今日から私、日高つぼみは中学2年生になる。
とは言っても私自身は1年生の時と対して変わらないから実感ないけど。
やっぱり大きく変わると言えば環境だ。
そう、つまりクラス!
下駄箱に張り出されるクラス替えの紙の元へ人の波をかき分け何とか辿り着いた。
無事友達と同じクラスになれているのか不安で胃がキリキリする。これを来年も味わなければならないのかと思うと悪化して胃炎になってしまいそうだ。
(えっと、日高、日高、日高は・・・)
あった。私の名前は4組にあった。
「あっ」
それだけじゃない。
私の名前の上には蜂屋宏光と書かれていた。
(宏光も一緒だ・・・)
これから1年間一緒のクラスだと思うとじわじわと胸が暖かくなった。
何を隠そう蜂屋宏光とは私の好きな人だからだ。
保育園の頃から一緒の幼なじみで、ママの迎えが遅いと泣いていた私を一生懸命慰めてくれていたときからずっと好き。
小学校時代の友達はみんなコロコロと好きな人を変わっていたけれど、私は変わらなかった。
だから多分一生モノなんじゃないかなーっとか10代にして思っている。
重いよね、知ってる。
そんなことを考えながら友達の名前を探したが見つからなかった。
(てことはぼっちスタート!?嘘でしょ!?)
宏光がいると喜んだ途端これだ。
人生はプラマイゼロとはよく言ったものだと思う。
教室に入ると既に幾つもグループが出来ていて肩身が狭すぎる。
大人しく席に座って一息ついた。
こういう時下手にとばして友達を作るとろくなことにならない事は経験済みだ。
それを知らなかったせいで1年生の頃に、話せるけど話しかけるまでもないし手を振るかめちゃくちゃ迷う微妙なラインの子を量産してしまった。気まずい。
「あー、やっぱつぼみの前か。よろしく」
「宏光!おはよー」
「はよ」
嫌なことを思い出していたが、宏光に話しかけられたことで霧散した。
それと同時に頬が紅潮する。
バレてないといいなぁ。
それを誤魔化すようにいつもより数倍元気に声を上げた。
「聞いてよ!私今絶賛ぼっちで友達募集中でさぁ」
「うーわ、かわいそ。俺は無事ぼっち回避」
「それ今の私に言うことじゃなくない!?」
思わず突っ込むと声に出して笑いだした。そういう無邪気な笑顔は狡い。嫌でも胸が高なってしまう。
でもこの調子なら大丈夫だと思う。
(あわよくばこの調子で距離を詰められるんじゃ・・・!?)
そんな期待をしながらフワフワした状態で始業式を終えた。
(距離詰められるって思ってたのに!!!)
次の日投稿してみると、既に宏光は来ていて隣の席の女子と仲良さそうに話していた。
「あ、つぼみはよー」
「あぁおはよ」
しかも宏光はしれっと挨拶してきた。隣に女の子と話してたのに。私ちょっと邪魔者感出て気まずいんだけど。
「宏光くんの友達?」
「そう。幼稚園からの幼なじみ」
(もう宏光くん呼び!?え!?)
私が動揺しているとその子はニコーっと可愛い笑みを私に向けた。
「私、宮原花梨。花梨って呼んでね。よろしく!」
「ひ、日高つぼみです」
「あはは硬いよ力抜いて?」
「つぼみまだコミュ障治ってねーの?」
「宏光それ今言わないで」
「へぇつぼみちゃんコミュ障なんだ意外〜」
「いや違うからね!・・・多分」
花梨ちゃんフレンドリーだ。そして話しやすい。
最初に感じた気まずさがなかったかのように自然に私も会話に加わることが出来た。
コミュニケーション能力が高すぎる。
ふと違和を感じて宏光を見ると、いつもより優しい目を花梨ちゃんに向けていた。
(あれもしかして・・・?いや違うよね?ね?あれれ〜??)
