ほどよいスピード感に、ちょうど五年前の今日、八月七日に莉緒と行ったウォーターパークを思い出す。流れるプールで、莉緒と二人乗りの浮き輪に浮いてひたすら流されて遊んだ。とにかく気持ちが良かった。
いつも遊びに誘ってくれるのは莉緒の方だったけれど、ウォーターパークに行こうと提案したのは私の方からだった。
あの日、流れるプールを漂流しながら、浮き輪の上で莉緒と私は向かい合う形で水浴びをして楽しんでいた。ついヒートアップしてしまい、周りの様子が見えていなかった。
莉緒が水車の要領で腕を振り回しながら水を私に掛け続けていた。莉緒の後ろに大柄な男性いることに私が気付くのとほぼ同時に、莉緒の腕がその人に当たってしまった。
「すみません」
莉緒は即座に謝罪したが、男はそれで許してはくれなかった。
「痛えな! 何しやがる、クソガキ!」
莉緒は腕を掴まれた。
「上がれや、こら」
フィクションでしか聞いたことが無いような乱暴な口調で莉緒を怒鳴りつけられて、私たちはプールから上がった。
怖い男は酔っ払っていた。怯えている私たちを見て、その人と一緒にいた派手な水着を着た女性が手を叩いてゲラゲラと大笑いしていた。その人も呂律が回っていなかった。これが原因で、今でもお酒の臭いは少し苦手だ。
「ごめんなさい」
莉緒はもう一度、深く頭を下げた。
「謝って済むと思ってんのか!」
男はなおも怒鳴り続けた。道を行く人たちは皆、そそくさと遠ざかって行った。私は男と莉緒の間に割って入った。
「ぶつかってごめんなさい、私が水浴びしようって言いました。腕、当たっちゃうよって私が言えばよかったです。この子じゃなくて、私が悪いです」
ウォータースライダーと波のプールを楽しんだ後、次は流れるプールに行こうと言ったのは私だった。ウォーターパークに誘ったのも私で、車を出したのは私の父だ。私のせいで莉緒を危険な目にさらすわけにはいかない。
「だったら、てめえの親連れて来いや。慰謝料請求してやるからな!」
男の脅しの対象は目論見通り私に変わった。莉緒は私の水着のフリルを震える手でぎゅっと握っていた。
親を呼んで来いと恫喝したかと思えば、本当に父を呼びに行こうとすると逃げるなと男が喚いた。
酔っぱらった男が小学生女児を恐喝している。異常事態を知ったスタッフの人が数人駆けつけてくれて事なきを得た。
男はどこかに連れていかれ、同行者の女も「あの子たちが一方的に殴って来た、彼氏の手を離せ」と騒ぎながら一緒に消えて行った。
「もう大丈夫だからね。お父さんやお母さんとははぐれちゃったのかな?」
スタッフさんは優しい声をかけてくれた。親たちの元に案内されそうになったが、トイレで待ち合わせをしていると嘘をついて撒いた。余所見が原因で他の人を殴ったような形になってしまい、それが元でトラブルになったことを父に知られたくなかった。
結果的に怪我こそしなかったが、私のせいで随分と莉緒に怖い思いをさせてしまった。
このままあと二メートル進めば、私は思い切りアクセルを踏んで灯りもろくにない道を運転してコンビニに向かうことになる。
その間に何回車とすれ違うだろう。煽り運転はされないだろうか。心配は山積みだ。
翔をがっかりさせたくないと言う気持ちと、翔を危ない目に遭わせたくないと言う気持ちを秤にかけた。
迷った末に、ブレーキを踏んだ。道路まで数十センチメートルを残して、車が止まる。
私を大事に思ってくれる翔に万が一のことがあってはならない。そこまでの事態にならなくとも、もう二度と、私のせいで大事な人を危険にさらしたくなかった。車はちゃんと止まっている。
その一瞬の隙をつくかのように、明らかにスピード違反のワゴン車が、目の前を通り抜けていった。運転しているのは柄の悪い男で、助手席には時代遅れな髪型をした女が乗っていた。車内は涼しいのに、汗が首筋を伝った。
一歩間違えれば衝突事故になっていたかもしれない。私はこの無謀な挑戦を終わりにすることにした。
しかし、この犯行が正しくない行為だったとしても、全否定したくはなかった。
