突然の出会いから数日経った日曜日、(はるか)蕾生(らいお)はまた銀騎(しらき)家に来ていた。皓矢(こうや)雨都(うと)梢賢(しょうけん)の件を報告するためだ。
 
 永は最初嫌がったが、星弥(せいや)に押し切られた。皓矢から適切な支援が欲しかったら全部話せ、と穏やかに脅迫されたのだ。飴とムチを使い分ける兄妹はまさに詮充郎(せんじゅうろう)の孫だと負け惜しみを言う永の言葉を星弥は少し嬉しそうに聞いていた。
 尤も、蕾生と鈴心は皓矢に話すつもりでいるので永に勝ち目は最初からなかったのだが。
 
「──なるほど、雨都が出てきたか」
 
 皓矢の研究室に入ることを許された四人は先日のあらましを説明した。すると皓矢は最初は驚いたものの、当然の展開であるような顔で頷いた。
 
「兄さんも知ってるの?」
 
「古い文献でね。昔からの君達の協力者の一族ということは知ってる」
 
 皓矢は星弥の質問に答えつつ、永に確認するような視線を投げた。
 
「そ。唯一無二のね。だからこそ、僕らは彼らには頭があがらないんだ」
 
「今までも多大なご迷惑をかけてきました。なのにまた訪ねてきてくれるなんて──」
 
 鈴心(すずね)は少し不安そうな面持ちで、雨都の存在を目上に置いたような言い方をする。蕾生には先日の梢賢の姿を考えるとしっくりこなかった。
 
「そうなのか?あいつはそんな雰囲気じゃなかったけど」
 
「あの雨都梢賢って人、多分雨都家の中では変わり者だと思うよ。(かえで)サンもそうだったからね」
 
 蕾生の疑問に永が肩をすくめながら答えると、この話題に興味津々の星弥が続きをせがんだ。生で土下座を初めて見たので興奮している。
 
「どういうこと?」
 
「雨都の人達はさ、ある時から僕らや銀騎を恐れて雲隠れしちゃったんだよね。まあ、それも当然のことだけど」
 
「銀騎も?」
 
 星弥が振り返って尋ねると、皓矢もまた言いにくそうにしながら頷く。
 
「そう。むしろ銀騎の方が彼らには恨まれているだろう。隠れて暮らしているのも大部分は銀騎から逃げているんだと思う」
 
「ええー、ほんとウチってろくでもないね!」
 
 以前までは兄にも遠慮して接していた星弥だったが、先日から気を使うのをやめた。
 銀騎家の悪い所は悪いと、まず自分が言っていかないと祖父も兄も視野が狭くなっていくばかりだ。
 
 そんな星弥の銀騎に対する姿勢を皓矢も頼もしく思う一方で、妹に即否定されてはさすがに肩を落とす。
 
「うん……そうだね、それは本当にそうだ……」
 
「ごめんなさい、言い過ぎました」
 
 がっかりしている兄にどうフォローしようか星弥が困っていると、更に永が追い討ちをかけた。
 
「そんなことないよ、銀騎は雨都に呪いを長年かけていたからね」
 
「え!」
 
「雨都に跡取りの男子が産まれない呪い。ヤだよねー、根が暗いんだよねー」
 
 星弥が衝撃で言葉を失くしていると、見かねた鈴心がフォローに回る。
 
「その呪いは楓が解きましたから過去の話ですよ、星弥」
 
「そうなの?楓さんって人、すごいんだね」
 
「そうですね、とても行動力のある人でした」
 
 だから梢賢は自らを「待望の跡取り息子」と言ったのか、と蕾生はあの軽薄な笑顔を思い出す。
 今の所胡散臭さしかないが、単身で銀騎の敷地に乗り込んできたことを考えると、彼にも行動力があることは窺える。
 
「雨都の人達は元々活発な人柄なんだ。僕らも随分助けてもらった。──そのせいで、何人も犠牲になった」
 
 永が自嘲するように結んだ言葉の意味は、蕾生にも理解できる。
 
「それで、ある時に嫌気がさした?」
 
「──だと思う。雨都に対しては僕らも銀騎も同罪だよ。だから、彼らが困ってるなら何をおいても助ける義理が僕らにはある」
 
 協力してくれている相手が常に傷つくことはどうしようもない運命なのかもしれない。
 そんな負い目があるから、雨都が再び姿を見せたことに永も鈴心も驚いたし、姿を見せたということは何か要求があるんだろうと永が考えたのは当然のことだった。