都合の悪いことからは目を逸らそう。きっと気のせいだ。そう自分に言い聞かせて会話に戻った。
「いやいや。いやいやいやいや。それ絶対なんかあるやつだから。気の所為じゃないから」
「やっぱりそうかぁ・・・」
この一連の流れをクラスが離れた友達の彩ちゃんに報告するとそう断言された。
因みにあれから私は何だかんだ花梨ちゃんと一緒に行動している。花梨ちゃんも私と同じで1年の頃の友達とクラスが離れてしまっていたので、そうなるのは自然な流れだった。
「さっさと告らなくていいの?こういうのってスピードとタイミングが大事っていうよ」
「彼氏出来たことないのによく言うよ・・・」
「つぼみもね」
ぐうの音も出ない。でも私の場合はしょうがないと思う。だってずっと宏光が好きなんだし。
まぁ気持ち伝えずにずっとうだうだしている私も悪いんだけどさ。
「おいそれマジ?」
「マジだって!さっき蜂屋が女子に告られてて」
(えっ・・・?)
偶然聞こえたクラスメイトの言葉に釘付けになった。
確かに宏光は人当たりがいいからモテるのは分かる。でも今まで告白されたなんて話聞いたことなった。どうしよう。胸騒ぎがする。
「ごめん、彩ちゃん。ちょっと宏光のとこに・・・」
「うん。行ってらっしゃーい」
彩ちゃんにもその会話が聞こえていたようであっさりと送り出してくれた。後で何か埋め合わせをしよう。
「宏光!」
「おっ、つぼみどーした?」
いきなり小走りでやってきた私に突っ込むことなく、宏光はいつもの対応をしてみせた。とてもさっき告られた人とは思えない。
「えっと、1組の子に告られたってホント・・・?」
「ホントだけどなんで知ってんの?」
勢いのまま来てしまったが、ストーカーみたいだったかもしれない。宏光はキョトンとして首を傾げた。
「ちょっと噂で聞いて」
「噂回るの早くね?」
「ね。それで、付き合ったの?」
「いや断った」
よかった。
断られた子には申し訳ないが、ひどく安堵した。
ここに来て私の長年の片思いが終わるなんて悲しすぎる。
しかもライバルじゃないかって思ってる花梨ちゃんじゃなくて全く別の子だったら、さっきまでの彩ちゃんとの会話なんだったんだってなるし。
「第一俺好きな人じゃないと付き合わない主義だし」
「・・・そっか」
その好きな人は今いるのかって聞く勇気はない。だから宏光の言葉を静かに受け止めた。
「なんか今カッコつけてた気がする。やっぱなしで」
「え、いいと思うよそういうの。私も同意見だし」
告られたことがない私が言うのもなんだが、宏光以外だったら断るつもりでいる。
「・・・ならいっか」
断ったことに罪悪感を感じているのか、宏光は力なく笑った。
あぁ、やっぱり私宏光がすごく好きだ。
ふと彩ちゃんに言われたことを思い出した。
『さっさと告らなくていいの?こういうのってスピードとタイミングが大事っていうよ』
ほんとこれに尽きるよね。
でも私はタイミングに関してはよく分からない。
だからせめてスピードだけでも大事にしたい。
「ねぇ、明日の放課後って時間ある?」
声が震えた。宏光は気づいただろうか。
「? あるよ」
「じゃあ屋上まで来てくれない?」
「ん、分かったけどいきなりどーした?」
「言わなーい」
これ以上ここにいては緊張しているのがバレる。
そう思い踵を返しさっきと退散した。
というか宏光、だいたい察して欲しい。
いくら幼なじみとは言っても、放課後屋上呼び出す女子に対し「どーした?」はないでしょ。
(・・・そういう鈍感なとこも好きなんだけど)
惚れたもん負けとはこういうことか。
その次の日、私の胃は荒れていた。絶対ストレスが関係している。
あの後なんで急に宏光を呼び出したのかと自問自答をして今日を迎えた。
言い訳をするならあの時の私は焦っていた。
もしかしたら花梨ちゃんに先越されるんじゃないかって。
