりと零れた涙が、佐々木くんの姿をぼかしていく。最期の最後、佐々木くんをずっと見ていたくて、急いで涙を拭く。
 そう、私は泣きにきたんじゃない。佐々木くんのくれた課題を解きに、そして告白の返事をしに来たんだ。

「私、私ね……っ」

 だけど、言いたいことが渋滞してて、全く言葉にならない。たくさんの事を伝えたいのに、いざ言葉にしようとすると何から話していいのか分からない。
 急げ、急げいそげ。時間は無限じゃない、制限時間がある。その中で、ちゃんと伝えないといけないのに――

「空峰さん」
「はい……っ」

 嗚咽をもらすほど泣く私の背中を、佐々木くんがポンと叩いた。そして何度も何度も、撫でてくれる。

「空峰さんの心臓、今どんな音がしてる? 手をあててみて」
「え……?」

 いきなり聞かれて驚く。だけど言われた通り心臓に手を当て、自分の音を聞いてみた。すると、自分でもビックリするほど早く動いていて……息つく暇もないほど忙しない。これが、今の私?

「走ってきた、からかな。でも……」

 この心臓の音、今まで何度となく聞いた。主に佐々木くんと一緒にいる時が多かった気がする。

「佐々木くんと一緒にいるから、ドキドキしてる……ってこと、だよね?」
「うん。それがヒント①恋とは音が違う、ってことだよ。
 じゃあ、次。
 今、空峰さんがここにいるのは、どうして? どうして家族と一緒にいないの?」

「それは……」

 佐々木くんと会わなきゃって、その想いだけで来た。だから家族に別れを告げて、学校に走った。……そうか、私の中で優先順位が出来たんだ。家族よりも大切な人が、出来たんだ。

「最期に過ごすのは佐々木くんがいいって……、そう思った」
「……そっか。うん、それがヒント②恋とは順番ができる、ってことなんだ」

 ふッと笑った時、佐々木くんの目が光った気がした。その光る物は、私の目からも溢れていて――お互い止めることが出来ないまま、何も言葉を交わさないまま。ぎゅッと、優しく抱きしめ合う。

「佐々木くん、これが恋なんだね……?」
「そうだよ。今、空峰さんの中にあるものが恋なんだ。俺を抱きしめてくれる、この君の手こそが、恋の証なんだよ」

「そっか、そうなんだ……。ふふ、素敵だね」
「うん」

 喉の奥から、鼻をぬけてキュッと切ない気持ちが湧きあがる。何度も何度も湧き上がって、その度に私は涙を流す。だけど、その涙を受け止めてくれるのは、必ず佐々木くんで――彼の肩に落ちる私の涙が、まるで浄化されるように消えていく。私の気持ちを、佐々木くんが受け止めてくれているようで、切ない気持ちが幸せへと変換される。
 だから、切なくてもいい。悲しくてもいい。佐々木くんがそばにいてくれるなら、私はどんな感情だって受け止められる気がするから。

 ねぇ、佐々木くんも、こんな気持ちなの?
 今、なにを考えてる?

「あ、きたよ」

 その声と一緒に夜空を見上げると、瞬く星の中に、一つだけ一際明るい星があった。それは時間を追うごとに大きくなっていて……。ついに隕石が、見える距離にまで来たのだと実感する。
 あと何分、こうして二人でいられるだろう。この限られた時間の中、私たちは何をするべきなの? ……って考えたところで分からないから、頭の中にある言葉を、素直に声に出そうと思う。

「ねぇ佐々木くんって何座?」
「牡牛座。空峰さんは射手座だよね」

「当たり。じゃあ、血液型は?」
「О型。空峰さんはA型だよね」

「ふふ、なんで知ってるの」
「さぁ、なんでだと思う」

 くすくす笑い合う私たちの頭上には、たくさんの星が瞬いている。あの星たちも、いずれは隕石の光により霞んで見えなくなるだろう。隕石の光の強さに、負けてしまうだろう。だから一秒、また一秒を大切にするんだ。好きな人のことを、一つでも多く知っておきたい。知っていくと、なぜか満たされた気がするから。安心感に包まれるから。

「ねぇ佐々木くん。すごい今さらなんだけど、下の名前を教えてほしいな」
「……」

 やっぱり、かなり失礼だったかな。ずっと一緒にいたのに「下の名前を知らない」なんて。
「ごめん」と素直に謝る。だけど佐々木くんは怒ってなくて、むしろ柔らかく笑った。

「やった。やっと、聞いてもらえた」
「え?」

「ひそかに目標にしてたんだ。空峰さんが俺の名前を聞いてくれるの。いつ俺に興味を向けてくれるかなって」
「ふふ、なにそれ」

 ねぇ佐々木くん。私ってさ、きっともう、ずっと前から興味があったんだよ。初めて掲示物を貼り替えた時から、ずっと。私が恋愛初心者だから、この気持ちを「恋」だと言い切るまでに時間がかかってしまったけど。

