彼女のことを知ってから2日目にあたる今日はやはり炉里さんの家の花カフェの話になった。ただ、花カフェの話で盛り上がっていたころ、彼女が突如送りたいものがあるんだと言って、彼女はとある画像を送ってきた。
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【やったことと今後やりたいことリスト】
日曜:橙希くんに自分のことを初めて話した!
月曜:皆で花カフェに行った! ←今日ここ!
火曜:大好きな映画をもう一回観る!
水曜:好きなものを食べたい!(マフィン)
木曜:お世話になった人に手紙を書きたい!
金曜:思い出の場所めぐり!
土曜:終わりかな?
★本物の月下美人が先に咲いてしぼむか、私が先に咲いてしぼむか
の勝負も続いてる!(まだどっちも咲いてしぼんでない!)
★大切なのは❝最後まで楽しむこと❞。だって、悲しんでも楽しんで
ももう私の人生の期限は変わらないんだから。
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僕がそのリストのようなものを一通り読み終えた頃に彼女が一言文を添えてきた。
『だから、橙希くんありがとうね。普通の私として接してくれて。でも、今日の❝あれ❞は少しずるかったけど(笑)』
僕はこのリストと、その文を見て初めて彼女のことで涙を流してしまいそうになった。彼女の姿はここからじゃ見えるはずなんてないのに、彼女の姿が見えるような気がしたから。彼女が前に進んでいく姿が見えるような気がしたんだから。でも、彼女に『❝あれ❞は少しずるかったけど』という言葉を送られているし、泣いたらもっとずるいだろうと思い、他のことを考えることで涙の存在を消した。
それから、『素敵なリストだね』と返信して僕は今日を終えた。昨日はあまり感じていなかった彼女の期限について今日急に感じてしまったような気がする。だから、ベッドに入ったはいいものの全然寝付けなかった。何度も寝返りをうつ。何度も目を開けたり閉じたりしたけど、夢の中に入ったのは朝だった。だから、久しぶりに学校を遅刻してしまった。
彼女の表情というのは、日をおうごとに花のようにしぼんでいくのかなと思っていたけど、そんなことなくずっと彼女の表情はお日様もお水も十分与えられたような美しい姿だった。
それにいつも夜にしているラインも特に変化は見られなかった。
火曜日は、人生で一番泣いたとあるアニメ映画を観たという話しをしてきた。その映画は僕も好きな映画で、初めて自分のお金で3回も映画館で観た映画だった。だから話が盛り上がりラインは日付を超えてしまった。
水曜日は、隣駅まで行って1つ5000円するというマフィンを食べたということを写真付きで報告してきた。ちなみに、このマフィンのお店には僕と一緒に行った。2人で。ただ、デートとかじゃない。あくまで彼女の最後の人生に関与させてもらってるだけの名前のない行為だ。僕にも彼女は「もうお金なんか使わないから」といって奢ってくれた。5000円というだけあって味はすごく美味しかった。でも、夜は少し体調が悪くなってしまったみたいだ。
そして今日、木曜日は、お世話になった人に手紙を書いているということをぶれた写真つきで送ってきた(ぶれているのはその文を僕に読まれないためだろう)。文章を書くのは本人いわくあまり得意ではないみたいだから、何度も何度も書き直し中という報告もしてきた。ちなみに、橙季くんのもあるよと言われた時は思わずスマホを落としてしまった。それで少し画面が割れてしまった。
でも、今日が木曜日ということは、まだ確定とかではないけれど土曜日が最後の日になるのだとしたらあと2日だけになってしまうのか。なんとも言葉で言い表せない。せめていう願いなら、あの月下美人が咲いた後に、彼女の最後の人生が咲いてほしいなって思っている。彼女が最後に見る花が❝月下美人❞であってほしい。そして、僕が彼女と見る花も❝月下美人❞であってほしい。
「おお、集合20分前、早いねー。デートが楽しみだったのかな?」
「いや、あくまでもこれはデートじゃないでしょ。でも、好きな君と最後までいるられるのは僕にとってすごく価値のあるものかも」
「確かにこれはデートじゃないけど。まあ、それはおいといて私の思い出の場所にでも行きますか!」
僕は思い出の場所に行くために今日は呼ばれたのだ。でも、具体的な場所までは言われていない。ただもう学校終わりの夕方だからそこまで遠い場所には行かないだろうと思ってかなりの軽装できた。お金もほとんど持っていない。