そもそも宏光は好きな人以外断る派だから、私がOKされる確率は限りなくゼロに近い。でも言いたい。
自分の口で宏光に好きだーって、言わなきゃいけないって思った。そうしなければ、私の宏光への想いが行き場をなくしてしまうから。
放課後彩ちゃんにエールをもらってから屋上に向かっている途中、男子生徒の話し声が聞こえた。
自分には関係ないと立ち去ろうとしたが、聞き馴染みのある名前が聞こえてつい立ち止まってしまった。
「俺さぁ今日宮原に告るんだけど」
「宮原?宮原って宮原花梨のこと?お前理想高いなー」
「いいだろ別に。つか俺去年めっちゃ仲良かったからいけるって!」
「どーだろな」
花梨ちゃん、1年の頃に仲良かった男子いるんだ。あの容姿なら納得だけど。きっと私と違って告られなれてそうだし。前にしれっと聞いた時彼氏はいないって言ってたからチャンスはあるんだろうな。
そうなったら、宏光はどうするのだろうか。
(いやまだ私振られてないから。ネガティブはダメ、良いこと何もないから!!)
そう鼓舞して歩を進めた。
屋上に着くと既に宏光は来ていて、フェンスに寄りかかって校庭を眺めていた。
私が来たことに気づくと、よーっと軽く手を挙げた。
「ごめんね、いきなり呼び出して」
「いや、別に・・・」
あからさまに目を逸らされた。昨日はなんてことないようだったが、やはり私が何をしようとしているのか勘づいたのだろう。
「大体察してると思うけど、言うね」
そう言って宏光をじっと見つめると、宏光も私を真っ直ぐ見てくれた。心臓が飛び出そう。
たったそれだけで私が満たされていることに気づいて欲しい。
すぅっと息を吸って、ゆっくりと紡ぐ。
「私、宏光のことが好き。ずっと好きなの」
私の今までの人生で1番気持ちのこもった言葉だ。
なんて伝えようか丸一日悩んだけれど、結局私にはこれしかなかった。
「・・・ごめん。俺、他に好きな人がいるから」
宏光の答えは心にずしりとのしかかった。
それ以上にやっぱりかという気持ちが強くて、頭は冷静だった。
「やっぱり好きな人って花梨ちゃん?」
「えっ・・・は?え、何で。まだ誰にも言ってないのに」
「いや分かるよ」
(ちゃんと見てたからね)
なんなら一番最初に気づいた自信がある。宏光が花梨ちゃんを見つめる目には、明らかに熱が籠っていた。
今だって私に告白されたときよりも顔が赤くなっている。勘づかれない方が無理な話だ。
宏光は顔が赤いまま俯いた。ただの照れ隠しじゃなくって、私への罪悪感の現れだと思う。
「気持ち応えられなくて、ほんと、ごめん」
「いいよ、なんとなく予想してたし気にしないで。私が言いたかったってだけだから」
私の声が震えるように宏光の声も震えていた。
(・・・あ)
唐突にさっき聞いた男子の会話を思い出した。
「それより早く花梨ちゃんのとこ行きなよ」
「え、何で今・・・?」
「私聞いたんだよねー。浅野くん?っていう2組の人が花梨ちゃんに告ろーって言ってたの」
わざとすっとぼける様に言うと宏光がびくりと反応した。
(あぁ本当に好きなんだね)
それでも私は煽る。
「先越されちゃうかもね?いいの?」
顔を俯かせている宏光の顔を覗き込むと、苦しそうに顔を歪めていた。
あと一押し。
「というか私に悪いだの勝手に罪悪感抱いて鬱々しているよりさっさとくっついて欲しいんだよね。そっちの方がスッキリする」
「お前なぁ」
「何?」
呆れた宏光にイタズラっ子のような笑顔を返す。
2人がくっついて仲良くしている場面なんて見たくない。でもそれ以上に宏光が落ち込む姿を見たくない。
私の気持ちが伝わったのか宏光はかすかに笑った。
「・・・いや、ありがとな」
「どーいたしまして」
屋上から出ていこうとする宏光の背中を見つめる。もう私を振り返らない。
