彼女がしぼれてから少し経った後、植木鉢に咲いていた月下美人もしぼれた。

 どちらも最後きれいに咲いてしぼれた。

 僕は彼女がしぼれたことを病室にいた雫の家族とかにも伝えたえたわけだけど、その際自分の存在を❝少し関わりのあった友達❞と表現した。当然それ以上の関係だったなんてことを言うつもりはないし、言えなかった。

 僕は彼女がしぼれた翌日、彼女のスマホに残されていたメモを頼りに彼女の病室にあった手紙を、クラスの子達それぞれに渡した。ただ、僕はなんて言えばいいのかわからず「雫さんからの手紙」とそっけなく渡しただけだった。手紙には新汰や炉里さんのも含まれていて2人に渡すのは特に苦だった。

 そして、僕は朝のホームルームで昨日撮った動画を一切編集することなくそのままの姿で見せた。僕は皆がどんな表情をしているのか怖くて見ることは出来なかったけれど、一瞬だけ見えた新汰と炉里さんは動画と手紙を交互に見ながら泣いていた。

 鼻をすする音も色々な方向から聞こえてくるからたぶん、この空間では多くの人が泣いているのだろう。『雫』『雫ちゃん』『雫さん』という声も何度も何度も聞こえてくる。彼女が人気者だったことはそんなことからも伝わってきた。

 でも、彼女が一番美しく咲いた最後のその瞬間だけは、鼻をすする音が全く聞こえなくなった。

 僕は皆の表情は見ていないけれど、誰もが雫のその美しい姿に心を奪われてしまったのだろう。最後に咲いた最後の花を。



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 新汰はさっきまで読んでいたノートを僕に返した。

「ありがとうな。最後の姿、あれは綺麗だったな……」

 僕は新汰に向かってうんとうなずく。

「この後は新汰、予定あるのか?」

「あー、炉里に誕生日プレゼントのリボンを渡す予定だから」

「おお、そうか」

 そうか。僕は少し微笑んだ。

「じゃあな」

 新汰は僕に向かってリボンを見せると教室から出ていく。

 新汰がいなくなり、再び僕1人の空間になった。

 窓の外を見れば、もう、暗くなった世界が広がっていた。

 ――もうそろそろ、手紙、読もうかな。

 実は僕はまだ彼女からの手紙を読んでいない。彼女からは少し経ってからと言われたからまだ読んでいないのではない。心がずっと不安定だったから。でも、今なら読める気がする。今しかない気がする。

 僕は封筒からそっと便箋を出す。そこには文字がびっしりと綴られていた。彼女が綴る優しい字だ。

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山江橙季くんへ

まずは少しの間だったけど、本当にありがとう!(といっても一週間だったけどね)。あと、君の思っているようにはなれなくてごめんね。でも、私は橙季くんといれて私は楽しかったです! 何を言えばいいのかわからないから、思い出話でも少ししようか! まず、君が私に告ってきた時の話! 正直、君が私に好意を持ってるなんてびっくりしました。でも、すごく嬉しかったです(もちろん恥ずかしくもあったけど)! 君には沢山友達がいるんだからその人に言えばいいじゃんとか思うかもだけど、その日に私が自分の全てを打ち明けられたのはたぶん、橙季くんのことを信頼してたからだと思うな。信頼してなかったらそんなこと言えないもん。だから、私がいうのもあれだけど、自信を持ってください(笑)! あと、特に印象に残ってるのは金曜日に行った遊園地かな。私から手を繋いだけどドキドキが止まらなかったよ……! でも、すごく貴重な体験だった! 私の最後の1週間を創ってくれて本当にありがとう。私は世界一の幸せものだよ(宇宙一だね。訂正しといて!)。でも、1週間でしぼれてしまってごめんね。本音を言うならもっとずっといたかった。ずっと咲いていたかったです。あと、たぶん君が私に言いたいことがあるんだとしたら呼び捨てで呼んでほしいってことかな?(あってる?) どうして呼び捨てで呼ばなかったのかをし話そう。私はさ、君のことを❝好きになったら❞呼び捨てしようって心の中で決めてたの。だから、それまでは呼ばないことにした。じゃあ、一度も呼んでくれなかったから私が君のことを好きにならなかったかって? 実は、それは少し違うんだな。まだ、言う機会があるじゃん……今! 私が消えた世界にいる君こそ私は好きになってしまう。だって、私のことを一番考えてくれてるのがこの手紙を読んでる今だと思うから。だから、今、呼ぶよ。
橙季、これからもよろしくね。
最後に橙季の前で咲くことができて本当によかった。
君が幸せで溢れることを願っています。

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 そうか。そういうことか。

 この手紙を読んでいる間、彼女がまるで僕の近くにいるかのようだった。

 僕はこの手紙に関して思うことは特にない。

 でも、この手紙から聞こえてくる彼女の声――彼女の気持ちを全部全部受け取ろうと思った。

 君にそういう想いがあるのなら、一つも残すことなく。

 彼女とともに。

 そして――

「雫の家族に会いに行こうかな」

 僕はそう教室に言い残してから、教室を出た。偶然吹いた風が僕の背中を押してくれた。

 ――だって、僕は今、彼女と❝少し関わりのあった友達❞じゃないんだから。