「思い出の場所はね……ここから30分ぐらい行ったところにある遊園地! 家族とか友達と何回も何回も行ったから最後にもう一度行っときたいと思ってね!」
「あっ……えっ?」
確かにここから30分ぐらい行ったところに大きいとまではいえないけれど遊園地がある。でも、今から? 彼女の症状が出るのは午後9時以降らしいからそれまでに病院に戻れないこともない。でも、遊園地に行くなんて微塵も思ってなかったからお金もほとんど持っていない。
「あー、お金の心配?」
僕がカバンをあさってどれぐらいのお金を持っているかを確認していると、彼女がなんとなく僕のことを察したのかそのようなことを聞いてきた。
「あ……まあ。銀行で下ろしてきてもいい? こういうのって普通男が奢ったりするじゃん」
「それはデートとかでしょ。さっき君がデートじゃないって言ったんだから私が出すよ。ついてきてくれたお礼に」
確かに僕はさっきデートではないと自ら言っている。自分の言っていることに矛盾が起きていることを知って、奢ってもらうのは前に1つ5000円のマフィンも奢ってもらったのもあってなんだか悪いと感じてしまうけれど、特に言える言葉がなく、そこに行くまでの交通費や遊園地の入場料などは彼女に払ってもらうことにした。
遊園地に着くと平日だからか比較的アトラクションは空いていて並ばずに乗れるものもいくつかあるようだった。
「どれか乗りたいものある?」
「んー、雫さんの乗りたいものならなんでもいいよ」
「それが一番困るんだよなー。んー、じゃあ、とりあえずメリーゴーランドに乗ろうか!」
ちょうど歩いていた所にメリーゴ―ランドが見えたので、雫さんはそれに乗ろうと言ってきた。なので僕は特に何も言うことなくそれに乗った。彼女は普段、落ち着いている性格だけれども今日はいつもと少し違い子供のように心がはしゃいでいるような気もする。その証拠に彼女は順番が来ると小走りでメリーゴーランドの馬に乗っていたから。
彼女は一番大きな馬に乗った。僕はその隣りにいる子供の馬に乗った。メリーゴーランドに乗るのなんていつぶりだろうか。もしかしたら小学校とかそれぐらいぶりかもしれない。
メリーゴーランドはゆっくりと動き出していく。僕の方が空に高い位置に行ったり、彼女の方が空に高い位置に行ったり……。僕は正直言にいえば、この今楽しいという感情を持っているのかわからない。彼女のことを考えると余計に分からなくなってくる。でも、それに比べて彼女は楽しそうだった。まるで、自分が消えてしまうのをわかっていないかのように。この先もずっとずっと生きていく人のように。ずるいなと自然と思ってしまう。
メリーゴーランドがゆっくりと速度を落としていく。どうやら時間になったみたいだ。完全に止まると、彼女は馬から降りる際に大きくジャンプをした。
時間もあるので僕らはあと2つの乗り物に乗ることにした。1つは僕が決めて、もう1つは彼女が決めるみたいだ。強制的に僕も何に乗るのかを決めなくては行けなくなってしまった。なにかずるい。
ずるいことをされたので、僕はジェットコースターに乗ろうと言った。ここのジェットコースターは全長はそこまで長くはないけれど、スピードが速かったりして迫力満点と話題だ。ただ、そのジェットコースターには僕は乗ったことはない。けれど、別に僕は怖いとは思わない。あまりこういうのに得意そうではない彼女はどうなのだろうかと思ったけれど、
「うん、じゃあ乗ろう!」
とやけに前向きだった。こちらも少し混んでいたが、新汰から来たラインを返信したりしていると(内容はちょっととある人とでかけてくるというものだった)順番はいつの間にか回ってきた。
「なにー? 橙季くん、自分から提案しておいて怖いの?」
「いや、そんなことはないよ!」
ちょうど僕らの番が来たところで彼女がそんなことを言ってきた。彼女のこのにやりとした笑顔、なんだジェットコースター平気系だったのか。むしろ、僕のほうが苦手だったかもしれない。
段々とドキドキしてくる。もう、座ってしまった。係の人が安全確認をし終わったらもう出発してしまう。このドキドキの音は彼女に聞かれていないだろうか。もし、聞かれているんだとしたら僕はとてつもなく恥ずかしい。『僕=怖がりや、見栄っ張り』というイメージを持ったまま彼女の最後の花が咲くのだけはなんとかさけなければと思って、ばれないように息をとめることにした。