(まだ泣くな。今じゃない。今じゃ────)
バタンと扉が閉まる音がした。
私の長年の片思いに終わりを告げた。
涙腺が決壊した。
私は最初から花梨ちゃんに劣っていた。
だって私は宏光が花梨ちゃんのことを好きかもって思ってから宏光より花梨ちゃんを意識していた。
その時点で私と花梨ちゃんの差は明確だった。
今までずっと想ってたって意味なんてなかった。
私は宏光を想い行動しなければならなかった。
そんな勇気がなくって今になって焦って行動して失敗して、私は何がしたかったんだろうか。
花梨ちゃんがどうとか関係なかった。
私が今までの時間を無駄に消費してきたから今日振られたんだ。
終わったんだ。
完全な自業自得。
これからどうしよう。
2人はきっと付き合う。
このもやもやを抱えたまま、私は花梨ちゃんと笑えるだろうか。
振られればスッキリするんじゃないかと思った。
そう思っていたのに簡単に消えてくれない。
だってずっと好きだったから。
ずっとずっとずっと。
それぐらい本気で恋していた。
何も成せなかったけれど、想いだけは育て上げてきた。
それでも蕾はまだ開かなかった。
開かずに成長を止めてしまった。
後はこのままゆっくりと枯れていくだけだ。
でもこの涙が栄養になって、いつか綺麗な新しい花を咲かせてくれるはずだから。
またいつか、新しい恋が始まるはずだから。
だから、もう少し、もう少しだけでいいから、このままでいさせて。
〈了〉
とは言っても私自身は1年生の時と対して変わらないから実感ないけど。
やっぱり大きく変わると言えば環境だ。
そう、つまりクラス!
下駄箱に張り出されるクラス替えの紙の元へ人の波をかき分け何とか辿り着いた。
無事友達と同じクラスになれているのか不安で胃がキリキリする。これを来年も味わなければならないのかと思うと悪化して胃炎になってしまいそうだ。
(えっと、日高、日高、日高は・・・)
あった。私の名前は4組にあった。
「あっ」
それだけじゃない。
私の名前の上には蜂屋宏光と書かれていた。
(宏光も一緒だ・・・)
これから1年間一緒のクラスだと思うとじわじわと胸が暖かくなった。
何を隠そう蜂屋宏光とは私の好きな人だからだ。
保育園の頃から一緒の幼なじみで、ママの迎えが遅いと泣いていた私を一生懸命慰めてくれていたときからずっと好き。
小学校時代の友達はみんなコロコロと好きな人を変わっていたけれど、私は変わらなかった。
だから多分一生モノなんじゃないかなーっとか10代にして思っている。
重いよね、知ってる。
そんなことを考えながら友達の名前を探したが見つからなかった。
(てことはぼっちスタート!?嘘でしょ!?)
宏光がいると喜んだ途端これだ。
人生はプラマイゼロとはよく言ったものだと思う。
教室に入ると既に幾つもグループが出来ていて肩身が狭すぎる。
大人しく席に座って一息ついた。
こういう時下手にとばして友達を作るとろくなことにならない事は経験済みだ。
それを知らなかったせいで1年生の頃に、話せるけど話しかけるまでもないし手を振るかめちゃくちゃ迷う微妙なラインの子を量産してしまった。気まずい。
「あー、やっぱつぼみの前か。よろしく」
「宏光!おはよー」
「はよ」
嫌なことを思い出していたが、宏光に話しかけられたことで霧散した。
それと同時に頬が紅潮する。
バレてないといいなぁ。
それを誤魔化すようにいつもより数倍元気に声を上げた。
「聞いてよ!私今絶賛ぼっちで友達募集中でさぁ」
「うーわ、かわいそ。俺は無事ぼっち回避」
「それ今の私に言うことじゃなくない!?」
思わず突っ込むと声に出して笑いだした。そういう無邪気な笑顔は狡い。嫌でも胸が高なってしまう。
でもこの調子なら大丈夫だと思う。
(あわよくばこの調子で距離を詰められるんじゃ・・・!?)
