異世界ならば掌握してもいいだろうか

「というわけで!ごめんねーお客さん。」

 私を殺しかけた黒服と一緒に一階へ降りてくると、トーマス何手を合わせて私の世界なら「メンゴ!」って言っているようなノリで謝ってくる。

 
 ――ああ、ああ!つい数分前まで刃を突きつけられていたこの身はまさに今「生きた心地がしない」ってやつだ。
 部屋に入った瞬間に死亡確定イベントが迷い込んでくるなんてどんな鬼畜世界だよって話だが、マリアにもついさっき殺されかけていたために、なんというか、次の時には慣れてしまいそうだ。

 
「はぁ……死ぬかと思ったァ……。」


 私の中で、驚きと安堵が重なり合い、声が途中で裏返って変になる。


「じゃあここで僕と彼から改めて自己紹介をしようか。」


 とトーマスが黒服の背中をポンポンと叩いて言う。


「僕はトーマス、呪術師だ。魔術師と呪術師どちらの術式も研究している。術式について知りたかったら、なんでも聞いてくれ。」
「俺の名はルドルフ、魔術師だ。」


 ――ま、魔術師!?なんでそんなやつがここに……
 私は軽く動揺をしていて、顔に出さないようにするのが難しかった。
 それに私はトーマスとルドルフ、どちらも信用などしていない。できるわけもないのだ。私が見渡すと、部屋の端にはシートが敷いかれていて、マリアはその上に寝ているようだ。


「魔術師と聞いて、君は驚いているだろうと、思う。警戒もしているみたいだね。」


 トーマスは腕を組み私を観察しながらそう告げる。ルドルフからは手で座って話そうと合図されたので、それに従って座る。


「それは……」
「仕方がない。俺は魔術師である以上、呪術師と仲良くすることなどできないし、許されない。」


 私はルドルフの言葉を聞くまで、魔術師はただ憎い存在とだけ思っていた。でも魔術師の中にも、呪術師と仲良くしたいと思う者はいる。
 ――このおかしな社会がそんな優しい考えを潰しているのだ……と。


「一つ、私からお聞きしたいことがあるのですが……」


 私は丸テーブルを囲む会談で軽く挙手をする。


「なんでもどうぞ。」


 トーマスはすぐにそう返す。私が聞きたいことはただ一つ。
 ――聞くならきっと今しかない。呪術師と魔術師の過去を。


「魔術師と呪術師がなぜそんなに憎み合っているのか、私は知らないんです。」


 私の言葉に正直トーマスとルドルフは驚くと思っていた。なぜならこのことはおそらくこの世界における常識だからだ。
 だが、割と何も思っていないのか私がこの世界の者でないと知っていたのか、平然と私の言葉を聞いている。


「そうか、それが知りたいことだね?」
「はい。」
「ではまず、古い歴史から話をしよう。」


 トーマスは、手に持っていたコーヒーを一度に飲み干すと、やがて話を始める。


「これは、この国の古き歴史が作った慣習――」

✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
 この国、ローレン国は古くより、周りの国から侵攻されやすい地域だった。というのもこの国の気候、土地は豊かで、周りの国よりも潤っている。

 加えて魔獣と呼ばれる化け物の棲家さえも、近くの地域で多くいた。
 魔術師はそれをいつも倒していたが、魔術というものは、全ての人に備わる能力ではないらしい。
 “つまり持たざる人”は、常にただの足手纏いだったのだ。
 しかしある時、転機が訪れる。
 魔獣の侵略により疲弊していたローレン国の魔術師の棲家の近くに再び魔獣が奇襲を仕掛けてきた日、とある「呪術師」と名乗る男がローレン国の魔獣を一掃したのである。


 ローレン国には古くより呪術という概念はあったものの、その有用性については知られていなかったという。

 
「呪術師」には魔術が使えない。代わりに使うのが負の力。呪いを用いた術式だ。呪術師は敵に呪いの種を植え付け、呪力操作で体を蝕み、呪い殺す。
 そして呪術には、もう一つ秘密がある。

✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
「それは、生まれたばかりの魔術の使えない子供に呪力を流し込み、呪術を発動させると、その子供は呪術師となる。」


 トーマスは話に一区切りをつけると、コーヒーを軽く啜る。


「ふぁー。ん?あんた達、なんの、話をしてるの?」

 
 あくびをしながらマリアが起きてきた。マリアと会ったのはついさっきではあるが、私はなんとなく、先程よりはマリアの気持ちを理解してられる気持ちがした。
 だからこそ、トーマスとしていたこの話はきっと、彼女の前で話すべきじゃない。
 ――もう自分の無知で、彼女の傷つかせるのは御免だ。


 マリアは気持ちが落ち着いたらしく、チラリと見ると「あんた、何見てんのよ!」と、調子を取り戻したように見えた。

 
 ――どうやら今さっきまでしていた呪術師と魔術師の歴史の話は聞こえていなかったようだ。
 トーマスはマリアの前でその話をするのは酷と考えたのか分からないが、彼は急にその話を止める。


