「今考えると、相当怪しい奴だと思う」

「瞬君も相当変わってるよ。正体がわからないのに、その人に返事をするなんて」

「顔がわからないからこそ、そういうことができたのかもしれない」

しばらく僕はその子とおすすめの本を紹介しあった。

僕はまず、その手紙の開いたところに、僕が薦める本がある棚の番号と、本の背表紙に貼ってある番号シールの数字を書いて元に戻しておいた。

図書館の本は全て番号で管理されているから、棚番と背表紙の番号さえわかればすぐに本は見つかる。あえてタイトルを書かなかったのは、棚で本を見つけた時の感動を薄れさせたくなかったからだ。

一週間後に再び自分が紹介した本を開いてみると、今度はそこに花柄の封筒が挟まっていた。便箋には丁寧な書体で本の感想と、相手がお薦めする本がある棚番号が書いてあった。

「好きな本を紹介し合うなんて、素敵ね」

「相手は海外のミステリー小説ばかり紹介するから、こっちは読むのに必死だったけどね」

「瞬君はどんな本を紹介したの?」

「逆に僕はジャンルを絞らなかった。科学の専門書とか、ライトノベル小説とか、作家のエッセイとか、本当にバラバラ。でも、一週間ほど経過したら、相手はちゃんと読んだ感想をよこしてくれたんだ」

「好きなものを理解しようとしているみたい」

「半年くらい経つと、お互いに話題が尽きてきたのか、徐々に本の感想から、その日起きた出来事を報告し合うようになっていった。僕らは図書室の受付カウンターから一番離れた窓際の机の裏に手紙を挟んでやり取りを始めたんだ」

僕らは相変わらず名乗ることはしなかったから、万が一手紙が誰かに見つかっても、それが誰なのかわからないから都合が良かった。

匿名だったせいか、僕らはお互いの家族のことや踏み込んだことも話してた気がする。確かあの子も父親がいないとか言っていたっけ。

「友達ってこういう人のことを言うの?」

「友達?」

「そう。違うの?」

一応は僕にも一緒に授業をさぼったり、近所のショッピングモールのゲーセンに何時間もたむろする仲間はいた。けれど腹を割って話せる仲だっだのかというと、そんなことはなかったと思う。

あの頃は少しだけ道を外れることに憧れていたけれど、振り切って非行に走っていたあいつらの仲間にはなれなかった。もちろん今はもう誰も連絡先に残ってはいない。

「友達だったのかな……」

「そうだよ、それで、その子と瞬君はどれくらい続いていたの?」

「中学二年生の頃から始まって、結局一年くらい続いたかな。というか、付き合っていたみたいな言い方はやめてくれ」

「仲が良かったのは本当なんでしょ?直接会って話そうとか、そういうのはなかったの?」

「そこまではしなかったなあ」

わざわざ手紙でコミュニケーションを取ろうとした僕らが実際に面と向かって会おうだなんて、ハードルが高すぎるだろう。それに。

「三年生になってしばらくしたら、僕らの文通は終わったんだ」

「じゃあ、結局その子には会えずじまいだったんだ。悲しすぎる……」

僕は少し言葉を詰まらせた。