いつの間にかジェットコースターはてっぺん辺りにまで到達していた。さっきまではまだ地面に届くぐらいの所にいたはずなのにもうこんなところまで来てしまったのだ。
――ピタッ。
「キャー」
一気にジェットコースターが加速すると彼女から悲鳴が聞こえた。ただ、その悲鳴は怖がっている悲鳴ではなくてあくまで楽しんでいるときの悲鳴だった。楽しさに溢れた悲鳴だった。僕はしっかりと安全バーに抱きかかえるようにして掴み耐えた。あまりの速さに僕には楽しむぐらいの余裕はなかった。
ジェットコースターは無事に乗り切ったけれど、それだけでかなり体力を使ってしまった。あとまだ1個乗ることになっているのに。彼女は最後もジェットコースターにしようとか言い出さないだろうか。そういうことも考えて僕はおそるそる最後に何を乗るのかを彼女に聞くことにした。
「最後は何乗るの?」
「やっぱ定番のあれでしょ! 観覧車!」
「あー、観覧車ね」
日もちょうど落ちてきて辺りが暗くなる中、何色ものライトが園内を照らす観覧車に今から僕らは乗る。ただ、その観覧車に男女2人で並んでいる人たちはやっぱりカップルだったり幼馴染のような感じの関係だったりの人が大半を占めていた。でも、僕らはどちらでもない。カップルでも、幼馴染でも。あくまで❝友達❞なんだろう。そのことを待ちながら考えていた。
「ちょっと場違いじゃ……」
そう思ったからか、僕は思わず声に出してしまった。
「ん? なにか言った?」
「いや、なんでも……」
どうやら僕の声が小さかったからなのか(もしくは周りの音でかき消されてしまったのか)彼女には聞こえていないようだった。
「そう、ほら順番来たからいくよ!」
特に彼女が僕の今言ったことに対して気にしている様子もなかった。ただ、係の人に何人かと言われた時に2人と伝えるのも場違いだと感じてしまった(ただ、1人ずつ乗るというのはもっと場違いだろう)。
「さあ、ゆっくりと空の旅を楽しみますかー」
彼女に続いて観覧車に乗り込む。
「そうだね」
彼女は観覧車が動くと彼女は早速観覧車から見える景色をスマホでパシャパシャと撮り始めた。時々自分のピースをした手も一緒にカメラに収めていく。僕のピースの手も入ったものも1つ撮った。
「手、繋いでみる?」
「え? なんで?」
彼女が急に写真を撮るのをやめたと思ったらそんなことを言い出した。僕から手を繋ぐと言ったのではなく、あくまで彼女から言ったのだ。
「ほら、さっき『場違い』って言ってたじゃん。だから、こうすれば場違いじゃないのかなって。まあ、男女が手を繋ぐのって好きな人以外とでもやるでしょ? ほら、手つなぎ円陣とか」
「たしかにそうだけど……雫は嫌じゃないの?」
確かに、好きな人同士じゃなくても手を繋ぐことはあるけれど、場所というものがある。ここは観覧車の中だ。それも2人きりだ。他に邪魔をするものなんてない。その空間で雫は僕と手を繋ぐなんていいのだろうか。
「ねえ、今、私のこと、雫って言ったね」
「あっ」
気づいていなかったけれど、僕は確かに今、雫と呼んだ気がする。意図的ではなく無意識に。初めて❝雫❞と僕の口から放ったと思う。
「ごめん」
「いや、別に謝らなくていよ。嫌じゃないし」
「じゃあさ、雫も僕の名前を呼び捨て呼んでよ、橙季って」
「えー、それは少し恥ずかしいな。でも――」
雫はちょうど観覧車のてっぺん辺りに来た頃、何も言うことなく僕の手を握ってきた。僕らの握られた手が観覧車の明かりによって照らされる。僕は彼女の表情は見えなかったけれど、なぜだか初めて彼女が僕の心の近くにいるんだなと感じた。
雫は、もうすぐきれいに咲いて何もなかったかのようにして消えてしまう。
「手、繋いじゃいましたよ!」
「はは、そうだな。温かいな」
前回彼女の手を触った時は冷たかったことを覚えているのに今日は違った。僕の手より何倍も温かい。
「ねえ、私がしぼんだ後、❝悔しい❞とか❝寂しい❞とかいう感情、持たないでくれると嬉しいな。君にはちゃんと人生を生きてほしいから」
彼女はふと、僕の嫌いな話をしてきた。でも、今はあまり嫌な話だとはなぜだか思わなかった。
「わかった、それが雫の願いなら」
僕が答えると、更に雫は僕の手を強く握ってきた。
いつまでも握ってほしいと思ってしまったことが少し恥ずかしかった。
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【やったことと今後やりたいことリスト】
日曜:橙希くんに自分のことを初めて話した!
