目を覚ますと、目の前にはマリアやトーマスが顔を覗き込んでいた。
 窓から外を眺めると、先ほどまで明るかった外が夕日によって赤く変色している。個人的にはもう朝が回って次の日の昼くらいかと思っていたのだが……

 
 今はとてつもなく長い間受けてきた拷問から解放されて生まれ変わったという気分だ。
 トーマスは”西洋チック“な時計を眺め何分間眠っていたかの計算。やがて手で時計を指し、「三時間くらいですね」と教えてくれた。

 
 そしてマリアはただこちらをじっと見て心配してくれてるってところか。

 
「ようやく目を覚ましたか、ハツベさん。」
「あんた、急に倒れ込んで心配させないでよね!」


 ――どうやら、長いこと眠っていたようだ。
 一方で確かルドルフという名前だった魔術師はというと……彼は先に帰ったのか見当たらない。彼ともすこし話をしたかったのだが。

 
「元はと言えば、君に殴られて気絶していたんだけどね。」
「それは……その……ごめん。」


 マリアは頬を赤らめて軽く目を逸らす。
 ――可愛すぎかよ!
 彼女の純粋で謝り慣れていない仕草は本当に愛おしい。妙に私を見てくるマリアに気恥ずかしさと嬉しさを同時に感じながらも、気を取り直して初部はゆっくりとベッド腰を上げる。


「いや、別に謝る必要はないさ、マリア。」
「でも私……えっと、変な夢とか、見なかった?」


 マリアに初めて会った時、ただのヤバい少女としか思わなかった。けれど、時間が教えてくれたのだ。彼女は本当に優しい心の持ち主なのだと。


「変な夢……か、確かに見たな。というか、心配してくれて、サンキューな。」
「当然でしょ!だって私のせいだもん。寝てる時もすごい苦しそうだったし、あんたがこのまま起きなかったらと思うと少し怖くて……」
「まあ確かに、ちと大変な夢だったけどね。」

 
 夢の中で見たあの風景、抱いた感情。何一つとして忘れるはずもない。
 何故なら自分が、以前の己を断ち切った瞬間だったのだから――
 

 トーマスは初部に手を差し出して丸テーブルへと案内した。どうやら話があるようだ。


「君の能力が分かった。」


 ああ!そんなことも確かにあったっけか。もう完全に忘れている。自分が魔術師か、呪術師かという診断だ。そもそもそのためにこの街に来たというのに。
 初部とトーマス、マリアは三人で丸テーブルを囲んで座り、トーマスは話を始める。顔から察するに、初部の能力はトーマスのお気に召さなかったのだろうか?少し険しい顔をしている。


「君は、魔術師だ。」
「は!?」


 初部はその一言に動揺が隠せない。魔術師?魔術師だと……!?ありえない、ありえない!せめて呪術師であればよかったというのに……
 冷や汗が全身を走り、背中に寒気を覚える。


「あんた……やっぱり私を騙したの?どうして魔術師だって言ってくれなかったの……?」
「違う、これは……」
 

 ――違う、違う、違う、違う!
 初部には言い訳が思いつかない。他の世界から飛ばされてきたなんてこと、きっと誰一人として信じちゃくれないと分かっていたから。
 でも何故?昨日まではただの学生だったんだぞ?
 というかなぜそもそも俺に魔術が……?疑問が疑問を呼ぶ中、トーマスは話を進める。
 
 
「そして君の能力は、僕から見ても、いささか目を疑うものだった。」


 トーマスは私の言い訳を遮りながら初部を睨むと、話は終わっていないという風に話を始める。


「ハツベさんの能力を一言で表すとしたら、能力明示と、奪取だ。」
「能力明示と奪取?」


 能力明示能力。マリアの名前を知ったときのあの「謎の感覚」――きっとそれがその能力が正当に作用している証拠だろう。

 そして奪取能力……これは予想外の答えだ。そもそも能力が二つ以上保持できるなんて知らなかったし固定概念が「それはない」と否定していた点もある。
 
 
「ああ、いかにも。能力明示というのは、相手をじっと見るとその相手の能力と名前を把握できるというもの。そして奪取に関しては簡単だよ。殺して行き場の無くした魔術を回収できる能力。それがハツベさんが持つ能力ということだ。」


 それにしても能力明示と奪取だなんて、どうやら汚い魔術を授かってしまったものだな。
 ――魔術師は、バケモノだ!全部全部、魔術師のせいだ!
 あの時、アイツの前で何度この言葉を聞いたか分からない。魔術師はバケモノ?でもルドルフはきっと違うじゃないか。なら俺は……?


 あの時、俺は自分が自分じゃなくなることを拒否していたんだ。でも、もういい。自分は、自分だけは真っ当に生きようというプライドは、もう捨てた。

 初部がこの時した行動は”沈黙”それも長い時間の沈黙だ。彼には今、多すぎる情報に押されていて何も考えられず、それしかできなかったからだ。
 ――でも、これぐらいがちょうどいい。俺の目的には必須だな。
 今さっき初部の内側に生まれた黒い、底の知れぬ感情が彼の中で再び疼くのを感じる。


「ははは……ハハハハハハハハ!!素晴らしい!ああ、俺はこういう能力を期待していたんだ!最高、最高だよ全く!」


 初部はこの時、我を失っていた。
 ――いや、内に秘められたこの感情こそが本物とも言えるかも知れぬ。
 トーマスとマリアの驚きは言うまでもない。初部に向けられた、まるで底知れぬ闇を顕現させた悪魔を見るような目。


「神よ!貴様が俺にくれたプレゼントは本当に最高のナイフだったよ!貴様にお礼をしながら大切に乱用してこの世界をぶっ壊してやる!」
 
 
 だが彼らは知らない、今の俺を。
 そして初部未来が、新しい初部未来へと変貌を遂げた理由さえも。そのことを語るには、先ほどまでと同じ経験の記憶を彼らの脳内に直面流し込む他にあるまい。


「ハツベ……お前は、一体何者だ、何が目的なんだ?」


 目的、正体……?それはの神と俺が心の底から大っ嫌いに思っているアイツがとっくに与えてくれている。

 
「俺の名前は初部未来。」

 
 目的、そう、目的!俺の目的は生温いものじゃない。
 この時彼の身に疼く魔力は、世界を望む彼によって生まれた混沌の感情によって底無し沼の如く燃え盛る。


「これからこの世界を、掌握する男の名前だ!」