そんな期待をしながらフワフワした状態で始業式を終えた。
(距離詰められるって思ってたのに!!!)
次の日投稿してみると、既に宏光は来ていて隣の席の女子と仲良さそうに話していた。
「あ、つぼみはよー」
「あぁおはよ」
しかも宏光はしれっと挨拶してきた。隣に女の子と話してたのに。私ちょっと邪魔者感出て気まずいんだけど。
「宏光くんの友達?」
「そう。幼稚園からの幼なじみ」
(もう宏光くん呼び!?え!?)
私が動揺しているとその子はニコーっと可愛い笑みを私に向けた。
「私、宮原花梨。花梨って呼んでね。よろしく!」
「ひ、日高つぼみです」
「あはは硬いよ力抜いて?」
「つぼみまだコミュ障治ってねーの?」
「宏光それ今言わないで」
「へぇつぼみちゃんコミュ障なんだ意外〜」
「いや違うからね!・・・多分」
花梨ちゃんフレンドリーだ。そして話しやすい。
最初に感じた気まずさがなかったかのように自然に私も会話に加わることが出来た。
コミュニケーション能力が高すぎる。
ふと違和を感じて宏光を見ると、いつもより優しい目を花梨ちゃんに向けていた。
(あれもしかして・・・?いや違うよね?ね?あれれ〜??)
都合の悪いことからは目を逸らそう。きっと気のせいだ。そう自分に言い聞かせて会話に戻った。
「いやいや。いやいやいやいや。それ絶対なんかあるやつだから。気の所為じゃないから」
「やっぱりそうかぁ・・・」
この一連の流れをクラスが離れた友達の彩ちゃんに報告するとそう断言された。
因みにあれから私は何だかんだ花梨ちゃんと一緒に行動している。花梨ちゃんも私と同じで1年の頃の友達とクラスが離れてしまっていたので、そうなるのは自然な流れだった。
「さっさと告らなくていいの?こういうのってスピードとタイミングが大事っていうよ」
「彼氏出来たことないのによく言うよ・・・」
「つぼみもね」
ぐうの音も出ない。でも私の場合はしょうがないと思う。だってずっと宏光が好きなんだし。
まぁ気持ち伝えずにずっとうだうだしている私も悪いんだけどさ。
「おいそれマジ?」
「マジだって!さっき蜂屋が女子に告られてて」
(えっ・・・?)