月曜:皆で花カフェに行った! ←今日ここ!
火曜:大好きな映画をもう一回観る!
水曜:好きなものを食べたい!(マフィン)
木曜:お世話になった人に手紙を書きたい!
金曜:思い出の場所めぐり!
土曜:終わりかな?
★本物の月下美人が先に咲いてしぼむか、私が先に咲いてしぼむか
の勝負も続いてる!(まだどっちも咲いてしぼんでない!)
★大切なのは❝最後まで楽しむこと❞。だって、悲しんでも楽しんで
ももう私の人生の期限は変わらないんだから。
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僕がそのリストのようなものを一通り読み終えた頃に彼女が一言文を添えてきた。
『だから、橙希くんありがとうね。普通の私として接してくれて。でも、今日の❝あれ❞は少しずるかったけど(笑)』
僕はこのリストと、その文を見て初めて彼女のことで涙を流してしまいそうになった。彼女の姿はここからじゃ見えるはずなんてないのに、彼女の姿が見えるような気がしたから。彼女が前に進んでいく姿が見えるような気がしたんだから。でも、彼女に『❝あれ❞は少しずるかったけど』という言葉を送られているし、泣いたらもっとずるいだろうと思い、他のことを考えることで涙の存在を消した。
それから、『素敵なリストだね』と返信して僕は今日を終えた。昨日はあまり感じていなかった彼女の期限について今日急に感じてしまったような気がする。だから、ベッドに入ったはいいものの全然寝付けなかった。何度も寝返りをうつ。何度も目を開けたり閉じたりしたけど、夢の中に入ったのは朝だった。だから、久しぶりに学校を遅刻してしまった。
彼女の表情というのは、日をおうごとに花のようにしぼんでいくのかなと思っていたけど、そんなことなくずっと彼女の表情はお日様もお水も十分与えられたような美しい姿だった。
それにいつも夜にしているラインも特に変化は見られなかった。
火曜日は、人生で一番泣いたとあるアニメ映画を観たという話しをしてきた。その映画は僕も好きな映画で、初めて自分のお金で3回も映画館で観た映画だった。だから話が盛り上がりラインは日付を超えてしまった。
水曜日は、隣駅まで行って1つ5000円するというマフィンを食べたということを写真付きで報告してきた。ちなみに、このマフィンのお店には僕と一緒に行った。2人で。ただ、デートとかじゃない。あくまで彼女の最後の人生に関与させてもらってるだけの名前のない行為だ。僕にも彼女は「もうお金なんか使わないから」といって奢ってくれた。5000円というだけあって味はすごく美味しかった。でも、夜は少し体調が悪くなってしまったみたいだ。
そして今日、木曜日は、お世話になった人に手紙を書いているということをぶれた写真つきで送ってきた(ぶれているのはその文を僕に読まれないためだろう)。文章を書くのは本人いわくあまり得意ではないみたいだから、何度も何度も書き直し中という報告もしてきた。ちなみに、橙季くんのもあるよと言われた時は思わずスマホを落としてしまった。それで少し画面が割れてしまった。
でも、今日が木曜日ということは、まだ確定とかではないけれど土曜日が最後の日になるのだとしたらあと2日だけになってしまうのか。なんとも言葉で言い表せない。せめていう願いなら、あの月下美人が咲いた後に、彼女の最後の人生が咲いてほしいなって思っている。彼女が最後に見る花が❝月下美人❞であってほしい。そして、僕が彼女と見る花も❝月下美人❞であってほしい。
「おお、集合20分前、早いねー。デートが楽しみだったのかな?」
「いや、あくまでもこれはデートじゃないでしょ。でも、好きな君と最後までいるられるのは僕にとってすごく価値のあるものかも」
「確かにこれはデートじゃないけど。まあ、それはおいといて私の思い出の場所にでも行きますか!」
僕は思い出の場所に行くために今日は呼ばれたのだ。でも、具体的な場所までは言われていない。ただもう学校終わりの夕方だからそこまで遠い場所には行かないだろうと思ってかなりの軽装できた。お金もほとんど持っていない。
「思い出の場所はね……ここから30分ぐらい行ったところにある遊園地! 家族とか友達と何回も何回も行ったから最後にもう一度行っときたいと思ってね!」