あの日の夕方、更衣室で莉緒は言った。
「楽しかったね。来年も来られたらいいね」
怖い思いをしたのは事実だ。それでも楽しかったのもまた事実だった。受験の関係でまた行こうという約束は果たせていないけれど、来年こそ莉緒とまた流れるプールで遊びたいと思っている。嫌なことが一つあったって、あれは大切な思い出だ。
それと同じように、翔と過ごす今この瞬間をかけがえのない時だと感じられたのだ。十五歳の夏、私はたった一人のいとこと夜のドライブをした。わずか数秒だったけれど、信じられないくらい楽しかった。だからもう苦しくない。今なら、ちゃんと息ができる。
「やっぱり、ちゃんと免許とってからがいい。でも、修学旅行ごっこ、私も楽しかったから」
これだけは伝えよう。
「うん! 俺も清美と十メートルもドライブできて最高に楽しかった!」
翔は全く落胆した様子はなく、ハイテンションのまま答えた。
「次は翔が運転してよ。もちろん、ちゃんと十八歳になって免許取ってから」
「え、いいの? また一緒にドライブしてくれんの? じゃあ、トロイメライランド一緒に行こう!」
トロイメライランドには、私の家からなら電車の方が早い。でも、今それを言うことはひどく野暮な気がした。
「うん。だから、ちゃんとそれまでに足治してよ。今を楽しむって言うのも大事だけどさ、まあ、ほどほどにっていうか……あんまり無理しすぎないでっていうか……。私も、ちょっとは翔を見習うようにするからさ」
「ははっ、俺たち足して二で割るとちょうどいいのかもな」
「かもね」
苦笑しながら答える。サイドブレーキをかけて、ギアをパーキングに戻して鍵を抜く。エンジンを切る時、電子音が鳴った。それはまるでチャイムのように私たちの冒険未遂の終わりを告げた。緊張が解けた瞬間急に眠気が襲いあくびが出た。
「運転お疲れ様。どうする? 戻る?」
「いいや。もうここで寝ちゃおうかな」
「運転席狭いし、後ろで横になったら?」
翔の気遣いに甘え、車からいったん降りて後部座席に移動する。せっかくクーラーで冷やした空気が漏れないように、扉の開閉はなるべく速やかに行った。
そのことでまた神経を使い、後部座席に寝転んだ瞬間、激しく脱力した。
そんな私に近づくように、翔が思いきり助手席をリクライニングする。
「どう? 今夜はぐっすり寝れそう?」
翔が問いかけてきた。さっきまで私を徹夜させるくらいの勢いだったのに、本当に調子がいい。
「たぶん」
私が答えると、翔は顔をほころばせた。
「よかった。女の子に言っていいことかわかんないけど昼からずっと目の下のクマやばかったし」
「今言ってるじゃん。デリカシーなさすぎ」
「ごめんごめん」
翔が笑いながら謝る。私もつられて笑ってしまう。
「なんか寝ようとすると逆に寝れないしさ、翔が眠くなかったら話し相手になってよ」
「え、いいの? 喜んで!」
翔は楽しそうに話しだした。吉岡、三島の他にも知らない人の名前が次々と出てきたが、もう疎ましくなかった。それどころか、まるで私が翔の所属するクラスの一員であるかのように錯覚した。話は翔の近況へと移行していく。
「昨日優美ちゃんから『清美がおばあちゃんち行ったよ』ってライン来たんだよ。優美ちゃんと全然連絡とってなかったのに親切に教えてくれてさ。いや、俺ほんとに嬉しかった」
楽しそうな翔の声を聞くと、あたたかい気持ちに包まれる。ふと、気になっていたことを聞いてみる。
「翔の好きな人って、お姉ちゃん?」
「はああ? え、嘘だろ? 俺の話聞いてた?」
せっかく寝ようとしていたのに、翔が大きな声を出した。実のところ、翔の恋愛のくだりはほとんど聞き逃していた。でも、一部はちゃんと覚えている。
「ほら、友達の話って大体自分の話だったりするじゃん。だから、いとこが好きなのって本当は友達じゃなくて翔なのかなって思って。あと、お姉ちゃんからラインきて嬉しいって。私も翔のこと好きだし、翔も私のこと好きって言ってくれたけど、そういういとことしての好きじゃなくて、お姉ちゃんに対する“好き”は恋愛の“好き”なのかなって」