偶然聞こえたクラスメイトの言葉に釘付けになった。
確かに宏光は人当たりがいいからモテるのは分かる。でも今まで告白されたなんて話聞いたことなった。どうしよう。胸騒ぎがする。
「ごめん、彩ちゃん。ちょっと宏光のとこに・・・」
「うん。行ってらっしゃーい」
彩ちゃんにもその会話が聞こえていたようであっさりと送り出してくれた。後で何か埋め合わせをしよう。
「宏光!」
「おっ、つぼみどーした?」
いきなり小走りでやってきた私に突っ込むことなく、宏光はいつもの対応をしてみせた。とてもさっき告られた人とは思えない。
「えっと、1組の子に告られたってホント・・・?」
「ホントだけどなんで知ってんの?」
勢いのまま来てしまったが、ストーカーみたいだったかもしれない。宏光はキョトンとして首を傾げた。
「ちょっと噂で聞いて」
「噂回るの早くね?」
「ね。それで、付き合ったの?」
「いや断った」
よかった。
断られた子には申し訳ないが、ひどく安堵した。
ここに来て私の長年の片思いが終わるなんて悲しすぎる。
しかもライバルじゃないかって思ってる花梨ちゃんじゃなくて全く別の子だったら、さっきまでの彩ちゃんとの会話なんだったんだってなるし。
「第一俺好きな人じゃないと付き合わない主義だし」
「・・・そっか」
その好きな人は今いるのかって聞く勇気はない。だから宏光の言葉を静かに受け止めた。
「なんか今カッコつけてた気がする。やっぱなしで」
「え、いいと思うよそういうの。私も同意見だし」
告られたことがない私が言うのもなんだが、宏光以外だったら断るつもりでいる。
「・・・ならいっか」
断ったことに罪悪感を感じているのか、宏光は力なく笑った。
あぁ、やっぱり私宏光がすごく好きだ。
ふと彩ちゃんに言われたことを思い出した。
『さっさと告らなくていいの?こういうのってスピードとタイミングが大事っていうよ』
ほんとこれに尽きるよね。
でも私はタイミングに関してはよく分からない。
だからせめてスピードだけでも大事にしたい。
「ねぇ、明日の放課後って時間ある?」
声が震えた。宏光は気づいただろうか。
「? あるよ」
「じゃあ屋上まで来てくれない?」
「ん、分かったけどいきなりどーした?」
「言わなーい」
これ以上ここにいては緊張しているのがバレる。
そう思い踵を返しさっきと退散した。
というか宏光、だいたい察して欲しい。
いくら幼なじみとは言っても、放課後屋上呼び出す女子に対し「どーした?」はないでしょ。
(・・・そういう鈍感なとこも好きなんだけど)
惚れたもん負けとはこういうことか。
その次の日、私の胃は荒れていた。絶対ストレスが関係している。
あの後なんで急に宏光を呼び出したのかと自問自答をして今日を迎えた。
言い訳をするならあの時の私は焦っていた。
もしかしたら花梨ちゃんに先越されるんじゃないかって。
そもそも宏光は好きな人以外断る派だから、私がOKされる確率は限りなくゼロに近い。でも言いたい。
自分の口で宏光に好きだーって、言わなきゃいけないって思った。そうしなければ、私の宏光への想いが行き場をなくしてしまうから。
放課後彩ちゃんにエールをもらってから屋上に向かっている途中、男子生徒の話し声が聞こえた。
自分には関係ないと立ち去ろうとしたが、聞き馴染みのある名前が聞こえてつい立ち止まってしまった。
「俺さぁ今日宮原に告るんだけど」
「宮原?宮原って宮原花梨のこと?お前理想高いなー」
「いいだろ別に。つか俺去年めっちゃ仲良かったからいけるって!」
「どーだろな」
花梨ちゃん、1年の頃に仲良かった男子いるんだ。あの容姿なら納得だけど。きっと私と違って告られなれてそうだし。前にしれっと聞いた時彼氏はいないって言ってたからチャンスはあるんだろうな。
そうなったら、宏光はどうするのだろうか。
(いやまだ私振られてないから。ネガティブはダメ、良いこと何もないから!!)
