目が覚めたら、そこは私の知らない世界だった。
 知らない男に思いっきり殴られて、骨まで折れたようなのに、今は背中に傷もなければ、痛みもない。ここは、あの世?
 そう思って、とりあえず、周りを見渡してみる――

 
 水車の家とそれを囲むような畑。ちょっと進んだ場所には森、よく目を凝らすと、どうやら中世ヨーロッパの城壁らしきものも見える。空模様がまだ赤いのから考えるに、今は朝の5時頃と言ったところか。とすると農家の人たちが作業を始める時間だが……
 ――しかし、妙なのは近代のこの時代に合わぬ技術力と水車。そして何よりもあの奥に見える城壁は一体……?まるで世界史に出てきたアレやコレの時代のモノが目の前にあるって感じか?
 時代が違う空間に飛ばされる事態、ひょっとして!?
 
「つまりは、ここは普通の世界ではない。”異世界”、というものだろうか。」

 
 ――しかし参ったな、私には今、持ち合わせているものはない。この白スーツですら、ちょっと足でも踏み外したら泥がついて即終了だ。ここは、助けを呼ぶしかないか。
「誰か!誰かいませんか!」と私は親を探す迷子の一人息子のように軽く声を上げる。
 ――しかし周りに気配はない。誰もいないのだろうか?と、フラグを立てるとすぐ回収してしまうのが私の常らしい。

 
✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎✳︎✴︎
「あんた、誰?」

 
 ニュース番組から急に切り替わった時の急に大声が耳に入ってきた時の感覚ッ!先程までの誰もいない静けさから、急に聞こえた少女の大声に、鼓膜が驚きのあまり反応に困っている。

 
「へっ?!」

 
 数年ぶりに思いっきり驚かされた男の反応。言っていて悲しくなる事実だが、友達が少ない故に、驚かされると素でこの反応しか出ない。

 
 振りかえるとそこには赤髪の美少女が立っている。その服は日本のものでなさそうだ。強いていうならば……幼い頃に読んだ「異世界転生系」でお馴染みの服!といったところだ。

 
「へっ、って何よ。あんた、まさか魔術師じゃないだろうね?」
「ま、まじゅちゅし?」

 
 驚きのあまり口が回っていない声は、我ながら弱いザコ敵のようだ。魔術師って、ここじゃそんな非科学的なことあるのかよ。

 
「こんなのまるで本当に異世界転移みたいじゃないか。というか実際そうなのか。」
「はあ?何その反応。もしかして魔術師なのが図星だった?」

 
 赤髪の美少女はそう言いながらも、明らかな殺意を持ってこちらを見ている。
 ――というか私は
 と思って改めて自分を見ると、異世界に馴染んだ見た目や服装になっているわけでもない、一般ピープルのままだ。多分、顔もそのまま、と。

 
「あんた何自分の体観察してんのよこの変人!ていうか無視すんなっての!」
「魔術師、私魔術が使えるのか?!」

 
 私は素直に魔術が使いたい。人それぞれ違う男のロマンってやつだ。なんでもいい、とにかく使ってみたい。

 
「はあー?あんた本当に変わってんな。もし私をからかってるってんならここでしばいてやってもいいぞ。」


 綺麗な薔薇にはトゲがあるように、この可愛げのある美少女は毒舌で物騒な言葉も平気で言うタチらしい。
 赤髪の美少女、彼女はなんて名前なんだろう。とりあえず分かるまでは「赤髪」とでもしておくか。
 ――しかしなぜ私が魔術師かどうかってことなどにこだわる?

