───「あの、大丈夫?」

突然背後から低めの柔らかい声が聞こえた。驚いて振り返ってみると、そこには見たことのない人が立っていた。

彼の髪は淡い桜色を帯びたベージュで、風にふわりと揺れている。長い前髪から見える瞳は透き通るように色素が薄く、その優しさが全体から漂っていた。

パッと見ただけでも見惚れてしまいそうになるほど綺麗な人だった。
何も言えずに彼を見つめた。彼の顔には微かな笑みが浮かんでいて、心配そうにこちらを見ている。彼の声はまるで私の心を包み込むように優しく、少しだけその声に救われたような気がしたが、ふと我に返る。

「だ、だれ…?」

後から恥ずかしさが一気に押し寄せてくる。泣いている自分をこんな見知らぬ人に見られるなんて…。
どうしたらいいのか分からず困惑してしまう。
顔が真っ赤になるのを感じ、乱暴に制服の袖で涙を拭って、その場から勢いよく立ち上がる。

「あ、あのすいません!帰ります!」

そう言って私はいても立ってもいられずに家の方向に走り出してしまった。

彼の優しい声がまだ耳に残っている。振り返ることはしなかったが、彼がどんな表情で自分を見送っているのかが気になってしまう。
きっと、さぞかし困惑していることだろう。

道端にうずくまってる人がいるだけでも異様な光景なのに、感謝の言葉もなく走り去ってしまったのだから。

彼には申し訳ないことをしたな。
けれどそのおかげか恥ずかしさが勝ってしまい少しだけネガティブな感情が減った気がする。

「ただいまー…」
「おかえり、なんでそんなに息切らしてるんだ?何かあったのか?」

しかも顔真っ赤じゃないか?と不思議そうなお父さんに対してなんでもないよと返して自分の部屋に向かう。

息もまだ整っていないがとりあえず家についたことで安心感がドバっときてしまった。

体の力が抜けて床にへたりこむ。

「はぁー疲れた、こんなに全力で走ったの久しぶりだよ」