試練とは、なんだろうか?
 俺は、人生そのものだと思っている。
 いや、実際そう思いたくなくても思わないではいられないほどに実感しうるものなのだ。ああ、人生とは苦痛そのものである。と言った古代の哲学者や思想家達の気持ち、分かる、分かるぞ。それにしても……

 
 ――ああ、なぜこうなったのだろうか。
 大人の精神的なゴタゴタなら何度でも経験してきた。でも毎回毎回俺にばかり試練が雨のように降ってくるのは何故なのだろう。
 ちなみに初部は昨日、トーマスとこんな会話を繰り広げていたのだ。



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「じゃあ明日の朝、ルドルフが君を連れてってくれるはずだからね。」


 もしもこれが自分の編集している動画だったら、きっとここで「ガーーン!」という効果音が入っているだろう。


「な、なんでアイツと……」

「理由は簡単さ。魔術師がこの国の魔術師として登録するならば魔術師同士で行った方が都合がいいんだよ。」

「トーマスは?」

「僕は呪術師さ。」

「え、えええ?!」

 
 昨日言っただろう?という表情でこちらを見てくるトーマス。いや待て待て、いくら呪術師だからって残る選択肢はルドルフ……
 
 『お前が同情してるだけじゃダメだからって、今度は理想を口に出して、お前なりの罪滅ぼしをしようとしてるだけじゃないのか!』

 という昨日の言葉が甦ってくる。気まずいことこの上ない。はぁ……ツイてないなぁ。


「いや、その……ね。色々と?あったじゃん昨日。」

「いや、それは君とルドルフの間の話だから僕には関係のないことだよ。」

「いや助けてくれって!まじもんのまじで!」

 
 という私初部未来の言葉は虚しく、そっぽを向かれたトーマスに絶望感を抱きながらその日はルドルフと一度も会わずに昼を迎え、夕方を迎え、夜を迎えた。
 その日は買い出しというものもなかったようなので、仕方無くずっと建物の中で過ごした。


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 初部は緊張しながら二階へ繋がる階段の下でルドルフが起床してくるのをじっと待っていた。

 
「にしても……遅くね?」


 この世界には、自分の世界の時計とは違うものの、どうやら時計とか、現在時刻とかの概念はあるらしい。
 初部は緊張したまま待ち合わせの時間を迎えたものの、誰一人としてくる気配はナッシング。一方初部は緊張で力を入れ続けた頬がそろそろ疲れて痛くなってきた頃だ。疲れの証拠に少し強張っていた口元や眉さえもピクピクと微動し始めている程。


「はぁ〜おはよう」


 階段からの声を聞いて初部は反射的に後ろを振り向く。
 ――こりゃ、15分遅れってところか。おいおい電車の遅延だったら放送で謝罪しながら遅延証を渡すほどだぞ?ここはあえて、叱り口調で言った方が打ち解けやすいかもしれないな。


「あのなあ、まあ確かにいくら昨日色々あったし?送ってもらうのは俺の方だからあれだけど、約束した以上、時間通りに来るのは君のしめ……」


 階段に近づきながらあえて悪態をついてみる
 というサプラーイズ!のつもりだったのだが……
 そこにいたのはルドルフではなくトーマスだった。


「へ?」
「おはようハツベ。ご機嫌斜めのようだがおそらくルドルフはそれ以上だと思うよ。」


 ――まずい、トーマスかよ!
 別に怒っている様子でも初部の言葉を気にしているわけでもないのに、なぜか怖い!それがこの男、トーマスという男なのだ!
 ――しかし、「ルドルフはそれ以上にご機嫌斜め」という言葉が気になってならない。一体どうしたというのだろうか。


「なぜならずっと彼は外で待っていたからね。朝起きて窓から外見たらいたんだよ。」
「うげっ!?」


 ――終わった!まじで終わった!殺される!「お前は何も分かっていないようだな。期待などしていなかったが、改めて残念だ。」ザシュッ(切られる音)ってオチだよこれ……

 
 彼らしいといえば彼らしいのかもしれない。彼はパッと見た感じ先回りして行動する系の人間だからだ。初部はビクビクとしながら深呼吸をし、静かに外へと出ることにした。


「遅かったな。寝坊か?ハツベ。」
「キョキョ今日は天気もよろしく、出発日和というわけですね!ハハ……ハハハハ……」
「そうだな。出発するのが今日で良かった。さあ、いくぞ。」

