彼女の心の中をちゃんと知ってから初めての夜になった。
彼女は今、僕のいる場所から少し離れた病院の病室に❝たった一人❞で過ごしている。
彼女の言っていた通り症状が起きるのは夜。だから、いつももしかしたら今日が最後の夜になってしまうのかもしれない……そんなことを一番考えなきゃいけない苦痛の時間になるのだ。
『今のところはどう?』
だから僕は彼女と少しでも安心させたいという理由から夜にラインをすることにした。でも、彼女とラインしたのは本当に久しぶり(最後にしたのは4ヶ月ぐらい前でなぜか音楽の話をしていた)だったから始めは少し手が震えていた。
『うん、今日は比較的落ち着いてるよ。でさ、一つ言い忘れたことがあるんだけど、私は最後に誰かを好きになってみたいって言ったじゃん? だから私も君を好きになってみようと思う。でも、好きになれるかはわからないってことだけはわっかってほしいな』
数分経ってから、彼女からの返信が来た。落ち着いているという単語を見た瞬間、とりあえず安心した。
『もちろん、わかってるよ。仮に好きになれなくても僕は君のことが好きだから』
彼女は落ち着いているという状況報告の他に、好きになれるかわからないということも言ってきたので僕はそれについてだけ触れて返信した。ちょっと返信の仕方が違っただろうかと思っていると既読がついてしまった。
『なに、照れさせないでよ。熱出ちゃうよ(笑)!』
『ごめん、ごめん。じゃあおやすみ』
なんだよ、その冗談と思いながらも、あまり長くやり取りを続けてしまうと彼女の体調にも影響が出るかもしれないと思い、今日はここまでにしようと区切りの言葉を言った。
『うん、おやすみ』
僕は、そのメッセージを読むと、スマホの電源を切った。そして、すぐにベッドに入った。ただ、目はつぶらずに天井を見上げて寝転んでいるだけ。
今日は、自分にとって大きな出来事がある大事な日だった。
――初めて誰かに好きという想いを伝えて、でも、その想いを伝えた人があと1週間で消えてしまうということを知った。
大事なことを考えているうちに寝てしまっていたみたいだ。気づけば僕の周りはぽかぽかしている。太陽が出てきたらしい。最後に記憶があるのは真っ暗なときだったからそういうことになるんだろう。
――チュン、チュン。
小鳥の声もする。
まだ彼女はこの鳥の声がする世界にいるだろうか。その答え合わせは学校。彼女が来ればまだ大丈夫。来なかったら絶対というわけではないけれど、もしかしたらということになるんだろう。
僕はいつも通り身支度を整えてからいつもより一本早い電車に乗った。
教室に入るとまだ3人しかいなかった。でも、その1人が持木雫だった。
当たり前のように席に座って読書をしているようだった。カーテンが激しく揺れて、一瞬カーテンが彼女の姿を隠したけれど、彼女の姿はまたすぐに見えるようになった。
僕は特に声をかけることなく彼女の姿を確かめるように見てから自分の席に座った。彼女と僕の距離はほんの少し。でも、遠い。
時間を追うごとにクラスには笑い声も混じった話し声が聞こえてきた。僕はドアに近い所の席だったので皆がここを通ったときの感触を無意識に感じ取っている。ふと雫さんの方を見ると、とある男子2、3人と楽しそうに話していた。はっきりとは聞こえないけれど好きな食べ物の話をしているような気がする。やはり雫さんは男子にも人気者だな。
「おはー、橙季」
「うん、おはー新汰」
僕と一番仲のいい新汰もチャイムが鳴る10分前に教室に入ってきた。いつもはギリギリ勢なので彼にとっては珍しく余裕を持っての到着だ。
「あのさ、古典の宿題あったじゃん? 俺、やり忘れちゃったから見せて!」
そういうことか。見せてほしかったから少し早く着たということか。まったく、ご都合主義のやつだ。僕は鼻で笑ったあとにその宿題を見せた。もちろん僕は完璧にやっている。この宿題は古文単語の意味を調べるというやつだった。
「あ、それ今日提出だっけ!?」
「あー、うん、今日提出だよ」
「すっかり忘れてた。あ、雫、古文の宿題やったー?」
新汰が僕の宿題を写している所を見て、今教室に入ってきた炉里さんも古文の宿題があることに気づいたように急に慌てだした。
炉里さんは雫さんと仲が良かったため雫さんに古文の宿題をやったか聞いていたが、雫さんも驚いたような表情をした。
「あ、そうだった!」
雫さんの学力はクラスの中でも成績はトップレベルだし僕が憧れるほどの人だからそういうことはちゃんとしている人だったけれど、珍しくその宿題について忘れていたようだ。
「えー、雫もー。ねえ、橙季くん、見せて! 一生のお願い!」
