――朝が来た!異世界に転移して以来初の朝だ!
えー、なんであんな一丁前なセリフを吐いといてすぐに朝日を見たかというと……
それは単純に、俺があのセリフを吐いた次の瞬間に気を失ってからだ。いや、正確に言えば疲れで倒れたって表現の方が100倍正しい。
あのアイツとの対面の時は確かに目は閉じていたが、それ以上に脳も使っていた。
「異世界でついに1日目が終わっちまったかー。てかまだ1日!?色々とありまくりすぎでしょ!」
初部が朝イチなのにも関わらず謎テンションで起き上がるのを見ていたのは、挙動不審な初部に冷たい眼差しを向けるマリアと、見て見ぬフリをするトーマス、それから頭がイカれた人を上から目線で憐れんでいるかのような表情のルドルフ。
――てか俺信用なさすぎだろ!
仕方がないっちゃ仕方がない。昨日は本性を顕にしすぎた。というかこの調子でいて、あとで本当にぶちのめされなきゃいいけど……
「あ、変人が起きた。」
「今日も昨日と別の角度でイッチャッてるね。」
「冷水でも浴びてこい。」
「君たち、容赦ないね……」
朝一番の挨拶にちょっとはっちゃけただけなのに、マリアもトーマスもルドルフも容赦がない。
「そんなことより、昨日の発言、お前の中で何があったのか教えてくれないか?」
ルドルフはリビングの丸テーブルから立ち上がって奥にある初部のベッドに近づくと、やがて腕組みをしながら穴が開くほどこちらを睨みつけてくる。
「お前はなんの目的であんなイカれた発言をしたのかって意味だよ。この世界を掌握する……だの。正気の沙汰には到底思えんのでな。」
――俺の中でその理由など一つしかない。
単純だけど強く根付いた感情。
「俺は、ただ……この世界の腐った概念をぶっ壊して、みんなが幸せに暮らせるように……」
「本当にそう思っているのか?大層な理想家だな。」
「は?」
初部が理由を言うか否かのタイミングで被せてくるルドルフ。彼の目には人の本気さを推し計るような気前が感じられる。
「お前が言っているのはつまりはこうだ。この国のルールが気に入らないから国を乗っ取る。それが”みんなの幸せ”とやらに繋がると思い込んで。」
「違う!だっておかしいじゃないか!魔術師は優っていて呪術師は劣っているだと?魔術師と呪術師が憎み合うことなく幸せに過ごすことができるならそれが……」
「それはお前が同情してるだけじゃダメだからって、今度は理想を口に出して、お前なりの罪滅ぼしをしようとしてるだけじゃないのか!」
ルドルフは容赦なくそう言い放つ。罪滅ぼし……か、くっ!くそ!否定できない!確かに彼は具体的にどうすればいいのか分からなかった。
「もうやめて!!」
言い争いをしていた初部とルドルフの間にマリアは両手を広げて仲介をする。先程までいつも通りだったその目は潤みながら涙を堪えており、それを隠そうと下を向いている。
――俺はまたこの子を泣かせてしまったのか……
「呪術師は黙っていろ!」
「だからそう言うことは言うなって言ってんだよ!」
ルドルフの言葉に初部はついカッとなって危うく手まで出そうだった。
もうこれ以上彼女を傷つけたくない――
今私が抱く感情は、それだけだ。
「もういいの!私は、呪術師だから……でも、二人には
仲良くして欲しいの……」
「呪術師だから……って。その肩書きの何がいけないんだよ……」
マリアは初部の手をそっと握るルドルフはイライラとするでもなく、初部にこれ以上いうでもなく、ただ呆れたという表情で二階へと上がっていく。
「ちょっと……話がしたいの。」
マリアは手を引いて俺を建物の外へと連れ出す。トーマスはマリアの気持ちを汲み取ったような様子でマリアへ微笑むと、朝のコーヒーをゆっくりと嗜み始めた。
外は程よい気温で過ごしやすい。風は静かに街の自由な雰囲気と屋台の匂いを運び、朝イチの焼きたてパンの香ばしい香りすら感じる。
「あんた、本当に変わったよね。ハツベ。」
マリアが名前で呼んでくれたのはその時が初めてだった。初部は正直、マリアは自分に対して怒っているものだとばかり思い込んでいた。何故なら彼が思い出すのは魔術師か疑ってきた時のあの憎悪と悲しみに満ち溢れた表情。
「そう、かな。変わったようで、俺の無力さは何も。」
「ううん。」
マリアは初部をじっと見上げると、やがて彼の唇を指で突くと、苦笑とも愛想笑いとも言い難い愛らしい表現で