「あっ……えっ?」
確かにここから30分ぐらい行ったところに大きいとまではいえないけれど遊園地がある。でも、今から? 彼女の症状が出るのは午後9時以降らしいからそれまでに病院に戻れないこともない。でも、遊園地に行くなんて微塵も思ってなかったからお金もほとんど持っていない。
「あー、お金の心配?」
僕がカバンをあさってどれぐらいのお金を持っているかを確認していると、彼女がなんとなく僕のことを察したのかそのようなことを聞いてきた。
「あ……まあ。銀行で下ろしてきてもいい? こういうのって普通男が奢ったりするじゃん」
「それはデートとかでしょ。さっき君がデートじゃないって言ったんだから私が出すよ。ついてきてくれたお礼に」
確かに僕はさっきデートではないと自ら言っている。自分の言っていることに矛盾が起きていることを知って、奢ってもらうのは前に1つ5000円のマフィンも奢ってもらったのもあってなんだか悪いと感じてしまうけれど、特に言える言葉がなく、そこに行くまでの交通費や遊園地の入場料などは彼女に払ってもらうことにした。
遊園地に着くと平日だからか比較的アトラクションは空いていて並ばずに乗れるものもいくつかあるようだった。
「どれか乗りたいものある?」
「んー、雫さんの乗りたいものならなんでもいいよ」
「それが一番困るんだよなー。んー、じゃあ、とりあえずメリーゴーランドに乗ろうか!」
ちょうど歩いていた所にメリーゴ―ランドが見えたので、雫さんはそれに乗ろうと言ってきた。なので僕は特に何も言うことなくそれに乗った。彼女は普段、落ち着いている性格だけれども今日はいつもと少し違い子供のように心がはしゃいでいるような気もする。その証拠に彼女は順番が来ると小走りでメリーゴーランドの馬に乗っていたから。
彼女は一番大きな馬に乗った。僕はその隣りにいる子供の馬に乗った。メリーゴーランドに乗るのなんていつぶりだろうか。もしかしたら小学校とかそれぐらいぶりかもしれない。
メリーゴーランドはゆっくりと動き出していく。僕の方が空に高い位置に行ったり、彼女の方が空に高い位置に行ったり……。僕は正直言にいえば、この今楽しいという感情を持っているのかわからない。彼女のことを考えると余計に分からなくなってくる。でも、それに比べて彼女は楽しそうだった。まるで、自分が消えてしまうのをわかっていないかのように。この先もずっとずっと生きていく人のように。ずるいなと自然と思ってしまう。
メリーゴーランドがゆっくりと速度を落としていく。どうやら時間になったみたいだ。完全に止まると、彼女は馬から降りる際に大きくジャンプをした。
時間もあるので僕らはあと2つの乗り物に乗ることにした。1つは僕が決めて、もう1つは彼女が決めるみたいだ。強制的に僕も何に乗るのかを決めなくては行けなくなってしまった。なにかずるい。
ずるいことをされたので、僕はジェットコースターに乗ろうと言った。ここのジェットコースターは全長はそこまで長くはないけれど、スピードが速かったりして迫力満点と話題だ。ただ、そのジェットコースターには僕は乗ったことはない。けれど、別に僕は怖いとは思わない。あまりこういうのに得意そうではない彼女はどうなのだろうかと思ったけれど、
「うん、じゃあ乗ろう!」
とやけに前向きだった。こちらも少し混んでいたが、新汰から来たラインを返信したりしていると(内容はちょっととある人とでかけてくるというものだった)順番はいつの間にか回ってきた。
「なにー? 橙季くん、自分から提案しておいて怖いの?」
「いや、そんなことはないよ!」
ちょうど僕らの番が来たところで彼女がそんなことを言ってきた。彼女のこのにやりとした笑顔、なんだジェットコースター平気系だったのか。むしろ、僕のほうが苦手だったかもしれない。
段々とドキドキしてくる。もう、座ってしまった。係の人が安全確認をし終わったらもう出発してしまう。このドキドキの音は彼女に聞かれていないだろうか。もし、聞かれているんだとしたら僕はとてつもなく恥ずかしい。『僕=怖がりや、見栄っ張り』というイメージを持ったまま彼女の最後の花が咲くのだけはなんとかさけなければと思って、ばれないように息をとめることにした。