「お客さんと少しばかりたわいもないお話しをしていただけさ。」

 
 しかし今の話だけで私はもう大枠は理解できたような気がする。
 私の頭で多くのピースがカチッとはまったような感覚を覚えた。得た情報をまとめると……
 ・ローレン国の周りには敵が多く、昔は魔術師が唯一の対抗しうる戦力だった。
 ・ある時現れた「謎の呪術師」により、ローレン国は一難を逃れる。

 そして、
 ・生まれたばかりの魔術を使えない人間に呪力を流し込み、呪術師が流した呪力に呪術を刻み込むと、その子供は呪術師になる。

 
 魔術師しか戦力がいなかった時にこの情報を聞いた魔術師は何を思ったか。それはおそらく非魔術師を全て呪術師にするという選択だろう。


 そして昔ながらの戦力だった魔術師が呪術師を同等に見るとも考えにくい、か……。そしてこれが「持たざるモノの宿命ってやつか。」


「ところで君、いまさらだけど名前は?」


 トーマスは眠そうに目をこすりながら丸テーブルまで歩いてきたマリアに茶を入れながら、考え事をしている途中だった私に問いかける。
 ――いや、マジでいまさらすぎでしょ!?


「私の名前はハツベ、ハツベ・ミライだ。」


 マリアは私をじっと見ると、やがて思い出したように

 
「てかあんた結局どっちなのよ!」


 といって私を睨んでくる。こう言ってはおかしいが、気の強い彼女が再び見られて、私は正直言うとに嬉しかった。
 ――不思議なものだ。まだ出会ってから大して経っていないのに。


「おい!無視すんなよー!」


 マリアは何も言わずにニヤニヤしながら見てくる私にカッとなって、私の腹に見事にクリティカルヒットパンチを浴びせた。「グハァ……?!」


 マリアは目が回りながら大の字に気絶する私の胸ぐらを掴むと、そのままトーマスのところへ運ぶ。


「トーマス、お願いするね。」


 トーマスはマリアにそう言われると、思い出したように私を見ると、私の頭に手を当てて目を閉じる。彼の当てた手の周りには淡い白い光が集まり、彼の手の中心に向かって集まっていく。


「ふむ。これは……」


 マリアは息を呑む。この時気絶していた私には分からなかったが、術式博士の彼が持つそのものが、術式探知能力だった。
 普段なら彼は、ほんの少し触れて術式を使うだけで術式を知ることができるのだが、そんな彼ですら私の能力を判定するのに少し苦労していたようだ。

 
「僕の推理が間違っていないならば、どうやら彼は、見ただけで相手の術式と詳細が分かる能力の持ち主だ。」
「え……?」


 マリアはそう言って訝しげに首を曲げた。
✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
 ……なんだこれは
 “初部未来”が今見ている景色は、「無そのもの」だった。何も見えない、感じない、聞こえない。
 自分が死んだということだけはないと、そのことだけは分かる。なんといえばいいか分からないが、体に実体がある感覚が、初部にはしっかりとあった。


 ――確か、マリアのやつに超絶激イタパンチを腹に喰らったんだっけか?
 でもなぜか彼は今、謎の暗闇の空間の中に取り残されている。意識もある。じゃあ一体ここは……?


 初部が困惑を極めている中、どこか遠くから、笑い声のような声が聞こえる。それは初部を取り巻く空間で反響しているかの如く響き渡り、まるで脳の中で囁かれているかのような錯覚さえ起こすのだ。


「ハツベ、ハツベ」と脳の中に直接語りかけてくる声。
「誰だ!もし私を呼んでいるのなら、出てきてくれないか?!」


 ――鳴り響く不気味な笑い声は止まらない。頭がおかしくなるほど狂気的な笑い声。しかし聞いたことがあるような気もする。でも私は一体どこで……?

 ――ああ、憎い!憎い憎い憎い、憎いィイ!

 あの声、あの声だ!私は咄嗟に思い出す。つい数時間前に聞いたあの声。この謎の世界に飛ばされてから色々な感情を抱いて、もうかなり長くいるとさえ感じるが、忘れるはずもない。彼こそ私、初部未来をこの異世界に閉じ込めた元凶だからだ。


 ――やあ、ハツベ。調子はどうだい?
「……」
 

 黒いフード服で身を包み、大きな二本の黒い横棒の刻まれた仮面を被った謎の男がこちらを見ている。
 何よりも気持ち悪いのは、彼は私に直接口で話しかけていると言うよりも、脳の中に直接話しかけているのだ。
 身の底からゆっくりと蠢き出す嫌悪感と怒り。しかしその感情の中身は単純に「この男」に対する怒りだけではない。
 この理不尽な世界に対する怒りも自分は同時に抱えていたのだ。