「ハツベ、自分のこと言うときさ、私ーから俺ーって変わってること、自分でも気づいてないんじゃない?」
初部は思わずハッとする。今まで初部が一人称を私に固定していたのは、尊敬する父親に自分を重ね合わせる為の行動の一つだったからだ。何に対しても、誰に対しても紳士的に振る舞う父親の姿は、初部未来にとっての人生の教科書そのものだったのだ。
――今でも耳をすませば、父さんの言葉が聞こえてくる気がする。
「確かに、俺に……変わってるね。でもこっちの方が実は自然だったんだ。」
マリアは「あんた、本当に変わったヤツだな」と言いながら軽く微笑む。魔術師なのに、彼女は魔術師にあんなにも傷つけられていたのに、彼女はこうして今、ハツベ・ミライという名前の魔術師と、楽しく会話をしてくれている。
「なぜ君は、俺が魔術師って知ってなお、俺と話をしてくれるんだい?」
「だって私はその人の中身がいい人だって知ったら差別なんてしたくないもん!」
マリアはニーっと歯を見せながら笑って見せた。それはこの時、初部が一番言って欲しい言葉だった。平等が大事、平等が大事って口で言うよりも、いい人だって認めたら関係なく接したいって言ってくれる彼女の方が、よっぽど優しい。
もしもこんな人が、マリアみたいな素敵な人物がもっとこの世界に増えたら、どれだけ世界は幸せに包まれることだろう。
「こんなことを言ったらなんか昨日の発言の割に覇気がなくなるけど……ありがとう。マリア。」
初部はその日、ここ最近で一番の笑顔を見せた。ここまでマリアに助けられた今、俺は彼女にどう恩を返したらいいか分からない。
「ああ、あのさ」
少し早口になりながらマリアは指で軽く初部の袖を掴みながらそのままツンツンと引っ張ってくる。
「どうした?」
「その……もし住む場所がないんだったら私とトーマスの家にいてもいいんだけど!うっ……」
マリアはそう言いながらも恥ずかしく思ったのか、頬を赤らめる。なぜここまで俺に優しくしてくれるのかは分からないが、俺はその誘いを快く承諾した。
「本当に何から何まで、君は本当に優しい人だ。」
俺は優しくマリアに微笑みかけると、彼女もまた、俺に微笑んでくれた。
✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
しばらくして、俺とマリアは建物に戻った。
「おや、お二人さんの内緒話は終わったかな?」
トーマスは一見まともそうな見た目をしているが、人をからかう時のニヤニヤ顔のムカつく度は結構点数が高めだ。一回頬を思いっきりつねってやりたい感じだ。
「あんたなんか変な勘違いしてるでしょ!ち・が・う・か・ら!」
マリアは目を閉じてフンッとトーマスから目を背けると、トーマスはニヤニヤとしながら、ふと何か思いついたように初部へと近づいていった。
「そういえば、これからどうされるおつもりで?」
「それが、その……」
初部は図々しいと言うことは承知しながらも、マリアに提案されたことを話してみた。
「全く、彼女らしい回答だ。うん、別に構わないよ。」
――え?!いいのかよ!
初部はあまりに親切すぎるトーマスに驚きが隠せない。確かに紳士的な見た目をしているトーマスだが、同時に自分にとっては、一番何を考えているか分からない人物でもある。
「それが彼女の希望なのでしょうからね。ところで、ハツベさん。」
トーマスは突然話し始めながら丸テーブルから腰を上げ、後ろにあるタンスから何か物色をし始める。その正体は「地図」だった。
「これは、この国の地図です。今いるのがローレン国の最西部、マジェスタ。ここから東に二日ほど龍車で進まれた場所に、魔法都市と呼ばれる街があります。」
ローレン国の地図。この国は横長で地図の中の上あたりに位置する国だった。魔法都市はおそらく、この国の首都のようなものらしい。
「ここで魔術師としての身分を登録していただくと、国からのパーティに招かれたり、支援をいただけるチャンスがあったり、税が一部免除になりますので、お忘れ無く。」
皮肉なのか分からないが、妙に敬語を使うトーマス。
――おいおい、こりゃどんだけ接待の差があるんだよ。てか魔術師ってだけで何様だし。
初部はそう言いながらも「分かった」と言い、地図の予備を預かる。
――いいさ、この国を知るチャンスだ。この国の強みも弱みも知り尽くしてやろうじゃないか!