そう鼓舞して歩を進めた。
屋上に着くと既に宏光は来ていて、フェンスに寄りかかって校庭を眺めていた。
私が来たことに気づくと、よーっと軽く手を挙げた。
「ごめんね、いきなり呼び出して」
「いや、別に・・・」
あからさまに目を逸らされた。昨日はなんてことないようだったが、やはり私が何をしようとしているのか勘づいたのだろう。
「大体察してると思うけど、言うね」
そう言って宏光をじっと見つめると、宏光も私を真っ直ぐ見てくれた。心臓が飛び出そう。
たったそれだけで私が満たされていることに気づいて欲しい。
すぅっと息を吸って、ゆっくりと紡ぐ。
「私、宏光のことが好き。ずっと好きなの」
私の今までの人生で1番気持ちのこもった言葉だ。
なんて伝えようか丸一日悩んだけれど、結局私にはこれしかなかった。
「・・・ごめん。俺、他に好きな人がいるから」
宏光の答えは心にずしりとのしかかった。
それ以上にやっぱりかという気持ちが強くて、頭は冷静だった。
「やっぱり好きな人って花梨ちゃん?」
「えっ・・・は?え、何で。まだ誰にも言ってないのに」
「いや分かるよ」
(ちゃんと見てたからね)
なんなら一番最初に気づいた自信がある。宏光が花梨ちゃんを見つめる目には、明らかに熱が籠っていた。
今だって私に告白されたときよりも顔が赤くなっている。勘づかれない方が無理な話だ。
宏光は顔が赤いまま俯いた。ただの照れ隠しじゃなくって、私への罪悪感の現れだと思う。
「気持ち応えられなくて、ほんと、ごめん」
「いいよ、なんとなく予想してたし気にしないで。私が言いたかったってだけだから」
私の声が震えるように宏光の声も震えていた。
(・・・あ)
唐突にさっき聞いた男子の会話を思い出した。
「それより早く花梨ちゃんのとこ行きなよ」
「え、何で今・・・?」
「私聞いたんだよねー。浅野くん?っていう2組の人が花梨ちゃんに告ろーって言ってたの」
わざとすっとぼける様に言うと宏光がびくりと反応した。
(あぁ本当に好きなんだね)
それでも私は煽る。
「先越されちゃうかもね?いいの?」
顔を俯かせている宏光の顔を覗き込むと、苦しそうに顔を歪めていた。
あと一押し。
「というか私に悪いだの勝手に罪悪感抱いて鬱々しているよりさっさとくっついて欲しいんだよね。そっちの方がスッキリする」
「お前なぁ」
「何?」
呆れた宏光にイタズラっ子のような笑顔を返す。
2人がくっついて仲良くしている場面なんて見たくない。でもそれ以上に宏光が落ち込む姿を見たくない。
私の気持ちが伝わったのか宏光はかすかに笑った。
「・・・いや、ありがとな」
「どーいたしまして」
屋上から出ていこうとする宏光の背中を見つめる。もう私を振り返らない。
(まだ泣くな。今じゃない。今じゃ────)
バタンと扉が閉まる音がした。
私の長年の片思いに終わりを告げた。
涙腺が決壊した。
私は最初から花梨ちゃんに劣っていた。
だって私は宏光が花梨ちゃんのことを好きかもって思ってから宏光より花梨ちゃんを意識していた。
その時点で私と花梨ちゃんの差は明確だった。
今までずっと想ってたって意味なんてなかった。
私は宏光を想い行動しなければならなかった。
そんな勇気がなくって今になって焦って行動して失敗して、私は何がしたかったんだろうか。
花梨ちゃんがどうとか関係なかった。
私が今までの時間を無駄に消費してきたから今日振られたんだ。
終わったんだ。
完全な自業自得。
これからどうしよう。
2人はきっと付き合う。
このもやもやを抱えたまま、私は花梨ちゃんと笑えるだろうか。
振られればスッキリするんじゃないかと思った。
そう思っていたのに簡単に消えてくれない。
だってずっと好きだったから。
ずっとずっとずっと。
それぐらい本気で恋していた。
何も成せなかったけれど、想いだけは育て上げてきた。
それでも蕾はまだ開かなかった。
開かずに成長を止めてしまった。
後はこのままゆっくりと枯れていくだけだ。
でもこの涙が栄養になって、いつか綺麗な新しい花を咲かせてくれるはずだから。
またいつか、新しい恋が始まるはずだから。
だから、もう少し、もう少しだけでいいから、このままでいさせて。
〈了〉