 ――無視なんて、つれないなあ、お前。
「……貴様は、誰だ。」


 私はこいつと世間話を始めるつもりはない。ただ、私のしたかったことは……
 私が唇を噛んで相手を睨んでいると、その男は仮面を抑えながら私の近くへと歩み寄る。

 
「お前が誰で、何者なのか。私が今知りたいのはそれだけだ!」
 ――もし俺が、お前に元の世界に帰る機会をくれてやるって言ったらお前はどうする?ハツベ。


 その言葉は私の予想し得ない言葉だった。元の世界に帰る機会をやる、だと……?
 ――勝手に私を知らない世界に送りやがったのはお前の方だろうが。
 初部は余計にその目を細めて相手をじっと睨む。その目は”沈黙”という彼の質問に対する答えでもあった。


 ――ふん、じゃあお前はこの世界でやりたいことが見つかったと、そう言うことかい?
「何が言いたい?」
 ――君が”どっち側”なのか知りたいだけさ。この世界を見捨てるのか、見捨てないのか。
「……」


✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
 私は真っ当に生きたていたいと思う。

 
 自らに厳しく、他人に優しく。私は今まで、極めて順当な人生を送ってきたはずだ。理不尽と衝突することもなく。
「何も、問題などなかった。」

 
 そう言うか否かのタイミングだった。

 
「お父さん!お母さん!」
 暗闇の中、私の脳裏には、突然両親を目の前で殺された少女の悲しみの表情が浮かぶ。


 
 ――私は人一倍理不尽が嫌いだ。
 人がそんな理不尽に直面してきた場面なら今まで何度も何度も見てきた。でも私は果たして何をしてきただろうか?

 
「何も……してこなかった。」


 体を自由に動かせない……。涙さえも、出すことを許さないってことかよ……
 私が涙を出そうと抗すると、脳裏には再び、アイツの言葉が聞こえてくる。


 ――お前は泣いて同情することで信頼を買おうとしているのか……?


 返す言葉もない。こんな偽善者のままで、こんな弱虫な人生で、果たして私は自分を好きになれるのか……?と、彼は言いたいのだ。


「でも、なんで私にばっかりそんなこと押し付けるんだよ!」

 
 目の前に見えるのは差別、蹂躙される弱者、守られぬ約束、悪を制せぬ世。
 私には、あまりに荷が重い。
 ああ、神よ!全ての人と共に幸せに過ごしていける世界のために、私は一体何を捧げたらいいのだろう。
 答えるように脳裏に返ってくるのは
 ――本当にお前はこんな世界でいいのか……?
 という疑問だけ。

 
 脳裏に響くその声に呼応するように、私の目の前にはぼんやりと一人の少女の姿が映る。はっきりとは見えない……
 私がその映像に触れようとした瞬間、場面は切り替わる。「お父さん……!お母さん……!」「………………」「どうして私を置いていくの……?どうして私から大事なものをどんどん奪っていくの……?」
 これは……何か分からないが、確かにこの国で起きた出来事らしい。
 ――これは本当に、耐えられない!


 
「私は一体どうしたら……!」


 初部は頭を抱えて耳を塞ごうとする。「もう勘弁してくれ、こんなの耐えられない!」という私の言葉は、ついに自分の脳さえも届かない。脳裏に刻まれる被害者たちの声。

 
 ――「誰か、誰か助けて!助けてよ!」「こんなの、理不尽にもほどがあるだろうが!」「俺は、絶対死なせ……な……」「お兄ちゃん!死なないで!」「こんな世界、大っ嫌いだ!」


 エンドレスで脳裏に流れる悲劇の数々。
 ――ああああああ!ああ、あああああああ!
 

 初部はあまりの入り組んだ感情に脳のキャパシティがオーバーする……
 悲劇、悲惨、残酷、苦痛、無慈悲、無惨……
 悲劇、悲惨、残酷、苦痛、無慈悲、無惨……
「悲劇、悲惨、残酷、苦痛、無慈悲、無惨……」
 この時彼の頭に残ったのはその言葉だけだった。
 ――お前は、何をしたい?


 脳裏に聞こえるアイツの声。被害者の声が聞こえなくなっている頃、初部未来は自我を失っていた。そして、彼はまるで壊れたピースのようにバラバラに自我を組み立て直していく。


✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
 彼は夢見ていた。
 ――明晰夢というようなものは未だ嘗て見たことがなかった。だがどうやら私は今、本当に夢を見ているらしい。
 そして、何やら笑い声が聞こえる。

 
 絶え間なく聞こえてくるのは少し自嘲気味な笑い声。しかし周りには誰もいない――
 空耳かと思っていた。だが時間が経つにつれ、そうとは思えないほどその声は大きくなるのだ。

 
 ――壊す、壊す、壊す、壊す、壊す!
 そして自嘲気味な笑い声はやがて憎悪に満ちた声に変貌を遂げていく。
 一体なんなんだ……?まるで脳に直接狂気を流し込まれているかのような感覚だ。
 世界の全てを敵に回したかのような狂気的な感覚を、彼は抱いたことがなかった。


 彼はチラリと自分の手を見る。
 その時何故か思ったのだ。
「なんて穢れひとつない『綺麗』な手なんだ……」


 彼はそう言ってからハッとする。まさか……!
 ――この声は誰かの声じゃない、自分自身の声だ!