初部はトーマスに感謝のお辞儀をすると、やがて魔法都市への出発の準備を進めるのだった。
えー、なんであんな一丁前なセリフを吐いといてすぐに朝日を見たかというと……
それは単純に、俺があのセリフを吐いた次の瞬間に気を失ってからだ。いや、正確に言えば疲れで倒れたって表現の方が100倍正しい。
あのアイツとの対面の時は確かに目は閉じていたが、それ以上に脳も使っていた。
「異世界でついに1日目が終わっちまったかー。てかまだ1日!?色々とありまくりすぎでしょ!」
初部が朝イチなのにも関わらず謎テンションで起き上がるのを見ていたのは、挙動不審な初部に冷たい眼差しを向けるマリアと、見て見ぬフリをするトーマス、それから頭がイカれた人を上から目線で憐れんでいるかのような表情のルドルフ。
――てか俺信用なさすぎだろ!
仕方がないっちゃ仕方がない。昨日は本性を顕にしすぎた。というかこの調子でいて、あとで本当にぶちのめされなきゃいいけど……
「あ、変人が起きた。」
「今日も昨日と別の角度でイッチャッてるね。」
「冷水でも浴びてこい。」
「君たち、容赦ないね……」
朝一番の挨拶にちょっとはっちゃけただけなのに、マリアもトーマスもルドルフも容赦がない。
「そんなことより、昨日の発言、お前の中で何があったのか教えてくれないか?」
ルドルフはリビングの丸テーブルから立ち上がって奥にある初部のベッドに近づくと、やがて腕組みをしながら穴が開くほどこちらを睨みつけてくる。
「お前はなんの目的であんなイカれた発言をしたのかって意味だよ。この世界を掌握する……だの。正気の沙汰には到底思えんのでな。」
――俺の中でその理由など一つしかない。
単純だけど強く根付いた感情。
「俺は、ただ……この世界の腐った概念をぶっ壊して、みんなが幸せに暮らせるように……」
「本当にそう思っているのか?大層な理想家だな。」
「は?」
初部が理由を言うか否かのタイミングで被せてくるルドルフ。彼の目には人の本気さを推し計るような気前が感じられる。
「お前が言っているのはつまりはこうだ。この国のルールが気に入らないから国を乗っ取る。それが”みんなの幸せ”とやらに繋がると思い込んで。」
「違う!だっておかしいじゃないか!魔術師は優っていて呪術師は劣っているだと?魔術師と呪術師が憎み合うことなく幸せに過ごすことができるならそれが……」
「それはお前が同情してるだけじゃダメだからって、今度は理想を口に出して、お前なりの罪滅ぼしをしようとしてるだけじゃないのか!」
ルドルフは容赦なくそう言い放つ。罪滅ぼし……か、くっ!くそ!否定できない!確かに彼は具体的にどうすればいいのか分からなかった。
「もうやめて!!」
言い争いをしていた初部とルドルフの間にマリアは両手を広げて仲介をする。先程までいつも通りだったその目は潤みながら涙を堪えており、それを隠そうと下を向いている。
――俺はまたこの子を泣かせてしまったのか……
「呪術師は黙っていろ!」
「だからそう言うことは言うなって言ってんだよ!」
ルドルフの言葉に初部はついカッとなって危うく手まで出そうだった。
もうこれ以上彼女を傷つけたくない――
今私が抱く感情は、それだけだ。
「もういいの!私は、呪術師だから……でも、二人には
仲良くして欲しいの……」
「呪術師だから……って。その肩書きの何がいけないんだよ……」
マリアは初部の手をそっと握るルドルフはイライラとするでもなく、初部にこれ以上いうでもなく、ただ呆れたという表情で二階へと上がっていく。
「ちょっと……話がしたいの。」
マリアは手を引いて俺を建物の外へと連れ出す。トーマスはマリアの気持ちを汲み取ったような様子でマリアへ微笑むと、朝のコーヒーをゆっくりと嗜み始めた。
外は程よい気温で過ごしやすい。風は静かに街の自由な雰囲気と屋台の匂いを運び、朝イチの焼きたてパンの香ばしい香りすら感じる。
「あんた、本当に変わったよね。ハツベ。」
マリアが名前で呼んでくれたのはその時が初めてだった。初部は正直、マリアは自分に対して怒っているものだとばかり思い込んでいた。何故なら彼が思い出すのは魔術師か疑ってきた時のあの憎悪と悲しみに満ち溢れた表情。
「そう、かな。変わったようで、俺の無力さは何も。」
「ううん。」
マリアは初部をじっと見上げると、やがて彼の唇を指で突くと、苦笑とも愛想笑いとも言い難い愛らしい表現で