「嘘だろ、おい……、信じらんねえ。清美の勘違いやばいから断固として否定しておく。優美ちゃんのことそういう目で見たこと神に誓って一回もねえわ」
そう言った後、翔は大きくため息をついた。
「行き当たりばったりで生きるの、本気でやめるわ。もうちょっと計画的に生きよう」
「え、なんで?」
「話すと長くなるぞ」
「いいよ」
翔は私から目を話すと、とつとつと語りだした。
「事故で死にかけた時さ、色々やりたかったこと思い出したわけ。清美にもっと会えばよかったし、言いたいこと言えばよかったって、車に撥ねられた瞬間思ったんだよな」
「言いたいことって……」
「うるさい、茶々いれんな」
翔が反論するが、その声はだいぶ小さかった。
「でも、いざ清美に会ったら、三年間遊べなかった分昔みたいに遊びたいなーとか、そういえば清美とは小学校からずっとばらばらだし、高校も別々の予定だからせっかく同い年なのに修学旅行一緒になることはないんだよなーとか思って、ついトランプしたり枕投げしたりしちゃったわけですよ。真面目な話するつもりだったのに。悪かったな、ガキで」
言っていない。ガキだなんて一言も言っていない。翔は勝手に話を進める。
「せっかくふたりでいるのにばあちゃんが邪魔しにくるから、嘘ついてでも外出て話しようって思ってたのに、どうしても衝動的になることってあるじゃん? あ、今なら清美とドライブできるじゃんって思って、そっち優先しちゃった。まあ、こんなガキだからスルーされるんだろうな。俺、めちゃくちゃ勇気出したんだからな」
「え、嘘って何?」
「反応するとこそこかよ。知らねえ、自分で考えろ」
翔は拗ねたようにそっぽを向いた。
「明日はもう手加減しねーから。枕、思いっきり投げるから覚悟しとけ。俺、もう寝る」
そう言うと翔は本当に黙ってしまった。車の中に完全な静寂が訪れる。翔は寝ると言ったらすぐに本当に寝てしまって、ぐっすり眠っていた。
その寝顔は昔と変わらなくて、懐かしく思った。穏やかな気持ちに包まれて、私は眠りに落ちた。
いつも遊びに誘ってくれるのは莉緒の方だったけれど、ウォーターパークに行こうと提案したのは私の方からだった。
あの日、流れるプールを漂流しながら、浮き輪の上で莉緒と私は向かい合う形で水浴びをして楽しんでいた。ついヒートアップしてしまい、周りの様子が見えていなかった。
莉緒が水車の要領で腕を振り回しながら水を私に掛け続けていた。莉緒の後ろに大柄な男性いることに私が気付くのとほぼ同時に、莉緒の腕がその人に当たってしまった。
「すみません」
莉緒は即座に謝罪したが、男はそれで許してはくれなかった。
「痛えな! 何しやがる、クソガキ!」
莉緒は腕を掴まれた。
「上がれや、こら」
フィクションでしか聞いたことが無いような乱暴な口調で莉緒を怒鳴りつけられて、私たちはプールから上がった。
怖い男は酔っ払っていた。怯えている私たちを見て、その人と一緒にいた派手な水着を着た女性が手を叩いてゲラゲラと大笑いしていた。その人も呂律が回っていなかった。これが原因で、今でもお酒の臭いは少し苦手だ。
「ごめんなさい」
莉緒はもう一度、深く頭を下げた。
「謝って済むと思ってんのか!」
男はなおも怒鳴り続けた。道を行く人たちは皆、そそくさと遠ざかって行った。私は男と莉緒の間に割って入った。
「ぶつかってごめんなさい、私が水浴びしようって言いました。腕、当たっちゃうよって私が言えばよかったです。この子じゃなくて、私が悪いです」
ウォータースライダーと波のプールを楽しんだ後、次は流れるプールに行こうと言ったのは私だった。ウォーターパークに誘ったのも私で、車を出したのは私の父だ。私のせいで莉緒を危険な目にさらすわけにはいかない。
「だったら、てめえの親連れて来いや。慰謝料請求してやるからな!」
男の脅しの対象は目論見通り私に変わった。莉緒は私の水着のフリルを震える手でぎゅっと握っていた。