 
「俺は、世界を壊したい。元も子もなくなるまでメチャクチャに。無惨に、無慈悲に。」
 彼はそう口にした次の瞬間から、”彼ではなくなった。”
 目を覚ますと、目の前にはマリアやトーマスが顔を覗き込んでいた。
 窓から外を眺めると、先ほどまで明るかった外が夕日によって赤く変色している。個人的にはもう朝が回って次の日の昼くらいかと思っていたのだが……

 
 今はとてつもなく長い間受けてきた拷問から解放されて生まれ変わったという気分だ。
 トーマスは”西洋チック“な時計を眺め何分間眠っていたかの計算。やがて手で時計を指し、「三時間くらいですね」と教えてくれた。

 
 そしてマリアはただこちらをじっと見て心配してくれてるってところか。

 
「ようやく目を覚ましたか、ハツベさん。」
「あんた、急に倒れ込んで心配させないでよね!」


 ――どうやら、長いこと眠っていたようだ。
 一方で確かルドルフという名前だった魔術師はというと……彼は先に帰ったのか見当たらない。彼ともすこし話をしたかったのだが。

 
「元はと言えば、君に殴られて気絶していたんだけどね。」
「それは……その……ごめん。」


 マリアは頬を赤らめて軽く目を逸らす。
 ――可愛すぎかよ!
 彼女の純粋で謝り慣れていない仕草は本当に愛おしい。妙に私を見てくるマリアに気恥ずかしさと嬉しさを同時に感じながらも、気を取り直して初部はゆっくりとベッド腰を上げる。


「いや、別に謝る必要はないさ、マリア。」
「でも私……えっと、変な夢とか、見なかった?」


 マリアに初めて会った時、ただのヤバい少女としか思わなかった。けれど、時間が教えてくれたのだ。彼女は本当に優しい心の持ち主なのだと。


「変な夢……か、確かに見たな。というか、心配してくれて、サンキューな。」
「当然でしょ!だって私のせいだもん。寝てる時もすごい苦しそうだったし、あんたがこのまま起きなかったらと思うと少し怖くて……」
「まあ確かに、ちと大変な夢だったけどね。」

 
 夢の中で見たあの風景、抱いた感情。何一つとして忘れるはずもない。
 何故なら自分が、以前の己を断ち切った瞬間だったのだから――
 

 トーマスは初部に手を差し出して丸テーブルへと案内した。どうやら話があるようだ。


「君の能力が分かった。」


 ああ!そんなことも確かにあったっけか。もう完全に忘れている。自分が魔術師か、呪術師かという診断だ。そもそもそのためにこの街に来たというのに。
 初部とトーマス、マリアは三人で丸テーブルを囲んで座り、トーマスは話を始める。顔から察するに、初部の能力はトーマスのお気に召さなかったのだろうか?少し険しい顔をしている。


「君は、魔術師だ。」
「は!?」


 初部はその一言に動揺が隠せない。魔術師?魔術師だと……!?ありえない、ありえない!せめて呪術師であればよかったというのに……
 冷や汗が全身を走り、背中に寒気を覚える。


「あんた……やっぱり私を騙したの?どうして魔術師だって言ってくれなかったの……?」
「違う、これは……」
 

 ――違う、違う、違う、違う!
 初部には言い訳が思いつかない。他の世界から飛ばされてきたなんてこと、きっと誰一人として信じちゃくれないと分かっていたから。
 でも何故?昨日まではただの学生だったんだぞ?
 というかなぜそもそも俺に魔術が……?疑問が疑問を呼ぶ中、トーマスは話を進める。
 
 
「そして君の能力は、僕から見ても、いささか目を疑うものだった。」


 トーマスは私の言い訳を遮りながら初部を睨むと、話は終わっていないという風に話を始める。


「ハツベさんの能力を一言で表すとしたら、能力明示と、奪取だ。」
「能力明示と奪取?」


 能力明示能力。マリアの名前を知ったときのあの「謎の感覚」――きっとそれがその能力が正当に作用している証拠だろう。

 そして奪取能力……これは予想外の答えだ。そもそも能力が二つ以上保持できるなんて知らなかったし固定概念が「それはない」と否定していた点もある。
 
 
「ああ、いかにも。能力明示というのは、相手をじっと見るとその相手の能力と名前を把握できるというもの。そして奪取に関しては簡単だよ。殺して行き場の無くした魔術を回収できる能力。それがハツベさんが持つ能力ということだ。」


 それにしても能力明示と奪取だなんて、どうやら汚い魔術を授かってしまったものだな。
 ――魔術師は、バケモノだ!全部全部、魔術師のせいだ!
 あの時、アイツの前で何度この言葉を聞いたか分からない。魔術師はバケモノ?でもルドルフはきっと違うじゃないか。なら俺は……?