雫さんに頼れないことがわかると、炉里さんはお願いポーズをして僕にお願いしてくる。一生のお願いをこんなところで使っていいのかなと思いつつも僕は自分で言うのもあれだけどけっこう優しいやつなので快く見せることにした。すると、炉里さんはありがとうと言って僕のテーブルで新汰とともに僕の宿題を写し始めた。
「ねえ、橙季くん私もいいかな?」
雫さんも僕のところにやってきてまるで昨日のことがなかったかのような振る舞い方で僕に聞いてくる。僕はやはりまだ昨日の余韻が残っていたためか少しかすれた声で雫さんに対してうんという。するとありがとうと言ってから雫さんも僕のテーブルで写し始める。僕のテーブルに3人が集まったため急に密度が高くなった。そのせいか、僕の肩に雫さんの肩が少しあたっている。でも、彼女は特に気にしてないようだったから僕は特には言わなかった。
「ねえ、ここ何って書いてるの?」
「あー、確かに僕の字が汚いかも」
雫さんは僕の字が汚くて読めなかったのか、一箇所その部分を指して、僕の顔を見ずに聞いてきた。
その単語は『けさうだつ』。
「えっと、『恋心がはっきりと現れてくる』っていう……」
よりによって僕のベルトを強く締めてくるような場所の字が汚かったみたいだ。だから、「っていう意味」と言い切れなかった。雫さんの前で、その単語の意味をはっきり言うなんて。
「ははっ」
雫さんは急に小さな声で笑い出した。たぶん、僕が最後まで言えなかった理由を悟って思わず笑ってしまったのだろう。
「えっ、雫、どうしたの?」
昨日の僕らの出来事を知らない炉里さんが急に笑い始めた雫さんに対して面白半分に聞いている。
「なんでもないよ」
雫さんがそういった瞬間、僕と目があった。雫さんの目には僕には見えない何かが映っていた。そして僕への合図なのかウインクのようなものをしていた。僕は反応できなかったけれど、そのウインクには意味があるのだろう。
「あ、チャイムもうそろそろ鳴るよ、戻ろう!」
すべて写し終わった新汰が時計を見ると、もうすぐ朝のホームルームの時間になることに気づいたようで写している2人にそう声をかける。
「あっ本当だ、橙季くんありがとうね!」
「ありがとう!」
2人は急いで最後のところを写し終えると、急いで席に戻っていく。ちょうど2人が座り終わった頃にチャイムが鳴った。
彼女は今、僕のいる場所から少し離れた病院の病室に❝たった一人❞で過ごしている。
彼女の言っていた通り症状が起きるのは夜。だから、いつももしかしたら今日が最後の夜になってしまうのかもしれない……そんなことを一番考えなきゃいけない苦痛の時間になるのだ。
『今のところはどう?』
だから僕は彼女と少しでも安心させたいという理由から夜にラインをすることにした。でも、彼女とラインしたのは本当に久しぶり(最後にしたのは4ヶ月ぐらい前でなぜか音楽の話をしていた)だったから始めは少し手が震えていた。
『うん、今日は比較的落ち着いてるよ。でさ、一つ言い忘れたことがあるんだけど、私は最後に誰かを好きになってみたいって言ったじゃん? だから私も君を好きになってみようと思う。でも、好きになれるかはわからないってことだけはわっかってほしいな』
数分経ってから、彼女からの返信が来た。落ち着いているという単語を見た瞬間、とりあえず安心した。
『もちろん、わかってるよ。仮に好きになれなくても僕は君のことが好きだから』
彼女は落ち着いているという状況報告の他に、好きになれるかわからないということも言ってきたので僕はそれについてだけ触れて返信した。ちょっと返信の仕方が違っただろうかと思っていると既読がついてしまった。
『なに、照れさせないでよ。熱出ちゃうよ(笑)!』
『ごめん、ごめん。じゃあおやすみ』
なんだよ、その冗談と思いながらも、あまり長くやり取りを続けてしまうと彼女の体調にも影響が出るかもしれないと思い、今日はここまでにしようと区切りの言葉を言った。
『うん、おやすみ』
僕は、そのメッセージを読むと、スマホの電源を切った。そして、すぐにベッドに入った。ただ、目はつぶらずに天井を見上げて寝転んでいるだけ。
今日は、自分にとって大きな出来事がある大事な日だった。
――初めて誰かに好きという想いを伝えて、でも、その想いを伝えた人があと1週間で消えてしまうということを知った。
大事なことを考えているうちに寝てしまっていたみたいだ。気づけば僕の周りはぽかぽかしている。太陽が出てきたらしい。最後に記憶があるのは真っ暗なときだったからそういうことになるんだろう。
――チュン、チュン。
小鳥の声もする。
