「そんなに急がなくても良かったのに」

「私の聞き間違いじゃなければ、机には瞬君の手紙があるはずなんだけど……」

「そうだよ。だから、折り畳まれたリーズリーフが残っているはず」

「手紙は確かにあった。でも、挟まっていたのは花柄の封筒だったの」

「……え?」

「やっぱり。文通相手のものだよね」

僕が最後に挟んだ手紙の内容。

あの時僕は、手紙の最後に自分の名前を書いてしまった。

彼女はそんな距離感を望んでいなかった。

当時の僕も、それくらいはわかっていた。なのに僕は、だんだんとこの文通が終わってしまうことが怖くなって、今まで均衡(きんこう)を保っていた距離から一歩を踏み入れてしまった。

あれから彼女からの返信は来なくなった。

丁度そのタイミングで、図書委員の佐藤さんが学校に来なくなった。

小夜には文通相手は転校してしまったと言ったけれど、半分は嘘だ。

佐藤さんはいじめによって不登校になった。そのことは僕しか知らない。

佐藤さんがいなくなってから一ヶ月が経過した頃、僕は僕は体育の授業で軽い熱中症を発症したため、保健室で休んでいた。

するとカーテン越しに生徒と先生が話している声が聞こえてきた。違和感を感じた僕はカーテンの隙間から声のする方を覗き込むと、そこには転校したはずの佐藤さんがいた。

先生達は佐藤さんを護るために、しばらく僕ら生徒に「転校した」と嘘を付いていた。そして佐藤さんは僕らに遭遇しないように努めながら、卒業までの時間を過ごしていた。

表舞台から消えてしまった佐藤さんは図書室にも来られなくなった。

佐藤さんからの手紙の内容には、学校生活のことが一切書かれていなかった。彼女はきっと匿名の関係に逃避したかったのだろう。

なのに僕が名乗ってしまったせいで、その関係を壊してしまった。逃げ場を塞いでしまったんだ。

「ごめんね。本当は瞬君のところに持って来れれば良かったんだけど」

小夜は何も悪くないのに、泣きそうな顔をしている。

確かに手紙の内容は気にはなる。手紙の中身は何なのだろう。そもそも本当に佐藤さんだったのだろうか。

でも、今更(いまさら)考えたところで。

「返事があったことがわかっただけで十分だよ。ありがとう」

「大切な人だったんだね」

「大切な人だった。でも、もう良いんだ」

小夜は触れられない僕の手に自分の手を重ねた。

「さ、早く帰ろう」

僕は敢えて冷静にそう言った。