 あの時、俺は自分が自分じゃなくなることを拒否していたんだ。でも、もういい。自分は、自分だけは真っ当に生きようというプライドは、もう捨てた。

 初部がこの時した行動は”沈黙”それも長い時間の沈黙だ。彼には今、多すぎる情報に押されていて何も考えられず、それしかできなかったからだ。
 ――でも、これぐらいがちょうどいい。俺の目的には必須だな。
 今さっき初部の内側に生まれた黒い、底の知れぬ感情が彼の中で再び疼くのを感じる。


「ははは……ハハハハハハハハ!!素晴らしい!ああ、俺はこういう能力を期待していたんだ!最高、最高だよ全く!」


 初部はこの時、我を失っていた。
 ――いや、内に秘められたこの感情こそが本物とも言えるかも知れぬ。
 トーマスとマリアの驚きは言うまでもない。初部に向けられた、まるで底知れぬ闇を顕現させた悪魔を見るような目。


「神よ!貴様が俺にくれたプレゼントは本当に最高のナイフだったよ!貴様にお礼をしながら大切に乱用してこの世界をぶっ壊してやる!」
 
 
 だが彼らは知らない、今の俺を。
 そして初部未来が、新しい初部未来へと変貌を遂げた理由さえも。そのことを語るには、先ほどまでと同じ経験の記憶を彼らの脳内に直面流し込む他にあるまい。


「ハツベ……お前は、一体何者だ、何が目的なんだ?」


 目的、正体……?それはの神と俺が心の底から大っ嫌いに思っているアイツがとっくに与えてくれている。

 
「俺の名前は初部未来。」

 
 目的、そう、目的!俺の目的は生温いものじゃない。
 この時彼の身に疼く魔力は、世界を望む彼によって生まれた混沌の感情によって底無し沼の如く燃え盛る。


「これからこの世界を、掌握する男の名前だ!」
 ――朝が来た!異世界に転移して以来初の朝だ!
 えー、なんであんな一丁前なセリフを吐いといてすぐに朝日を見たかというと……
 それは単純に、俺があのセリフを吐いた次の瞬間に気を失ってからだ。いや、正確に言えば疲れで倒れたって表現の方が100倍正しい。
 あのアイツとの対面の時は確かに目は閉じていたが、それ以上に脳も使っていた。

 

「異世界でついに1日目が終わっちまったかー。てかまだ1日!?色々とありまくりすぎでしょ!」


 初部が朝イチなのにも関わらず謎テンションで起き上がるのを見ていたのは、挙動不審な初部に冷たい眼差しを向けるマリアと、見て見ぬフリをするトーマス、それから頭がイカれた人を上から目線で憐れんでいるかのような表情のルドルフ。
 ――てか俺信用なさすぎだろ!
 仕方がないっちゃ仕方がない。昨日は本性を顕にしすぎた。というかこの調子でいて、あとで本当にぶちのめされなきゃいいけど……


「あ、変人が起きた。」
「今日も昨日と別の角度でイッチャッてるね。」
「冷水でも浴びてこい。」

 
「君たち、容赦ないね……」
 朝一番の挨拶にちょっとはっちゃけただけなのに、マリアもトーマスもルドルフも容赦がない。


「そんなことより、昨日の発言、お前の中で何があったのか教えてくれないか?」


 ルドルフはリビングの丸テーブルから立ち上がって奥にある初部のベッドに近づくと、やがて腕組みをしながら穴が開くほどこちらを睨みつけてくる。


「お前はなんの目的であんなイカれた発言をしたのかって意味だよ。この世界を掌握する……だの。正気の沙汰には到底思えんのでな。」


 ――俺の中でその理由など一つしかない。
 単純だけど強く根付いた感情。


「俺は、ただ……この世界の腐った概念をぶっ壊して、みんなが幸せに暮らせるように……」
「本当にそう思っているのか?大層な理想家だな。」

「は?」
 初部が理由を言うか否かのタイミングで被せてくるルドルフ。彼の目には人の本気さを推し計るような気前が感じられる。


「お前が言っているのはつまりはこうだ。この国のルールが気に入らないから国を乗っ取る。それが”みんなの幸せ”とやらに繋がると思い込んで。」
 
「違う!だっておかしいじゃないか!魔術師は優っていて呪術師は劣っているだと?魔術師と呪術師が憎み合うことなく幸せに過ごすことができるならそれが……」
 
「それはお前が同情してるだけじゃダメだからって、今度は理想を口に出して、お前なりの罪滅ぼしをしようとしてるだけじゃないのか!」


 ルドルフは容赦なくそう言い放つ。罪滅ぼし……か、くっ!くそ!否定できない!確かに彼は具体的にどうすればいいのか分からなかった。


「もうやめて!!」


 言い争いをしていた初部とルドルフの間にマリアは両手を広げて仲介をする。先程までいつも通りだったその目は潤みながら涙を堪えており、それを隠そうと下を向いている。
 ――俺はまたこの子を泣かせてしまったのか……


