それから数日が過ぎ、一か月前からだんだんと減ってきていた生徒数は、不思議なことに、だんだんと数を取り戻してきた。一人、また一人と空いた席が埋まっていく。静かだった教室は賑やかになり、廊下には、生徒の談笑が響いている。
廊下を歩く音、移動教室での話し声。トイレの外にて友達を待つ女子、ただ廊下で風にあたっている男子。一度なくなって、初めて実感する。学校とは、こんなに色んな音に溢れていたのだと。
「おはよー、空峰さん」
「佐々木くんっ、おはよう」
佐々木くんを見て、小さな音でドキッと鳴る私の心臓。
「ビックリした、前から声をかけてよ」
「その驚いた顔が見たくてね、つい後ろから声を掛けちゃうんだよ」
今日も今日とて意地悪な佐々木くんは、前よりももっと私に話かけてくれるようになった。それは、たぶん。黒板の右端に書かれている、あの文字が原因。
【 地球滅亡まで、あと三日 】
そう。ついに、三日後に地球は滅亡する。こんなに賑やかな光景を目の前にしていると、にわかには信じがたいけど。
だけど、日を追うごとに不安が増している。だからこそ、皆も安心を求めるように学校へ集まるのだろう。今までの日常こそが小さな幸せで溢れていたと、そのことに気付いたから。
「佐々木くん、なに持ってるの?」
「これ? 例の掲示板だよ。張り替えてるんだ」
係でも、委員会でもないのに自分で掲示物を作り、自分で張り替えてるのだから、佐々木くんって本当に優しいというか律儀というか。
張り替えると簡単に言うけど、学校中の掲示板を目指して練り歩くわけだから、三十部の掲示物がはける頃には歩き疲れる。この前の私がそうだった。だというのに、そんな苦労は「苦労」と思っていないらしく、佐々木くんは三日間しか目に触れない掲示物を、今日も全て張り替えるらしい。
「て、手伝い、ます……」
「乗り気じゃないのに? でもありがとう、助かるよ」
ヒヒヒと悪そうな笑みを浮かべて「じゃあ放課後」と、手を振る佐々木くん。その後ろ姿を見ていると、弥生ちゃんが「おはよー」と教室に入って来た。そして目ざとく、佐々木くんを見つめる私を発見する。
「おや? おやおや、まあまあ」
「や、ちがう。違うから……!」
弥生ちゃんには、佐々木くんのことを話している。告白してくれた、って。
聞いた時、弥生ちゃんは「えー!」って驚いていた。それはそれは、目が飛び出るんじゃないかってくらい驚いていた。「詩織にも春が!」と言ってくれたけど……、まだ私は解けていない。春が来るのは、まだ先で。雪が溶けるのさえも、まだまだ先の模様。
恋ってなに?
恋って楽しい?
って。佐々木くんから与えられた課題を、全然クリア出来ていない。必然的に、佐々木くんへの返事も保留のままだ。
「にしても、もう三日目には死んじゃうんだから、そろそろハッキリしないと。佐々木くん、かわいそうだよ?」
「うん……。本当に、そうだよね」
二人で掲示物を張り替える、今日が勝負だ。静かな闘志を燃やす私を見て、弥生ちゃんは首をひねった。
「ぶっちゃけさ、今どのくらい〝恋〟を理解してる?」
「え……、っと。少しくらいは……?」
「……その言い方、全く理解していないとみた」
「えぇ! 採点が厳しい……」
未だに解ける気がしない。でも、やってみせる。だって佐々木くんが出してくれたヒントは、恋のカケラそのもの。だから私は、それを集めてパズルのように組み替える。そうしたらきっと、正しい恋の形が見つかるはずだから――