「――柊!」

 はっ、と目を開けると心配そうな両親の顔が視界いっぱいに飛び込んできた。

「葵……葵! 葵は――!」

 俺は構わず飛び起きた。
 酷い頭痛だ。全身が痛い。

「柊、動くな! お前三日も眠ったままで、頭も強く打って――」
「父さん、母さん! 葵はどこ! 葵、葵に会わなくちゃ!」

 必死な俺の様子に両親は顔を見合わせる。

「わかってる。なにしたかわかってる。俺は屋上から飛び降りた。ワケも、理由も全部話す。だから、今は葵に会わせて!」

 頭を下げると、二人は観念したように視線を下ろした。

「柊……葵ちゃんはもう――」
「大丈夫。まだ生きてる」

 そう核心があった。
 だから君は俺をここに戻した。
 約束を果たすために。



「――柊くん!?」

 葵の病室に行くと、葵の両親が驚いた顔をしていた。

「……おじさん、おばさん。心配かけてごめん、葵に会いに来たんだ」 

 葵の目は固く閉じられていた。
 機械音が微弱に、ずっと続いている。

「……葵。柊くんが会いに来てくれたわよ」

 そういって、葵の両親は席を譲ってくれた。
 俺は葵の側に行き、手を握る。
 さっきまで一緒にいたのに、なんだか不思議だ。

「葵……ごめんね」

 冷たい手を握る。
 細い腕に出来た点滴の跡。それは彼女が懸命に生きようとした証。

「いつも、お前に助けられてばかりだ」

 自分の命を投げ捨てようとした俺を、葵はつなぎ止めようとしてくれた。
 ずっとずっと、俺の傍にいてくれたんだ。

「七海葵。約束を果たすよ。俺は君の魂を刈り取りに来た」

 泣きながら俺は葵の両手を握る。

「ずっと忘れてて、ごめん。思い出させてくれてありがとう。俺は約束を果たすよ」

 そうして葵の額にキス落とす。

「ずっといえなかった。でも、最期にこれだけ伝えておく――葵、愛してる」

 その直後、機械がぴーとけたたましい音を立てた。
 慌てて医者やみんなが飛び込んでくる。
 懸命に処置が行われたけれど、もう葵がもどってくることは無かった。
 でも……俺の心は晴れ晴れとしていた。

 眠るように逝った葵の顔もまた、嬉しそうに笑っていたのだから。



 その後、葵の葬儀はしめやかに行われた。
 小さな家族葬だったけれど、皆泣き、そして笑いながら葵との別れを済ませた。

「――柊くん」

 俺に葵のお母さんが一枚の手紙を差し出した。

「これ。柊くんに、葵からの手紙」
「――え?」

 驚いた。
 確か葵はずっと眠っていたはずだ。

「実は――柊くんが目覚める少し前にね、葵が急に目を覚ましたの。さっきまで眠っていたのが嘘みたいに、突然起き上がって『手紙を書きたい』ってこれを――」

 つまりこれは葵が残した最後の言葉だ。

 俺は家に帰り、ベッドに腰掛けそれを読むことにした。



 拝啓、愛しの死神さんへ

 この手紙を読んでいるということは、私はもう死んでいるのでしょう。
 なあんて、よくあるセリフを使ってみたかったんだ。
 さて、死神さん。お元気ですか?
 たったの三日間だけど、君と一緒に過ごして色んなことがありました。
 死神さんはちゃんと私の最期を看取ってくれましたか?
 きっとそうであることを祈って、この手紙をあなたに残します。

 柊くんとずっと一緒にいられて嬉しかった。
 念願だった学校にもいけたし、放課後デートもできた。
 今までの青春を三日で謳歌したような……そんな幸せすぎる日々でした。

 柊くん、君が辛かったのに私なにもできなくてごめんなさい。
 自分勝手に君を引き留めてしまってごめんなさい。

 でも、でも……柊くんには生きて欲しかった。 
 生きて、生きて。私のぶんまで生きて。
 そして、いつかおじいちゃんになった柊くんの魂を私が刈り取りにいくから。
 いつか、柊くんが本当に寿命を全うしたとき……その時は私が死神になって貴方に会いに行くから。

 だから、その時まで私のことちゃんと覚えていてね?
 市川柊くん、あなたを愛しています。

 七海葵



 涙が零れた。
 あの三日間、俺たちは本当に二人で過ごしていたんだ。
 誰にも見つからず、誰にも邪魔されず。
 互いに、これまでずっとできなかったことを思い切り出来たんだ。

「……ありがとう、葵」

 その手紙を握り締め、俺はこれからも生きていく。
 いつかインターホンを鳴らして、死神さんが来る日を心待ちにしながら。





「拝啓、愛しい死神さんへ」 完