「呪術師は黙っていろ!」
「だからそう言うことは言うなって言ってんだよ!」


 ルドルフの言葉に初部はついカッとなって危うく手まで出そうだった。
 もうこれ以上彼女を傷つけたくない――
 今私が抱く感情は、それだけだ。


「もういいの!私は、呪術師だから……でも、二人には
仲良くして欲しいの……」
「呪術師だから……って。その肩書きの何がいけないんだよ……」


 マリアは初部の手をそっと握るルドルフはイライラとするでもなく、初部にこれ以上いうでもなく、ただ呆れたという表情で二階へと上がっていく。


「ちょっと……話がしたいの。」


 マリアは手を引いて俺を建物の外へと連れ出す。トーマスはマリアの気持ちを汲み取ったような様子でマリアへ微笑むと、朝のコーヒーをゆっくりと嗜み始めた。
 外は程よい気温で過ごしやすい。風は静かに街の自由な雰囲気と屋台の匂いを運び、朝イチの焼きたてパンの香ばしい香りすら感じる。


「あんた、本当に変わったよね。ハツベ。」


 マリアが名前で呼んでくれたのはその時が初めてだった。初部は正直、マリアは自分に対して怒っているものだとばかり思い込んでいた。何故なら彼が思い出すのは魔術師か疑ってきた時のあの憎悪と悲しみに満ち溢れた表情。


「そう、かな。変わったようで、俺の無力さは何も。」
「ううん。」


 マリアは初部をじっと見上げると、やがて彼の唇を指で突くと、苦笑とも愛想笑いとも言い難い愛らしい表現で

 
「ハツベ、自分のこと言うときさ、私ーから俺ーって変わってること、自分でも気づいてないんじゃない?」


 初部は思わずハッとする。今まで初部が一人称を私に固定していたのは、尊敬する父親に自分を重ね合わせる為の行動の一つだったからだ。何に対しても、誰に対しても紳士的に振る舞う父親の姿は、初部未来にとっての人生の教科書そのものだったのだ。
 ――今でも耳をすませば、父さんの言葉が聞こえてくる気がする。


「確かに、俺に……変わってるね。でもこっちの方が実は自然だったんだ。」


 マリアは「あんた、本当に変わったヤツだな」と言いながら軽く微笑む。魔術師なのに、彼女は魔術師にあんなにも傷つけられていたのに、彼女はこうして今、ハツベ・ミライという名前の魔術師と、楽しく会話をしてくれている。


「なぜ君は、俺が魔術師って知ってなお、俺と話をしてくれるんだい?」

「だって私はその人の中身がいい人だって知ったら差別なんてしたくないもん!」


 マリアはニーっと歯を見せながら笑って見せた。それはこの時、初部が一番言って欲しい言葉だった。平等が大事、平等が大事って口で言うよりも、いい人だって認めたら関係なく接したいって言ってくれる彼女の方が、よっぽど優しい。
 もしもこんな人が、マリアみたいな素敵な人物がもっとこの世界に増えたら、どれだけ世界は幸せに包まれることだろう。


「こんなことを言ったらなんか昨日の発言の割に覇気がなくなるけど……ありがとう。マリア。」


 初部はその日、ここ最近で一番の笑顔を見せた。ここまでマリアに助けられた今、俺は彼女にどう恩を返したらいいか分からない。


「ああ、あのさ」


 少し早口になりながらマリアは指で軽く初部の袖を掴みながらそのままツンツンと引っ張ってくる。


「どうした?」
「その……もし住む場所がないんだったら私とトーマスの家にいてもいいんだけど!うっ……」


 マリアはそう言いながらも恥ずかしく思ったのか、頬を赤らめる。なぜここまで俺に優しくしてくれるのかは分からないが、俺はその誘いを快く承諾した。


「本当に何から何まで、君は本当に優しい人だ。」


 俺は優しくマリアに微笑みかけると、彼女もまた、俺に微笑んでくれた。


✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎

 しばらくして、俺とマリアは建物に戻った。


「おや、お二人さんの内緒話は終わったかな?」


 トーマスは一見まともそうな見た目をしているが、人をからかう時のニヤニヤ顔のムカつく度は結構点数が高めだ。一回頬を思いっきりつねってやりたい感じだ。


「あんたなんか変な勘違いしてるでしょ!ち・が・う・か・ら!」


 マリアは目を閉じてフンッとトーマスから目を背けると、トーマスはニヤニヤとしながら、ふと何か思いついたように初部へと近づいていった。


「そういえば、これからどうされるおつもりで?」
「それが、その……」


 初部は図々しいと言うことは承知しながらも、マリアに提案されたことを話してみた。


「全く、彼女らしい回答だ。うん、別に構わないよ。」


 ――え?!いいのかよ!
 初部はあまりに親切すぎるトーマスに驚きが隠せない。確かに紳士的な見た目をしているトーマスだが、同時に自分にとっては、一番何を考えているか分からない人物でもある。