「俺の名前ね、深来(みらい)っての」
「深来……、すごく良い名前」

「詩織って名前、俺も好き」
「知っててくれてたんだ」

すると「好きな子のことなんだから当たり前だよ」と、佐々木くん――深来が笑った。そして、ふと。大きくなっていく隕石に目をやる。

「星座も血液型も、名前も――好きな人のことなら、何でも知りたいと思う。その知りたい欲求には果てがないと思ってさ。だからヒント三つ目、③始まりがあっても、終わりがないことって言ったんだ」
「でも、フラれたり別れたりしたら終わりがあるんじゃないの?」

「そりゃ繋がりは断たれるけどさ。でも、ふとした時に思い出すと思うんだ。今ごろなにしてるかな、とか。元気かな、とかさ。その人との恋が終わっても、その人の存在が消えるわけじゃない。ずっと、心の中に残っていると思うんだ。例え自分が死んでも、その想いは残り続けるんだよ」
「そっか。うん……、それって素敵だね」

私が笑うと、深来も笑った。かと思えば「そう言えばさ」と、ポケットの中に手を伸ばす。

「最後にアンケートを取ったんだ。三日後、詩織にだけ見せようと思ったんだけど」

 そう言って取り出したのは、一枚の紙を出した。そこに書かれてあったのは――

【 もしも生き延びたらしたいことベスト3 】

「これって……」
「うん。さすがに掲示するのは酷かと思って、アンケートだけとった。そうしたら、見てこれ」

 スマホでライトをつける必要はなかった。隕石の光が、紙を明るく照らしている。


【 もしも生き延びたらしたいことベスト3 】

№1 星カップルを続けたい
№2 学校で友達と話したい
№3 いっぱい部活したい



「これ……」

 私が諦めざるを得なかった部活。たまに弥生ちゃんが登校しなくて、恋しくなった談笑。そして「なんで皆して急いで付き合ってるんだか」って不思議だった星カップル――少し前までは、私はこのベストスリーに見向きもしなかったのに。今では、共感しかない。それがなんだか、皆と同じようにちゃんと青春してる気持ちになって……嬉しくなった。

「弥生ちゃんも、彼氏とラブラブって言ってた」
「そっか、良かったね。そして俺たちも、星カップルの仲間入りだね」

「滑り込みだけどね」
「本当だ」

 ふふと笑い合う私たち。その頭上で隕石が大きく唸りながら落ちてくるたび、星の輝きを消していく。瞬きが、失われていく。

「なんかさ、流れ星みたいだね」
「にしては大きすぎるけど……本当、そうだね」

 どちらともなく、手を握る。いまや夜空は、隕石と星空が半分ずつ占領し合っている。

「これだけゆっくりな流れ星ならさ、お願い事を三回言えるんじゃないかな?」
「あ、本当だ」

 深来の言う通りだ。今、この瞬間――私たちは、かなえたい夢を一つだけ唱えられる。

「じゃあ言おうか」
「せーの」


【 この先の未来も、ずっと君といられますように 】


 言った言葉が、まさか同じで。私たちは泣きながら、あと二回を言い終わり、そして笑い合った。

「願いが叶うっていうけど、本当かな。……って、迫りくる隕石を見ながら言うことじゃないか。本当に死んじゃうんだね、俺たち」
「でも……、分からないよ」

「分からない?」と、深来が首を傾げる。その姿が愛しくて、手を強く握り直した。

「当たり前を当たり前にしないことが私のいいところ、でしょ? だから隕石が落ちて地球が滅亡するって当たり前も……、もしかしたら当たり前の未来じゃないかもしれないよ。お願い事、三回唱えられたしね」

 言い切ると、初めは驚いていた深来だけど、肩の力を抜いて「うん」と頷いた。
 ねぇ深来。本当は、あなただって諦めたくないんでしょ? 生きることを諦めたくないから「生き延びたらしたいこと」ってアンケートを取ったんでしょ?
 なら、最後まで諦めないで願ってみよう。人生何が起こるか分からないって、私は身をもって経験したから――

「私が恋を理解できるなんて、思わなかったもん。だから深来、先の事なんて分からないんだよ」
「……ほんと、その通りだ」

 言いながら、深来は私に唇を重ねた。そして「先の事は分からない、でしょ?」と意地悪な笑みを浮かべる。

「ねぇ詩織。もしも明日がきたら……俺とデートしてくれる?」
「……うん、喜んで!」

 今を生きる私たちは、この瞬間に栞を挟む。そして奇跡が起こって未来が開けた時、栞の続きから始めよう。

「どこ行きたい? 詩織は何が好き?」
「遊園地で、ポップコーン食べたい!」

 そして注いでいくんだ。瞬く星に負けないくらい輝きながら、隣にいる君に、何度も何度も愛の言葉を注いで行こう。それが私たちの生きる意味だと思うから――

「ねぇ深来、大好きだよ!」




【制限時間の中、瞬く星に、愛を注ぐ】

【 完 】

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