 
「なぜ、私がその魔術師とやらかどうかにこだわるのかい?」

 
 私は元ただの一研究員。魔術師など非科学的な発想をしたことなど、一度もない。
 人生を真っ当に過ごして、真っ当に評価されて人並みに稼げる人生イージーコースよりの人生を送るはずだったのにまた一からとは、なんてことだって話よ。

 
「魔術師がこの街に来たのなら、それは宣戦布告。私たちは本気で”貴様ら”を殺すぞ。」

 
 異世界に来て初めて会った人にいきなり殺すとか言われたのだが。この世界かなーりやばいやつ多め?
 私は今、脅かされても何もできない無力な状態なので、変に赤髪を刺激させない言葉選びを心がけていた。

 
「あんた、勝手に村に侵入しやがってそれが演技なのかどうか、私が確かめてやる!」

 
 赤髪は私に飛びかかり、手を私の胸に当てると、やがて小声で呪文の様なものを唱え始める。

 
「な、何を?」
「あんたの術を無理矢理活性化させたのよ。もしそれで私を襲うなら反撃で楽に殺してあげるわ。」

 
 本当になんだよこの赤髪。もし私が異世界でよくあるチート能力の持ち主だったらどうするんだ。
 ――って私は何を言っている?能力など、そんなもの存在するはずが、
 そう思って赤髪を見上げた瞬間――

 ドクンッ――

 なんだこの感覚は……色々な情報が一度に頭に流れ込んでくる。人は多量の情報を流し込まれるとしばらくボーッとして眠気が襲ってくるというが、本当らしい。頭がックラクラするッ!
 呪い、刻む、遠くの、マリア。
 この赤髪の名前は、マリア。マリアはこいつの名前なのか?そしてこいつは、呪術師……。待て待て!なぜそんなことが分かったのだろう。
 私の頭の中は得た情報とその情報の分別で焼き切れそうだった。

 
「呪術師マリア、ってなんだそれ!」

 
 私は頭の処理が終わった瞬間に出た純粋な驚きによって、反射的にそんな反応が出てしまう。しかしその一言も、彼女は聞き逃さなかった。

 
「あんた……なんで私の名前を知っているの…?まさか私、魔術師に狙われて……」

 
 マリア?という赤髪の少女はそう言いながら涙を浮かべて塞ぎ込む。私は、何か悪いことでもしただろうか。彼女の威勢はなくなり、今や普通の少女となっていた。
 しかし謎なのは魔術師という存在。彼女は呪術師であることはなんとなく分かったのだが、魔術師とはなんだ?
 ――とにかく今私に出来ることは……ああくそ!何が出来るっていうんだ!
 でもまずは、この子の信頼を得ないといけない。

 
「私は、魔術師なんかじゃない。」
「急に何よ!それに、もしそうならなんでもっと早く言わないの?!」

 
 彼女は話が進めば進むほどヒステリックになっていく。もしかしたら、この世界で魔術師というものは忌むべき存在なのかもしれない。
 ――でもそんなこと、誰も教えてくれちゃいなかったじゃないか!

 
「知らなかったんだ!この世界のことなんか何にも、何にもだ!」
「そんなの、言い訳にしても苦しすぎるよ!じゃあなんであんたは私の名前を知ってるのよ!」

 
 そんなこと聞かれたって、分からない。私が今知っているのは、この世界は、私の知る世界ではないことだけだ。

 
「私だって、悪いけど本当に何も分からないんだ。だって……」

 
 私はもはや、隠す必要なんてないと思った。この世界が自分の故郷じゃないこと、本当に何も知らないこと、全て彼女に話せば、理解してくれるだろうか?
 でも今それを言ってしまえば、尚更理解などさらさらしてくれないかもしれない。

 
「だって、なによ。」
「いや、その……」

 
 沈黙なんて、一番いけないって分かってる。分かってるけど、逆に私はどうすりゃいい。
 私はふと、少女を信じてあることを聞いてみることにした。

 
「いや、私が……私が魔術師じゃないと証明できたら、信じてくれるかい?」

 
 少女は涙を堪えてしばらく黙った。考える時間は彼女にも必要だったらしい。
 そして少しして彼女は急に私の腕を掴んで左の方角へと進もうとしていた。

「えっと、どこへ?」
「ローレン国の首都、マジェスタ。あんたがどっちなのか、測ってもらいなさい。」
「どっちって……」
「あんたが持つのは魔法と呪いと、どっち側なのかってことよ。」