「それが彼女の希望なのでしょうからね。ところで、ハツベさん。」


 トーマスは突然話し始めながら丸テーブルから腰を上げ、後ろにあるタンスから何か物色をし始める。その正体は「地図」だった。


「これは、この国の地図です。今いるのがローレン国の最西部、マジェスタ。ここから東に二日ほど龍車で進まれた場所に、魔法都市と呼ばれる街があります。」


 ローレン国の地図。この国は横長で地図の中の上あたりに位置する国だった。魔法都市はおそらく、この国の首都のようなものらしい。


「ここで魔術師としての身分を登録していただくと、国からのパーティに招かれたり、支援をいただけるチャンスがあったり、税が一部免除になりますので、お忘れ無く。」


 皮肉なのか分からないが、妙に敬語を使うトーマス。
 ――おいおい、こりゃどんだけ接待の差があるんだよ。てか魔術師ってだけで何様だし。
 初部はそう言いながらも「分かった」と言い、地図の予備を預かる。
 ――いいさ、この国を知るチャンスだ。この国の強みも弱みも知り尽くしてやろうじゃないか!

 初部はトーマスに感謝のお辞儀をすると、やがて魔法都市への出発の準備を進めるのだった。
 試練とは、なんだろうか?
 俺は、人生そのものだと思っている。
 いや、実際そう思いたくなくても思わないではいられないほどに実感しうるものなのだ。ああ、人生とは苦痛そのものである。と言った古代の哲学者や思想家達の気持ち、分かる、分かるぞ。それにしても……

 
 ――ああ、なぜこうなったのだろうか。
 大人の精神的なゴタゴタなら何度でも経験してきた。でも毎回毎回俺にばかり試練が雨のように降ってくるのは何故なのだろう。
 ちなみに初部は昨日、トーマスとこんな会話を繰り広げていたのだ。



✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
 
「じゃあ明日の朝、ルドルフが君を連れてってくれるはずだからね。」


 もしもこれが自分の編集している動画だったら、きっとここで「ガーーン!」という効果音が入っているだろう。


「な、なんでアイツと……」

「理由は簡単さ。魔術師がこの国の魔術師として登録するならば魔術師同士で行った方が都合がいいんだよ。」

「トーマスは?」

「僕は呪術師さ。」

「え、えええ?!」

 
 昨日言っただろう?という表情でこちらを見てくるトーマス。いや待て待て、いくら呪術師だからって残る選択肢はルドルフ……
 
 『お前が同情してるだけじゃダメだからって、今度は理想を口に出して、お前なりの罪滅ぼしをしようとしてるだけじゃないのか!』

 という昨日の言葉が甦ってくる。気まずいことこの上ない。はぁ……ツイてないなぁ。


「いや、その……ね。色々と?あったじゃん昨日。」

「いや、それは君とルドルフの間の話だから僕には関係のないことだよ。」

「いや助けてくれって!まじもんのまじで!」

 
 という私初部未来の言葉は虚しく、そっぽを向かれたトーマスに絶望感を抱きながらその日はルドルフと一度も会わずに昼を迎え、夕方を迎え、夜を迎えた。
 その日は買い出しというものもなかったようなので、仕方無くずっと建物の中で過ごした。


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 初部は緊張しながら二階へ繋がる階段の下でルドルフが起床してくるのをじっと待っていた。

 
「にしても……遅くね?」


 この世界には、自分の世界の時計とは違うものの、どうやら時計とか、現在時刻とかの概念はあるらしい。
 初部は緊張したまま待ち合わせの時間を迎えたものの、誰一人としてくる気配はナッシング。一方初部は緊張で力を入れ続けた頬がそろそろ疲れて痛くなってきた頃だ。疲れの証拠に少し強張っていた口元や眉さえもピクピクと微動し始めている程。


「はぁ〜おはよう」


 階段からの声を聞いて初部は反射的に後ろを振り向く。
 ――こりゃ、15分遅れってところか。おいおい電車の遅延だったら放送で謝罪しながら遅延証を渡すほどだぞ?ここはあえて、叱り口調で言った方が打ち解けやすいかもしれないな。


「あのなあ、まあ確かにいくら昨日色々あったし?送ってもらうのは俺の方だからあれだけど、約束した以上、時間通りに来るのは君のしめ……」


 階段に近づきながらあえて悪態をついてみる
 というサプラーイズ!のつもりだったのだが……
 そこにいたのはルドルフではなくトーマスだった。


「へ?」
「おはようハツベ。ご機嫌斜めのようだがおそらくルドルフはそれ以上だと思うよ。」


 ――まずい、トーマスかよ!
 別に怒っている様子でも初部の言葉を気にしているわけでもないのに、なぜか怖い!それがこの男、トーマスという男なのだ!
 ――しかし、「ルドルフはそれ以上にご機嫌斜め」という言葉が気になってならない。一体どうしたというのだろうか。