親を呼んで来いと恫喝したかと思えば、本当に父を呼びに行こうとすると逃げるなと男が喚いた。
酔っぱらった男が小学生女児を恐喝している。異常事態を知ったスタッフの人が数人駆けつけてくれて事なきを得た。
男はどこかに連れていかれ、同行者の女も「あの子たちが一方的に殴って来た、彼氏の手を離せ」と騒ぎながら一緒に消えて行った。
「もう大丈夫だからね。お父さんやお母さんとははぐれちゃったのかな?」
スタッフさんは優しい声をかけてくれた。親たちの元に案内されそうになったが、トイレで待ち合わせをしていると嘘をついて撒いた。余所見が原因で他の人を殴ったような形になってしまい、それが元でトラブルになったことを父に知られたくなかった。
結果的に怪我こそしなかったが、私のせいで随分と莉緒に怖い思いをさせてしまった。
このままあと二メートル進めば、私は思い切りアクセルを踏んで灯りもろくにない道を運転してコンビニに向かうことになる。
その間に何回車とすれ違うだろう。煽り運転はされないだろうか。心配は山積みだ。
翔をがっかりさせたくないと言う気持ちと、翔を危ない目に遭わせたくないと言う気持ちを秤にかけた。
迷った末に、ブレーキを踏んだ。道路まで数十センチメートルを残して、車が止まる。
私を大事に思ってくれる翔に万が一のことがあってはならない。そこまでの事態にならなくとも、もう二度と、私のせいで大事な人を危険にさらしたくなかった。車はちゃんと止まっている。
その一瞬の隙をつくかのように、明らかにスピード違反のワゴン車が、目の前を通り抜けていった。運転しているのは柄の悪い男で、助手席には時代遅れな髪型をした女が乗っていた。車内は涼しいのに、汗が首筋を伝った。
一歩間違えれば衝突事故になっていたかもしれない。私はこの無謀な挑戦を終わりにすることにした。
しかし、この犯行が正しくない行為だったとしても、全否定したくはなかった。
あの日の夕方、更衣室で莉緒は言った。
「楽しかったね。来年も来られたらいいね」
怖い思いをしたのは事実だ。それでも楽しかったのもまた事実だった。受験の関係でまた行こうという約束は果たせていないけれど、来年こそ莉緒とまた流れるプールで遊びたいと思っている。嫌なことが一つあったって、あれは大切な思い出だ。
それと同じように、翔と過ごす今この瞬間をかけがえのない時だと感じられたのだ。十五歳の夏、私はたった一人のいとこと夜のドライブをした。わずか数秒だったけれど、信じられないくらい楽しかった。だからもう苦しくない。今なら、ちゃんと息ができる。
「やっぱり、ちゃんと免許とってからがいい。でも、修学旅行ごっこ、私も楽しかったから」
これだけは伝えよう。
「うん! 俺も清美と十メートルもドライブできて最高に楽しかった!」
翔は全く落胆した様子はなく、ハイテンションのまま答えた。
「次は翔が運転してよ。もちろん、ちゃんと十八歳になって免許取ってから」
「え、いいの? また一緒にドライブしてくれんの? じゃあ、トロイメライランド一緒に行こう!」
トロイメライランドには、私の家からなら電車の方が早い。でも、今それを言うことはひどく野暮な気がした。
「うん。だから、ちゃんとそれまでに足治してよ。今を楽しむって言うのも大事だけどさ、まあ、ほどほどにっていうか……あんまり無理しすぎないでっていうか……。私も、ちょっとは翔を見習うようにするからさ」
「ははっ、俺たち足して二で割るとちょうどいいのかもな」
「かもね」
苦笑しながら答える。サイドブレーキをかけて、ギアをパーキングに戻して鍵を抜く。エンジンを切る時、電子音が鳴った。それはまるでチャイムのように私たちの冒険未遂の終わりを告げた。緊張が解けた瞬間急に眠気が襲いあくびが出た。
「運転お疲れ様。どうする? 戻る?」
「いいや。もうここで寝ちゃおうかな」
「運転席狭いし、後ろで横になったら?」
翔の気遣いに甘え、車からいったん降りて後部座席に移動する。せっかくクーラーで冷やした空気が漏れないように、扉の開閉はなるべく速やかに行った。