「へ?!?!」
 あまりに気にしなさすぎて拍子抜けこの上ない!予想外って言葉は俺の為に作られたのだろうかと思ってしまうほどに。


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 街は竜車やら屋台やらなんやら。見渡してみると、エルフのような人物もチラチラと見える。一回話をしてみたいランキング結構高めな存在。それこそが俺の中でのエルフの評価だ。
 ――しかし彼らは何やら話し込んでいる様子だった。気にせずルドルフについていくものの、街を奥に進めば進むほど、何やら話し込んでいる人の数も増えていく……
 何か国を揺るがす汚職事件でも起こったのかというくらいの賑わい具合だ。


「何か……悪いことでもあったのか……?」


 ルドルフは発言こそしなかったものの、初部と同じように周りを不審がりながら見渡している。あのルドルフでさえもこの街の異変を気にしているらしい……。なぜだろうか、今日は昨日よりも街が妙にざわついている。それに、人々の流れは中心の「魔法都市」へと向かっていくわけではなく、むしろ周辺の街へと戻ってきているようだ……
 ――何か変だ。
 そう思った瞬間――
 街の住民らしき一人の少し歳の取ったおばさんがこちらへと足早に駆け寄ってきた。その顔は怯えに支配されているといった雰囲気で、何やら伝えたいことがあるように見える。
 ――何かあったのだろうか……?

 
「ちょっと、そこのお前さんたち、魔法都市へと向かうおつもりかい?」


 ルドルフの性格を考えると、普段ならこういう声掛けは無視だろうが、今日ばかりは俺と同じく何か異変を感じ取ったからか、即座にそのおばさんの方に振り返る。初部が慌てて色々と聞き出そうとすると、ルドルフは俺の口を手で押さえて収め、冷静に、ゆっくりと受け答えをした。


「はい、そうですが。」
「実は今の魔法都市は危ない状況でねえ。お前さんたちもあんまり行かない方がいいよ。」


 ――魔法都市が、危ない状況……?
 つまり、今まで賑わっているように思えた周りの屋台やエルフ達、そして竜車の妙な出入り……どうやらそれらは全て魔法都市から距離を取るためのものらしい。

「何かあったのですか?」

 ルドルフの手を無理矢理退けてそのおばさんに尋ねてみる。今からいく魔法都市がどんな状況なのか教えてくれる親戚な方だ。ちゃんと聞かなければ何が起こるのか分かったものじゃない。

 
「『詐欺司教』聞いたことあるかね?」
「いえ……詐欺司教とは一体……?」

 
 ルドルフはおばさんから得た情報を分析しようと考え込んでいたが、思い当たることは何一つないといった様子だ。聞いた感じ、魔法都市には厄介な犯罪組織でも存在するのだろうか――


「ここ最近、魔法都市では不可解な事件が同時多発的に起こっててねえ。貴族院の上級魔術師議員から下級魔術師貴族まで問わず暴動やら殺人やらを起こしているんだよ。」
「なっ……!」


 ルドルフはその事件の詳細を聞いて何やら思い当たる節があるようだ。彼は突然顔を歪めて頭を押さえている。


「エス……まさかアイツが……アイツなのか……!」


 ――エスってS?何かのイニシャルなのだろうか……?
 初部は色々と混乱してルドルフを振り返る。
 その瞬間初部は思わず驚きを隠せなかった。未だ嘗て見たことのないルドルフの顔――
 下を向いて頭を手で押さえ彼は目をカッと開き、歯を剥き出しにして少し前の地面を睨みつけている。

 
「『詐欺司教』という存在、ゆめゆめお忘れることなく。気をつけなさい。」

 
 ルドルフの顔を見て何か察したのか、おばさんは初部の耳元でそう警告をすると、ゆっくりとその場を立ち去っていった。
 ――今ルドルフを支配している「狂気」。なぜだろう、その感情は恐らく昨日俺が気絶した時に感じたあの感情に少し似たような気がした。


「『詐欺司教』……貴様を必ず殺して見せるッ……!」