「なぜならずっと彼は外で待っていたからね。朝起きて窓から外見たらいたんだよ。」
「うげっ!?」


 ――終わった!まじで終わった!殺される!「お前は何も分かっていないようだな。期待などしていなかったが、改めて残念だ。」ザシュッ(切られる音)ってオチだよこれ……

 
 彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。彼はパッと見た感じ先回りして行動する系の人間だからだ。初部はビクビクとしながら深呼吸をし、静かに外へと出ることにした。


「遅かったな。寝坊か?ハツベ。」
「キョキョ今日は天気もよろしく、出発日和というわけですね!ハハ……ハハハハ……」
「そうだな。出発するのが今日で良かった。さあ、いくぞ。」

「へ?!?!」
 あまりに気にしなさすぎて拍子抜けこの上ない!予想外って言葉は俺の為に作られたのだろうかと思ってしまうほどに。


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 街は竜車やら屋台やらなんやら。見渡してみると、エルフのような人物もチラチラと見える。一回話をしてみたいランキング結構高めな存在。それこそが俺の中でのエルフの評価だ。
 ――しかし彼らは何やら話し込んでいる様子だった。気にせずルドルフについていくものの、街を奥に進めば進むほど、何やら話し込んでいる人の数も増えていく……
 何か国を揺るがす汚職事件でも起こったのかというくらいの賑わい具合だ。


「何か……悪いことでもあったのか……?」


 ルドルフは発言こそしなかったものの、初部と同じように周りを不審がりながら見渡している。あのルドルフでさえもこの街の異変を気にしているらしい……。なぜだろうか、今日は昨日よりも街が妙にざわついている。それに、人々の流れは中心の「魔法都市」へと向かっていくわけではなく、むしろ周辺の街へと戻ってきているようだ……
 ――何か変だ。
 そう思った瞬間――
 街の住民らしき一人の少し歳の取ったおばさんがこちらへと足早に駆け寄ってきた。その顔は怯えに支配されているといった雰囲気で、何やら伝えたいことがあるように見える。
 ――何かあったのだろうか……?

 
「ちょっと、そこのお前さんたち、魔法都市へと向かうおつもりかい?」


 ルドルフの性格を考えると、普段ならこういう声掛けは無視だろうが、今日ばかりは俺と同じく何か異変を感じ取ったからか、即座にそのおばさんの方に振り返る。初部が慌てて色々と聞き出そうとすると、ルドルフは俺の口を手で押さえて収め、冷静に、ゆっくりと受け答えをした。


「はい、そうですが。」
「実は今の魔法都市は危ない状況でねえ。お前さんたちもあんまり行かない方がいいよ。」


 ――魔法都市が、危ない状況……?
 つまり、今まで賑わっているように思えた周りの屋台やエルフ達、そして竜車の妙な出入り……どうやらそれらは全て魔法都市から距離を取るためのものらしい。

「何かあったのですか?」

 ルドルフの手を無理矢理退けてそのおばさんに尋ねてみる。今からいく魔法都市がどんな状況なのか教えてくれる親戚な方だ。ちゃんと聞かなければ何が起こるのか分かったものじゃない。

 
「『詐欺司教』聞いたことあるかね?」
「いえ……詐欺司教とは一体……?」

 
 ルドルフはおばさんから得た情報を分析しようと考え込んでいたが、思い当たることは何一つないといった様子だ。聞いた感じ、魔法都市には厄介な犯罪組織でも存在するのだろうか――


「ここ最近、魔法都市では不可解な事件が同時多発的に起こっててねえ。貴族院の上級魔術師議員から下級魔術師貴族まで問わず暴動やら殺人やらを起こしているんだよ。」
「なっ……!」


 ルドルフはその事件の詳細を聞いて何やら思い当たる節があるようだ。彼は突然顔を歪めて頭を押さえている。


「エス……まさかアイツが……アイツなのか……!」


 ――エスってS?何かのイニシャルなのだろうか……?
 初部は色々と混乱してルドルフを振り返る。
 その瞬間初部は思わず驚きを隠せなかった。未だ嘗て見たことのないルドルフの顔――
 下を向いて頭を手で押さえ彼は目をカッと開き、歯を剥き出しにして少し前の地面を睨みつけている。

 
「『詐欺司教』という存在、ゆめゆめお忘れることなく。気をつけなさい。」

 
 ルドルフの顔を見て何か察したのか、おばさんは初部の耳元でそう警告をすると、ゆっくりとその場を立ち去っていった。
 ――今ルドルフを支配している「狂気」。なぜだろう、その感情は恐らく昨日俺が気絶した時に感じたあの感情に少し似たような気がした。


「『詐欺司教』……貴様を必ず殺して見せるッ……!」

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