いつの間にかジェットコースターはてっぺん辺りにまで到達していた。さっきまではまだ地面に届くぐらいの所にいたはずなのにもうこんなところまで来てしまったのだ。
――ピタッ。
「キャー」
一気にジェットコースターが加速すると彼女から悲鳴が聞こえた。ただ、その悲鳴は怖がっている悲鳴ではなくてあくまで楽しんでいるときの悲鳴だった。楽しさに溢れた悲鳴だった。僕はしっかりと安全バーに抱きかかえるようにして掴み耐えた。あまりの速さに僕には楽しむぐらいの余裕はなかった。
ジェットコースターは無事に乗り切ったけれど、それだけでかなり体力を使ってしまった。あとまだ1個乗ることになっているのに。彼女は最後もジェットコースターにしようとか言い出さないだろうか。そういうことも考えて僕はおそるそる最後に何を乗るのかを彼女に聞くことにした。
「最後は何乗るの?」
「やっぱ定番のあれでしょ! 観覧車!」
「あー、観覧車ね」
日もちょうど落ちてきて辺りが暗くなる中、何色ものライトが園内を照らす観覧車に今から僕らは乗る。ただ、その観覧車に男女2人で並んでいる人たちはやっぱりカップルだったり幼馴染のような感じの関係だったりの人が大半を占めていた。でも、僕らはどちらでもない。カップルでも、幼馴染でも。あくまで❝友達❞なんだろう。そのことを待ちながら考えていた。
「ちょっと場違いじゃ……」
そう思ったからか、僕は思わず声に出してしまった。
「ん? なにか言った?」
「いや、なんでも……」
どうやら僕の声が小さかったからなのか(もしくは周りの音でかき消されてしまったのか)彼女には聞こえていないようだった。
「そう、ほら順番来たからいくよ!」
特に彼女が僕の今言ったことに対して気にしている様子もなかった。ただ、係の人に何人かと言われた時に2人と伝えるのも場違いだと感じてしまった(ただ、1人ずつ乗るというのはもっと場違いだろう)。
「さあ、ゆっくりと空の旅を楽しみますかー」
彼女に続いて観覧車に乗り込む。
「そうだね」
彼女は観覧車が動くと彼女は早速観覧車から見える景色をスマホでパシャパシャと撮り始めた。時々自分のピースをした手も一緒にカメラに収めていく。僕のピースの手も入ったものも1つ撮った。
「手、繋いでみる?」
「え? なんで?」
彼女が急に写真を撮るのをやめたと思ったらそんなことを言い出した。僕から手を繋ぐと言ったのではなく、あくまで彼女から言ったのだ。
「ほら、さっき『場違い』って言ってたじゃん。だから、こうすれば場違いじゃないのかなって。まあ、男女が手を繋ぐのって好きな人以外とでもやるでしょ? ほら、手つなぎ円陣とか」
「たしかにそうだけど……雫は嫌じゃないの?」
確かに、好きな人同士じゃなくても手を繋ぐことはあるけれど、場所というものがある。ここは観覧車の中だ。それも2人きりだ。他に邪魔をするものなんてない。その空間で雫は僕と手を繋ぐなんていいのだろうか。
「ねえ、今、私のこと、雫って言ったね」
「あっ」
気づいていなかったけれど、僕は確かに今、雫と呼んだ気がする。意図的ではなく無意識に。初めて❝雫❞と僕の口から放ったと思う。
「ごめん」
「いや、別に謝らなくていよ。嫌じゃないし」
「じゃあさ、雫も僕の名前を呼び捨て呼んでよ、橙季って」
「えー、それは少し恥ずかしいな。でも――」
雫はちょうど観覧車のてっぺん辺りに来た頃、何も言うことなく僕の手を握ってきた。僕らの握られた手が観覧車の明かりによって照らされる。僕は彼女の表情は見えなかったけれど、なぜだか初めて彼女が僕の心の近くにいるんだなと感じた。
雫は、もうすぐきれいに咲いて何もなかったかのようにして消えてしまう。
「手、繋いじゃいましたよ!」
「はは、そうだな。温かいな」
前回彼女の手を触った時は冷たかったことを覚えているのに今日は違った。僕の手より何倍も温かい。
「ねえ、私がしぼんだ後、❝悔しい❞とか❝寂しい❞とかいう感情、持たないでくれると嬉しいな。君にはちゃんと人生を生きてほしいから」
彼女はふと、僕の嫌いな話をしてきた。でも、今はあまり嫌な話だとはなぜだか思わなかった。
「わかった、それが雫の願いなら」
僕が答えると、更に雫は僕の手を強く握ってきた。
いつまでも握ってほしいと思ってしまったことが少し恥ずかしかった。