「よう、海老名。」
「うっす。」
放課後の地学室のドアが開いて、入ってきた男子生徒は私の呼び掛けに軽く手を挙げて返事をした。少し着崩した制服と長めの前髪はいつも通りだ。教室の中でひとりで本を読んでいた私は、挨拶だけしてそのまま視線を本に戻す。
「何読んでるの?」
「んー、よく分からんミステリー小説。」
「へえ。面白い?」
「・・・よく分からん。」
「なんだそれ。」
だってホントにまだよく分からないんだもん、読み始めたばっかだし。私の言葉にケラケラと笑っている彼は、そのまま教室の隅にある鍵付きの引き出しに手をかける。そしてそこからおもむろに将棋盤を取り出した。
「将棋やろ、将棋。」
「いいよ。今日もぶちのめしてやる。」
「口悪。」
地学室特有の4人掛けの机に向かい合って座り、駒を並べる。彼が開けた引き出しの中には、将棋、囲碁、トランプなど色んなものが入っていて、これを使えるのは私たち、地学部員の特権だ。
地学部はこの学校に昔からある正式な部活で、部室はここ、地学室。活動内容は表向きは地層や化石の研究、現地調査、なんて事になっているが、そんな活動をした記憶は私には無い。地学部の活動が盛んだったのは遥か昔の事のようで、顧問の先生は名前だけだし、実際の活動は雑談、将棋、トランプ。まあ、そんな感じ。
部員は全学年合わせて5人だが、実際に地学室に来るのは私と、彼、海老名くらいだ。
「せんぱい、ちょっとは手加減してくれよ。」
「はあ?最初から甘えんな。」
少し眉を下げてそんなことを言ってくる海老名に舌打ちをすれば「だから口悪いって」とまた面白そうに笑う。彼はどうやら私の口が悪いことがツボらしく、1人でよく笑っている。言葉遣いの悪さは直さなきゃと思っているのだが、なかなか苦戦中だ。
海老名はひとつ年下の高校2年生で、何故か割とよく地学室に来る。海老名が入るまでは放課後の地学室は私の貸切状態だった。1人で本を読んでいる時間は嫌いじゃなかったのだが、まあ、人がいるのも悪くない。
「ええ!そいつ、ナナメ行けるんだっけ。」
「行けるよ。」
「ほんとに?嘘つかないでよ。」
「ついてないわ。早くルール覚えろアホ海老名。」
将棋は今日も私の完勝。ルール覚える気あるのかこいつは。
海老名は少し不貞腐れたと思いきや、「ねえ、オセロやろ!」とすぐに目を輝かせてオセロを引っ張り出してくる。
「・・・犬みたい。」
「褒め言葉として受け取っとくね。」
なんて言って海老名はまた笑って、その拍子に長めの前髪が揺れる。いわゆる陽キャであろう彼に、完全なる陰の者の私は最初こそドキマギしたものだが、そんな気持ちもすぐに忘れてしまっていた。子供みたいにすぐ笑ってすぐ拗ねる、素直な彼はとても話やすかった。
私も彼も毎日ここに来る訳ではないのだが、一緒になればこうやって時間を潰す。将棋をしたり、お互いに本を読んだりスマホをいじってボーッとしたり、過ごし方は様々だ。
「ねえ、今日俺アメリカンドックの気分。」
「知らんわ。」
「あーでも肉まんでもいいな。悩ましい。」
「肉まんてこの時期無くないか?」
出したものを片付けて、電気を消して、鍵を閉める。鍵を教務室へ返しに行って、最寄りのコンビニに寄って、別れて、帰る。海老名が来る日は、大体こんな感じで幕を閉じる。
「うっす。」
放課後の地学室のドアが開いて、入ってきた男子生徒は私の呼び掛けに軽く手を挙げて返事をした。少し着崩した制服と長めの前髪はいつも通りだ。教室の中でひとりで本を読んでいた私は、挨拶だけしてそのまま視線を本に戻す。
「何読んでるの?」
「んー、よく分からんミステリー小説。」
「へえ。面白い?」
「・・・よく分からん。」
「なんだそれ。」
だってホントにまだよく分からないんだもん、読み始めたばっかだし。私の言葉にケラケラと笑っている彼は、そのまま教室の隅にある鍵付きの引き出しに手をかける。そしてそこからおもむろに将棋盤を取り出した。
「将棋やろ、将棋。」
「いいよ。今日もぶちのめしてやる。」
「口悪。」
地学室特有の4人掛けの机に向かい合って座り、駒を並べる。彼が開けた引き出しの中には、将棋、囲碁、トランプなど色んなものが入っていて、これを使えるのは私たち、地学部員の特権だ。
地学部はこの学校に昔からある正式な部活で、部室はここ、地学室。活動内容は表向きは地層や化石の研究、現地調査、なんて事になっているが、そんな活動をした記憶は私には無い。地学部の活動が盛んだったのは遥か昔の事のようで、顧問の先生は名前だけだし、実際の活動は雑談、将棋、トランプ。まあ、そんな感じ。
部員は全学年合わせて5人だが、実際に地学室に来るのは私と、彼、海老名くらいだ。
「せんぱい、ちょっとは手加減してくれよ。」
「はあ?最初から甘えんな。」
少し眉を下げてそんなことを言ってくる海老名に舌打ちをすれば「だから口悪いって」とまた面白そうに笑う。彼はどうやら私の口が悪いことがツボらしく、1人でよく笑っている。言葉遣いの悪さは直さなきゃと思っているのだが、なかなか苦戦中だ。
海老名はひとつ年下の高校2年生で、何故か割とよく地学室に来る。海老名が入るまでは放課後の地学室は私の貸切状態だった。1人で本を読んでいる時間は嫌いじゃなかったのだが、まあ、人がいるのも悪くない。
「ええ!そいつ、ナナメ行けるんだっけ。」
「行けるよ。」
「ほんとに?嘘つかないでよ。」
「ついてないわ。早くルール覚えろアホ海老名。」
将棋は今日も私の完勝。ルール覚える気あるのかこいつは。
海老名は少し不貞腐れたと思いきや、「ねえ、オセロやろ!」とすぐに目を輝かせてオセロを引っ張り出してくる。
「・・・犬みたい。」
「褒め言葉として受け取っとくね。」
なんて言って海老名はまた笑って、その拍子に長めの前髪が揺れる。いわゆる陽キャであろう彼に、完全なる陰の者の私は最初こそドキマギしたものだが、そんな気持ちもすぐに忘れてしまっていた。子供みたいにすぐ笑ってすぐ拗ねる、素直な彼はとても話やすかった。
私も彼も毎日ここに来る訳ではないのだが、一緒になればこうやって時間を潰す。将棋をしたり、お互いに本を読んだりスマホをいじってボーッとしたり、過ごし方は様々だ。
「ねえ、今日俺アメリカンドックの気分。」
「知らんわ。」
「あーでも肉まんでもいいな。悩ましい。」
「肉まんてこの時期無くないか?」
出したものを片付けて、電気を消して、鍵を閉める。鍵を教務室へ返しに行って、最寄りのコンビニに寄って、別れて、帰る。海老名が来る日は、大体こんな感じで幕を閉じる。