「ハツベ、自分のこと言うときさ、私ーから俺ーって変わってること、自分でも気づいてないんじゃない?」
初部は思わずハッとする。今まで初部が一人称を私に固定していたのは、尊敬する父親に自分を重ね合わせる為の行動の一つだったからだ。何に対しても、誰に対しても紳士的に振る舞う父親の姿は、初部未来にとっての人生の教科書そのものだったのだ。
――今でも耳をすませば、父さんの言葉が聞こえてくる気がする。
「確かに、俺に……変わってるね。でもこっちの方が実は自然だったんだ。」
マリアは「あんた、本当に変わったヤツだな」と言いながら軽く微笑む。魔術師なのに、彼女は魔術師にあんなにも傷つけられていたのに、彼女はこうして今、ハツベ・ミライという名前の魔術師と、楽しく会話をしてくれている。
「なぜ君は、俺が魔術師って知ってなお、俺と話をしてくれるんだい?」
「だって私はその人の中身がいい人だって知ったら差別なんてしたくないもん!」
マリアはニーっと歯を見せながら笑って見せた。それはこの時、初部が一番言って欲しい言葉だった。平等が大事、平等が大事って口で言うよりも、いい人だって認めたら関係なく接したいって言ってくれる彼女の方が、よっぽど優しい。
もしもこんな人が、マリアみたいな素敵な人物がもっとこの世界に増えたら、どれだけ世界は幸せに包まれることだろう。
「こんなことを言ったらなんか昨日の発言の割に覇気がなくなるけど……ありがとう。マリア。」
初部はその日、ここ最近で一番の笑顔を見せた。ここまでマリアに助けられた今、俺は彼女にどう恩を返したらいいか分からない。
「ああ、あのさ」
少し早口になりながらマリアは指で軽く初部の袖を掴みながらそのままツンツンと引っ張ってくる。
「どうした?」
「その……もし住む場所がないんだったら私とトーマスの家にいてもいいんだけど!うっ……」
マリアはそう言いながらも恥ずかしく思ったのか、頬を赤らめる。なぜここまで俺に優しくしてくれるのかは分からないが、俺はその誘いを快く承諾した。
「本当に何から何まで、君は本当に優しい人だ。」
俺は優しくマリアに微笑みかけると、彼女もまた、俺に微笑んでくれた。
✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎
しばらくして、俺とマリアは建物に戻った。
「おや、お二人さんの内緒話は終わったかな?」
トーマスは一見まともそうな見た目をしているが、人をからかう時のニヤニヤ顔のムカつく度は結構点数が高めだ。一回頬を思いっきりつねってやりたい感じだ。
「あんたなんか変な勘違いしてるでしょ!ち・が・う・か・ら!」
マリアは目を閉じてフンッとトーマスから目を背けると、トーマスはニヤニヤとしながら、ふと何か思いついたように初部へと近づいていった。
「そういえば、これからどうされるおつもりで?」
「それが、その……」
初部は図々しいと言うことは承知しながらも、マリアに提案されたことを話してみた。
「全く、彼女らしい回答だ。うん、別に構わないよ。」
――え?!いいのかよ!
初部はあまりに親切すぎるトーマスに驚きが隠せない。確かに紳士的な見た目をしているトーマスだが、同時に自分にとっては、一番何を考えているか分からない人物でもある。
「それが彼女の希望なのでしょうからね。ところで、ハツベさん。」
トーマスは突然話し始めながら丸テーブルから腰を上げ、後ろにあるタンスから何か物色をし始める。その正体は「地図」だった。
「これは、この国の地図です。今いるのがローレン国の最西部、マジェスタ。ここから東に二日ほど龍車で進まれた場所に、魔法都市と呼ばれる街があります。」
ローレン国の地図。この国は横長で地図の中の上あたりに位置する国だった。魔法都市はおそらく、この国の首都のようなものらしい。
「ここで魔術師としての身分を登録していただくと、国からのパーティに招かれたり、支援をいただけるチャンスがあったり、税が一部免除になりますので、お忘れ無く。」
皮肉なのか分からないが、妙に敬語を使うトーマス。
――おいおい、こりゃどんだけ接待の差があるんだよ。てか魔術師ってだけで何様だし。
初部はそう言いながらも「分かった」と言い、地図の予備を預かる。
――いいさ、この国を知るチャンスだ。この国の強みも弱みも知り尽くしてやろうじゃないか!
初部はトーマスに感謝のお辞儀をすると、やがて魔法都市への出発の準備を進めるのだった。