そのことでまた神経を使い、後部座席に寝転んだ瞬間、激しく脱力した。
そんな私に近づくように、翔が思いきり助手席をリクライニングする。
「どう? 今夜はぐっすり寝れそう?」
翔が問いかけてきた。さっきまで私を徹夜させるくらいの勢いだったのに、本当に調子がいい。
「たぶん」
私が答えると、翔は顔をほころばせた。
「よかった。女の子に言っていいことかわかんないけど昼からずっと目の下のクマやばかったし」
「今言ってるじゃん。デリカシーなさすぎ」
「ごめんごめん」
翔が笑いながら謝る。私もつられて笑ってしまう。
「なんか寝ようとすると逆に寝れないしさ、翔が眠くなかったら話し相手になってよ」
「え、いいの? 喜んで!」
翔は楽しそうに話しだした。吉岡、三島の他にも知らない人の名前が次々と出てきたが、もう疎ましくなかった。それどころか、まるで私が翔の所属するクラスの一員であるかのように錯覚した。話は翔の近況へと移行していく。
「昨日優美ちゃんから『清美がおばあちゃんち行ったよ』ってライン来たんだよ。優美ちゃんと全然連絡とってなかったのに親切に教えてくれてさ。いや、俺ほんとに嬉しかった」
楽しそうな翔の声を聞くと、あたたかい気持ちに包まれる。ふと、気になっていたことを聞いてみる。
「翔の好きな人って、お姉ちゃん?」
「はああ? え、嘘だろ? 俺の話聞いてた?」
せっかく寝ようとしていたのに、翔が大きな声を出した。実のところ、翔の恋愛のくだりはほとんど聞き逃していた。でも、一部はちゃんと覚えている。
「ほら、友達の話って大体自分の話だったりするじゃん。だから、いとこが好きなのって本当は友達じゃなくて翔なのかなって思って。あと、お姉ちゃんからラインきて嬉しいって。私も翔のこと好きだし、翔も私のこと好きって言ってくれたけど、そういういとことしての好きじゃなくて、お姉ちゃんに対する“好き”は恋愛の“好き”なのかなって」
「嘘だろ、おい……、信じらんねえ。清美の勘違いやばいから断固として否定しておく。優美ちゃんのことそういう目で見たこと神に誓って一回もねえわ」
そう言った後、翔は大きくため息をついた。
「行き当たりばったりで生きるの、本気でやめるわ。もうちょっと計画的に生きよう」
「え、なんで?」
「話すと長くなるぞ」
「いいよ」
翔は私から目を話すと、とつとつと語りだした。
「事故で死にかけた時さ、色々やりたかったこと思い出したわけ。清美にもっと会えばよかったし、言いたいこと言えばよかったって、車に撥ねられた瞬間思ったんだよな」
「言いたいことって……」
「うるさい、茶々いれんな」
翔が反論するが、その声はだいぶ小さかった。
「でも、いざ清美に会ったら、三年間遊べなかった分昔みたいに遊びたいなーとか、そういえば清美とは小学校からずっとばらばらだし、高校も別々の予定だからせっかく同い年なのに修学旅行一緒になることはないんだよなーとか思って、ついトランプしたり枕投げしたりしちゃったわけですよ。真面目な話するつもりだったのに。悪かったな、ガキで」
言っていない。ガキだなんて一言も言っていない。翔は勝手に話を進める。
「せっかくふたりでいるのにばあちゃんが邪魔しにくるから、嘘ついてでも外出て話しようって思ってたのに、どうしても衝動的になることってあるじゃん? あ、今なら清美とドライブできるじゃんって思って、そっち優先しちゃった。まあ、こんなガキだからスルーされるんだろうな。俺、めちゃくちゃ勇気出したんだからな」
「え、嘘って何?」
「反応するとこそこかよ。知らねえ、自分で考えろ」
翔は拗ねたようにそっぽを向いた。
「明日はもう手加減しねーから。枕、思いっきり投げるから覚悟しとけ。俺、もう寝る」
そう言うと翔は本当に黙ってしまった。車の中に完全な静寂が訪れる。翔は寝ると言ったらすぐに本当に寝てしまって、ぐっすり眠っていた。
その寝顔は昔と変わらなくて、懐かしく思った。穏やかな気持ちに包まれて、私は眠りに落ちた。