まだ彼女はこの鳥の声がする世界にいるだろうか。その答え合わせは学校。彼女が来ればまだ大丈夫。来なかったら絶対というわけではないけれど、もしかしたらということになるんだろう。
僕はいつも通り身支度を整えてからいつもより一本早い電車に乗った。
教室に入るとまだ3人しかいなかった。でも、その1人が持木雫だった。
当たり前のように席に座って読書をしているようだった。カーテンが激しく揺れて、一瞬カーテンが彼女の姿を隠したけれど、彼女の姿はまたすぐに見えるようになった。
僕は特に声をかけることなく彼女の姿を確かめるように見てから自分の席に座った。彼女と僕の距離はほんの少し。でも、遠い。
時間を追うごとにクラスには笑い声も混じった話し声が聞こえてきた。僕はドアに近い所の席だったので皆がここを通ったときの感触を無意識に感じ取っている。ふと雫さんの方を見ると、とある男子2、3人と楽しそうに話していた。はっきりとは聞こえないけれど好きな食べ物の話をしているような気がする。やはり雫さんは男子にも人気者だな。
「おはー、橙季」
「うん、おはー新汰」
僕と一番仲のいい新汰もチャイムが鳴る10分前に教室に入ってきた。いつもはギリギリ勢なので彼にとっては珍しく余裕を持っての到着だ。
「あのさ、古典の宿題あったじゃん? 俺、やり忘れちゃったから見せて!」
そういうことか。見せてほしかったから少し早く着たということか。まったく、ご都合主義のやつだ。僕は鼻で笑ったあとにその宿題を見せた。もちろん僕は完璧にやっている。この宿題は古文単語の意味を調べるというやつだった。
「あ、それ今日提出だっけ!?」
「あー、うん、今日提出だよ」
「すっかり忘れてた。あ、雫、古文の宿題やったー?」
新汰が僕の宿題を写している所を見て、今教室に入ってきた炉里さんも古文の宿題があることに気づいたように急に慌てだした。
炉里さんは雫さんと仲が良かったため雫さんに古文の宿題をやったか聞いていたが、雫さんも驚いたような表情をした。
「あ、そうだった!」
雫さんの学力はクラスの中でも成績はトップレベルだし僕が憧れるほどの人だからそういうことはちゃんとしている人だったけれど、珍しくその宿題について忘れていたようだ。
「えー、雫もー。ねえ、橙季くん、見せて! 一生のお願い!」
雫さんに頼れないことがわかると、炉里さんはお願いポーズをして僕にお願いしてくる。一生のお願いをこんなところで使っていいのかなと思いつつも僕は自分で言うのもあれだけどけっこう優しいやつなので快く見せることにした。すると、炉里さんはありがとうと言って僕のテーブルで新汰とともに僕の宿題を写し始めた。
「ねえ、橙季くん私もいいかな?」
雫さんも僕のところにやってきてまるで昨日のことがなかったかのような振る舞い方で僕に聞いてくる。僕はやはりまだ昨日の余韻が残っていたためか少しかすれた声で雫さんに対してうんという。するとありがとうと言ってから雫さんも僕のテーブルで写し始める。僕のテーブルに3人が集まったため急に密度が高くなった。そのせいか、僕の肩に雫さんの肩が少しあたっている。でも、彼女は特に気にしてないようだったから僕は特には言わなかった。
「ねえ、ここ何って書いてるの?」
「あー、確かに僕の字が汚いかも」
雫さんは僕の字が汚くて読めなかったのか、一箇所その部分を指して、僕の顔を見ずに聞いてきた。
その単語は『けさうだつ』。
「えっと、『恋心がはっきりと現れてくる』っていう……」
よりによって僕のベルトを強く締めてくるような場所の字が汚かったみたいだ。だから、「っていう意味」と言い切れなかった。雫さんの前で、その単語の意味をはっきり言うなんて。
「ははっ」
雫さんは急に小さな声で笑い出した。たぶん、僕が最後まで言えなかった理由を悟って思わず笑ってしまったのだろう。
「えっ、雫、どうしたの?」
昨日の僕らの出来事を知らない炉里さんが急に笑い始めた雫さんに対して面白半分に聞いている。
「なんでもないよ」
雫さんがそういった瞬間、僕と目があった。雫さんの目には僕には見えない何かが映っていた。そして僕への合図なのかウインクのようなものをしていた。僕は反応できなかったけれど、そのウインクには意味があるのだろう。
「あ、チャイムもうそろそろ鳴るよ、戻ろう!」
すべて写し終わった新汰が時計を見ると、もうすぐ朝のホームルームの時間になることに気づいたようで写している2人にそう声をかける。
「あっ本当だ、橙季くんありがとうね!」
「ありがとう!」
2人は急いで最後のところを写し終えると、急いで席に戻っていく。ちょうど2人が座り終わった頃にチャイムが鳴った。